運命の出逢い




「ベイン少将、どちらに?」
「シー。これから捜索に出るんだよ……誰にも言うなよ?」
「了解しました」

訳知り顔で笑う部下に手を振って屋上に向かう。
捜索って言葉で濁して散歩(正しくはサボり)に行っている事くらい、周囲の人たちは気付いているが特に何も言われたことがないのでそのまま無言の好意に甘えている。
ずっと活字追っていたら疲れるだろ、っていうのは肉体派の多い海兵ならほぼ90%の人間は分かってくれるし、全く仕方ないな、という随分優しい叱責だけで済んでいるのは、きっと俺が少将という立場にいるからだけではない。だって、大佐にさえなっていない頃からずっとだから。
"捜索"だけではなく、食事時には他の海兵にはつかないデザートをつけてもらえたり、そもそも捜索にでていることさえ俺のかわいい部下達は隠してくれていたり、ログポースでは拾わない珍しい島に行くときには冒険好きの俺をできるだけチームに加えてくれたり、今までのあれこれを考えると数え切れないほどの情をかけてもらっている。気付いているだけでも相当な数だから、きっと俺の気付かないところでも随分守られているんだろう。

つまるところ、10歳で行き倒れているところをガープのじいさんに拾われてからの12年間、年上だらけのココで俺は、海兵になるべく肉体的には虐め倒されたが、精神的には随分甘やかされて育ったわけで。
甘やかされたといっても、この地位だって温情や贔屓などではなく実力で勝ち取ったものであることは、本部の兵隊なら誰も疑っていない事実だった。

拾われる前に食った悪魔の実。もちろんそうとは知らずに、ただ飢えをしのぐために目の前に転がっていたものを半ば朦朧としながら食っただけなんだけど、その実が名実共に神格化された、能力者達の唯一の抑止力、カミガミの実だったというんだから、もう驚きを通り越して100年くらい呆然とした。
能力の無効化とか、全自然系能力使用可能とか、ようするにトンデモな実で、わが身の事ながらものすごく卑怯くさいなと思ったりもするし多分思われてる。



*



秋島、クリムゾン・レイン。
島名の由来は、紅葉が咲き誇り(?)、落ち葉が雨のように降り注ぐから、らしい。
その名の通り、舗装された道の脇には、赤緑黄色茶色の落ち葉が轍になって折り重なっていて、今も目の前をひらひらと赤い雨が降っている。
春島の桜もいいけど、秋島の紅葉も綺麗でとても気に入っている。


木造建築の多い市街地を抜けたところで小腹が空いて、何か食べようかと酒場を探していると、どこかから不穏な空気が流れてきた。
女性の悲鳴も聞こえたので気になって声のした路地裏を覗いてみると、樽に腰掛けた男が女性の腕を掴んでいて、それをなんとか振り払って逃げようとしている女性の図、のように見えた。
散歩に来てお仕事しなきゃいかんか、と諦めにも似たため息を吐き、歩み寄って掌を男に向ける。

『ヴィエント・ピュロボルス』

和名:風爆弾。野球ボール程の空気の爆弾を相手の男に投げ飛ばし、それに触れた男は風が爆発した衝撃で綺麗に飛ばされ壁に激突して昏迷する。

「女の子相手に何?乱暴?ちょーっと詳しくお話聞かせてくれねぇかなー?」

昏迷する、はずの攻撃だが、男は爆発の衝撃で体勢を崩したものの踏みとどまって痛みに耐えているというよりは驚いた、という表情を昇らせているだけだったのが少しだけ、いやかなり不満だった。結構痛いはずなんだけど。そのうえ俺の発言に目を見開いてから頭を掻き、困ったように眉尻を下げた。

「おいおい……おれは、」
「た、助けて!この男アタシを殺そうとしてるのよっ!」

男が何を言うのか少しだけ沸いていた興味が男の手から解放された女性が遮り、縋りつくように俺の胸元の服を握り締めた。女性の剣幕にか、男は、はぁ?と本当に不可解そうな声と若干呆れたような表情を昇らせて女性の様子を見ている、男を見て。無理やり反論や抗議をするつもりはないんだな、と探りながら、視線だけで女性と男を交互に眺める。
男は困った様子ながらも静観することにしたらしく、樽に腰掛けて俺達のやりとりを眺めていた。
ついで女性に視線を向ける。小奇麗な顔をしていた。しかし俺の服をつかむ指先は、細かな切り傷や擦り傷で痛んでいる。

「……、なんと!それは大変だ!大丈夫、すぐに助けてやるよ」
「ほんと!?」
「ああ、もちろん。……ところで、この男は誰?」
「えっ…だ、誰って…」
「……どうして言葉に詰まる?普通命の危険を肌で感じた人間は必死だぜ?超必死。なんとか信じさせて助けてもらおうとしてな。お前は何て言おうか迷ったな?何を隠そうとしたのか…ちょーっとお兄さんに聞かせてくれねぇかなー?」

ニッコリ笑顔を浮かべてそう聞くと、女性は顔を蒼褪めさせて項垂れた。
意外と上手くハマった事に内心で歓喜する。だって、全部ただのハッタリだったし。罪悪感を感じないでもなかったが、無実の罪を着せてしまうことのほうが耐え難いので、そこはあえて見ないふりをした。
聞けば、男の私物を盗もうとして、男に見つかった。何かをいわれる前に叫んで何とか逃げようとしたところに俺が来たらしい。
結局盗まれる前に気付き、未遂で終わったので捕まえるのも微妙だから、厳重注意でおうちに帰えらせた。

「まったく…サボりにきた先で揉め事発見たぁなー……あんたも、悪者扱いして悪かったな」

腕を組んでやれやれと首を振り、男に向き直る。すると男は面白そうに破顔した。

「へぇ、近頃の海軍はちゃんと謝罪してくれんのか。嬉しいねぇ」
「…?!何で、俺が海軍だと?」

男の言葉に心底驚いた。サボ…散歩に出かけるときはあの暑苦しいマントは置いてきているし、海軍を示すものは何も持たず、動きやすい軽装である今の俺を見て、何故海軍だと思ったのか不思議でならなかったが、男はあっさりと俺の情報を次々に披露する。

「そりゃ海賊なら誰でも知ってるぜ?若くして将軍にまでのぼりつめた、能力者キラーのベイン・ジュール少将、別名"裁定の雷(いかずち)"。」
「……まぁ有名なのは嬉しいっちゃ嬉しいけどな、あんま表舞台に立ってないのに面割れしてるってのも複雑な気分。……なんで俺の顔知ってるんだ?」
「企業秘密ってやつだ」
「何が秘密だ、海軍専門の裏ルートとかそこらへんだろ」

頭を抱える。情報だけ流れているのかと無駄な期待は清々しく打ち砕かれ、海兵の顔まで裏に流れているとは迂闊だった。表舞台にたって散々活躍してきたガープのじいさんや海軍トップである元帥のセンゴクさんならともかく、俺なんてまだ少将になりたてで表立った事件にはあまり関与してないただのガキだってのに。めんどくせえな、と悪態を呟いた。

「で、俺の攻撃受けてもあんまりダメージ負ってくれなかったあんたは、一体誰なんだ?」
「俺はシャンクスだ」
「ブッ!!な、はぁ!?マジで!?うっそ、初めて本物見た!噂通りの赤髪!近くで見るとすげぇ綺麗だな!なあ、触ってもいいか?」
「いいぞ」

目の前にいたのは、あの四皇の大海賊、それも赤髪の船長だった。
海軍トップの海兵でも迂闊に手出しが出来ない海賊で、もうよくわかんないけど全員捕まえればいいじゃん、と適当に発した俺にガープのじいさんはいかつい拳を猛スピードで振り下ろした。何でも、海軍、七部海、四皇で世界の均衡はとりあえず保たれているとかなんとか。
上層部でも四皇の動きは抑えているはずで、ということは、島内での監視まではついていないにしても、ここに赤髪が停泊していて、そこに何も知らない俺がのこのことこの島にやってきたことも、諜報部隊なら分かっているんだろう。もしかしたら、今回の"捜索"に関してはじいさんの拳骨を覚悟しなきゃいけないかもなあ。

そんな海兵らしいことを考えたのも一瞬で、俺といえば目の前の男にもう既に目も心も奪われていた。今手を伸ばせば届く位置にいるシャンクスは、街にいた青年達とさほど変わらない柔らかな雰囲気を持っていた。赤髪と対峙したことのある海兵が、あの覇気はハンパねぇぞ、と言っていたのを聞いたことがあるが普段は抑えているんだろうか。
一歩二歩と進めるだけで狭い路地のここではもう彼との距離は50cmも離れていない。赤い髪にひきつけられるように手を伸ばして、でも本当にいいのかな、なんて今更なことを考えながら、半ば恐る恐る伸ばした手と、俺の子供のような反応を優しげに見守るようなシャンクスの視線に、チリ、とどこかが傷んだ、気がした。

「…すげぇ綺麗。しかも超つやつやじゃん。いいねー」

髪の隙間に指を差し込んで掬うように髪を梳く。酒場からもれる光に反射する透き通るような、赤。同じ赤でも見慣れた赤い血とはまるで違う、くさい言い方をするなら宝石みたいな色だった。
うっとりと見とれながら何度か繰り返していると、シャンクスの目の前に滑り落ちた俺の髪を彼は優しく掬った。




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