孤高の神




聖地・マリージョア。一体何度目の召集かは忘れたが数ある召集の中で7回目の出席だということは覚えていた。何度も召集を無視し続けていた俺が珍しく参加した理由は簡単だ。単なる暇つぶし。議題に興味があっただとか、あの暴君みてぇに召集に応じるのが義務だと思っているはずもなく、久しぶりに持て余した時間をたまには七武海らしい事してみようかと、らしくねぇ事考えただけのことだった。



「…また一人、厄介な新人が現れた」

「フフッ!フフフ…厄介じゃない海賊がいるってのか?」

重々しく口を開いた面が面白くて思わず噴き出した。こんな抜けた出で立ちしてるがこれでも海軍のトップにいる"仏"のセンゴク。隣のヤギはなんだとかそういう突っ込みは今まで誰の口からも聞いた事ねぇが、元帥が連れ歩いてるくらいだからこいつも何かの実は食ってるのかもしれない。


「聞け。コレは、厄介で片付けられる範疇ではない。もはや、海軍…いや、世界の脅威だ」


「……どういうことだ?」
「何度も兵を出したがことごとく惨敗。兵の生き残りの報告には、共通項はまるでなかった。…たったひとつを除いてな」

勿体付けるように言葉を切った。相変わらず笑わねぇ目だが今回ばかりは険がある。こいつのこんな顔も珍しいなと思いながら椅子に深く座り足を円卓に盛大に投げ出した。二つ隣の席にいた、これまた珍しい参加者はゆっくりと身を乗り出し両肘を突いて指を組んだ。赤髪がらみならいつも見る顔の鷹の目は、以外にも議題に上っている人物に興味を示しているらしい。

「…それは?」


「……、『まるで<神>のようだった』。」


「フフッフフフフ!! 神だって?…まともな報告もできねぇのか、あんたんとこの兵隊は。」

そのあんまりな報告にまたしても噴き出した。無能揃いだな、と付け加えたい気持ちはとりあえず堪えて、いくら茶化しても未だ重々しく話そうとする元帥殿に視線を向ける。全くノリが悪ィ。いや、元帥がノリノリでファンキーなヤツだったとしてもそれはそれで海軍を疑うが。


「私も最初は目を疑った。だが、報告書に書いてある、能力者としての特徴は全員違う。ある物は炎だといい、ある者は雷、またある者は氷、風…直接話を聞いたが、幻でも妖でもないらしい。一人ではなく生き残り全員が言うのだ、間違いはあるまい。気になって部下に悪魔の実の図鑑を調べさせたら、ひとつ……気になる実があった。………………名を、……『カミガミの実』」


一瞬耳を疑った。かみがみのみ?神々か?同じ単語を二回続けて実の名前とする悪魔の実に反してんじゃねぇか。『神』だから特別ってわけか?だが、今までの話が全部本当だとしたらそいつは自然系の能力を使えるって事なんだろう。物理的な攻撃を無効化できる自然系の能力者ってだけでも相当な強さを誇るんだ。全ての自然系が扱えるとなると、それこそ最強に近い。うまく使えれば相当使えるヤツだって事だ。

「『悪魔』の中に、『神』がいるって?フフッフフ…笑えねェ冗談だな…」
「……それが真実ならば、確かにその男厄介だな」

鷹の目は唸るような低い声でそうつぶやいた。まだ会った事もない新人をここまで言うとは驚きだ。周りに押されるようにおれの中でそいつへの興味が益々膨らんだ。

「名前はなんてんだ?」
「"閻王"ベイン・ジュール」

センゴクがその名前を言った瞬間に場の空気がピンと張り詰めた。全員が名前に注意を払ったってことか。ここにいるやつら全員に名前を覚えさせるなんて大した新人だ。ジュールとかいう新人についてあれこれ考えている端で、センゴクがそいつの容姿について伝えていた。ほとんど聞いてなかったが、かろうじて耳に入ったのは『青い髪』って事だけだった。気付いた時には話がちょうど途切れていて、重々しい空気が漂っている。

「フッフフフ…"閻王"ねぇ…で、今回の召集は?その閻王を殺せってのか?」
「…いや、そいつの捕獲だ。言うまでも無いが、生きたまま。今は脅威だが、引き入れる事ができれば我々にとっても全国の市民にとっても大きな助けとなる」
「……随分買われたものだな」

センゴクの正直な、だが裏がありそうな物言いに鷹の目は哀れみのような声を上げた。頭のいいこいつの事、海軍に捕まればどんな扱いを受けどんな末路を辿るのかが見えでもしたんだろう。というかそんな事、ここにいる全員が簡単に読めただろうし、そして全員興味が無かった。所詮そういうやつらの集まりだ。正義とか言いながら人殺すような集団と、政府お抱えになったといっても所詮海賊。お綺麗な考えなんてそもそも浮かばない。利用できるものは擦り切れるまで使い切る。それはおれも同じ事だ。


「あんたはやる気ねぇんだろ?面白そうだ…おれが行くよ」


精々おれの役に立てる人材だと嬉しいんだがな。そう置き去りにするように口に出して、議会の終了前に一人すたすたとその場を後にした。









そんな話を暇つぶしのように時折冗談を交えながら話し終えると、それまで一言も口を聞かず相槌も打たずに、だが時折視線をおれに向けながらちゃんと聞いていた目の前の、最高にいい意味でありえねェ面した男は顎を斜めにしゃくって玉座らしい玉座で頬杖をついた。

「…で?」
「ん?」
「その話をする事と貴様のこの手は何の繋がりがあるというんだ?」

悪態をつきながらおれの真正面にいる男は、腰に回された腕を軽く腰をずらして椅子との間で潰す様に少し力を込めた。本気のつもりもないただ示唆する為だけに為された行為だったが、その仕草が何故か心臓あたりにキて思わずにやける。

「フフッ!つれねぇな、ジュール」
「俺の能力も知っているはずの、"能力者"の貴様が"俺"に……何の用だ」

徐々に険しさを増していくジュールの瞳から視線を一度も外す事無く肩を竦めた。会議で聞かされたことをそのまま話したが、その割りに何か仕掛けることもなくただ座って会話している今の状況が気持ち悪いんだろう。だが気持ちの悪さを感じているのはおれの方だ。初対面の政府側の人間が目の前にいてあまつさえ腰に腕を回してるってのに振り払う様子も見せないこいつは一体何考えてるんだ。あれか、悟りでも開いてるのだろうか。いやそれは神じゃなくて仏か。それともおれの事なんて眼中にないのだろうか。

「おーおー…トゲのある言い方だな。…お前を生きたまま連れて来いって、上からの命令だ」
「ふん…その話なら断ったはずだ。報告も満足に出来ないのか、海軍は。」

ジュールは小馬鹿にしたように鼻で笑い、ゆっくりと目を閉じた。ここでおれの頭はさっきの問題にケリをつけた。正解は後者の"眼中にない"、だ。これでも海では恐れるほうじゃなく恐れられる立場に結構長い事いるおれを警戒する素振りも無い。全く馬鹿にしてやがる、と憤慨するシーンだ。ただし、今回は"いつもなら"というオプションが付いてくる。いつもならおれは馬鹿にされたままでいるのが我慢ならなくて即効で殺すだろうが、今回ばかりは何故か爪も牙も剥かれる事無くなりを潜めている。信じがたいことに、我慢できるらしい。我慢というよりも、何故か嫌だと感じない。殺意や嫌悪の変わりにこみ上げるように感じるのは、ただただ興味だった。この男の何がそう感じさせんのか。食った実の力か、それともジュール自身の求心力か。

「フフッ、まぁそう言うなよ。ああ、別に来たくなきゃこなくていいぜ。その代わり俺がお前に会いに来るだけだ」
「どちらも願い下げだ。」


無視をするでなくひとつひとつ俺の言った言葉に返してくれる事に、思いのほか喜んでいる俺は、ついやらかした。行動で、じゃねぇ。言葉で、だ。それに気づいたのは、取り返しがつかなくなってからだったから、後悔したところで意味ねぇんだが。


「それとも、俺の仲間になるってのはどうだ?」

「……おい。」

「ん?」


ジュールが話しかけてくる事に嬉しさを覚えて、嬉々として返事をする。しかし、俺は気付くべきだったんだ。ジュールの声の低さと、徐々に増す彼の威圧感に。

「用が済んだのなら早く出て行け。いつまでここに居るつもりだ」


「フフッフフフ…あんた、話し相手もいねぇんだろ?ずっと狙われっぱなしじゃ、最初はいてもだんだん離れていくもんだよな」



そしてついに、最後のスイッチをそれと気付かずに押した。



「!…ふん、なるほど…今日始めてあった他人に同情されたってわけか。…お前、『誰』と居るのか分かっていないようだな。」

ジュールは、玉座に座り足を組み肘をついたその姿勢のまま、腰に腕を回していた俺を気圧のようなもので弾き飛ばした。とはいえ、俺の体格のせいかジュールが加減したのか(恐らく後者だろうが)、ジュールの足先数センチというところまでだったから、弾き飛ばされたままの体勢で顔を上げると、陛下に許しを請う従者のような体勢だった。その姿に内心笑う余裕があればまだ救いはあったのかもしれないが、生憎突然の事態に、憤慨するというよりは驚いてただジュールの行動を目で追っていた。
ふう、と息を吐く。
そんな姿も様になってやがって、イラつくよりは見惚れた。
クッと目に力を込めた。睨んでいるのかとも思ったがそうではなさそうだった。


『跪け……どうも俺を見くびっているようだな、畏怖し、二度と生意気な口を叩くな』
「…!!な…なんだ、これ…!」

立ち上がろうと足に力を入れた途端、ジュールはそれを遮る様に口を開いて命令するように威圧的な言葉を並べた。その言葉は耳に入るんじゃなく、直接脳を締め上げるようだった。何を冗談みてぇなこと言ってんだ、と思いながらもなお立ち上がろうとするが、なぜか体に力が全く入らない。
そう考えて思い直した。いや違う。力が入らないんじゃない、ありえない力で押さえつけられているような、行動するための能力をすべて相手に掌握されたような感覚だった。
何か発言しようとしても口が開くだけで声にならない。軽口も、現状の質疑も何もジュールには届かなかった。
跪き、ジュールを畏怖さえして、そして何も言えない。
すべて今ジュールが命令した通りになっていることだけは理解していた。


『俺の仲間になるってのはどうだ、お前、さっきそう言っていたな?』

「…っ、…」


ジュールから目を逸らせない。逸らしたら負ける、みてぇなプライドだけの問題じゃねぇ。あの目だ。ジュールのあの目が、俺の心臓まるごとぶち抜いていて、もはやジュールの言葉なしに目を逸らすことも、発言の権利さえも、ましてや体を動かすこともできねぇんだ。そして何もできない今の俺に、現状を理解することだけを与えてくれている。


『お前が俺に仕えろ!絶対の服従と忠誠を誓え。…上にもそう報告するんだな』

「…っ!…ぁ…!」


絶対の服従と忠誠だと?ふざけた冗談だ。
そう片頬で肩を揺らし嗤う。いつもなら。
生意気なだけのルーキーなんて、利用してどう使い捨てるか考えるのはいつも俺のほうだ。生殺与奪さえも自由に選べる。荒くれ共の海の中、俺は中々にいい位置にいるんだ。このまま順当に上り詰めて今後この海を統べるのはこの俺だ。そのはずだろう。
翡翠の目が俺の目を貫く。
目の前の、俺よりも体の随分小せぇ、年齢さえも一回り以上下のはずの男の、絶望さえ感じる程の圧倒的な存在感。押し潰されそうで息もまともにできない。ジュールの、閻王の言葉のひとつひとつが俺を拘束していく。
嘘だろ。怖がってるってのか。この、俺が。


『…返事が聞こえないようだが?』

「…わ…か、た…」


俺の返答さえも自由に操る。従順に返事するしか残された道はなかった。逆らう機能はすべて奪い去られた後だった。冷や汗が止まらねぇ。夏でもねぇってのにすでに体中がずぶ濡れだった。ジュールと、自分に対する絶望でいつの間にか震えて視線だけはずせないまま体が縮こまる。ジュールの組まれた足先が俺の顎を捉え、顔を上に持ち上げられる。それに満足したのか、ありえねぇ顔がありえねぇほど綺麗に嗤う。


『ハッ…いい様だな、ドフラミンゴ…?』

「…ッ」


絶対君主。
不意に浮かんだ言葉に内心嗤って、その絶対君主にいいようにされてる俺に嗤えねぇ気分だった。
その、はずだった。
だが、正反対の部分でこいつの内部への侵略を拒絶しきってねぇ部分があることに気付いて愕然とする。ゾクリとした。こいつに心臓ぶち抜くような目を向けられたとき。こいつの言葉になぜか全く逆らえなかったとき。そしてそれを、怖いと思うのと同時に俺は、面白い、とさえ思っていた。この俺をいいように扱う人物が現れたことにもそうだったし、元帥殿さえ苦い顔をさせるこいつが俺よりも年下で。どこかで喜んでいる自分に気付いた。あー、変態とかそういう意味じゃねぇから。最近めっきり減った、興味を向けるに足る野郎と出会えたことにだ。少しだけならこいつに付いてやってもいい。
そう思って嗤った。


『もう用はないだろう。…さっさと行け』

「…は、い…!」


口から出るのが敬語ってのが腹立たしいけどな。








そして俺は、絶対君主サマの言いつけどおり、君主サマの犬よろしく律儀にマリージョアに報告に上がっていた。
磨かれた円卓の上に座り込み、センゴクに笑みを浮かべる。徐々に怒りに震えるセンゴクを眺めるってのも悪くない。ついには怒りに震えて、円卓を拳でガン!と殴りつけて怒鳴り声を上げる。

「なんだと!?もう一度言ってみろ、ドンキホーテ・ドフラミンゴ!」
「…フフッフフフ…!聞こえなかったのか?…捕まえるはずが、逆に捕まっちまった。俺はもう閻王絡みの任は請けねぇし、閻王に手ェ出すってんなら俺は、あんたらじゃなくアッチに味方するぜ」

「…うまく丸め込まれたものだな」


俺とセンゴクの間、壁に背を預けて傍観していた男が静かに口を開いた。よほど閻王に興味があるらしく、珍しくもまた、この会議に出席していた男に視線を向けて手のひらを合わせるように指を組む。

「フフフッ!それは嫌味か、鷹の目。確かに能力は使われはしたが、これは俺の意思だ。あんたも会えば分かるかもな?」


それきり興味をなくしたのか一向に黙り込んだ鷹の目を無視して、用件は済んだとばかりに円卓から飛び降りて船に向かう。後ろからがーがーうるさい声が聞こえたがまるっと無視だ。
頭に浮かんだ人物に、ニヤリと顔が歪む。



閻王・ジュールが根城にしている島に向けて、颯爽と船を走らせた。



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