「こんなことやったって、おめーは楽になんてならねえ。むしろ、」
 つづく言葉は下着姿でベッドの上に腰掛ける彼女の凛とした視線が遮った。
 あまりに哀しいことだと思った。
 もちろん、わかっていたけれどこんなところまで連れてきたのだ。連れ込み宿などと揶揄するように呼ばれたそこは、現代はラブホテルという名前で通っている。日本だけの謎の風習。休憩用の宿泊施設。どんな田舎にでも、ひっそりと存在するそれは、ここ石矢魔にもあった。数はそう多くはないから、入ったことがばれたら最後、近所の連中に言いふらされもて囃されるのか、それとも白い目で見られるのか。それは組み合わせによる物だろう。
「わざわざ自分からつらくなるこたあねーじゃねーか」
 凛とした視線を受け止めて、さらに睨み返す。冷たい視線とぶつかる。知り合った頃のような冷たい切っ先のような目が、心ごと持ってくように射抜く。
 思い出す。そうだ、この目にやられたんだった。目の前の女はいつだって攻撃性を失わず、しかしなによりも優しかった。そこにほんとうは惚れていた。気付かぬ内に生まれたそんな気持ちは、卒業のあとだったというのがお笑い種だ。
 一年上だからそのまま何事もなかったかのように卒業し、そのまま会うことはなかった。一応繋がってる者同士のLINEで一年後の卒業式、さらにその後の卒業式には顔を出したし、飲み会も何度かあったこともあり、まったく会っていないわけではなかった。連絡だってグループラインがのお陰で聞かずとも知れた。その糸を手繰り寄せなかったのは、単に自分の意思だ。
「なあ、邦枝?」
 彼女をよぶ。いつだって男鹿のことしか見ていない彼女は、どこまでも高嶺の花で、こうして触れられる距離に、しかもこんなあられもない姿を見られるだなんて夢にも思ったことはなかった。
 だがふしぎだ。嬉しさは微塵もない。
「説教のために呼んだわけじゃないでしょ」
 ラブホにきた以上、やることはひとつだと言わんばかりに邦枝は吐き出すように言う。
 だから、ワザと言ってやる。
「ゼッテー、シねぇよ」
 邦枝が目を見張る。じゃあどうして、と驚愕の眼差しで。そんな風に見られるのなんてハジメテで、思わず調子づいてしまう。
 いつだって男鹿を見るようにこちらを見てくれることのなかった女は、今だって根本は変わらない。ただ、どこかで掛け違えてしまっただけなのだ。それを思うと哀しいと思えてしまう。
 本来ならばこんな所でこんな話をすべきじゃないと知りながら、彼女へつよく惹かれていくのを止められない。
「わざわざつらくなるよーなこと、応援できねーわ」
 それ以外に言えることはたぶんうすっぺらで。だから、簡単な言葉だけで終わってしまう。子どもにも伝わるけれど、深みはきっとない。だからきっと伝わった、と思っても伝わりきらないのだろう。
「もちろん、説教するつもりも、ねえ」
 邦枝の目は、しっかりと見据えていた。揺れる心は、彼女によって見据えられていた。どんなに強い言葉を吐いたって、どんな気持ちも彼女は読んでしまえるのだ。
「そういうのが、説教だ、ってのよ」
 冷たく言われてしまう。それに尻込みなど、してはいられない。立ち向かうのみ。強くありたい。いつだって。
 それを気持ちとして、口にすべきか。それはわからない。この状態で想いを伝えるのは嘘っぽくなってしまうから。ぐるぐるぐるぐる。頭の中どうしようか、と馬鹿みたいに迷う。それはきっと、目の前の邦枝には伝わらないのだろうけど。どうすれば伝わるのか。それも今の現時点では答えなんてない。それでも、
「今から言うのは説教でもなんでもねえ。ただの、オレの、気持ちだ」
 惚れた腫れたの話なんてくだらねえ。そうずっと思ってきたし、今だってそういう思いは拭えない。それでも伝えたい思いはここにある。まっすぐに見据えて、ただ届くように、と。
「ばか女。…すきだ」
 きょとんとした顔をして、ばか女と呼ばれた邦枝は見たまま固まっている。続けることばは見つからない。この流れで言うか?という気もわかる。
 それでも。
 わかるだろうか、わからないだろうか。届くだろうか、それとも、届かないのだろうか。気持ちは、口にしてもそう簡単には届かない。
 ふ、と彼女が鼻で嗤った。冷たい目がまた見据える。フザケンナ、そういう目をしているということが、瞬時にわかる。どうしてひとは言葉を用いても、気持ちを伝えられないんだろう。解釈が歪んでしまう。その歪んだ解釈を、邦枝は鼻で嗤うのだ。
「あわよくば、なんておもったんじゃないの」
 悪者ぶっているのかもしれない。そんな時代、誰にもあることだ。それがかっこいいだなんて、おこがましいとあとでわかることだ。
 だが、それでも、邦枝の言葉が胸に刺さって棘のように痛くて抜けない。
「できるわよ。あわよくば、じゃなくって、現実に」
 すきと言ってしまえばきっと軽くなる。わかっていた。けれど、気持ちを殺すことになんの意味があるのか。それも見出せない。嘘じゃないなら口に出してしまっても構わないじゃないかと、そんなふうにおもった。
 それでも、あわよくば、なんて軽いもんじゃないことをわかってほしかった。
「…っ、そんなんじゃ、ねぇ!」
「どうかしらね」
 挑発的に嗤う邦枝は似合わないおもった。安い表情が似合わない女。だからどうしようもなく惹かれたのか。
「おめーは勘違いしてる。男鹿と何があったか知らねえけど、アイツは振ったわけじゃねぇよ。だから、自分を傷つけるマネすんじゃねぇ」
「知らないんなら、いうんじゃないわよ」
 速攻で音速のような視線が射る。
 痛い腹を探られた気持ちなのだろう。痛くなきゃ攻撃的になるはずがない。傷付いた捨てネコのように鋭い爪をもつ女。それでいい。
「男鹿はそんなヤロウじゃねえ」
 言い切ると、さすがの邦枝もタジタジになった。そもそも、惚れた弱みだ。信じたいのだろう。この態度を見るとおもう。男鹿に勝てるヤツなんているはずないだろうと。むろんこの場合は、邦枝葵というひとを、女性として見たことに対しての話に他ならないが。
「おめーがここでパンツ脱ごうが何しようが、オレはヤらねぇよ。絶対にな。だって、男鹿はおめーを捨てたわけじゃねえからな。わかるんだよ、オレにゃあ」
 強気な発言だ。だが、狂いのない真実だ、とおもっているから語れるのだ。

 ことの発端は、男鹿が魔界に飛んだことらしい。もちろんオガヨメと呼ばれていたヒルダとベル坊と一緒に。これには男鹿なりの意味があったのだとおもわれるが、詳しい説明がなく行方不明に近い状態になってしまった。付き合っている邦枝も置いてけぼりのままで。あんまりだとはおもうけれど、男鹿らしいともおもう。
 周りの人間の方が冷静に物事を見られるし、感じることもできることは、もちろん明白な事実なのだけれど、そこまで落胆しなくてもいいじゃないかと想うほどに、邦枝は捨てられたと感じたのだろう。ひどく自暴自棄になってぐちゃぐちゃだったのだと、妹弟子みたいな大森寧々から聞いたのだった。
 まるで自分を壊したいみたい。
 そんなふうに見られるほど、邦枝は荒れていたらしい。それを訊きたくて声をかけた。その前からとっくに惚れた気持ちには気づいていたから。だから、大森も声をかけてきたのだろう。けっこうバレバレだったのだろうか、と今さらながらハズい。
 自分でわからないことが、他人の目には映っている。とくに、すきだとかきらいだとか、そういった単純な感情は顔や態度に出やすいものなんだろう。細やかな気遣いなんかは出づらいっていうのに。

「…試してみる?」
 思考がもどってくる。ブラジャーに手をかけながら、ばかにしたような笑み。パンツを脱がれたら、現実問題、惚れた相手にそんなことされたら、理性なんて保っていられないだろう。腰砕け気味に引けてしまうのが情けない。だが、口にした手前、明らかに引くのもいやだ。いつだって強がって生きてきたツケだろうか。
「ああ」と、吐息を吐くように言いつつ、彼女の身体が見えないように抱きついて、強めに抱き締めた。だがその抱擁は恋人のそれではなくて、どちらかと言えばきっと、兄と妹みたいな、不器用で、でも素直なもの。もちろん色気なんて皆無。ギュウと強めに締めた。こうしていると、心は凪いでいくし、身体も落ち着いていく。
 すきだ。
 その言葉は嘘じゃない。けれど、それはもちろんLOVEだが、イコールセックスになるわけじゃない。そんなに軽く分類できるものじゃない。その深さを言葉にできるほど、博学でもないけれど。抱き締めれば抱き締めるほど、きっと伝わらない想いもあるのだろう。言葉にすれば愛とか恋とか、軽くいなされてしまうような関係になりたくはない。
 複雑に絡み合って、すきときらいが混在してたっていい。言葉に簡単にできないような、それでいて切りたくなるような面倒な関係はごめんだ。単純に一緒にいれるほうがいい。たぶんすきって、一緒にいたいことと同意義で、恋愛とは類義なんじゃないだろうか。
 それを踏まえた上で、温かな体温を感じながらも、静かな心持ちでいられる。すきなひとと密着して、キスもしないで、きっと普通なら悶々として、頭のなかはスケベなことでいっぱいで。けれど、今この時は違っている。そんな安っぽい恋に流されたりなんかしない。自分には生身なんてなくて、ただの精神体で、それと一緒に互いに寄り添っているだけ、みたいな感覚。
「ムリだろ」
「それは、アンタが意気地無しだからじゃない」
「違う」
 ほんとうはそれもある、のだが今は自分のことは棚に上げておく。なんやかんやと言っていては話が進まないのもあるし、現実に、彼女への気持ちはあるけれど、やっぱり今このとき、ないというのも本音なのだ。
「邦枝はレンアイで遊べるタイプじゃねーよ」
 なにも言わなかった。そんなこと、口にされなくったってどちらも知っていた。あえて口にされると言葉に詰まる理由だ。
「…ま、オレもだけど」
 ただ、体温が温かだった。
 すきだ、としずかに思った。
 抱き締めている相手が、すきで惚れた女だと、想像できないのはなんでなのか。気持ちとかそういうものを、心からシャットアウトしているんだろうか。何度も夜じゅう自問自答して、それでも答えはなかった。どちらの胸の奥にも。

きっとレンアイじゃないんだ、




 いつの間にか眠っていた。
 目を開けると、邦枝はいなかった。
 夢だったんじゃないか、と思うほどに彼女の体温のかけらは消え失せていた。邦枝のカタチに凹んだ布団が、ひどく艶めかしい。それだけが残されたもの。彼女が体を引き剥がしていく感触は、あった。きっと眠りも浅かったのだろう(座った体勢で寝ていたのだから、そんなもんだろう)。
 だが、眠気でぼんやりした脳はまともな動きをしてくれない。
 昨日のことを、徐々に鮮明に思い出していく。下着姿の彼女が妖しく嗤う。あの緊迫した空気感ではうんともすんともいわなかった股間がいまや遅咲きの花のように咲き誇らんとしている。なんて間抜けなんだろう。
 情けないついでに、初めて邦枝をオカズにしてスッキリしてからホテルを後にした(昨日の誓いってなんだったんだ? なんて言わないでほしい)。
 こんな虚しい朝帰りが他にあるだろうか(そして眠い)。
 もう二人きりで会うことはないだろうな、とぼんやりと思った。鼻の奥がつんとすこしだけ痛んだ。
 邦枝の下の名前を呼んでみたかったが、口を噤んだまま足を進めた。早くいつもの生活に戻ろう。
 いつかこの想いも、きっと。



21.05.26

わー、やっちゃった!というちょっぴりオトナに足を突っ込んだ世界かよべるぜ。

深海にてとはたぶん違う世界線だよなあと思いつつ、男受けな感じのものを書いてみた。誰だかわかりますかね?(わからんかったらすいません)

けっこー前から書いててほぼ終わりの方で放置してたのをクローズだけした感じです。

オトナになることで、捨てなきゃならないものもある、っていう儚い感じも出せたらなあと思い、最後が尻切れっぽく終わってます。
もちろん!最初からエッチさせるつもりはありませんでした!!(そりゃな)
好きなんですけどねーこのカプも。ドマイナーですいません(つーか葵ちゃん好きなだけじゃww)。

こんなことできるんなら、彼ならポリネシアンセックスもできるんじゃないかって思えてしまう(意味わからんかったら調べたらええさ)。まームリだろうけど(ガキだから)。
マンガ描きたいのう。絵がもう描けない気がするが。。。あと時間かかりすぎて死ぬ(早い人って丁寧でもないんだけど、それでいいやーってなるのがすごいなあと思ってしまう。下手なのに諦めきれず細かいとこずっといじってくるからなあ自分。だから帳面にマンガ描き散らかすだけで終わっちゃうんだよね)。

2021/05/26 13:36:17