15Q 2
 現在、誠凛のスコアは相手正邦に対して−9点。

 各々緊張感あふれる様子でベンチに集まっている選手達を見下ろし、笠松は先ほどの「正邦の強さの秘訣」に関する話を黄瀬にしていた。

「正邦は古武術を使うんだよ」

「古武術? ――アチョウ!! ……、みたいなことッスか」

 突然奇声を発した黄瀬を、笠松は冷たい視線で突き刺す。

「バカ、違えよ」

「っえぇ〜?」

 貌を顰める黄瀬を片目に、笠松は小さなため息をつくと再び説明を始めた。

「――んん、じゃなくて、正確に言うと古武術の動きを取り入れてんだよ。その動きの一つに、難波走りってのがある。普通は手足を交互に振って走るところを、難波走りは同じ側の手足を振って走る。ねじらないことで、身体の負担が減って、エネルギーロスを減らせるらしい」

 コートをじっと見下ろして説明した笠松に、黄瀬は感心する。

「よく知ってるッスねぇ〜」

「全国でも珍しいチームだからな。月バスで特集されたときもあったし」

 それを聞いて、黄瀬は納得した。

(なるほど……、だからッスか。あの津川、去年よりもさらにディフェンスの圧力が強くなってる。――けど)

 黄瀬は、鋭い眼差しでベンチに腰掛ける白美をはじめとした誠凛選手達を眺める。

(――このままやられっぱなしで黙ってるたまじゃないッスよね)

 今に試合は揺らぐと、黄瀬は小さく口角を上げた。





 その頃誠凛側では、ベンチに腰を下ろした選手達の前にリコが膝をつき、その後ろを残りのメンバーが囲う様にして、やりとりを行っていた。

 カギとなる相手の動きの特徴、「古武術の応用」についてリコが話し終わり、ちょうど火神が納得した頃合いだろうか。

 黙って話を聞いていた、白美が口を開いた。

「――自分のを見てわかったと思いますけど、相手がいくら『癖のある』バスケをしたところで、漫画みたいに消えたり跳んだりするわけじゃない。フェイクにもかかるし、不意をつかれればバランスも崩れる……。やってるのは同じバスケットです。いつも通りやれば、ちゃんと通用します」

 実際に相手を抜いてみせた白美の言葉は、かなりの説得力を持って彼等に響いた。
 リコも深く頷く。

「橙野くんの言う通りよ。まだテンパるとこじゃないわよ!!」





 そうして笛の音と共に、選手達はコートに戻った。

 誠凛の面々がぞろぞろと歩いていく中、ふと軽い腕のストレッチをしていた伊月に、後ろから声がかかる。

「伊月先輩」

「えぇ?」

「ボール回してもらえないッスか」

 至極真面目な表情をした、火神だ。

「えぇ?」

「もっかい津川とやらせてください」

「フッ、なんか秘策あり?」

「いや……、けど、とどのつまり同じ人間ですよね。相手より早く――ぶち抜きゃいんだ。です」

 それを聞いて、伊月は貌を顰める。

「は? なんだそれ。大丈夫か?」

 やる気まんまんといった感じで、肩をぐるぐる回す火神の背中を、心配そうな表情で見つめる。

 だがそこに、白美は穏やかな微笑みを以てして近づいた。

「大丈夫ですよ」

「え?」

「やる時はやるヤツなので。万が一まずった時は、俺がヘルプ出ますし。取り敢えず今は、点差詰める局面ですし。俺にできて、火神にできないなんてのはない」

「じゃあいいか、まかせて」

 自信げな彼の言葉に、伊月はおずおずとうなずく。
 と、少し間をおいて、白美が急に真面目な貌付きで尋ねた。

「……それよりも先輩、先輩はあとどのくらいかかりますか? 黒子はそろそろいけるみたいですけど」

(やっぱりコイツは……)

 伊月は白美の問いかけに「うーん」と唸った。

「流石黒子。俺は少し慣れてきたけど、まだまだだな。やっぱりお前の予想通り、行けんのはもうちょい後になりそうだ。それまでにあまり点差を付けられたくないんだが……」

「ま、仕方ないですよ。そうですね……、先輩、俺にももう少しボール回してもらっていいですか? 軽く点取りに行きます」

「ああ、いいけど」

「じゃ、お願いしますよ」

 白美は、そう言うとニヤッと笑って長い前髪を掻き上げる。
 覗いたオレンジの眼からは闘志と楽しさがこぼれていて、伊月は少し目を丸くした。

(やっぱり橙野は……、掴めないな)


(ancient Japanese martial arts )

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