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 声もでない。
 苦しい。キツイ。まあるい。明るい。嫌い。刺される。引きちぎられる。裂ける。キモチイイ。角張っている。暗い。愉快だ。冷たい。広い。小さい。つよい。壊れる。見えない。大きい。押し込まれる。痛い。燃える。ぐにゃっとする。叫ぶ。
 不快感のなかに、奥のおくの奥のほうに、めくるめく快感のうねりがある。そこへ向けてもがく(どうしてそこを快感と思うかなんて、理由は手を伸ばす彼にもわからない。きっと答えなんてない)。刹那のことのはずなのに、永遠にも似た時間旅行のなかを彷徨っているようだ。神崎はひどいときのなかを、ただひたすらに泳ぐ。この場所ではないそこへ向かうために。そしてふと訪れる喪失感。負の感情みたいなものが、彼のこころのなかに雪崩みたいに押し込んでくる。転がるように。なくなったものはきっと心臓。竜との契約を経て彼の心臓は、彼の体内から失われてしまった。もうこれ以上、失うものはない。本来ならばソレがなければ生命活動も止まる。
 叫ぶ。止まった生命はそれを表に出させてはくれない。喘ぐ。欲するものは死ではない。ここがどこか分からない。闇しかここにはない。また神崎ははげしくもがく。きっと、神にも竜にとっても見苦しい姿にちがいない。それでも、彼に今できることは、ここで諦めないであがくことくらいしかない。どうやってあがいて、行かなきゃならないソコまでたどり着けるのか分からないまま。気づけば伸ばした手には光りがふれた。ここまでたどり着いた。神崎は雄叫びをあげた。
 これは、神聖な儀式だ。
 見えるのは輝きだけ。胸の奥がからっぽになる虚無感。そして、入り込んでくる感じ。身体のなかを駆け巡るなにか。熱さ、力強さ、ふれた神経という神経の震え。伝うところ伝うところ、すべての神経という神経に、喜びと不安とが入り混じっていた。それをなんという言葉に喩えていえばいいのか分からない。心地よさ、気持ちよさ、名残惜しい感じ、手を伸ばしたい気持ちだけが残ってねばっこさがない感じ。だが、嫌なものが近くに来たような不快感も同時にある。その嫌なものがなんであるか、を表現できないのではあるが。全身が燃えるように熱い。汗ばんでひどく息苦しい。燃える感じはふとした瞬間に消えてしまう。まるで泡沫の夢のように。神崎は自分の胸をさわった。えぐられた様子も痛みもなかった。あの瞬間、目の前が輝きのような眩しさに包まれた。それはとても心地好く、昂りも覚えるものだった。そして急激に萎んでいく感じ。これはなにかの感覚に似ている───そう思った瞬間、それがなんなのか思い出した。カッと顔が熱くなるような気がする。なぜならば、それは性的な意味で高揚し達して、脱力していく感じにあまりにも似ているから。そんな姿を見せていい相手などそう多くいるわけでもあるまい。また、そのような行為に及んでいるわけでもないのにどうして、という気持ちもある。それはどこか後ろめたい気持ちに近いものだ。だが、達したあとの気だるさみたいなものがなく、ふたたびこの感覚を味わいとつよく思い始めていた。それにかかすらってなどいられないが。
 気のせいだろうが、身体自体もふわりと浮かんだような気がする。だが、なにが起こったのか分からなかった。だが、みなぎる力が胸の奥から沸いてくるような気がした。拳を握り、自分の姿をぼんやりと上から眺めた。見覚えのある軽鎧が、なんの傷みもなくそこには存在していた。血や泥や、いろんなものを被ったはずなのに、それを微塵も感じさせない様子だった。神崎は恐る恐る竜を見た。神崎がそうだとすれば、竜もまたそうかもしれない、そう思ったのだ。
 声が出なかった。血も、汚れも、なにもなかった。まるで嘘みたいに。神崎は側にいて拘束されたままの皮膚をやさしく撫ぜた。表面がざらりとしていた。ふれられると竜は神崎のことをつと見てすぐに見るのをやめた。神崎はこの瞬間さまざまな可能性について、あまり働いていない頭で考えた。それと同時に直前までしていた、竜との会話についても。ここにいるという事実は曲げられないことだけれど、もしかしたら、認識の間違いではないかと思ったからだ。やがて、一番つよい思いが確信に変わる。
(時が戻ったのではないか)
 フン、と竜が鼻で笑った。まるで、神崎の心の声が聞こえたかのように。それは神崎にとっては不快だった。バカにされている、そんなふうに感じたからだ。それに応えるように竜は、わざとらしく神崎に目を向けて、顔まで向けて口を、大きくてギザギザした歯を見せながらに声をかけた。間違いない、こいつが、この『竜』という生き物が会話をしている。
『バカだなあ。時間を戻せるだなんて、夢物語だよ。そんなことが、ほんとうにできると思う?』
「じゃあ、……この状況なんだ、ってんだ」
 笑われていることが気にくわない。時間は、戻っていない。そしてどうやら、竜でも戻すことができないものらしい。時間を超えることは、人の最大の憧れなんだけどなぁ、と昔の映画を思い出しながら脳内で独りごちる。竜の顔は笑っているように見える。冷たく、鋭く。竜は全身を動かしだす。ぐらり、と地面が揺れたように神崎には感じられた。だが、壁やらが崩れるようなこともないようだ。それでも神崎の身に降りかかるように風と揺れが感じられる。これはなんだろう? と思うのと同時にこいつはヤバい、という思いが頭のなかをチカチカと駆け巡っている。黙ったまま眼も離せず竜の姿を見つめていた。知らず知らずのうちに喉を鳴らし息を飲んで。竜は音もなく身体に力をみなぎらせた。その力たるや、神崎一というただ一人の人間ごときではどうにかできるものではない。そう思えるほどに圧力をかけてくるようなもの。ぐぐ、ぐぐ、と力を込めるたびに竜の身体が大きくなっているかのように見える。それが気のせいだと神崎は分かりつつも、それでも恐怖を感じていた。息を飲んだまま動けないでいる。やがて、金属音が聞こえたかと思うと、竜を囲み縛り付けていた鎖は粉々に砕け散ってしまい、その役割は瞬時に消え去った。竜が口を歪めているかのように見える。相手に聞こえるかどうかは分からないながらも、神崎は反射的に声をかけていた。
「おい、笑ってやがんのか」
 竜はゆっくりと身体を起こした。そして首を神崎に向けてのばす。まるで首から肩に乗れ、とでもいわんばかりに。神崎は一歩引きつつもその大きくて太い首に抱きつくように乗りかかった。神崎の身長は180センチ近いくらいの大きさはある。身体を鍛えてもいるため見た目よりも体重はあるだろう。それでも、軽々と首を動かされると信じられない気持ちでビビってしまうばかりだ。神崎はしがみつきつつもずるずると竜の首から落ちていった。肩の方へと。それはまるで、竜がそこへ移してくれたようだった。ストンと落ちるようにずり落ちた先は、思っていたよりもずいぶんと乗り心地がいい、と思わざるを得ない感触だった。と、なにも感じる間もなく竜の背中がモコモコと盛り上がり、そして立ち上がろうとしていた。地面がぐらぐらと動く感覚。それは恐怖だ。地面に根ざす人間というものにしては。
『ちゃんと捕まっててよ。───飛ぶから』
 相変わらず軽い口調で竜は神崎に語りかける。神崎はその意図が分からず、翼が広がり上がるさまを見ながら慌てふためいた。そして言葉にならぬ言葉を竜に何度もかける。しがみつきながら。
『…ふ、笑えるってぇの。あと、そんなにビビんなくていいんだからさ? だって、俺とアンタの契約は済んだんだから』
 言い終わると同時に飛び上がり、城を破壊していた。瓦礫のなかを飛ぶ竜と、その竜に乗る一人の兵士。竜が火を噴いた。男が願うように、城を囲むだれも彼もが、焼け死んでいく。そのさまを見ながらまた、神崎はしずかに願う。彼らの皆殺しを。契約が終わったということを、心臓と心臓とを交換するというむちゃくちゃな儀式を終えたのだ、と感じ入った。だからこそ、こんな風に生き返ったみたいに竜の背中に乗っていられるのだ。風を切って竜は飛ぶ。神崎を乗せて。高いところから見る城は先に見たそれよりもずいぶんチャチだ。また竜が口から火を吐いた。燃えて逃げながら川に落ちて死ぬ兵や、そのまま焼け焦げて倒れていく兵の姿。すべてが神崎の胸をすっとさせる。まだまだたくさんの兵士たちが残っている。残りのやつらもまとめて消してやる。神崎は笑った。竜も笑った。
(契約完了───)
 すべて灰になっていく。凡てを灰へ帰していく。そこには血のにおいが消えていた。焼け焦げる人たちのにおいばかりが充満していくのだった。限りない力を得て、彼は殺戮の道を選び取る。つよい意志の力で。



2017.10.29

タイトルは 吾輩は君である @FGBOT より拝借

三万三千文字いってました、このDODパロべるぜ。最初のネタは男鹿とかだったのにだいぶ変わってしまった、ダーク色濃い感じです。
雰囲気文なんであんまりパロとか色々考えないで書いてる、というか、DOD自体が変態すぎるし、書きたいシーンがあったからちょっと書き出したらこんなふうになっちまったという。
あともうひとシーンだけ書きたいところがある。ううん、ふたつかなぁ…
一応、その中身。
ドラゴンとの出会いと契約(今回書いたやつ)
幼なじみに聞きたかったこと(一応伏線張ってました)とその答え
『女神』の想い(とその答え?)
の3つです(サザエさんかよ)。

で、この長い話なんですがファイル情報見たら4ヶ月前に書き始めたものらしい…(6月に初めて保存したらしいと残っている)。ちなみに自分はテキストでカタカタうつだけのお手軽な感じで、中身はさらっとは見直すけど(素人猛々しい……すみませ、だから本なんてものが出せないんだよねホント)書いたまんまサイトにボコボコ置いていくかんじなんですよね。
同人作家さんも小説版も含めて、みなさんパロディって好きみたいだし、やって見たいなあ! と思って書いてみたところ、やっぱり自分では厳しい感じがしちゃいますね。どうにも原作へも愛情があって寄っちゃうからキャラが活きてないというか(自分で言っちゃう)。DODならDODをてめえなりに書けよ、という感じはありますかね? そんなふうに思ったものですから自信はなさすぎますが、投下していきます。ここまで書いたんだぞーっww

ちなみにまだやっとプロローグなんですが、とくになにか意見がなければ続きは書かないで消えるかも?最近は神崎くん好きな人も来てくれてないみたいだしなあ(コメント、あしあとがとくにないので)。