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あなたはいつだって私ではない誰かを見ている、
その瞳の先にいるのは、
私ではない。
「ねー、海人」
「んだよ、気持ち悪い声出しやがって」
「失礼ね………」
ベッドに仰向けのまま倒れ込み、ベッドサイドに腰掛けてタバコに火を付ける姿をじっと眺める。
女から見てもその仕草はなんだか色っぽい、
目が離せないような、そんな仕草を見るのが好きだ。
「見てんじゃねぇよ、殺すぞ」
決まってそんなセリフを吐くあなたも好きで、
(あぁ、あたし溺れてるな……)
初めて目を奪われるような存在が彼で、そんな彼に溺れてる自覚はある。
だけど、
「誘ってんのか?そんなじっと見て、胸元も開いてやがる」
「誘ってないし、ていうかそんな関係求めてないから」
「そうだな……」
幼馴染みから枠を越えることは昔からない、
ただ一方的に好意を寄せているのは分かっている。
悪態をつかなきゃ、この気持ちがあなたに漏れるのを恐れている。
うっかり言わないように、
言って傷付くのは目に見えているから、
「ねぇ、愛してる?」
「はぁ?」
「だから、愛してる?あたしを、」
そう質問すると海人は一瞬だけ困った表情をする。
この表情が堪らなく好きなのだ。
だって、答えは分かっているから。
「愛してねぇよ、幼馴染みなんて」
「それでよし」
「なまえ、お前なんか気持ちわりー」
「いいの、海人はそれで。あたしを愛したらダメだからね」
それは一生ないだろう、彼が愛していたのはもっと別の場所にいる。
海人に向けてではない、自分自身に向けて言った言葉だから。
自分自身がこれ以上彼を愛してはいけない、と……
「あたしらは、一線を越えちゃいけない……」
「…………」
その腕に一度だけ抱かれた時にそう決意した、
そこに互いの愛情など微塵もないのは知っていて、
あなたはどこか遠くを見ている。
今でもあの瞳を覚えている。
「おやすみ、今日もここで寝るねー」
「死ね、いい加減自分んとこで寝ろ」
「やだ、じゃあ、おやすみ」
せめて夢の中だけでも愛されたい、
そんなあり得ない淡い願いを抱いて眠りにつく。
ただ、それだけ。
「…………アホか…」
知っている、
眠りにつくと頭を撫でようとして、その手を無意識に引っ込めていること。
あたしとあなたの微妙な境界線。
今日も夢の中で会いましょう。
あなたと私の決して縮まることのない距離。
歯痒くても、自分が自分であり続ける為に。
完
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