薄く膜をはったような雲から月が覗き、その柔らかい光が愛しい人の姿を優しく照らしている。

「冴島さん」
そろりそろりと忍び足で近づいていき、背後からその背中に抱きついた。
彼は驚くこともなく微かにこちらに顔を向け、なんや、と答える。

「あ、ずるいですよ、一人で晩酌なんて」
部屋の灯りも点けず、薄暗い縁側で胡座をかいている彼の手には日本酒の注がれたグラスが握られていた。
「ほんなら×××も何か持ってきてここ座り。日本酒はよう呑まんやろ」

私は一旦冴島さんの背中から離れ、台所の冷蔵庫から冷えた缶ビールを持ってくる。
冴島さんの隣に腰を降ろし早速缶ビールに口を付けると、早くもほんわりとした気分になった。
時折吹く夜風が少し肌寒い。
私は隣に座る冴島さんの肩に寄りかかった。

「月が綺麗ですねー」
半分くらい無くなったビールにすっかり気分が良くなった私は、意味もなくケラケラと笑い冴島さんの腕に頬をすりつける。
「×××、それ意味わかってて言うとんのか?」
「んー?どういうことですか?」
冴島さんは日本酒を一口飲むと、グラスを持っていない方の手を私の手に重ねた。
グラスがきらきらと揺れる。

「愛してるって意味や」
「へ?」
冴島さんが大きな手を私の頭に乗せ、ぽんぽんと優しく撫でた。
「どうして?」
「漱石がな、I love youを月が綺麗ですねて訳したんやと」
「よくわからない」

残り少なくなっていたグラスの日本酒を全て飲み干すと、彼は後ろから両腕で私を包み込んだ。
こめかみに当たる髭がくすぐったい。
いつの間にか空に広がっていた雲が裂け、月がその姿を主張するように輝いていた。

「ね、本当に月が綺麗」
冴島さんが、ほんまや、と耳元で囁く。
「ほんまに、月が綺麗や」
そんなやりとりに少し可笑しくなり、小さく笑った。
「やっぱり、ちょっと遠回しすぎじゃないですか?」
「そうか?ほんなら…」

愛してる。

そう紡がれた言葉は、夜の静けさに吸い込まれていった。


月が綺麗な夜に




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