結局、両津が派出所に戻ったのは夕方になってからだった。戻ってから一、二時間ほどで交代の時間だった。
 そして、そのときが派出所メンバーが全員集合する、最後のときとなるのだった。それも踏まえて遅番の連中は早めに来ることになっていた。大原部長の挨拶とか、別れの言葉とかそういう野暮ったい儀礼を最後にやるだのと面倒をいうのはいつも麗子の仕事だ。帰るや否や口を尖らせて文句をつけてくるのももちろん麗子である。
「なにしてたのよ、遅いじゃない。今日は特別な日だっていうのに」
「パトロールだといっとろーが」
「どうせまたパチンコにいっただろうが。両津…今日という今日は、いい加減に……」
「えッ?! ぶ、部長…。な、なんでそれを」
「バッカモーーーン!!!」
 最後の怒号が亀有公園前派出所の内外に響き渡った。
 蓋を開けてみれば簡単な話で、商店街の連中の誰かが、派出所の前を通りかかった際に部長へ挨拶がてら告げ口していったのだという。まったく迷惑な話。両津はしっかりと最後のゲンコツをもらい、石頭を抑えて自席でうずくまる羽目になったのだった。これだけの石頭を殴れる部長の拳というのも、なかなかにすばらしい拳だともいえよう。両津はそんな彼の拳を忌々しげに睨みつける。
「まったく、両ちゃんたら。こんな日まで部長に迷惑かけちゃだめじゃない」
「なにが迷惑だ。騒ぎすぎなだけでしょ」
「ふん、まったくおまえはなにも分かっとらん! だいたい両津、おまえは警察官という職務を──…」
「あーーーー、わかりました分かりましたよ。お疲れさんお疲れ様ぁー」
 顔を付き合わせた途端にこれだ。すでに待機している中川と寺井が困った顔でなだめようにもどこから入ればいいか分からずにアワアワしている。
「まったく、両さんももっと素直になればいいのに」
 寺井の呟きは両津の耳にも届いていたが、くだらないので聞こえないふりをした。寺井はいつだってどこか性善説に基づいたお節介だと思うからだ。机の上に部長は両津宛の書類をドサリと置く。なかなかの分厚さ。
「なんですか一体」
「バカモン! 今月分の未提出分の始末書だ。ちゃんと今日中に終わらせるんだぞ」
「なにいってんですかあ、今日はワシの職務は5時半で終わりですよ」
「その職務を怠慢しておるからだろーがっっ!!! おまえは今までなにをしておったんだ!」
 また部長のカミナリが容赦なく落ちた。先よりもさらに強めのゲンコ。よくも始末書の両さんといったものだ。仕事のうち8割ほどはこれを書くのが仕事のようなものになっているのだから呆れる。それも、部長が定年退職してしまったら、口やかましく叱ってくれる上司もいなくなる。それはもちろん両津にとって願ったり叶ったりのことだ。始末書だってすべて書かなければクビになるというものでもあるまい。ひたすら真面目すぎるのが部長についていけないところではあった。それも今日で終わる。こうしてガキみたいに頭ごなしに怒る人がいなくなることは、ひどく清々することだ。負け犬の遠吠えのように両津は苦々しくいう。
「へーへー、分かりましたよ。今日までは部長ですからね、残業して始末書書いていきますよ」
「いっておくがおまえのせいなんだから残業代を請求しても、出んからな。肝に銘じておけ。そして、それに懲りてたまには社会のためによいことをするんだぞ」
「えーーーっ?! 残業代出ないんですかぁ? ワ、ワシの時間がムダじゃないですかぁ…」
「バカモン!! それが嫌なら早く済ませろといっておるだろうが。それに、日頃の行いが悪いから始末書を書かなきゃならなくなるんだ。自業自得だ!」
 両津はいつものごとくぶつくさいいながらも置かれた始末書にペンを走らせ始めた。書き慣れた名前、両津勘吉。汚い字で書くな、読める字で書け、そう何度も部長から注意され続けてきたその字をその日、両津はいわれたとおりに、はじめて、ていねいに、できるだけ彼なりのキレイさで、四文字の漢字を書いていく。両津勘吉、と。それを見下ろす大原部長の視線が、いつもよりキツく思えたから。否、そう思いたかったのかもしれない。両津は部長から目をそらして始末書をやっつけることに腐心した──といえば聞こえはいいか?──。
 やがて派出所にもちかくの小学校から愛の鐘が聞こえ出した。聞きなれたメロディーに身を任せていると、今日もまた暮れていくのだと誰もがボンヤリと思う。亀有は今日も平和だったな、と大原部長がもらす。最後らしい言葉がぽろりともれるのは部長らしくない、と両津は苛ついた。苛つく理由が彼には分からずにいる。
「では、少し早いが挨拶させてもらおう。ささやかながらみんなへ言葉を贈りたい」
「分かりました部長」
 方々に散らばっていた派出所メンバーがわらわらと集まる。動かないのは両津だけだ。だが実をいうと周りが気になって始末書を書く字がいつものごとく汚くなっているのだが。両津以外のメンバーが立ち並ぶなか、立とうとしない彼に大原部長は声を荒げる。渋々といった様子で両津は中川らの脇に並び立つ。どうせ変わらない毎日が続くというのに、最後の挨拶といって、死ぬわけでもないのに、くだらない。そう感じるからこそ体は重いのだった。ただ、明日から大原部長という人がこの派出所から消えるだけなのに。ただそれだけの、でも、派出所メンバーにしてみれば、瑣末なこととはいいきれない変化。区民にとって変わるわけではないけれど、近しい彼らにとってはきっと、大いなる変化。
「えーー、亀有公園前派出所の諸君。遅番のみんなは早めに時間をもらってすまない。わたし最後の、警察官としての挨拶を少々させてもらう」
 大原部長のこの手の話は長いのが玉にきずだが、最後ということもあり誰もが口を挟まずに口を噤んでいた。
 今回、部長の定年退職に至るまでについて、実をいうと何度か葛飾署の屯田署長から打診はあった。それは当然ながら今現在の60歳というのは引退する年齢でもなく若い。さらにはこの世のなかだ、日本は超高齢化社会に向かうばかりで、昔の60歳と同じというわけにはいかない。これと並行するように少子化も進んでいる。これからを担う若者は減るばかりだ。つまり、年寄りは働かなければ生きてはいけない。だが彼らは公務員である。部長や両津や寺井などは高卒から地方公務員となっている。理由や志しは人それぞれさまざまだが、彼らにはこれまで公務員年金もついており──ちなみにこの制度はつい最近まであったものだが、年金一元化を目指さんとするために近年終了した。一部の職務のものについては終わってはいない。──普通の勤め人に比べれば懐に入る年金は多い。寝ていても食べていけない金額ではない。それも踏まえて大原部長は署長からの65歳まで嘱託としてべつの仕事をして、65歳からは年金を満額もらって暮らせるだろうから、ここで引退する。というのが一般的な考え方だ。だが堅実に貯蓄していれば、退職金も含めて5年は基礎年金がなくとも生活ができるということになれば、そのまま退職するものもいる。それを大原部長が選んだのは、屯田署長のみならず、派出所メンバーらからしても意外なものだった。最初は署長からの打診も乗り気で聞いていたようだが、徐々に断るようになったのだと、部長がシフト休みのときに派出所にボヤキにきていたのでメンバーのなかでは周知の事実であった。だがこの話はオフレコだったので、部長へ真意を問うことはできずにいる。
「…家族にも、仲間たちにも恵まれた。わたしはこの仕事に悔いはない。と、いいたいところだが──」
 話はまだ続いていた。途中で言葉を切ってから視線を止め、みんなの目をゆっくりと見ていった。そして、両津でその動きを止める。
「両津、おまえだ。おまえのことだけは心残りというか、おまえに警官が何たるかをちゃぁんと教えてやれなかった……それが、わたしの心残りだ。普通の、おとなとしての、当たり前の、常識というか。そういうものを、教えたつもりだったが…おまえには伝わらなかったんだな…と思うとな」
「なっ…なんなんですか! いちいちいちいち! ワシが悪いみたいじゃないですか!」
「どう考えても貴様が悪い」
 両津以外からさわやかな笑い声が広がる。冗談半分、本気半分といった空気感。それすらも両津にとっては好ましくはない。ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「ちゃんとこっちを向け。最後まで話を聞くんだ」
 部長はどこまでもまじめに対応してくる。仏頂面の両津がむりやりに顔を向けられるまで数十秒。その強情な様子に派出所からは笑いが溢れる。
「いいか、両津。わたしがいなくなっても、ちゃんとやるんだぞ」
「ぶ、部長〜。ワシは子どもじゃないんすから…」
「茶化すんじゃない。これからは、なるべく始末書を書くようなことは、するんじゃない」
 それから数分、くどくどと両津への戒めとこれからこうしろああしろという、まるで女房役かとでもいわんばかりの叱言が続いた。両津は嫌そうな顔をしたまま俯いて聞いていた。というか、聞こえただけのことなのだが。
「今までよりなお、みんなの力で葛飾の平和を守っていくんだぞ」
 最後にそう締めくくった。強い目だった。寺井が涙ぐんでいて、中川と麗子が拍手をした。両津はしかたなしに頷いた。
 もう定時が迫っていた。日が短くなってきているので、派出所はもう夕陽に照らされて橙色に滲んでいる。その入口を影が覆った。誰か来たらしい。みんながいつもの様子にすぐに戻っていく。顔を出したのは朝のパチ屋のオヤジだった。両津が反射で「あ、オヤジか」といってしまうと、キッと部長が睨んできたがオヤジの手前、口を出さなかったのが幸い。
「今日はありがとうな両さん、ほんとうに助かったよ」
「んなことねぇって。たまたま運が良かったと……ワシだってゴト師を見破れるほど最近の台は分からんからな」
「似たようなもんじゃぁねぇか。ゴト師とやってることはそう変わりゃしねぇんだし」
「んっんー…、すみませんがうちの両津がなにか……? ご面倒などかけてなければよいのですが…」
 部長が嘘くさい咳払いとともに強引に割り込んだ。上司というよりかはまるで血族のように心配している様が、あまりにおかしい。その様子に笑ったのはパチ屋のオヤジだ。それはそうである。元よりツケでできるわけもないパチンコ店ともなれば両津は悪い客ではないし、今朝のこともある。いえいえ、と首を横に振って部長の心配を打ち消そうとした。
「今朝の両さんはほんっとぉうに、お手柄だったんですから。お礼に伺ったまでです。イカサマをやってるうちのモンを叩いてくれたんですわ」
「ほお、両津がそんなことを……」
 部長は詳しいことはわからないまでも、パチンコくらいはやったこともあるし不正をしている輩がいるという話なども聞いたことがある。それをうまくやりこめたというのだから、そんなこともできるのかと両津のことを見直さざるをえない。話をさらりと聞いてパチ屋を見送った。今日のこの日に、こんないいことがあった。それだけで少なくともこの葛飾は平和だったのだと安心できる。だが一つだけ。
「職務中にパチンコなど、うっとらんだろうな? それは始末書モノだからしてはならんぞ。いいか、両津。……今日のことはお手柄だったな、よくやった。わたしも少しは安心できそうだ」
「ワ、ワシだって、やるときゃやりますって」
 そんなこんなで、5時半が巡ってきた。橙色の陽の光が目に眩しい。出入り口に人が立てば逆光になる。この時間より、大原部長はこの職務から解放される。両津勘吉からも。すでに大原部長の荷物は片付けられていた。もう上着を着て、軽い荷物しか残っていない。だからいつもと変わらぬ姿で最後の出勤を終える。部長は派出所の奥室に入り着替えを済ませて出てきた。あまりに変わらないので、まるで最後という気がしない。だからこそ挨拶なんてものを物々しくやるからおかしな気持ちになる。
「では諸君、明日からも頼んだぞ」
 最後に私服での敬礼。背筋を伸ばして肘は直角に。警察に入ったとき、何度も練習させられたあのポーズだ。これを仕事でやるのは最後だと思うと、感慨深い。結構ピンと背筋を伸ばすのは腰にくるのだが、最後なので目をつぶっておくことにする。ピリリとした腰の痛みを無視しつつやり過ごし、大原部長はやがて手を自分の傍にやり直立不動の姿勢をとる。涙で別れるのはこのメンバーには似つかわしくない。最後に大原部長は深々と頭を下げて、派出所を後にした。すぐに彼の姿も影すらも、そして、今までここにいたのだという痕跡すらもやんわりと消えていく。
 それは必然で、それを認めないことなど、日をおうごとに生きる誰もが認めないわけにはいかない。それこそがきっと時代の流れ、そういうものなのだろう。送らなかった両津は送っていく麗子、中川、寺井らの長く伸びる影を見ながら去りゆくものの小さな後ろ姿を見た。ひとつの時代が去った。そんなふうに両津には思えた。吹いてくる風は肌にすこし寒い。そんな季節なのだ、と思い出させる。そこでは人よりも影のほうが濃い。

「両ちゃん。部長はああいったけど、始末書の一部、わたしたちが手伝うわよ」
「なんだ急に?」
「そうですよ先輩。夜はそんなに尋ねてくる人もいませんし、寺井さんも僕もいます」
「そうだよ両さん。こんなとき、素直にならなくてどうするんだよ! せっかくこれまで部長は両さんのこと、見続けてくれたんだよ!」
「なにがいいたいおまえら! 部長がいなくなったんだ、足も伸ばせるんだからワシは喜んどるんだ」
「両ちゃん! 寺井さんのいうとおりよ。今まであれほど世話を焼いてくれた人なんていないでしょ」
「お礼くらいいわなきゃあ気持ちに整理がつかないと思いますよ」
「アーーーーーーーッ!!! うるさーーい、だまってろおまえら」
 両津は頭をかきむしり始末書の束を中川に押し付け、すぐに席から立つ。あんなジイさんの後を追いかけるなど、両津にとっては朝飯前だ。電車に乗る前ならば。着替えることもなく両津は派出所から勢いよく飛び出した。そして振り返りもせずにメンバーに向かっていった。
「手伝うっていったの、忘れんなよおまえら! じゃ、あとは任せる」
 返事なんて聞かなくても分かっている。ただの念押しに過ぎない。両津はすぐに大原部長のあとを追った。彼がどんなルートを辿り、何線に乗ってどう帰るかだなんて、派出所のメンツならば頭に入っていて然るべき長い付き合いだ。迷うことなく両津は便所サンダルを音高く立てつつ走った。

「部長ぉーーーーー!!!」
「おい、なんだ両津おまえ、」
 聞き覚えのあるサンダルの音が聞こえたと思ったら両津の声がすぐに響き渡る。この大声量では周囲の家の者たちも苦笑いしていることだろう。大原部長は追いかけてきて息を弾ませている両津のほうを振り向いた。部長から見た両津は逆光でその表情は見て取れない。すぐにガッと肩を掴んで横並びで歩く格好になる。ひどく強引。
「部長。警官最後の日なんすから積もる話もあるでしょ。これから一杯、引っ掛けましょーや。こうやって上司部下でいくのは最後なんですから、上司のおごりで」
「どうしたんだ、さっきまでむくれてしょぼくれてたクセに開き直りおって」
「誰がですか」
「おまえがだ」
 大原部長は、先に投げてきた始末書のことも問わなかった。ある意味、二人は通じあうところがあるのだろう。いがみ合うこともなく、腕を組んで二人は近くの居酒屋に向かった。酒が入れば、男たちはいつだって腹を割って語り合えるのだ。
 居酒屋で飲みながら、いろんな話をした。両津が今日のことを話すと、部長は喜んで彼をすなおに褒めた。そうした些細なことが身を結んで、いずれはおまえのためになるだとか、堅いことばかりいうのだが。そして部長も今までの苦労話や、両津への思いを話した。それはいつものような怒りに任せた言葉ではなく、目頭が熱くなるようなあたたかな言葉たちだった。あとは数え切れないほどのおもいでたちの話。人間長く生きると振り返りたいときもあるといって、よかった話が溢れんばかり出てくるでてくる。こんな楽しい酒なら、いつでもうまいなと部長は笑った。それは解放されたものの笑いだった。笑いは、酒を巡らす。


◆◆◆


「へえ、それで飲みすぎちゃったんですかぁ」
 本田が呆れたように息を吐く。大原家ですでに高いびきで眠る大原部長はもう両津にとってなんの害もなかった。ただ、明日からこの人があの派出所に来ない、それだけが重くのしかかる。それを思うと、両津はいつもより酒の回りが悪いように思った。そんなことを思っているうちに部長はろれつがあやしくなり、終いにはテーブルに突っ伏して寝てしまったというわけだった。部長の奥さんは当たり前といったふうにからからと笑う。
「よっぽど楽しかったんですよ、ありがとうございます。両津さん」
「え…、や、ワシ…、べつに礼をいわれるようなことは…」
「いいえ。いつも聞いてますよ、両津さんの話は。何度かお見えにもなってますけどね。いつも楽しそうなんです、うちの人、両津さんの話をするときは」
 奥さんはそういって懐かしそうに眼を細める。どんな話をしているのかはわからないまでも、そう悪い話ではないようだ。
「この前もいってたのよ。嘱託の話がきたけど、あの派出所にいられないんだったら意味がないって。それで断ったんだっていってたわ。寂しいのよね、今まで当たり前にあったことがなくなってしまうってことは、きっと」
 そうだったのか。嘱託を断った意味。それは、みんなと一緒にいたかったからだったのか。さすがの両津も胸が熱くなる。だからいつもなら言葉にするのもこそばゆいこともいえてしまう。
「ワシだって、部長のことヤだったわけじゃないっす。…感謝、してますよ。」


+++++


 居酒屋でほろ酔い加減になりながら大原部長は両津相手にクダを巻いていた。否、それに近い。しかし結局は先に酔いつぶれてしまったのだ。その無防備な寝顔をぼんやりと両津は眺める。寝てしまった以上どうすべきか考えて、そうした結果に連絡した本田には、つい3分前くらいに迎えに来てほしいと連絡したばかりだ。こういうときって本当にケータイがあると楽である。
 この人には、言葉にしきれないほどの気持ちを抱えている。だって、それだけのときを過ごしてきたのだ、あの派出所で。両津は眼を瞑る。思い出は走馬灯のように両津の脳裏を駆け巡る。それはときに昨日のことのように、今日のことのように。
 映るのは己の若かりし日の、失敗の記憶。自分の失敗で喪われた先輩のこと。ヤクザになった同級生とのこと。泣けるほどに憶えている。そっと部長にいう。
「部長。ほんとうに、なんていったらいいか…ワシには分からんのです。南部さんのときのあとに面倒見てくれたときのこととか。村瀬のときに見守って任せてくれたお陰でうまく自首してくれたこととか。ワシは憶えてます。そういうの、ぜんぶ、ありがとうございました」
 口に出してしまえば涙が溢れそうになる。うるっとしたのは本田にも内緒だ。ありがとうございました、このさもないひとことがこんなにも重いだなんて。それを素面でいえないところに、江戸っ子らしいべらんめえ根性が邪魔をしているのだと感じざるをえない。だが、当人にいえない想いこそが本物なのだ。両津には分かっている。認めたくなかったからずっと眼を背けてきただけのことで、ほんとうは、部長が10月1日から来ないということが、心のどこかに穴が空いたみたいに冷たい風がスウスウと吹いていってしまって、物足りなさばかりがもだもだと頭と胸のなかに残るような、そんな気持ちは言葉にしてしまってはきっと、軽くてつまらないものになってしまうだろうから、両津は眼を背け続けた。だから今日は面白くない気持ちのピークで、そんな両津の気持ちを逆なでするかのようにワラワラと現れる部長への最後の挨拶に訪れる無関係な関係者について、嫌な心ばかりがグズグズと両津のなかを駆け巡ってい続けた。ただ単に、それだけだ。部長の寝息を聞きながら、今までの謝辞を心のなかでひっそりと、独りきりで述べた。

 そのすぐあと、本田は両津にいわれたとおりに迎えにきた。本田は「ふぇ〜っ?」と女みたいなか細い声で悲鳴を上げたが、両津を手伝ってバイクになんとか跨らせた。もちろん本田と両津で部長をサンドイッチにするのだが。ちなみに、支払いは部長のポケットマネーからだ。その残りのお金は密かに、両津のポケットに入っていったのはどこの誰にも内緒だ。


+++++


 2016年11月。
 あと数日で大原大次郎の嘱託先が決まる。

 9月半ば。
「申し訳ありません。とてもよい話だと思っています、ですが………」
 それは署長にとってはきっというであろうなと思っていたことだった。大原大次郎という人の人柄を見ればこそ。
「心配なんだろう。両津が」
 その言葉には疑問符なんてものはなかった。それは分かりきった答えであったから。だから頷いた。署長も、部長も。
「───なら、しばらく待てば派出所勤務の手を回せる、かも、しれない」
 すぐに、というのが難しいことは組織に入っている以上、しかたがないことを長年の警官生活で理解していた。大原はしずかに頷いた。だが、確固たる約束もない。それでも、可能性があればあそこに戻りたい。給料が半分になることなど、むろん承知の上で、だ。

 数日前、屯田署長から大原大次郎宛に自宅に連絡があった。その内容はこうだ。
「すまないが、亀有公園前派出所の『両津勘吉巡査教育係』として現場復帰してもらえんだろうか」
 むろん、疑問符なんて、ない。

 今日も亀有は平和で、近い日から大原大次郎は復帰する。



16.09.16

こち亀最終回がある、と聞いてビックリして、今までのコミックスを発売日に、なんて買ったことのない私は(でも999巻のときはちゃっかり買ってたし、35年記念の小説アンソロジーも買いました)アニメこち亀民でした。ちなみに、映画1はいったけど2はパンフだけ買いに行ったカス民(本気)。
ただ、ほんとうにアニメこち亀はガッツリはまり込み、同人グッズも作り(たぶん捨てた?)絵とか文とかねたとかも描いていたのは学生時代ですw だからこそ、シングルとかCDとか買っておりましたし後悔だってしてません。そのあとからのマンガ(原作)なので私は原作については詳しく、まったくありません。
そんななかで、こうして文章を書くのはなかなかに思いきりがいることでした。や、普通に(アニメ化当時だって、同人だとかそういう人気はなかったように思うから…)人気があったり、ということではなかったのですが、今この場面でこち亀はあまりに注目を浴びすぎています! そう、NHKニュースでも最終回を迎えることについて語られるほどに!!!
そんなときに書けるほど、私は詳しくはありません。原作を読んだことがある、とはいってもそれはほとんど限られた知識レベルで。ほとんどがアニメの知識なのです。
それでも部長の誕生日を都合で変えるっていう技は知っていたので頂戴し………(笑)
だから間違っていることなどがあるかもしれません。キャラの漢字だとか(超基本!)キャラの設定だとか。
そんなこと考えるんなら書くなよ!って感じなのも理解できますが、やはりこち亀という作品に対する愛はかなりふかぶかとしています。己の心のなかで無視できないレベルではあるかと。
それを詰め込んだ、にしては出てくるキャラが少ない!とお思いでしょうが、ほんとうはもっといろんなキャラが出ない代わりに、本田が役立った感じですw
元より、これを書こうと思ったのはマンガで、でした。顔だけマンガであっても誰が出ているか、それが分かれば意味合いが深いですから……。ただ、書き始めたのが遅いし、描ききれないな、と思ったので文章にしたまでです。
別バージョンとしてマンガは書いている途中です。
読ませておいてほんとうに申し訳ない話ですが、小説(これ)はマンガで大元ができてたんだけど、描ききれる時間ねぇなって思ったから書き出した作品なのでした。えーと、ちなみに書いた時間いろんなアレコレを踏まえた上での3日、4日くらいでした。かなり執筆期間短いので誤字脱字はあるんじゃないかと思ってますけれど、うむうむ、しかたねぇ、、、

文にすれば浅くなりがちなので、いろんなエピソードを入れ込みたくなってしまって、長くなってしまいました。二つの小さな事件ともいえないような事件を解決してからの、部長の〇〇……つまり、定年もしくは退職、というやつでした。
遅くなりましたが、今回はほんとうに読んでいただきましてありがとうございました。

今回はこち亀文、第二弾になります。が、第一弾はもう跡形もありません。その話はわたしの記憶のなかにしかないようです。内容は〈両津と雪女〉という両さんの恋バナでした(それがべるぜの東条のはなしに活かされています)。
第一弾がない以上、第二弾にはなりえないので、我が家では第一弾の文章ということになります。こんな機会が持てて、ほんとうに嬉しいことです。
と同時に、拙いからなぁ、というのもありました。時間もほとんどなかったので、内容も練れなかったですし。毎度のことながら、推敲というものをまったくしないひどさではあります。だから文が長くなってわかりづらいものになっているかもしれないです。
でも両さんは現代に生きてる、ってことでデジタルパチンコの話、ポケモンのゲーム、年金問題、といくらか書き連ねてみたりしました。こういう内容でちょっとした問題解決、というネタでなら結構書けそうな気もしますが(笑)誰も望んでないか。。


で、今回の話は部長の〇〇を巡る、両さんと部長との絆が、いつもの生活やらのなかで明らかになってく…そんな話になっていれば、いいなぁ。
ただ、江戸っ子の両さんはちょっとひねくれた物言いしかしないんですよ。それで寺井とか麗子とか中川たちが「すなおになれ」って後押しする必要があるんです。
あと、派出所メンバー以外のことはあまりわざと詳しく書いていない。これは分かりづらくなっちゃうのを防ぐためにやったつもりです。ほんとうはみんな、浅草署とかの人らが部長のところに顔を出したりしているのを見て両津はいらいらするんだけど、その辺はマンガのほうが分かりやすいかな、と思ったのでかなり省いてます。

そんなこんなで、こち亀愛が詰まったものは書けたかと思います。楽しんで頂けたのなら幸い。もしよければ感想とか、こんなの書いてーっみたいなのもあればくださいな。書くかどうかは別問題だけど、そういう声をもらえるとやる気でるのは確かですw



あとがきの、あとがき
16.10.02

加筆してからのあとがきですw
加筆はもっとサラッと終わるかなーと思っていたところ、きっちりとやってしまいました。若干の直しも含まれますが、ほとんど直してません。最近書いたばっかだしねww

加筆部分はpixivでご確認ください。
一応文で書くと………
パチ屋のオヤジに両さんがいう言葉
ポケモンのソフトを捜す姉弟のあたり、特に左近寺の名前がでてから
部長と飲んでそれを見る両さん
このあたりに加筆してます。主に、姉弟のあたりで5,000文字近く加筆してます。これいるの?!ってなるとこかもしんないけど、これが書きたかったこち亀らしいところだったりするのです。犬とのドタバタだとか、そういうのも含めて。


これを書きながら、なぜだろうか村上春樹の初期三部作を読んでいました。
それが関係しているのか分かりませんが、もしかしたら彼の作品のように、へんに理屈っぽい文章になっているかもしれません。それを感じていやな感じがしたら申し訳ないし、ここでハルキストかよ?!と思ったかた、わたしはそんなに好きではありません(ノーベル賞とかいわれてるけど、翻訳家としてならまだしも、彼の作品で、は難しいかと思います。取りそうな空気感ですけどね)。嫌いじゃないし、魅力を感じるから読んでいるのですけどね!!w
どこかへんに自分の文章に反映してたらちょっといやだな、と思いつつ……
なにか思うところがあれば、感想いただければ、ありがたいです。


今さっきまで(10/2現在)サラーっと読みつつ加筆していたところです。
あ、でも。書きたいことは殆ど書けてたんだな、と思いました(部長と両津のところ)。
両さんは部長には実は感謝してなきゃならないし、でも、嫌って顔をしてなきゃならないかな、という、かなーーーり複雑な感じがしました。そういうのが出せたセリフをちゃんと言わせてやれたかな、と私的には。思えました。
感謝が伝わるかどうかは分かりませんが、伝われば嬉しいところです。
そういう気持ちって、自分では伝えたこともないし、伝えられたことも、まだないですからね。。。
そんなことを考えつつ、社会保険制度についても考えたりしています。この後の部長と両津について、書きたい気持ちもありますが読みたい人は、、だって、ねぇ? わたしは秋本さんじゃあないので……。

そんなこんなで、感想などあれば嬉しいです。またこち亀文書くかも?!
よろしゅーーです!!!


ピクシブ版こち亀最終回記念!一応、このリンクが最初のやつです。
時間あれば違いを見つけるのも楽しいかも????(そんな人いないだろーけど???


2016/10/02 23:32:37