※ またまた姫川夫妻

 竜也からいわれて潮は彼のペニスに手をやり、それを扱く。ごしごしと何度もやると、彼のペニスは熱量も質量もドクドクと脈うつように増して、その存在感を潮の手の中なかで確かに誇示する。その様子を「かわいい」と称する潮のことを竜也は苦笑するしかないのだが、これもまた女に生まれた以上、生理としてないことなのだからそういうしかきっと言葉が見つからないのだろうと思うことにしてやり過ごしていた。
 今日は11月22日。くだらない語呂合わせでいい夫婦の日だなんていわれている日だ。どうでもいい。竜也と潮が夫婦になってからというもの、そんなことを考える暇などなかった、と思う。そもそも竜也は社長業が忙しく、潮の手のなかにあった会社と合併してからというもの、大会社のなかで動く歯車の一つ一つとして、やりがいのある立場にいた。体調等のこともあり今は潮は今休んでいるが、いつだって復帰は可能。部署にもよるだろうけれど。そんな忙しいなかでの竜也の休みが、今日という日だったのは珍しい。先方との予定が明日にずれ込んだためである。ポッカリ開いた穴は夫婦のゆったりとした営みとして使われる。──というわけでは、残念ながら、ないのだが──その布石みたいに潮は竜也のペニスを自在に弄くる。その手つきはいやらしい。鈴口を指の腹でぐりぐりとやると、竜也は時折、う、と呻きを上げる。まだ先走りは垂れてこない。摩擦だけでは痛むかもしれない、と男の生理を知らない女は優しい気持ちで唾液を垂らす。先端に垂らしたそれは緩慢な流れで竿を濡らしていく。唾液のぬらついた感触は竜也にとって気持ちのよいものだ。それをある程度理解して潮は唾液を垂らしてから再度上下への扱きを開始する。ぬちゃ、ぬちゃ、といやらしい水の音がする。潮の唾液で濡らした竜也のペニス。その語句だけで、潮の高揚はどんどんと高まっていく。そんな紅潮したく頬を見下ろす竜也が潮のことを笑う。
 そんな嘲笑うような面でいるくせに竜也はどうして、こんなふうに好きなようにさせているのか。その理由があまりに味気ないのは玉にキズ。ちなみに、かの理由は下記だ。今から、彼らの口から語られる、色気のない会話のなかにある。

「んっ……」
「気持ちい?──…焦らすよ」
 潮は簡単に竜也を達させない。くちゅりくちゅりと竿を扱いて、鈴口を弄るのをやめてしまった。気持ち良さはあるけれど、決定打に欠けるゆるうい快感が竜也の身を包む。鼻息だけが荒い。ふ、ふ、と鼻息が扱く手の動きに合わせるように出る。そうされながらも竜也はチラと時計に目をやる。本当ならば妻の奥底まで挿し込んでナカに流し込みたい気持ちはあった。けれど、それができない理由がある。たまの休日に。
「に、時間…、以内に持って、こいって」
「二時間、か。出してから、だよな?」
 潮は手を使いながらそんなことをいう。悠長にしてる場合ではない。もう日が昇ってしばらく経つ。今はとっくに早朝なんかじゃない。朝と昼の間、午前9時過ぎという時間だ。あと午前と呼べる時間は、指折り数えられる程度の、吹けば飛ぶようなかすかな時だけ。
「あのなぁ……、はぁ…。この前、触診、されたんだよ。で、腫れてたりってのは、ねぇって。だから、ザーメン調べてぇ、って。もっかい」
 竜也はそういいながら、やわやわと竿から縫い目、付け根、睾丸までに手が舐めているかのようにゆるゆると這わされながらも、触診の時のあの情けないような、そんな気持ちを思い出していた。周りのみんなは服を着ているというなかで、自分だけが下を脱いで子どもみたいにフルチン姿でそこを掴まれながらああだこうだと話す空間。気が狂っている、そんな気がした。
 触診を受ける理由など、性病かの不妊治療くらいのものだ。竜也が病院で下を脱いでそこにいわれるがままにいたのは後者だ。男として生きていて、打ちのめされるような気持ちを経て、竜也はようやく向き合うことができた。現実というものに。自分の身体が悪いのは、自分のせいかもしれない。親の育て方、もしくは、病気のせいかもしれない。それは調べてみなければ分からないことだった。だから立ち上がった。もちろん、男として、そして、夫として、自分の今までの行いが悪いところがあれば、それを正す。そんなつもりで。
 だが、受けにいった検査はあまりに恥ずかしい。アンケートを渡されたけれど、一人で行ったせいで妻に書いてもらう欄など書けっこない。だからそれは持ち帰りにした。次にいわれたのは精子の摂取。一部屋を預けられて、そこにある女の裸とかおまんことか。そういうものが惜しげもなく晒されたいわゆるビニ本が置かれていた。だが、それをめくっても竜也は虚しくなるだけだった。これで抜けというのか。そんなことをしなくなってから久しい。一人で性衝動を抑える、だなんて学生しかやらないことだと信じて疑わない。少なくともヤらせてくれる女の存在に困ったことはない。それだけにマスターベーションというものをしたのは、本当にガキと呼ばれる頃のことだけだ。どうやってシていたのか、それを教えるように今現在、妻の潮はゴジゴシと竜也のペニスを愛おしそうに見つめ、時に唾を垂らして濡らしながらも竿を扱くのだけれど。そんなことをしてもらう前にはそれは忘れていた。だから慌てていうのだ。
「とってくるからここでなんてできねえよ!!!」
 病院から充てがわれた一室。病院の辛気臭いような匂いのなかで射精できる男なんているのだろうか。こんな一冊の本を見せられて、ハァハァ息を荒くして。だが、医者は知り合いだからいともたやすく首を縦に振ってくれたけれど、ちゃぁんと精子を持ってくる男が多いという医者の言葉。信じられない。それは表情に出ていたみたいで医者は笑った。
「そりゃ、久我山さ、あ。おまえの嫁さんが、美人だからじゃないですかね? いまどき、セックスレスも多いっつーーのに」
 …ああ、そうか。竜也は胸のなかだけでつぶやく。俺の想いは、あまりに幸せな悩みなのか。少なくとも、この本に載ってる女とセックスしたいだなんて思えないほどに、きっと目が肥えてしまっている。それにはさすがの竜也も納得した。そして、精子を入れる容器を貰うという話が決まったところで、医者がいう。
「じゃ、先に触診させてもらってもいいですかね? あ、何日射精してません?」
 パンツ脱げ、の合図だ。というか、そんなことあるだなんて聞いていなかったので、竜也は面白いほどに狼狽えた。だって、チンコ触らせろ、ってことはイコール「パンツ脱げ」なのだから。もちろん、ザーメンのこともあったので断らなかった。結局はこういう診察もあるのだろうから。ただ、近くでうろつく看護師が美女なのが気になるのも確かだ。浮気心がムクムクした、というわけではない。念のため。

 潮に触られる睾丸への攻めは、もちろん医者が触ってきたそれとは全く違うのだけれど、それでも触られた瞬間はあの時の記憶が瞬時に蘇るようで身構えてしまう。医者は感じるようになんて触らない。むしろ、そういう治療をさも当たり前のように、心得ているからこそ、感情なんて入っていませんよといわんばかりの触れ方をするのかもしれない。そんなくだらないことを、竜也は潮にいいようにされながら感じた。なぜなら、潮の触れ方だったら勃起してしまう。それは性欲への入り口だ。やわやわとやわこく睾丸を揉む手つきがいやらしい。浮かべる笑顔も。
「初めて受けたわ。…触診」
「………しょくしん…?…」
 潮はその意味を理解するのに、しばらくの時間を要した。不思議そうな目を向けながらも、手を使うことを怠らない。つまり本業は本業ですムードで竜也の話を聞いている。まあ本業ですと記しつつも、夫婦なのだから意味合いは下世話なものでは当然ないが。少し経ってようやく「しょくしん」の意味が「触って診察すること」であると分かってから潮は唇を尖らせた。…妬くな。
「こんなふうに?」
 一々確認しながら潮はふにふにと竜也のそこを揉んだり吸ったり舐めたりして。感触はどうだったか、言葉で知りたいといわんばかりに、シツコイくらいに逐一、確認する。面倒くさい。まぁいいけど。竜也はそんな潮のことを困ったもんだと思いながらも見守ることにした。どうせ、他の誰かに触らせるつもりなんてなかった、言い方を変えれば、サプライズなのだ。だが、竜也は何度もそんな感じではないと首を横に振るばかり。女が感じることと、男が感じることにはこんなに隔たりがあるのだろうなあと思うほどに、伝わり方が違うのだと分かったから。首を振るたびに潮は不思議そうな顔をしたけれど。そんな潮の頭を抱きすくめるようにしながら、わざとギュウと抱きしめることはしないで、やわこく抱きながら様子見をする。そのくらいの心配りがなければ、女というものはきっと分かれるはずもない。何度も首を横に振り続けた結果、困ったような潮の瞳が竜也の目をぴっしりと合う。どこか居心地の悪い時。それは、次にいう言葉を選んでいるからだろう、きっと。竜也は何度も息を飲んだ。急かさないでいてくれる潮のことを思いながら。
「マジで抜けなかった。ひさびさに、なんか…そーいう本とかも、見せられたんだがよ。そういったら、羨ましがられたよ。……ったりめーだよな? おまえは。この、姫川竜也の嫁、なんだからよ」
 照れ隠しになにをいっているのだろう。竜也のいうことはむちゃくちゃでひどいものだ。けれど、内容はとても、胸打たれるものがあった。彼がいってくれない、愛情を感じるような言葉。思わず、にんまりと笑みを浮かべる潮の顔を冷たく竜也は見下ろして、
「……へったくそ。」
とだけ。──どれだけ、色気ないものか。いうだけタダだから、気持ちよくなんてない、といいながらペニスはじわりじわりと追い詰められていく。夫婦関係も長いのだからお互いの良いところも分かっている関係。この関係が心地良いから、こうして長いこと甘んじていると、竜也自身も分かってはいた。気付いていないふりをしながらも。
 潮の手の感触、舌の感触、息遣い。すべてがちゃちな刺激となって、竜也の脳内を緩く犯す。他のことがうまく考えられなくなる。本来ならこのまま出さないで彼女の奥に子種の燃えカスを埋め込んでやるのに、彼らの休日もまた忙しい一日となるだろう。医者に言われた通り、二時間以内に精子を持っていく必要がある──どうやら、イキのいいのを見たい、ということらしい。普通ならばその場で抜いて渡すことが多いのだが、竜也のように自慰をしないともなれば、家から持ってきてもらうしかない、ということになる──。味気ない容器を取り出す竜也のことを見上げ、潮は困った顔をした。竜也自身としてはそんなことを教え込んだ覚えなどないというのに、ザーメンを飲みたがる。これがレベルアップして、「オシッコ飲みたい」なんてあられもないことをいうのではないかと、内心竜也はハラハラする時もある。アノ時の物欲しそうな瞳を見て。容器にザーメンを入れるようにいったら、それは残念そうな顔をして。だが、病院に行くのに必要なことともなれば無視はできないので言う通りに竜也のペニスの先からドロリと溢れ出る白濁液を容器に詰め込んで、後始末に。と彼のそこを舐めしゃぶる。その途中で竜也は逃げるように下着を着けて、出る準備を始める。朝ご飯はコーヒーだけで十分。洗顔と身なりだけ整えれば出られる。竜也としては、嫌なことはサッサと済ませてしまいたいという気持ちが強い。潮の寂しそうな視線にはわざと知らん振りをすることで済ませる。そもそも、子供がほしいだのと言い出したのは潮だ。我慢するのは当然だろうとも思う。着替える竜也の背中に向けて、潮は声を掛ける。
「なぁ、竜也」
「なに?」
 振り向くまで、待っている。仕方なしに竜也は振り向いた。潮の視線を受け止める。強い光り。
「私と一緒にいくっていうのはどうだ?」
 妻として全力で応援したい。その気持ちを込めて潮はいう。けれど、竜也はそれに首を横に振ることで否定の意を示す。男としてだめだということをまざまざと病院で感じさせられるのだ。そんな姿はあまりに無様なので見せたくもない。最初だって一緒にいこうと何度かいわれたが断ってきたのだ。本当は、潮が仕事の忙しい竜也のそばにただいたいだけだなんて、気づいてもいないのだけれど。それに気づくことができればきっと、竜也は少しは考え直すこともするのだろうが。
 そんな潮にはお構いなしで竜也はサッサと身支度を整え、外へと向かう。あの、気の重い病院に。見られたくないのでリーゼントはあえて作らない。また下着は脱いでください、とかいわれんだろーなー。ため息を押し殺しながら潮には軽く手を振る程度。その気弱な後ろ姿を目で追いかけることしかできない。
「いってらっしゃい。……ありがとう」
 せめて。せめて、感謝の気持ちを彼へ届きますように。潮は聞こえたかどうか分からない竜也の背中に放った。抱きしめ切れない、自分なりの気持ちとともに。嫌がる彼の手を引いてうんといわせたのは、他でもない潮なのだ。せめてそのつないだ手だけは離したくない。身体は離れていたとしても、心までは。
 できる限り、いい夫婦でいよう。


それでも、追う




15.11.24

思っていたより、すこし長めになりました。姫川夫妻のいい夫婦の日。とかいいながら、次の日なんて、いい夫妻の日もじゃん。と勝手に脳内バカやってました。
いい兄さん?それは知らんww 勤労感謝の日だろ(急に冷静)

竜也くんがちょっと踏み出した、という新展開なんですが、とにかくゆるい感じです。どっちも、お互いに気を遣い合ってる感じが出てればなぁ……。
いい夫婦ってなんだろう?という問題提起もしているつもりです。で、答えは最後に。。
夫婦じゃなくったって、いいんです。
最終的には、年齢とか、性別とか、そういうものって関係ないんです。でも、結婚とか夫婦っていうのはこの日本では男女間のこと(不妊問題があるので、確実にそうなのだけども。この話に関しては)だし、男女の違いというのは体のことも含めて脳であったりホルモンであったり、その特色みたいなものがそれぞれあるわけです。あとは、日本なりの男女間というものがあることも含めて、他の国とはまた違うと思うんですよ。
そんな独特の男女間のなかの、近くて遠い、寄り添い。みたいなものをもっと書いていきたいなぁと思ったりしています。また、もうしばらく姫川さん家の様子を見守ってあげてください。

タイトル:

##amz_4344982126#S#治療等については、こちらの本を参考にしました。
##amz_4062171333#S#こちらの本も、一部参考にさせていただいております。
2015/11/24 11:01:57