Past-02.




「ロシー」
「ん」


アジナに服の裾を引かれて足を止める。
アジナと出会ってから、不思議と転んだり火だるまになったりすることが減っていた。
守る者ができると変わるのかもな、なんて適当に考えて、おれはアジナに振り返る。

「どうした、アジナ」
「ん……」

アジナは、こうやって時々俺を引き留める癖に、足を止めてどうしたか聞くと決まって首を横に振る。
相変わらず視線は合わない。
アジナの過去は聞いたことがなかったから、もしかしたら両親や周囲に甘えられなかった分今おれに甘えているのかもしれないと思うと、アジナの事がとても可愛く思えた。
ぽんぽん、と頭を撫でるとアジナはおれの服の裾を掴む手を離して、そしてそれを合図にしたかのようにまた一緒に歩き始める。

「アジナ、訓練はどうだ?」
「大変。……目を見ないと怒られるんだ」
「ふは、そりゃそうだろうなあ」
「目、見たくないんだ。怖い」

アジナの言葉が不思議で、自然と足を止めてアジナに振り向く。
教官が恐いという事だろうか。軍隊だから優しい人はまずいないだろうが、それでも普段から人の目を見ない事もあってとても気になった。


「怖い?……どういう事だ?」
「……」


アジナは俯いて体を震わせる。
何か怖い事をされたんだろうか。それとも、とても綺麗な珍しい目について何か言われたりしたのだろうか。
規律のある軍隊とはいえ色々な人がいるから、苛められたりしたとしても不思議はなかった。


「誰かに何かされたのか?何か言われたか?」


少し間を置いた後、アジナはふるりと首を振った。
アジナは何も言わなかったがきっと嘘はつかないだろうという安心感があったからとりあえずほっとして、でも一体何がそんなにアジナを怖がらせているのか心配だった。

「目を、見ると……」
「ん?」

そこで言葉を区切って、首が折れるんじゃないかというくらい俯いた。
心の声が聞こえるんだと教えてくれた時のような緊迫感が確かにあって、それと似たようなことを告白しようとしていることはおれにも分かった。急かすことも促すこともせず、おれはただ告白でも誤魔化しでも、ここが廊下だということも忘れてアジナの言葉の続きを待った。
沈黙を埋めるように周囲の喧騒が混じる。遠く、グラウンドでは訓練中の教官と海兵の声が響いてる。おれたちの様子を通り過ぎ際眺める海兵たちは離れてから囁いているのが聞こえた。そうか、声。


「"サイレント"」
「!」


指を弾きながら呟いた。
これで周囲からおれたちの声は聞こえなくなった。アジナが、急に単語を呟いたおれを不思議そうに顔を上げたのを見て、簡単に"防音壁"を張ったから声は聞こえなくなった事を伝える。

「これで誰にも聞かれない」
「……、目を、見ると、……」

喧騒も何もかも聞こえなくなった小さな空間で、さらに体を小さくさせながらアジナは一度服の裾をさらに強くぎゅっと握りしめてから心を決めたように服を離し、顔を上げておれの目を見た。
あの、ホログラムの綺麗な目だ。その目がじっとおれを見ていて、それがとても綺麗で見とれてしまう。


「未来が、見えるんだ」
「……、なんだって?」
「他人に触ると、過去が見える」
「……! だから、触りたくないって……」


言いたいことを言ってすっきりしたのか、力のこもった様子の体が弛緩して天井を見上げ、細く息を吐いてから再び俺を見たアジナは、どこか吹っ切れた顔をしていた。警戒も緊張もない、穏やかな顔をしている。なんだ、できるんじゃないかそういう顔。


「化けもんって言うやつもいたし、神って言うやつもいた。占い師とか預言者みたいなことやらされてた」


大まかな未来なら目を見なくても見えるんだけどな、と寂しそうに床を見て笑う、その顔の顎を掴んでおれを見させる。
そんな顔させたくなかった。それならおれを見ていればいいと思ったし、見られて困ることもない。


「何か見えたか?」


驚いて瞠目してるアジナの顔が年相応に見えて、その険のない顔がとても可愛いと思った。
綺麗な目だ。何度見てもそう思う。
おれをじっと見てたアジナが、ハッとして視線を泳がせ、顎を持ち上げるおれの手に自分の手を添えた。触れるじゃないか。


「た、たばこ吸って燃えてる」


恥ずかしそうに顔を赤らめながら、それでもおれを見てるアジナがとても可愛くて満足して、ゆっくり手を離した。
さっきみたいな悲しい顔じゃなければなんでも良かったが、たった一人で絶望の淵に立ってるような、さっきみたいなのはできたらおれが全部塗り替えてやりたい。
アジナの予言に、おれは「ふふ、」と声を出して笑った。


「それ、よくやるんだ」




***




見えた未来も過去も、考えていることだって。
垣間見さえすれば俺はお前の事なんか嫌いになれるって思ってた。そうあることを望んでいた。分かりやすい強がりだ、結局そうじゃないことを期待しているから"見る"というのに。

見ようと望んでいるわけじゃない。
ほぼ自動ダウンローダーのようなものだった。欲しくも無いのに近づいただけで、目を見ただけで、触れただけですべてが見えるんだから。
俺は異質で異形で、化け物だった。喋れるようになってから、ずっと。
周りは人の皮を被った悪魔ばかりがいた。俺も化け物だから丁度いい、なんて、小さいときは思えなかったが。

隣にいるロシーを見上げる。
訓練の時はさすがに無理だが、いつも隣にいてくれる。
任務も俺のせいで受けることができないでいるようだった。聞いたってはぐらかされるだけだろうから悪いとおもいつつもこっそり触って"見た"ら、センゴクさんに俺の保護者認定されていて、慣れるまで任務無しで俺の傍にいることを命令されていた。
申し訳ない、と思う。
けどそれと同時に。


あ。


「ロシー」
「ん?」


窓の外から砲弾が飛んでくる。
そしてそれを何故か運の悪いロシーがその身で受けてしまう。
避けるためには今止まればいい。
俺はロシーの服の裾を引っ張って足を止めさせる。目の端ではロシーが振り返りながらどうした?と顔を覗き込んできたが、俺は窓の外に視線を向ける。来た。
窓の割れる音と、壁に砲弾が着弾する衝撃と破壊音が響いた。
ロシーは恐る恐るという感じで破壊された通路を若干顔を青くしながら見ていた。

「ちょ、ガープ中将やばいですって!!」
「おぬしらがちゃんと止めんか!」
「無茶言わんでくださいよ!」

グラウンドの端に小さく見える人影が、ここまで聞こえるくらい大きな声で話していた。あの人は砲弾を使う戦闘スタイルなのか。訓練中に方向を誤ったのかな。ぼんやり適当な事を考える俺の頬をぺたりと触られて、驚いて飛び跳ねるように一歩後ずさる。

「あ、悪い。怪我なかったか?」
「だ、大丈夫」
「そっか、よかった。道穴開いちまったから、回り道していくか」
「うん……、あ」
「え?」

俺の前を歩こうとしていたロシーが、今度は破片に足を取られて転ぶところが見えた。
次から次へと本当、休んでいられる時間がなかった。ドジっこなんだと自分で言っていたが、これはある種病気なんじゃないのか。大丈夫か。敵前だったら敵逃げるぞ。

「俺、右側歩く」
「?おう」

不思議がりながらも俺の言うとおりにしてくれて、ロシーは俺の左側を歩いてくれた。
転ぶ原因になる予定だった木片をまたいで、ロシーの服の裾をつまむ。今度は何もなかったが、俺がロシーを引き留める言葉を何も言わなかったのもあって、少し視線を寄越しながらも特に何も言わずに、そのまま。


「ちょっと失礼、お二人さん」


突然後ろから声を掛けられ、ほぼ二人同時に振り返るとそこにいたのはクザン中将だった。
ダルそうに頭を掻きながら、黒いサングラスをきらめかせて近づいてくるので、俺は咄嗟にロシーの背後に回り込んだ。不用意に近づかないで欲しかった。理由は俺と、今はロシーしか知らないから仕方ないのだが、クザン中将の持つだるいはずの雰囲気が硬質的で刺々しかったのも原因だったかもしれない。

「クザン中将、どうしたんですか」

ロシーは敬礼もせずにクザン中将に尋ねた。クザン中将は大きい溜息をつきながら、背後に回り込んだ俺をじっと見つめているようだった。視線が突き刺さっていて、目は見たくなかったので俯いたままだったが。

「君、アジナとか言ったか?」
「……はい」
「悪魔の実の能力者?」
「いいえ」
「じゃあちょっと気になることがあるんだが」
「……なんでしょうか」

クザン中将は言葉を区切って、また小さくため息をついて腕を組んで、ついでに仁王立ちで俺を見下ろした。
ロシーはややあたふたしながらも俺を前に押し出すこともなくずっと俺とクザン中将の間に挟まってくれている。俺を心配してくれているのは痛いほど伝わってきた。

「不思議な力あるんじゃないか?」
「……はい?」
「ちょっと前から見てたけど、結構事前に回避するよな。特に、どじっこロシナンテがアジナが来た最近はめっきりドジ知らずだって言うじゃない。ドジするの、最近はアジナがいないときだけ。つーことは、だ。アジナに不思議な力があると考えるのが自然、だがお前は能力者ではないと言った。という事は?」
「……」
「悪魔の実じゃない、本物の能力者だってことだろ?」
「おっしゃっている意味が分かりませんが」

俺は取りつく島もなくぴしゃりと否定した。ばれたくない。また利用されたくない。その一心だった。だが、拾ってくれたのだからそれくらいしなければならないような気もしている。どの道体の弱い俺にはそれくらいしか恩返しする術がなかった。否定したその端から、肯定しようかと心が揺れる。
気付かれないように少しクザンに近づいた。
俺を疑っている。ただ、それは問い詰めて白状させようという類のものではなかった。そうだったら面白い、どんな感じなんだそれ、落とせそうなおねーちゃん教えてくれたりしないかな、だった。
俺はすっかり鼻白んでしまって肩の力を抜いて頬を緩める。

「用件がそれだけなのなら失礼致します。……ただ、」

ロシーの服の裾をちょいちょい引いて歩き出そうと誘導し、頭を下げて歩き出したロシーに続いて俺も踵を返し、肩越しに。

「あまり浮ついた事を考えていらっしゃると、サカズキ中将あたりにどやされますよ」
「……あららら、それってやっぱ」
「失礼いたします」

最後までクザン中将の目は見ずに、ロシーの後に続いた。
噂に違わず怠い人だったが、あまり波風の立たなさそうなクザン中将の内面はロシー程ではないが穏やかで、もしかしたらあの人の隣も居心地がいいのかもしれないなんて、ロシーに会う前には考え付かない事を考えながら、ロシーを助けるの、結構露骨だっただろうかと考えていた。
ロシーが、単なる自分のドジなのだとしても傷つくのが嫌だった。立ち止まるだけで回避できるわけだし、と軽く考えて簡単にあちらこちらで足を止めてもらっていたが、見ている人は見ているものだなと思う。他にも気付いている人がいるのかもしれなかった。その人がクザン中将と同じように考えるとは思えない。利用しようとするだろうし、そこまでいかなくても恩恵にあずかろうとする人は必ずいる。近づけば頭の中身は分かるから騙される心配はないのだが。

「何でバラしたんだ?言わなくてもあの人なら……」
「頭の中身、穏やかだったから、ほのめかすくらいいいかと思ったんだ」
「お前な、咄嗟に防音壁張ったから良かったものの、あんなとこで話してたら周りにだって聞かれててもおかしくなかったぞ」

どこまでも俺を心配してくれる優しい人。
どこまでも陽だまりみたいに俺を温めてくれる人。
ふにゃりと頬を緩めながらまた服の裾を掴んで少し近寄った。頭の中身を覗くためじゃなく、なんというか、そう。
ただ近づきたかったから。

「ロシーが防音壁張ってくれたから、言ってもいいかと思ったんだよ」
「……ああ、そうか、お見通しだったか」

「嘘つけねぇなあ」と屈託なく笑うロシーに、また救われて俺は笑った。
普通気持ち悪いと思うはずなんだ。勝手に頭の中覗かれて、利用されるはずの俺がロシーを利用していると思われても仕方ない状況なんだ。なのに、この人は。
触れてるのは服の裾なのに、そこには血なんて通ってないはずなのに、ロシーの温かさが指先から伝わって泣きそうになった。

「ロシー、」
「ん?」

俺の言葉に律儀に毎回足を止めて俺を覗きこんでくれるロシーを。

「あり、がと」
「……?ああ、防音壁か?どーいたしまして」


へたくそな笑顔でピースしてみせるロシーの事。




俺、あの人の事、本当に天使かと、思ったんだ。






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2015/08/24 gauge.



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