01 名前で呼んでください 





例えて言うなら、あれは一筋の光のようなものだった。


真っ直ぐに風を裂き、的を射る。


まるでその人の心を表したかのように。


ただ、真っ直ぐ――――









「なにボーっとしているんですか、なまえ先輩。」

「わっ、ビックリした……後ろから急に声掛けないでって何回も…」

「だって、先輩のビックリした顔が可愛らしいからつい。すみません。」


悪びれる様子もなくニッコリ笑う彼は、弓道部の後輩の木ノ瀬梓。


呆れつつもいつも許してしまうなまえは、最近はこれで良いのか悩んでしまうのだ。


「木ノ瀬くんはいつもそう言う………からかわないでよね。」

「はいはい、すみません。でも、先輩が可愛いのもいけないんですよ?」

「なんで私のせいなのよ、もう……」


梓に抗議の視線を送ると、彼はただ余裕そうな笑みですみませんと言うだけだ。


自分の方が一つ上なのに、これではどちらが先輩か分からない。


「お詫びに手を繋ぎますから、許してください。」

「え、まだ学校だよ!誰かに見られたら……」

「大丈夫ですよ、弓道部のみんなは僕たちが付き合ってるって知ってますし、」


そう、目の前にいる木ノ瀬梓とみょうじなまえは付き合い始めたばかり。


それを知っているのは二人が所属する弓道部員だけ。


一応内緒にしていたつもりだったが、真っ先に部長の金久保や親友の月子、同級生の犬飼にバレていたのだ。


彼らいわく、もの凄く分かりやすいと言われてしまったばかりだった。


「いいじゃないですか、先輩が僕のものだって見せ付けたって。僕は別に構いませんよ。」

「き、木ノ瀬くん………」

「冗談です。いいですよ、無理しないでください。先輩が大丈夫な時にしましょう。」


優しく諭すように言った梓に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


だけど、なまえは昔から男性に対して少しだけ恐怖心がある。


男性しかいない星月学園に入ったのは、男性恐怖症がある娘に荒療治だが両親が克服して欲しいと願って受験させて入ったのだ。


だけど、一度植え付けられた恐怖心は中々治るものではない。


それでもそれを克服する為になんとか頑張り、今では目を合わせることはまだ無理だが、一応男性とまともに会話することが出来るようになった。





「なに、ニヤニヤしているんですか、先輩。」

「………えっ、ニヤニヤしてた?」

「はい、なにか嬉しそうに笑っていましたよ。」

「あのね、木ノ瀬くんに出会ったことを思い出したの。」


なまえの言葉に梓は小さく笑った。


「なまえ先輩と初めて顔を合わせた時、先輩は月子先輩の後ろに隠れながら自己紹介してましたよね。」

「うん………ある程度は弓道部員の皆には慣れたけど、初めての人にはやっぱり抵抗があって…」

「逆に僕は先輩に認めて貰えるにはどうすればいいか、毎日考えていましたよ?」


最初は顔を見るなり反らして挨拶されたり、会話という会話が続かなかった。


でも、弓を持つとそんな姿が消えていて、背筋を伸ばして凛と構えて的を射る姿にいつの間にか心を奪われて。


それから、毎日話を掛ける内にようやく目を合わせて話が出来るようになった喜びは、いつしか恋心に変わっていた。


「木ノ瀬くん、どうしたの?急に黙って、」

「なんでもないですよ、ただ、先輩と恋人になれて嬉しいって考えていました。」

「っ、」

「あ、俯かないで、照れた顔も見せてください。」


なまえは梓の言葉に恥ずかしくなり、下を俯いたが温かい手のひらで両頬を包まれて顔を梓に向けさせられてしまった。


「き、木ノ瀬くん!」

「どうかしましたか、なまえ先輩?」

「どうかって………あのっ、は、恥ずかしい……」


梓としっかり目線が合い、更にこの体勢はさすがに梓とはいえ、恥ずかしいものだ。


そんななまえに梓は小さく笑った。


これ以上は彼女にかわいそうだと思ったが、今日は離すつもりはなかった。


「先輩が僕を名前で呼んだら離してあげます。簡単でしょ?」

「えっ、ちょっと………」

「僕たちは付き合っているんですから、先輩もいい加減に僕を名前で呼んでください。」


どうやら彼は本気で名前を呼ぶまでは離す気がない、


それを感じ取ったなまえに逃げ場はなかった。


男の子を名前で呼んだことがないなまえにとって、それはかなりの難題。


「いいんですか、このままで。僕は構いませんけど、先輩は恥ずかしいですよね?」

「っ、……………」

「聞こえませんよ。」

「あ、あず、さ………くん、」


なまえが呟いた瞬間、梓は満足そうに笑って両手を離した。


「ありがとうございます、なまえ先輩。これからも先輩だけはそう呼んでくださいね。」


名前を呼ばれることがこんなに幸せなことだったのか、


そうあなたが言ったのは、もう少し先の話だった。







続く
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