セックスなんてものは簡単だ。恋とか愛とかそういう初々しい、心とかいう目に見えないものなど、どうでもいい。だからこそ、男になんて、興味はない。
 肩肘張って、鳳城林檎は風を切って歩いていく。通称タバコ。彼女の周りには副流煙が一杯で、それを嫌だという仲間がいることも分かってそれでも尚。


君の涙は鉄の味がする



「強ぅなりたいんなら、あんたにゃぁまだ開きが足らへんなぁ…?」
 悪魔の影がゆらりと林檎の前で揺らめいて、その揺らめきはカタチがカタチじゃなくなるように見える。開き、とは? と林檎は思う。その考えは表情に出ていたので、悪魔の影は指摘するようにココロとかそういうものを晒せというのだ。強くなることと心を開けっぴろげにすることがイコールだなんて馬鹿げた話。林檎はそれを鼻で笑った。こんなくだらないことをいうだなんて、悪魔もまた感情とかいうものに支配されている人間と変わらないではないか。
「だったら、カラダを開くほうがラクじゃないのさ」
 林檎はタバコ臭い呼気を吐き出しながら嘲笑う。くだらない。人間とか悪魔とか、はたまた天使や神なんていうものもきっといるのかもしれない。自分には縁がないものなのだろうけれど。悪魔が音もなく風もないなかでさらに激しく揺らめく。
「そんなら、カラダを開いてみぃや」
 顔は見えないけれど、悪魔が笑ったのが判る。林檎はつまらなさそうに鼻を鳴らしおもむろに立ち上がる。着慣れた特攻服を、もったいぶったようにゆったりとした動きでその場に脱ぎ捨てる。こんな場面をどこかの誰かに見られたなら、きっと痴女扱いだろう。衣擦れの音と、呼吸の音しかここには存在しない。人は林檎しかいない。


 *****


 思い出す。
 初恋の人。同じクラスの中学時代。好きな男の人は歳上で憧れのあの人。このころの歳上は一年早く生まれただけでとても同い年の男たちに比べれば大人みたいに感じたものだ。だが、林檎が好きになったのはもっと大人の人。中学一年の時に中学三年の異性に憧れるなんて、それでも十分にマセたものだと今なら思う。
 憧れが故意に変わる瞬間のことなんて今さら覚えていない。ただ、彼にその思いは気づいたら伝わっていた。そのころの林檎は今ほど荒れてはいなかった。今はもう殆どやさぐれてしまっているが、あのころの気持ちをすべて捨て去ったわけじゃないことを思い出す。あのころの思い出は、荒い呼吸と熱っぽい空気のなか触れ合った喜びと、衣擦れの音。つまりは色っぽい思い出のなかに忘れ去ろうとしている恋の内側にある。
 林檎の想いは、当時の林檎の口から告げられたものではない。周りの者たちの後押しとでもいうのか、彼はいつの間にか知っていた。その当時、知ってくれていた、とそれは恥ずかしくも嬉しく思ったものだ。その流れで優しくされて舞い上がって、付き合うことになって、デートして…とすぐに順調な青春を謳歌していった。何度かデートをするなか、唇が相手の唇と触れ合うことを初めて体験した。生まれて初めて、好きだと思う人とあわせる唇は、こんなにロマンチックですてきなことがあるんだろうか、と思うような体験。そんなことをしたのだから当然、それ以上のことだってあるだろうと思うのには十分だった。少なくとも、男女関係なくこの年頃の彼らは性的なことには興味津々なのだ。
 ケータイも持っていた。親に持たされたものだ。親は片親だけ。離婚したのだと聞いている。会いにも来ない親は死んだのと変わらないではないかと思う。仲間内でもそんなのはいっぱいいるから気にもならない。ただ、裕福では決してないことだけが不満なだけ。親に持たされたケータイは、フィルタリングなんてものはしていないからアダルトサイトも見放題だ。AV動画を見る回数が増えた。彼に触れられるたびに、自分もこんな風に喘ぐのかと思うと、堪らずアソコが濡れた。アソコっていうのがドコなのか? それは想像にお任せするとして──自分はダメな子だと分かっていても、ドキドキと待ち構えてしまう。なぜなら、彼が触れてくる回数の増加と、一回触る時につき時間も延びてくることが身を以て分かっていたから。そう、彼は『私』とシたいのだ、と。その度に衣擦れの音と呼吸音が彼女の耳に届いていた。懐かしくて、ヤラシくて、熱い記憶。
 分かってはいた。避妊が必要だとか、最初は痛むのらしいだとか、ハジメテが色々と大変なのだとか。ネットと先輩たちの口コミでエッチなことは聞いていたから、大丈夫。なんの問題もない。怖さもないし、恥ずかしさはあるけど、でも彼相手なら大丈夫。そう心に決めて、ハジメテを彼に捧げようって思って決めていた。もちろん、彼のことが好きですきで、エッチなことされてもそれこそ待ってるくらいの、そのくらいの気持ち。優しくてかっこよくてちょっとエッチで、ケンカの強い彼。ベッドの上でキスされながら転がされる林檎は、ただ見上げるだけだ。まだ中一。早いとか遅いとか、関係ない。イイ、って思ったんだから。
 その日は思っていたよりも遅めにやってきた。大事にしてくれていたのだろう、と思う。服を脱がせてキスをしてハグをしても、それでもパンティを脱がされることがそれまでなかったから。きっとそれはお前が好きで、お前が大事だから。そういう思いの裏返しなのだと理解していた。いつだって林檎は彼の吐息を耳元に思い出すことができる。そのくらい本気だったのだ。だが、その日は特別だった。もちろん中学生ではラブホテルに行くこともできず、彼の両親、きょうだいらがいない時を見計らってのことだった。そういう時って心が踊るのは、よくないことだと分かっているからなのだろう。そう、これからやることがセックスなのだと理解しながらベッドの上でおっぱいを吸われる。彼の息はさらに上がって、まるでケダモノみたい。それに呼応するように林檎もまた高揚していた。好きな人が自分自身の身体で猛々しくなっていく姿を見て、喜ばない人などいない。そしてこれはきっと、野生の本能であり喜び。
 唇と唇が触れあうとドキドキが山のように跳ね上がって苦しくなる。でもそれが嬉しい。彼の手は林檎の髪を撫ぜ、肌の上を滑る。それだけで林檎はとろりとなる。甘くなって蕩けるほどになる。そんな時に彼が「林檎」と呼ぶと彼女は自分が本当にフルーツにでもなったかのような気持ちになる。このまま溶けても構わない、そんなような気持ちになる。
 そう思うのは、やっぱり家の環境がよくないからなのかもしれない。彼女はまだこの時不良に憧れる程度の少女だったけれど、少なくとも同い年のガキたちのことをハナタレだと感じていたし、その中では当然浮いてもいた。お父さんとかお母さんとか、へたすればパパとかママとか呼んで自慢気に話す子供たち。それらを見て彼女は違和感を覚えずにはいられなかった。
 うちには、そんな大層なもんはいないよ────
 親と疎遠になっていったのは、必然。離婚のせいであくせく働くしかない親は、林檎のことを顧みない。時折苛々して子供に当たることもある。そんな日々が続いていれば、物心ついた子供のレベルは親にも勝る勢いなのだから、嫌にもなるというものだ。そう、林檎が気づいた時にはもう親子の関係は越えられない溝のようなものがあった。つまりは愛情だとか甘えだとか、そういうものとは無縁で育ってきたのだ。金を出すだけの関係にとどまり、親子の会話というようなものはなかった。だから、林檎が髪を染めても一瞥しただけの親。元がちょっぴりくせっ毛で跳ね型だったので、ストレートパーマをかけたのだが、それになにをいうでもなく、もちろん、いわれたところで林檎は反発したのだろうけど、それを言わないだけマシというだけのこと。
 その親すらもくれなかった、得難い愛情とか、それをくれるのは彼の他にないと信じて疑わない。林檎は肌蹴させられながら、彼の優しくて大人っぽい目を愛おしむような、眩しいような気持ちの中で見つめていた。抑えられない笑みが彼女の口許に浮かぶ。薄めのルージュは彼からのプレゼント。そんなことろも大人だと思った。まだ中坊といわれる歳だのに。彼の唇が、長くて固い指が、林檎の彼方此方をゆうるりと滑らかに這い回る。撫でられたところから蕩けていくようだ。この心地良さがエッチな意味なのか、それとも心の安らかさのせいなのか、それは分からなかったけれど。
 ハジメテの時、不安がないわけじゃない。でも大丈夫。ちゃんとネットでエッチな体験記事も見てきた。きっと耐えられる。みんなも耐えてきたこと。そして、こんなことしちゃったんだと仲間内にきっと、ウキウキしてるせいでバレてしまうだろうけれど、それもきっとラブっていう幸せなのだろう。林檎は彼から初めてショーツを剥ぎ取られながら、その恥ずかしさに身悶えながら、きつく目を閉じた。これから幸せと痛みの中に身を費やすのだと信じて。大丈夫、動画で見た彼女たちは喜んで痛いと泣きながらアソコを濡らしていたじゃないか、と信じて。掲示板の女の子たちも決まって、「痛かったけど、カレピと一緒だからしあわせだったおw」なんて書き込んでいたではないか。

 思い出したくもない。
 見下ろす彼の空気が冷え込んだことを。彼の目が動揺──それが恐怖、あるいは絶望の形に近い何かだったのを、林檎は見逃さない──していたことを。どうして。聞けるはずもない。彼女の生まれたまんまの姿を見て、彼が引いたのだ。喜ぶはずではなかったのか。どうして私の身体は気持ち悪いのだろうか。林檎には分からなかった。ただ、気持ちよさなんて、幸せなんて、そこにはなかった。彼の映した恐怖や絶望は、どんな形だったのか林檎には分からなかったけれど、それでも伝わったのはその感情のうねり。泣きそうだった。だが、ここで泣くのはあまりにも馬鹿らしいとすら思った。
 後から調べた。アソコの辺りの毛は、剃るべきものだったのだと知った。そんな話をするほど彼女は大人ではなかったし、周りの子たちも知らなかったろうと思う。つまり、彼もまた子供だったのだ。彼女が思うほどに彼は大人なんかじゃなくて、間違いなく幼い子だった。ただの中三のガキがバイク乗り回したりタバコ吸ったりして、少々ケンカが強いのをいいことにイキがっていたのだ。過去になってみれば。
 それでも、すぐの間は良かったことばかり思い出す。だから過去に縋る。彼は褒めてくれた。彼女の大きなバストを。そのスタイルの良さを。触り心地の良さ。顔の良さ。タバコを吸ったこと。キスが上達していくこと。ストパーをかけたこと。新しい下着だとか、そんな諸々を褒めてくれていた。それはきっと本心だろう。だって、過去を振り返れば彼の本心にはいつも剥き出しの下心が透けていた。林檎もまた子供だったから、理解できなかった。また、理解するつもりなどなかった。恋という魔法に彼女自ら掛かっていたかった。そう願っていたから。
 あの日から、彼が身を引いたあの日から、男というものを見る目はガラリと変わった。信じられるはずもない。絶望や恐怖の色を向けられたことで、逆に恐怖や絶望に染まってしまった。信じられるはずがない。恥を忍んでなにをしようとしたのだ。恋とは、愛とはなんだ。ただの肉欲じゃないか。残ったのは、やめられないタバコと、絶望───。



 *****


 服を脱ぎ捨てて、林檎は嫌な気持ちに苛まれていた。相手は男とか女とか、そういうものと関係ないと心にいい聞かせ、それでこうして体を開こうとしているというのに。悪魔に男や女といったものが明確にあるかどうかも分からない。なぜなら目の前の悪魔は漂う空気のような存在だ。ここにいるのに、ここにはいない。声は聞こえるが姿は見えない。不思議な存在だった。最後の下着をそこに脱ぎ捨てて、それすら気にならないといったふうに装いながら声を上げる。
「で? 次はどうすればいいんだい?」
 黒い影が、悪魔の影は不思議なことに触覚をもって彼女の身体をゆるくまさぐる。不快。そして、不思議なむず痒さみたいなもの。ふ、ふ、と鼻から息をして声を抑える。林檎の肌の上を悪魔は這いずり回って笑う。こんなことで強さが手に入るのならば安いものだ。林檎もまた笑えてきた。過去の、自分が焦がれて泣いたなどという過去を忘れるには、格好の穢れた強さだ。
 不意に、フワリと髪を優しく撫ぜる感触があった。これは、気持ちいい。これがほしい。これはすきだ。林檎は体から力を抜いた。どこか、つながる感覚。それは人と人とのくだらないつながりなんかじゃない。身体と、精神が共につながる感覚。悪魔が入ってくる。悪魔と共にある。それが、林檎にはとても心地よかった。

「なんや、思ったよりええ娘やないか」
 悪魔はそういって姿を見せずに彼女の胸に宿る。まだどこぞの男にも開かれてない女性の部分に入り込むのは、さすがの悪魔でも躊躇われた。悪魔も、どうやら人間界に浸かりすぎて甘くなっているらしかった。甘々すぎて悪魔自身でも笑うしかない。だが、それでも身体を大事にすることは必要なのだ。どんなに男など要らないと恨んでも、恋などしたくもないと憎んでもきっと、近い未来に彼女は誰かに恋い焦がれる。それまでは、この大きく膨らんだ形のいい胸に棲んでいよう。
 ───その時間がどの位の長さか、思っていた以上に短いとも悪魔も林檎も知らずに。



15.11.18

書く予定のなかった、鳳城林檎の話です。
お分かりかとも思いますが、石矢魔の戦いの時のコマちゃんが力を貸す時の話のつもり。まぁエロ目的っていうのがコマちゃんなんだけど、オッパイで我慢しただけです。
過去捏造でグレました的な話ですっていうと、あまりにもくだらない、、

なのでいっちゃえばコマ×林檎とかって他に書いた人いませんよね?w

なんかアホです。
ちなみに場所は学校だったりするんですけど、わざと描写してません
過去捏造で不憫にしちゃうの、そろそろやめたらいいのにって思ったんだが、なすでもやる予定なんだよな。鳳城林檎21歳、まだ処女。っていうのを書きたかったのもあるし、強がってるところとかそういうのをタバコを絡めて色々と書きたかっただけです。書ききれてないかな?


タイトルはお題配布のとこから頂いたのですが、結構いろんな意味にかけてます。深読みしてみてください。
2015/11/18 15:57:56