こち亀最終回記念!!!
部長の○○でこち亀終わるのならわたしは納得する!!

【文deシリアスver.】

タイトル:都合により、大原部長の誕生日は9月と変更になりました。



「すいませ〜ん」
 夜も遅く、10時を過ぎたころにガンガンと強く玄関を叩く音が辺りに響く。まだその家の主人は帰ってはいないから、彼女は少しだけ身構えながらそろりそろりとやかましい音を立てる玄関へと向かった。だからといってこの家には老夫婦が二人きりで住む家なのだから、彼女ができることなどたかが知れているのだが。せめて敵意をもたれないように、彼女はせめてやさしい声をだすことにした。
「はあい、どちらさま?」
 近頃はおかしな事件だって増えている。年寄りと呼ぶにはまだ早い年齢だけれど、彼女だってすでに孫もいる。それでも自分から老人ですよと笑えるほどの年齢ではない。まだ還暦の前後というところ。ガンガン、と扉を叩く音ばかりで相手は答えない。彼女はそこまで大きな声を出さなかった。聞こえなかったのかもしれない。だが、怖いとも感じる。もしかしたら───。
 だが、彼女はこの家に限って、おかしな輩がくるはずもない。なぜなら、彼女の主人は、警察官なのだから。この辺りでは有名な派出所の───。
 そこまで考えたところで、彼女は声を荒げた。怒鳴るようにしなければ彼女の声は、あまり大きくはないので聞こえないだろう、そう思ったからである。
「どちらさまですかぁ?」
「あ。奥さん、ワシです。両津です。部長、寝ちゃったもんで。送ってきたんです、開けてくださーい」
 ホッとした。この声は聞き覚えのある、そしてその名は──両津さん──、彼女もなにかの折に主人が部下だと苦笑いしながらも連れてくるその人だった。安心して彼女は玄関の鍵を開け、引き戸を勢いよく開いた。ガラガラと古臭い音がする。ずいぶん前に主人である大原大次郎が夢見た、マイホームがここだ。今はもう古臭いものになってしまっているが、彼女にしてみればここは、昔ながらの収納庫の多い家であり、すでにローンの終わった思い出の詰まった愛おしい家である。
「あらぁ」
 彼女の主人は両津の肩におぶさって、それを困った様子で支えている、固めた髪の細眉の男のひとと一緒だ。彼は困ったような顔をしながらも大次郎に肩を貸そうとしては失敗しているらしかった。両津は特徴的なつながったまゆ毛と、広い肩幅、むっちりと肉付きのいい、けれどもがっちり筋肉のついた太い腕にはワサワサと剛毛が生えており、そこにはよく見れば体を預けっぱなしな大次郎を支えんとするがために、太めの血管が浮かんでは消え、浮かんでは消えているようだ。この玄関の暗い電気で分かるほどなのだから、そうとうな力が彼の腕にはみなぎっているのだろう。確かに両津の呼吸はぜえはあと荒い。彼女はその様子を見て取り慌てた。もちろん、大次郎があまりにぐでんぐでんに酔っ払っているらしいことがすぐに見て取れたからである。そんなふうになってしまうのは珍しい。付き合いの長い両津と飲んだのだから、きっとこんなことになってしまったのだろう。そう思いすぐに彼らを招き入れた。彼女の主人を運んできた二人だ。警官に間違いない。見た目はツッパリと堅気とは思えない男の二人組だが、そんな見た目だけで判断するなどと甘く見てはならない。彼女は伊達に、還暦を迎えるほど警官の妻をやってなどいない。
「両津さん、こんな日まで迷惑かけてごめんなさいね。悪いけれど寝室まで運んでもらえるかしら」
「ういっす。がってん」
 両津は彼女に促されるがまま、大原家のなかへと足を踏み入れた。古めかしい玄関は両津が見慣れたアパートの狭い玄関とは違い、彼らのような成人男が三人ほどは並べるような立派な玄関だ。引き戸というのが年代を感じるが、両津だってそう若いわけではない、懐かしい実家のような温かみのある玄関だと感じる。そこを上がり狭い廊下を通り、二階へ続く階段と居間を横目に奥の部屋へと向かう。二階建てのよくある一般住宅は、やはりというまでもなく一階の奥部屋が大原夫妻の寝室になっていた。襖を開けると大次郎を背負った両津は、暗い部屋のなかの目に映った布団めがけて倒れこむように部屋へと転がり込んでいった。
「うわわわわわ」
 自分から布団に倒れこんだといっても、両津は自分と背格好の変わらないおっさんである──否、彼はもう孫もいる、そして還暦になったばかりのおじいちゃんだ──。二人でなだれ込むように布団の上、折り重なってぺしゃんこになるのは下にべっとりと張りつく両津の側なのだが、そこからなんとか這いだして両津は心配そうに声をかける大次郎の奥さんと、両津と一緒に来た本田の元へとふらつきながらも戻っていく。
 両津がちらと振り返ると、あの鬼部長である大原はがあごおとそれこそ鬼のような大イビキをかいて寝こけている。人のことをぺしゃんこにしておきながら、なんというやつ。両津は苦々しい表情のまま、寝室を後にした。今の気分では、さすがに部長の寝顔など見たくもない。

「本当にご迷惑をかけてごめんなさいね。両津さん、本田さん」
 交通安全課に籍を置いている本田のことは連れてきたことがないので、彼女も知らなかった。彼女はお詫びとともにお茶を出し、二人をねぎらった。ひと息、ふた息とついてから両津は首を横に振る。
「いいんすよ、奥さん。部長が悪いってわけじゃないんだから」
「そうですよ、いつも先輩がすごぉくお世話になってるんですから。これくらいは」
「お前は黙ってろ、本田」
 本田はどこまでいっても、両津にはかなわない。もちろん後輩だということもあるが、とても気が弱い性質なのだ──バイクのハンドルを掴まなければ──。茶をズルズルと品のない音を立てて飲みながら、両津が謙遜する。それはどこかおかしな光景だった。
「しかし、うちの主人、よっぽど楽しかったのね。両津さんと飲んで」
 彼女は笑う。屈託なく。こんな歳のとり方なら悪くはない、と誰もが感じるだろう笑い方をして。そんな部屋の隣から大次郎の高いびきが聞こえる。それは、なんてすばらしいことだろう。こんな気持ちをどんな言葉で表すのが正しいのか、彼らは知らないので、なんともいうことができなかった。


◆◆◆


 本日。平成28年、9月30日。
 朝から亀有公園前派出所は、何人もの警察たちがぱらぱらと訪れて、ぺこぺこと餅つきバッタみたいに頭を下げては帰っていく光景が、わざとらしいほどに何度も見られた。今日は朝番が大原部長、両津、麗子の三人が出ていた。その警察たちは皆大原に会いにきては挨拶一つ二つしては去っていく。両津にしてみれば、心落ち着かない嫌な空間のように思えて苛つくばかりだ。苛つく理由もないのだけれど、いつものこの場所に土足で踏み荒らされるような気持ち、といえば分かるだろうか。警官として40年ほど勤め上げた大原部長はそのつど敬礼で彼らを見送っては麗子とともに出した茶と茶菓子をいそいそとしまう。
「今日はなんだって連中、群がってくるんですかねえ?」
「なにって両ちゃん、今日は部長の最後の出勤日なんだから当然でしょ」
「だからなんだっての。我々の本分を忘れたわけじゃないんなら、んなことしてるヒマあるわけないでしょーが。あいつら、都民の平和をなめてますよ」
「貴様がそれをいうな。大ばか者」
 いつものように大原部長に一喝されて、両津は慌てていつものように「じゃ、ワシはパトロールがあるので」と逃げるようにチャリに跨る。それをやれやれと見送る大原部長の姿は日常のものだが、それも見納めだと思うと麗子はなんとなく物寂しい気に陥った。麗子は大原に向き直り姿勢を正す。
「今日は最後までよろしくお願いしますね、部長」
「…ああ、もちろんだ。麗子くん」
 今日、大原部長は定年退職する。


 両津が来たのは、本日新装開店の浅草駅近くのパチンコ屋だ。開店時は常時よりは出すはずである。店は8時半開店なので、すでに開いている。それを促すようにチンドン屋が店の前でおやじバンドの三人組が楽器を鳴らし、露出の高い格好をした目にやさしいオネエちゃんボーカルがハスキーな歌声を披露している。胸の谷間が輝いてるぜ、両津は彼女に向けて微笑みを向けた。新装開店の垂れ幕が秋晴れのなか眩しく光る。どうして眩しいんだ、と思ったらそれは、垂れ幕の文字の周りを金色で縁取った凝ったものだったから笑えてくる。こんなときだって両津は金の色とカネの匂いに弱い。両津はすぐに自転車を停め、パトロールと銘打ってパチ屋のなかに駆け込んでいった。
 すでに店内は人が溢れている。ざわつく様子とタバコの臭いに親しみすら感じる。まだ空席はあるものの、来る時間が遅かった。そもそも、今日はこんなところに来る気などはなからなかったのだ。派出所がいつものように両津憩いの場として機能しないから仕方なしに来たようなものだ。あれだけちょくちょく、仕事前から仕事中から尋ね人がくるようでは憩いの場とは呼べないだろう。常々ならば日に数人、両手で数えようと構えていても余るくらいだというのに。──つまりは、憩いの場を求めてやってきたのだが───思ったよりも大入りといって差し支えないだろう。空席と台のチェックに両津は余念がない。釘を見て出そうな台を確認しておく。また、今はデジタルになっているので昨日、今日の回転数と当たりの数などが一望できる。これを元に座る台を決める算段だ。
「いい台は座ってやがるな、クソッ」
 朝から並んでいる連中には、やはり公務中ということもありかなわない。両津は舌打ちをしてさらにべつの列へと見回りを続ける。パチプロならば当たり前のことだが、場所取りが命綱になるのだ。そして、このパチ屋にすでに腰かけている連中などほとんどがパチプロと呼ばれる、ろくなやつらじゃない。朝っぱらから並んでパチで飯を食おうとしているふてえ野郎どもの集まりがこのヤニ臭い空間になる。それも両津にしてみれば幼い頃からの慣れっこの環境に過ぎない。元より両津勘吉少年は遊ぶことばかり考えて、野山も盛り場もすべてが遊び場所だった。そんな彼だから、山師にでもなるのではないかと父親の銀次も苦々しくいっていたものだ。むろん、この場合の山師とは、山菜採りのことではない。ぺてんのことを指す。それが警官になって、この歳まで警官のままでいられるなんて両津自信もまた思ってもみなかったことだ。それもこれもぜんぶ、ぜんぶ────。
「おっ、両さん。あの話聞いてきてくれたんだろ?!」
 両津がふうっと過去への記憶を辿ろうと目を細めた瞬間、パチ屋のダミ声が目を覚まさせる。見向くとそこには見慣れた男が立っていた。だが、パチ屋のオヤジのいうことが理解できない。両津は眉を寄せてそいつににらみをきかせる。
「なにをいっとるんだ。わけのわからんことをいうな」
「ゴト師を捕まえてくれるってこの前いってくれたじゃないか。新装開店のあとなら、やつらは狙い目だろ?!」
 泣きごとをいうオヤジはすでに涙目だ。ゴト師というのは、パチンコの不正をして儲けるやつらのことをいう。昔は両津もそうしたものだったが、パチンコの台がデジタル化するにつれ、さすがに店の目を欺いて当たりを出すことができなくなっていき、今ではパチプロでは食えない時代になっている。そんななかでも食らいついてイカサマをするようなやつらはどこにでもいる。前に両津はこのパチ屋の前で息巻いて「捕まえてやる」などといったものの、サマをやるイマドキの知識には疎い。もちろん流行やニッチにも聡い両津ではあるものの、デジタルのサマのレベルになるとお手上げだ。電極一家ならそれも可能かもしれないが──。と、ふと思い出したが店のオヤジの後ろをそそくさと足早に通り過ぎるおとなしそうな店員の姿が、両津を見てどこか怯えているのを瞬時に見て取った。あの目は、ただごとじゃない。なにかを隠そうとか、そういった目だ。両津の──警官としてではない、根っからのイタズラ好きな子ども的な意味合いでの──勘だ。両津はオヤジの胸倉を引っ掴んで、いがむように低い声でいう。耳のそばでいわなければこのなかではとても聞こえないし、大声で話したって聞こえないのがパチンコ店のあるあるネタだ。
「おい、内部のやつがなにかしてるってことはありえんのか?」
「な、内部だって?!」
 店のものは仲間だと信じきるオヤジは目を剥く。両津はお構いなしだ。さらに顔を寄せて聞く。
「あの小僧はどんなやつなんだ?」
「え? あ、ああ…、あれは、まだ新しいほうのバイトさ。よくやってくれてるよ。声は小せえけど、まじめだし、遅刻だってしない。名前は高橋」
 年齢は20代前半から半ばというところ。髪はすこし茶色に染めているのかいないのか。これといってハデでもないまじめそうな青年。中肉中背、メガネ。名前は高橋、なにもかもが特徴がない。とりたてて特徴のない今ふうの若者といった印象。そんなやつがどうして両津を見て怯えた目をするのか。きっとそれはすこしビビらせてやればすぐにゲロするだろう。両津はすぐにそいつに向かってターボダッシュした。ほとんどレスリングのタックル張りに掴みかかるものだから、その青年も慌てた。
「やい、高橋! なにびびっていやがる。なにか隠してやがるな」
「いたっ…、いたたっ。ぼ、ぼぼ、僕はなにも…」
「なにもないんならいえるはずだ。来やがれドサンピン!」
 すでに両津が彼の上になってねおり、マウントポジション。高橋青年はほとんど消え入りそうな声で泣きごとをもらすばかりだ。両津はお構いなしにオヤジに案内させながら店内のバックヤードに向かった。こんなことをされたことなどないイマドキの若者は暴力にはすぐに涙するし、追い詰めなくとも勝手に追い詰められる。しかも相手が警官ならば尚更だ。なによりも味方でいてほしい人が敵になるだなんて考えてもみなかったことだろう。浅はかな青年。

 両津ががなり立てることもなく、彼はすぐに折れた。心が弱い相手ならパンチも打たずに勝てる。時代は人を弱くした、と両津は常々思う。メソメソする彼の話をかいつまんで説明すればこうだ。
 この店では台についてはオヤジがバイトとチーフらの数人に管理を任せっきりにしている。そこで時給の上がらない彼は考えた。パチンコ台の確認のときにチョチョイといじくれば、設定6──一番高い設定のことをいう。出やすいというだけであって、必ず出るというものではない。──の台も簡単に出来上がりだ。だが客を儲けさせすぎれば店は潰れる。そしてまた、締めすぎて客が儲からない店では悪い口コミが流れて客入りが悪くなる。それを踏まえて彼らは店長のいいつけどおり、全体のうち何台は設定6という高設定にして、出る台をはあらかじめ作っておく。それがこの店のやり方である。
 もちろん、他の店だって大した変わりはないだろう。そしてゴト師たちはその台に裏ロムと呼ばれる不正機械を仕込めば出玉を遠隔操作で操ることもでき、それを毎日一万円なり二万円なりといった小さい金額ずつ当たりを出して換金し、時間をかけて不正で儲ける手口が今はあるらしい。しかしそれをやるにはまず、裏ロムを手に入れることと、それを仕掛けること。そしてパチンコ屋にはそれぞれ死角ができるだけないようにミラーなどをつけながら監視カメラを巧妙に仕掛けているはずだ。もちろんこの店だって監視カメラは置いてある。だから仕掛けるような怪しいことをしていれば、分かるに決まっている。そういった動きをしていた客はいないとオヤジはいいきる。だからここで両津が高橋青年の胸倉を掴んでガクガクと思いきり揺さぶった。
「そんな高等なことなんてしてません。オレは…、オレたちは」
 と始まった懺悔は、聞いていてもあまり気持ちのいいものじゃなかった。裏ロムを仕込むような大掛かりな仕事なんかじゃなく、高橋青年とよく一緒のシフトになるチーフの一人が設定6の台を教えるメールをするから、その代金を払えという裏契約を結びだすというビジネスをやり始めたのだった。自分の立場を利用した、だが計画性のない裏取引。それを店長であるオヤジは黙って聞いていた。両津は最後に聞いた。
「で? 時給はいくらなんだ。お前と、そのチーフとやらの」
「1500円と、1800円。そう安い給料じゃないはずだぜ?」
 そう答えたのはパチ屋のオヤジの悲しそうな目と沈んだ口調だった。裏切られた哀愁ばかりが漂っていた。そこに両津が最後の追い討ちをかけた。
「今回はこんなもんで終わったんだ。あんたらだって大した被害も被ってねぇんだろう。あとはオヤジの好きにすりゃあいい。……ただ、ガキどもだけが悪いわけじゃあねぇと、ワシは思うぞ。締めるとこ締めねぇと、グズグズに壊れてくのが人と人ってやつだろうが。締めねぇあんたにも、問題あるんじゃないか」
 答えを聞く前に、両津は背を向けてパチンコを一度も打たずに出ていった。両津は自分の思いがすべて伝わったとは思わない。パチ屋のオヤジの気持ちは理解できる。けれど、金が足りなかったというガキどもの気持ちだって分からないわけではない。そう、あくまで裏切るつもりなんてなかったのだ。ちょっとした小遣い稼ぎをしたかっただけだ。それを裏切りと取られたとは若者らは思わないだろう。だからもし、彼が仕事のクビをいいわたしたとしても理解などできないだろう。それに両津の考えでは、設定6の台を教えたことで、出やすい台だとしても出るとは限らないのだ。それくらいデジタルの台になってからというもの、ほんとうに出なくなったのである。だからそれを教えたからといって、さほど売り上げには響いていないはずだ。むしろ設定6の台をチーフというガキに任せたせいで設定の高い台が増えたために当たりが多く出ていた、そう考えるべきではないか。つまり、そうさせたくないのならば台の設定については、誰かに任せるのではなくオヤジがやるべきだと両津は思うのだ。そんなことで信頼を失うくらいならば。バタン、と背後で閉まった扉の音だけが、両津の耳にうるさい。



2016/10/02 23:30:11