Past-01.




運命、なんて
最悪の意味合いでしか使わないと思ってた。




とある島が戦場になった。
その島の国と、別の島の国が起こした戦争の舞台がその島だった。
その暴動を抑えるようにと言われ派遣されたおれたち海軍だったが、島に着く頃には双方全滅という最悪の形でその戦争は終結していた。


まるで瓦礫の中から宝石でも探すみたいに慎重にくまなく周囲を見渡しながら、どこか呆然としながら色々なものが折り重なる朽ちた道を歩いていた。

黒い煙が立ち上る民家。
焼けた石の放射熱。
焦げた血の匂い。
焼けて放出された脂肪のべたついた空気。
飛び出た内臓の腐った匂い。


そんな、地獄とでも称すのが丁度いいような島。
じりじりと照りつける太陽がさらに悪臭を際立たせていた。
仕事とはいえ気の滅入る、トラウマにでもなりそうな場所だった。


「ロシナンテ中佐ー、こんなとこで一体なにしろっつーんすかー?」
「戦争も終わってるみたいだし、帰りましょーよー」


すぐにでも立ち去りたいのはおれだけじゃなくて部下たちも同じようだ。
気持ちは分かる。おれだって、「戦争は終結し、生存者はいませんでした」と碌に見てもいないのにそう報告をまとめたい気分だった。
げんなりしている部下に苦笑して指示を出す。


「まあ待て、まずは生存者の確認と、首謀者の生存確認、戦争に関わる資料の捜索だ」


ありきたりな指示を出すと、部下たちは大変げんなりした様子で「へぇ〜い」と気の抜けた返事をした。
方々に散って行った部下の背中をしばし眺め、おれも捜索にあたるべく歩を進めた。
空は一応青いのに、こんなにも暗鬱として悪臭だらけの島には自然と顔も顰められる。できたらマスクが欲しいところだったが、生憎備品としての持ち出しはない。


白い壁の、一際大きい民家。白亜の豪邸、とでもいうのだろうか。煤や血で酷いことになっていたが、立派な家だったんだろうという事は一目でわかった。
もしかしたら家ではなくてこの小さな島の王が住む城だったのかもしれない。
赤や黒に染まる人が何人も倒れている銃や剣を手に持ちながら。きっとみんな戦ったのだろう。中には女性や子供も混ざっていた。青年らしい筋肉を持ちながら、手のひらには訓練を受けたような跡はない。ただの使用人だったのかもしれない。

どうしようもなくやりきれない気持ちになりながら、もはや何色なのかもわからない家の中を歩く。
首謀者らしき人物は見当たらない。
嫌な話だが、生存者も。


歩いていると、厳重な牢屋みたいな重厚な扉が閉ざされたままになっていた。
ドアノブが床に転がっていて、ドアノブ付近には無理やりこじ開けようとした刀傷や弾痕が残ってはいるが、扉が開いた形跡なはい。もしかしたらここには何か重要なものがあるのかもしれない。



「誰かいるのか?」



何の反応も返ってこない。
武器庫か、もしくは宝物庫だったのかもしれないと思い、おれは持っていた銃で何とか扉をこじ開けようと何度か発砲した。当然ながら傷が薄くつくだけだったが、この扉をそのままにしていたら上司の叱責を覚悟しなくてはならない。

「誰も、いないのか?……参ったな」

扉が厳重すぎるのか、人がいるかどうか気配さえつかめなかった。
どうしたものかと頭を抱えながら、無駄とはしりつつもう2発だけ発砲してみた。


「……え、」


ガタ、と物音がする。
銃撃の衝撃で中の何かが崩れたのかもとも思ったが、もしかしたら中に人がいるのではないかと、その思いの方が強くておれは乱暴に扉に拳を打ち付け叫んだ。


「誰かいるのか!?返事をしてくれ!おれは海軍だ!助けに来たんだ!!」


中の様子を伺うが、何の物音もしなくなっていた。

「戦争はもう終わっている!もう大丈夫なんだ!助かったんだぞ!」

ガンガン、と扉を打ち付けながら何度も安心させるように叫んだ。
しかし、いくら扉を叩いても叫んでも中から人が出てくる様子はない。
もしかしたら本当に誰もいないのではないかと思い始め、扉を叩くのをやめて、部下を呼びに行こうと足先を入口に向ける。中に誰もいないならそれでいいが、この扉の中は確認しておかなければならないからだ。何人かでやれば開けられるかもしれない。こういう時、おれの能力は役には立たなかった。



「!」


カチリ……、と静かに背後の扉から、鍵の空いたような軽い音がした。
今まで何の物音もしなかったのに、とても驚いておれは、金属が軋みながら静かに口を開けていく扉を幽霊でも見つけたみたいに凝視していた。

「……、?」

てっきり誰かが出てくると思っていたが、ただ扉が静かに開いただけで中から人が出てくる気配はない。
一体どういう事かと、やけに大きくなる鼓動を極力気にしないようにしながら、銃の先で静かに扉を開いた。

中には、誰もいなかった。

「……、誰か、いるのか?」


周囲に視線を忙しなく走らせる。
何かに丸ごと自分の何かを掌握されているような威圧感と緊張感があって、つ、と冷や汗が流れる。
何か得体の知れない何かがある。
言い知れぬ緊張感は恐怖にも似ていた。

小さな部屋だった。ベッドと、小さなサイドテーブルがあるだけの部屋だったら子供部屋なのかと無理やり思い込むことはできたのに、重厚な扉とベッド際の壁から伸びる、まるで罪人にでもつけるような鎖がこの小さなありふれた部屋を異様な空間に仕立て上げていた。

何だ、この部屋は。

恐る恐る、鎖の伸びる先を目で追う。
ベッドを飛び越え、どこかに向かって伸びていて、そして若干揺れていた。
自分で能力でも使ったのかと思うほど何の音もしない。
呼吸が浅くなっているのが分かる。
鎖は、一直線に伸びていた。おれの扉の、近くだ。
何の気配も、しない。

何の気配もしない、のに。


「あ……」
「……」

そこには、鎖の先には、少年なのか青年なのか、とにかく大人ではない男が俯いて立っていた。
白い、ワンピースのようにも見える布きれを着て。
顔は見えなかったが、黒い髪はぼろぼろだった。
肌も白い。病人のようにさえ見えるのに、健康なんだろうなということは本人の持っている生命力なのかよくわかった。
取りあえず足のついている事をつい確認してしまいながら、銃を下して男に手を伸ばす。

「だ、大丈夫か!?怪我はないか!?なぜこんなところに…!捕虜だったのか!? ああ、とにかく話は後だ!まずは船に行こう!」

肩を掴もうとした手をひらりと躱された。
俯いたままだし怖がっているのかとも思ったがそうでもなさそうだった。見たところ震えてもいない。


「ど、どうした……?」
「……、」


目の前の男は、俯いていた顔を上げて、じっとおれを見つめていた。

その、目が。
紫色の目なんて、少し珍しいがいないわけじゃないのに。
目がホログラムのような煌めきを見せながらおれを見ていて、その異質な瞳の眼差しに思わず一瞬目を逸らした。

心臓が一回、一際高鳴ったのが分かった。


「……海軍、なんだ」
「あ、……ああ、そうだ。助けに来たんだ。一緒に行こう」


この異様な空間で、初めて聞いた男の声に思考を忘れ、一瞬何を言っているのか理解するのが遅れた。
思っていたよりも深い声だった。低いわけじゃなく、高いわけでもなかったが。
異様な空間、異様な男、そして異様な状況に冷や汗が流れたが、それでもやはりこんなところに一人でいたら死んでしまう。戦争の後は、とかく財宝狩りや残党狩りなどが起きやすい。鎖につながれているのも気になるところだが、海楼石でもなければ銃や剣でなんとか砕けるだろうと思っていた。
何にせよ、こんなところにいたら危ないからと無理やり連れて行くような真似はしたくなかったので、なんとか説得を試みる。無気力そうなのに眼差しの強い男は、何も言わずにじっとおれを見ていた。しばらくして、何に納得したのかふと目を閉じ、横を向く。

「……出られる、のか。ここから」
「……? ああ、もう大丈夫だ」

重い響きを伴ってはいたものの、まだ黒煙煙るこの場所に長居させたくなくて、男からの了承とも取れる言葉におれは心底安堵していた。腰に下げた剣を引き抜いて、ガン、ガン、と力任せに鎖に叩きつける。
程なくして思っていたよりもあっけなく外れた鎖を引き抜いて、鎖の切れ端と首輪はとりあえずそのままに男を小脇に抱えて部屋を飛び出した。

「そういえば、他に人はいるか?」
「いや、いない。全員死んだ」

閉じ込められるようにあの部屋の中にいたはずなのに、まるで見ていたみたいに言う男にやや疑念を感じたものの、おれも見たところ生きた人影は見つけられなかったこともあって、そのまま家を飛び出した。

大人しく抱えられている男は荷物のように微動だにしなくて、気絶でもしたのかと思うほど静かだった。




:::




海軍本部に帰還して、センゴクさんに経緯を報告すると、身寄りのないらしい彼は海軍でしばらく面倒を見ることになった。それについて異存はないが、流れ作業のように決まっていく自分の将来にまるで興味がないような態度でいられると、本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。
そういえば、名前はアジナというそうだ。
センゴクさんとの会話になってようやく名乗っていないことに気付いた。


センゴクさんの部屋を後にして、二人並んで歩く、いつも騒がしい廊下。

「なあアジナ、本当に良かったのか?」
「……海軍に身を寄せること?」
「ああ」

短く返事をするとアジナはポツリと笑って、正面の道を見つめながら小さく頷いた。

「戦わなきゃいけないのは大変そうだな」
「軍隊だからな。……なあ、今からでも近くの島に移るか?わざわざ大変な道歩かなくたっていいだろ」

しつこいくらいおれはアジナに海軍以外の道を示したが、何を思ったのかアジナは控えめな声を立てて笑った。

「……、あんた、海軍向いてなさそうだなあ」
「うぐ、……た、たまに言われる」
「優しすぎるって?」
「おれ、そんなに分かりやすいか?」
「いや、……そう、かもな。……、ロシナンテ」
「ん?」

アジナは急に立ち止まり、隣のおれの腕を引いて足を止めた。
すると、おれが進むはずだった十字路の横合いから勢いよく海兵が飛び出してきた。

「あぶね!あ、ロシナンテ中佐すんません!急いでるんすー!!!」
「気を付けろ!……たく、……で、引き留めてどうした?」

アジナに視線を合わせて尋ねると、アジナはおれをホログラムな瞳でじっと見つめて、すぐにぱっと視線と腕を放した。
周囲の喧騒が沈黙を埋める。訓練場からは銃声まで聞こえてきた。
アジナはなんでもない、という様子で首を横に振り進行方向に向かって歩き始めた。
特に用はなかったのだろうか。あそこで引き留められたら、そのまま進んでいたら激突するという事が分かっていたみたいじゃないか。






アジナを居住地に連れてきた。
あの島からはアジナをそのまま連れてきてしまったから荷物なんて何もなくて、おれのものしかなかったけど。
必要なものはこれから揃えればいいとして、ベッドは二段になってるからアジナは上を使えばいいし、おれ自身もそんなに荷物があるわけじゃないからここできっと十分なはずだ。
アジナだって右も左もわからないところでたった一人とか、別の他人と一緒になるよりはきっとこの方がいいだろう。
ところで喉乾いてたりしないだろうか。
アジナは口数が少ないから今何を考えているのか少し不安になる。

「なあアジナ、」

呼びかけると、俯いたまま顔だけをこちらに向ける。
あのホログラムのような綺麗な目は下を向いたままだった。
おかしいな、初めて見た時はその特異さに恐怖さえ感じたのに、今はあの目が見られないことを残念に思ってる。
きっとアジナの事知らなさすぎたからだな。アジナの事を少しだけ分かった今、初対面が嘘みたいに恐怖なんて感じない。

「おれと一緒の部屋で不自由しないか?変えてもらおうか?」

聞くと、アジナはふるりと首を横に振った。
注意深く観察してもそこに気遣いや遠慮は見られなくてほっとして、次の質問をする。

「必要なもの、これから買いに行こう。何もないと不便だろ?」

今度も首を横に振った。
いらないってことか?でも何もなくて生活できるはずがない。
今度は遠慮しているのだろうか。どうしていいか分からなくなって口ごもる。無理やり連れて行くわけにもいかなくて、どうしたものかと立ち尽くしてしまった。

「金、が、ない」

一文字ずつ区切るように言った言葉におれは「へ?」と間抜けな声を出してしまった。
アジナをじっと見つめてみると、どうやら少しいたたまれないらしく困惑というか、どうしていいか分からないみたいな感じで立っていた。
その、ようやく年相応に見える態度におれは笑った。

「なんだ、そんなことか。金の心配ならいらねぇよ、一緒に行こう」

伏せていた顔を少しだけ上げて、多分おれの腹あたりを見てるアジナの頭を撫でようと手を上げた。
サッと体を引かれてそれは叶わなかったから、おれの手は不自然な位置で止まって、すぐに下げる。
そういえば一番最初にあった時も肩に触れようとした手を避けられていた事を思い出した。

「触られるの嫌いか?」
「触るのも、触られるのも」

アジナは小さく頷きながらそう言った。そこで言葉は止まったが、続くとしたら「嫌いだ」なんだろうな。
触られるのが嫌いとは、一体どんな生活だったんだろう。親はいなかったんだろうか。もしかしてそのせいで触られるのが嫌いになったのだとしたら、アジナにはよりどころがなかったのかもしれない。それはどれほど辛いことだろう。

「……本当は、人に、近づくのもダメなんだ」
「近づくのも?」

顔を伏せて、ぶらりと下げられた両手はそれぞれ両足の服をぎゅっと掴んでいた。


「人に近づくと、……聞きたくないコエ、聞こえるから」


小刻みに震えて何かに耐えるように、絞るような声で言ったアジナの言葉を、おれはいまいちよく理解できずに数度まばたきを繰り返した。
聞きたくない声とは一体なんだ。近づいただけで聞こえるということは見聞色ではないようにも思う。自力で考えてみようかとも思ったが、おれはそうそうに白旗を上げた。さっぱり分かんねぇ。

「聞きたくない声、って……なんだ?」
「多分、心の中で、思ってる、こと」
「心の声が聞こえるのか?近づいただけで?」

頷いたアジナの体の震えは増々強くなる。
正直、聞きたいことはたくさんあった。分からないこともたくさんあった。けど、こんなに震えてるアジナをそのままに好奇心のまま尋ねることはできなかった。
アジナは、触れたくないって言ってた、けど。

「っ……」

きっと俯いてたから反応できなかったんだな。
おれはアジナを抱きしめた。頭いくつ分も小さな体だった。こんなに小さくて細くて、それなのにあんなに強く震えてたんじゃ折れちまう。
近づいただけで心の声が聞こえるなんて、それはどれほど辛かっただろう。心の声なんていい声ばかりじゃなかったはずだ。むしろ人に聞かせない声なんて悪い事の方が多い。それをあんな部屋で、たった一人で。あれだけ頑丈な扉の事を考えるともしかしたら幽閉されていたのかもしれない。一体いつから。戦争が起きなければ、もしかしたらこの先もずっと、あんな。

「どんだけ辛い事だよ、それァ…!!」
「……!」

肩口が濡れてる気がする。
鼻をすする声も聞こえて、どうやらアジナは泣いているらしかった。
声も、出さずに。
おれはお互いの感情が収まるまでずっと抱きしめ続けていたけど、アジナは抱きしめ返してくれることはなかった。
おれがアジナにしてやれることはないだろうか。アジナが、せめて怖がらずにここで過ごせるようには助けられるかもしれない。アジナが怖がらなくて済むように、泣かなくていいように、なんとかしたい。楽しいことだって、いっぱいあるんだ。うまい食べ物だって、嗜好品だって、遊びだって、なんだって。

「おれが泣いちゃ世話ねぇな」
「いいんだ、……ありがとう」
「へ?」

変な声を出したら、アジナは少し笑って目を閉じた。

「いや、なんでもない」
「触られるのダメだって言ってたのに、触って悪かった」

体を放そうとすると、アジナはハッとした様子で咄嗟におれのはなれていく手を、掴もうとしたのか途中で止まり、少し彷徨わせた後おれの服の裾を握りしめた。
触るのが、だめなのに。結局触れはしなかったが、それでもこれはすげぇ事なんじゃねぇかと思う。おれの手に触ろうと、一瞬でも挑戦したというのも含めて。嬉しいのももちろんあったが、それよりもものすごい無理をさせているんじゃないかと、そっちの方が心配で。

「ッ」
「い、いい。……なんか、あんたは、……大丈夫だから」
「触って大丈夫なのか?」
「ん……」

泣いた後の少し赤い顔で、何度も頷くアジナが、心を開いてくれたように見えて嬉しくて、逃げられる速度で手を上げてアジナの頭を撫でた。
ずっと手を目で追って、頭に触れた時には目を泳がせて、撫でると気持ちよさそうに俯きがちな目を細めて微笑した。
警戒心の強い猫を手懐けたみたいなこの、ああなんだ、とにかく嬉しい。

ずっと目は合わなかったし、直接手も触れなかった。
けど、確かにアジナは今おれに心を開いてくれていると実感できた。
まだまだこれから、という感じはしなくもないが、これが初日だと思うとこの先も明るいような気がしてる。

運命、なんて
最悪の意味合いでしか使わないと思ってた。

あの目を見た時から、もしかしたら、何かが動き始めていたのかもしれない。





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2015/08/02 gauge.



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