小説 | ナノ


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「おはよう」

「………うん?」


まだ眠気眼の麗奈はハッキリと目の前の状況を理解出来ない。


なぜ朝からアーサーがいて、キッチンに立って朝食を作っているのか。
覚醒していない脳で考えるのは時間が掛かった。


そんな彼女にアーサーは笑いながら疑問に答える。


「今日は休みだろ?オレも久し振りに休暇をもらったからな。たまには朝ご飯くらいはオレが作らないと、」

「あ、そうなんだ………ありがとう」

「ほら、顔洗ってこい。もうすぐ出来るぞ」


アーサーの言葉にようやく自分がまだパジャマ姿だということにきづき、慌てて部屋から服などを持って洗面所に向かった。


朝から珍しいものを見た気がする。
そんなことを考えながら、水の冷たさでようやく目を覚ますことが出来た。


「ふぅ、」


こんな風に休みが重なることはなかったし、朝から一緒にご飯を食べるのも久し振りだ。


顔がいつの間にか嬉しそうにしていることに気付かないくらい。














「いただきます」

「どうぞ。ていってもトーストとスクランブルエッグとかサラダでシンプルだけどな」

「ごめんね、私が作るものなのに………」


申し訳なさそうに謝ると、アーサーはふと笑う。


「たまにはいいだろ。麗奈もずっと疲れてるだろうから、そうだな、オレがいる時はなるべく作るようにする、負担がお互いに減るよな」

「ありがとう、アーサー」


この家に居候させてもらっている身だから、食事や洗濯など家事をやるのは当たり前だと思っている。


それに、普段忙しいアーサーは食事をキチンと取らないことが多い。
だから、せめてキチンと食べて欲しいと思って作っている。


なんだか申し訳ないような気がしたが、これをやると決めた彼は絶対に貫き通すだろう。
とりあえず、この場はこれで収まることにした。


「今日、予定は?」

「特には無かったんだけど、ここに来たから母さん達に挨拶しようと思って」


麗奈がそう言うと、アーサーの手がピタリと止まった。


複雑そうな表情をするアーサーに麗奈はやっぱりと思った。
絶対にこういう表情をすると分かっていたから、言わないと決めていた。


まさか、彼が一緒の休みだとは思わなかったからだ。


「オレも行こう、最近、顔を見せていなかったからな」

「え、だって久々の休みでしょ?ゆっくりした方が………」

「いや、いいんだ。オレが会いに行きたいだけだから」


アーサーの言葉にただ頷くことしか出来なかった。
本当は一人で行きたいところだったが、それを断ることは出来ない。


それに、アーサーがこの話をするといつも思い詰めたような表情をする。


もう、忘れてとは言えない。
でも、気にしなくていいよって言いたいのに。


私は、いつまでもそれを言えない。


アーサーが苦しむ必要もないのに。


悪いのは、無力な私。





















アーサーの運転で車を走らせて、静かな森の景色を窓から眺めた。


母さんが好きな花束途中で買い、そして車の中では終始無言だった。


緊張する、日本支部に行く前に挨拶したっきりだから随分会っていない。
どんな話をしようか、何を話そうか、なんて考えているといつの間にか森を抜けていた。


「着いたぞ」

「うん、ありがとう」


車を降りるとそこは小さな丘で、最高に景色がいい。
母さんが好きなこの丘は、いつも花や草木でいっぱいだ。


私は母さん達がいる場所まで歩き、その後ろにアーサーが続いた。


「久し振り、父さん、母さん」


大好きな二人が眠るその場所へ、私は花束をそっと置いた。


今日も陽射しが気持ちよく、風もよく通る。


アーサーと二人で、手を合わせて彼らが眠る墓石の前で目をそっと閉じた。



















(今日も、会いに来たよ………)









続く
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