電車が揺れる。

変わっていく景色。
それに合わせて、過ぎていった日々を思い返していた。
















行為を終え、汗ばむ身体が水分を欲する。
横になったまま、サイドテーブルに置いた水の入ったグラスに手を伸ばした。
しかし指先が掠るものの、あと少しの所でグラスをしっかり握る事ができない。
そのまま何度か無理に腕を伸ばしていると、ガシャンとグラスを倒してしまった。


「あーあー。何やっとんのや」
ベッドに腰掛け煙草を吸っていた真島がそれに気づき、床に転がったグラスを拾った。
「べしょべしょやんか。汚したらあかんで×××ちゃん」
「うるさい、のど渇いた」


嫌やわー反抗期かいな、とふざけた声で笑う真島に×××は枕を投げつける。
「いいから飲み物、持ってきてよ」
「へいへい」
革のパンツだけ穿いた真島が、部屋の隅にある小さな冷蔵庫へ向かう。


「水かビールしかあらへんわ。どっちがええ?」
みず、と答えた×××にペットボトルのミネラルウォーターが手渡された。
煙草を灰皿に押し付け、真島がベッドの上に大の字で寝転がる。
×××は狭くなったスペースでペットボトルに口を付けた。




二人が関係を持ってから、数ヶ月が経っていた。
ほんの些細なきっかけで出会い、自然とお互いを求める様になった。
愛の言葉があったわけではないが、お互い信頼もしていた。
まだ少女と言える年齢の×××にとっては真島が初めての相手だった。








「真島さんって、本当に狂ってる」
部屋を出ると、神室町は朝の匂いに包まれていた。
「なんや突然」
前方を歩いていた真島が振り返る。


「言ってみただけ」
大股で歩く真島に遅れぬよう、早足で歩く×××。
「あほ、狂っとんのはお前や」
真島は革手袋をした手で×××の頭に軽く拳を落とした。


「なんでよ」
「言ってみただけや」
「意味わかんない」
「それはこっちの台詞や」


意味の無い会話が続く。


意味の無い関係の二人に、これ以上の会話など必要なかった。




そんな二人の最後の日も、とてもあっさりとしたものだった。




建物の陰に隠れる様にして、キスをする。
これが最後になるんだろうなと感じていた×××は、真島が離れるまで動かずにいた。


会わなくなるのに、きっと理由なんて無い。
ただ、お互い会う必要がなくなっただけだ。


「ほな、またな」
「うん」


また、と言いつつも、次の約束は無かった。
それでもいつもなら、時期が来れば自然と再会して、温もりを分け合った。


けれどもこの日を最後にして、二人が再会する事は無かった。
















電車が止まる。

急に脳裏に浮かんだあの人の姿に、ああ、私はあの人を愛していたのかもしれないな、と、そんな事を考えながら×××は駅の人混みに消えた。


或る日の情景




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