※ 藤とサタンの出会いと……notR18合体
※ ただし、一部危うい行為をしているため15禁くらいが望ましいです。


 悪魔に魅入られる。
 それはシアワセなのか、それともふシアワセなのか。それを決めるのはきっと……当人なのだ。魅入られた人間、その当人だけが決めることができる崇高なる儀式。
 誰が、なんといおうとも。


サレドユメヲミテイタイ、ネ




 藤は子供の頃から、大人しく体が大きく自己主張が苦手な子供だった。黙っていても目立つので、逆に自分からハイハイと手を挙げていえないタイプ。それが藤少年だった。それも元々生まれ持った気質の問題だ。アニメが好き。それで楽しい。だが藤の家は両親が離婚しており、母に育てられたということもあり財政的に厳しかった。周りの者たちはゲームやマンガの話をしているけれど、藤少年は分からない。そう、ゲームもマンガも、金なのだ。
 それについていけない藤はクラスの仲間からハブになるのは、小学生としては当然のことだ。そして、クラスメイトたちは悪気なんてない。さらに悪いのは、ママ友の輪に入っていけない母親についてもそうだ。藤少年とよく似た、内向的な母親。一人息子を育て上げるためにパートで働く毎日、そんな性格ではもちろん神経を人一倍すり減らすばかりだ。
 藤少年はそういった、母親のナイーブな心を読み取っていた。否、自分と同じだから、分かってしまうのだ。そして父親のことは知らない。昔はいたのだそうだが、彼が物心つく前にいなくなったと聞いている。風の噂では「別れた後に死んだ」と伝え聞いたが、それが嘘であることは数年前に役所の住民データをハッキングした際に調べはついている。見た時に、大人のことは信じられない気持ちが広がったのを覚えている。母親は彼のことをよくしてくれたし、守ってもくれたと思う。だから、母親だけは別だけれど、そういった無意味な嘘を母に吹き込むほかの大人たちはどこまで汚いのだろうとずっと感じてきた。情報網を持つ自分こそ信じられた。騙されないぞと幼心に強く誓った。
 そんな藤少年が初めてハッキングを成功させたのは、小5のとき。つまりはIT関連の天才である。彼には友人が少なかったし、学校も休みがちだったから、時間だけはたっぷりとあった。一人で、たった一人でコツコツと、力をつけるには。力のない自分は情報だけを求めた。強くなる方法について。それが、集めた情報の活かし方について。また、情報を集めたことがばれないように足跡がつかない方法だとか。
 たっぷりと有り余る時間を注ぎ込んだ。メキメキと成長する。もちろん目にはよくないのですぐにメガネが必要になったけれど、どうせ元々マンガやアニメやゲームが好きな少年なのだから既にメガネをかけていた。度が合わなくなるのもほとんど毎年のことだったし、あまりに気にならない。母も気にしていない。藤少年は好きなだけ、好きなようにパソコンを自分の手足みたいに使い込んで、あまり学校には行かずに過ごした。すぐにプロキシサーバを通して己のIPアドレスを隠蔽して、サイトの閲覧を行う方法を覚えた。これが必要なのは、自分が辿った足跡を消すためだ。なぜなら、この情報化社会なのだ。他のサーバーにある情報を勝手に引き出したり、他人のメールを覗き見たり、パスワードがかかっているところのパスワードを解析したりするのは、いずれも犯罪だということを小学生だって知っているのだ。そうして彼は、彼の住む町の役所のサーバーに押し入った。思ったよりも簡単だ、というのが彼の率直な感想である。藤の父親のことは戸籍名簿に名前があったので、それを検索した。苗字は、違うのだと、それすら初めて知った。
 戸籍のデータベース化はまだまだ始まって間もないことなので、場所によってはまったく行われてはいない。しかし、なんといっても片田舎ではあるものの、東京からそこそこ近い関東圏のこの町なので、前から住んでいる住民のものはどうやらほとんどできあがっているらしい。というのも、現時点で町に住民票があるのが何名、データがあるのが何名、という簡単なデータは表書きに記されている。まだ追いついていないようだが、その数はほとんど変わらないほどだ。おおよそ安くアルバイトを雇って打ち込みをさせているのだろう。除籍についてはデータベースは作る予定はないらしい。今籍のある住民たちの籍から先は除籍もすべて作る予定のようだ。データベースの要項に「手書き、又はタイプライターでの記載のもの。」とある。除籍については80年保管とあり、それ以降についてはデータを順次削除するらしい。難しい言葉も多く、あまり戸籍を見ても誕生日とかそういうことしか分からないが、藤の父親は子供が生まれて二年ほどで離婚したようである。そしてまだ、生きている。除籍になっていない。むろん、藤と母親との籍からは消え失せて、新しい籍として生きているということだ。藤にはその「籍」という意味が分からなかったけれど、その男の行き先、そして今生きているという証拠を掴んだのだった。
 生きているからといって、アニメやドラマみたいに恨んだり、また反対に喜んで泣きついたりしたいとは彼はまったく思わなかった。というか、「ふーん、そうなんだ…」ぐらいの、どうすればいいか分からなくて、今胸の中にあるモヤモヤした、言葉に表すにはなんといったらいいのか分からないような気持ち。それをワダカマリとして抱えた。いい気持ちなんかじゃあ当然ない。むしろモヤモヤは不快な方に近い。会いたいとも思わないけれど、どうして生きてるのかはあまり理解できない。少なくとも、母も自分もあまりしあわせです、とはいいにくい状況に生きている。貧乏だし、いろんな余裕がない。たまに「お母さんにあんまり似てないね、お父さん似なのかなー?」と悪気なく言う人の言葉も嫌だなぁと思うし──けれど、ほとんどの人が「お母さんに似てるね」と言ってくれるのは、彼の心の救いだった──。そのくらいには、名前だけの父親という存在は嫌いだ。だが、確かにその人は存在していて、藤少年はそのことに無意味に頭を悩ませた。大好きなお母さんと、あまり好きではない父親という人。その二人がいなければ自分はいないわけで、父親という人は自分と母を放ってどこかへ消えた。その事実だけが頭をぐるぐると巡る。だからといって、なにがしたいというわけではない。
 藤少年はそんなことを考えながら、前以上にだんまりになっていった。周りと自分との隔たりのようなものが、アニメやゲームの中の入り込めなくなる強力バリアーみたいに、目には見えないけれど彼の前に立ちはだかっていて、どこか自分から身を引いてしまうのだった。それからというもの、これまで以上に藤は周りから孤立していった。後になれば分かることだけれど、ほかの子供たちと違うと自分のことを決めつけて壁を作っているのは、ほかならぬ自分自身だということに。
 もちろん、それに気づかないほどこどもに関心のない母親ではなかった。我が子のイジメを懸念して、話をしたことがある。母の携帯には学校の担任から何度か連絡もあったらしく、学校にあまり行っていなかったことはいつの間にやらバレていた。だが、強く怒ることが既にできなくなっていた。母親もまた、息子とよく似た内にこもる性格だから、なんとなく気持ちはわかるのだ。強く言えるはずもない。「学校に行け」とも言えず、彼女はただ心配だけを募らせたのだった。
 そんな折、母の働く会社が倒産して、給料も払わず上の者たちが逃げてしまった。生活は困窮を極めた。時に電気が止まり、携帯も止まった。電気やネットが止まると藤少年はとても困った。だがどうすればいいかわからず、彼はしばしば母親に当たり散らすことがあった。怒れない彼女に対してもまた頭にくる自分がいた。殴りはしなかったが、母親の身長をいつの間にか越していて、彼女の俯向く姿を殴りたいとすら思った。この破壊衝動はどこかムクムク湧き出でるものだとふと気付いた。そんな衝動から逃げるように、藤はネットゲームや暇潰しのチャットなどにのめり込んでいった。その時にチードデータを売ることで金が稼げることに気付いた。汚れたIT時代の幕開けである。それからは、公共料金の支払いが遅れることはなくなった。とはいっても、そこまで莫大な金額は稼げるわけではない。幾らか足しになるかな、という程度だ。違法データを売りさばくビジネスでは、うまく回らないだろう。時限付きのアルバイトのようなものだった。それでも母親は泣きながら「有難う」と息子の手を握った。だが、彼女は今まで以上に慣れぬ仕事をやろうとしては失敗し、苦労を重ねていた。そうしてどんどんと疲弊していった。周囲に馴染めないところはよく似た母子である。小さくなる背中とどんどん伸びていく自分の体はどこかちぐはぐだ。
「母さんが、伸びればいいのに。オレはどうせ役立たずなんだから。リアルなんて要らない。母さん一人、支えられない」
 ずっと思っていた。父親というものを忘却させながら。努力というものから目を背けながら。楽なほうへ流れていきたいと願いながら、こんな世界は要らないと他力本願に願いながら。
 強く願う。だいじな人一人くらい守れる力が欲しいと。それは、恩じゃない。自分のことが死んでしまえばいいのに、と思うほどには嫌いだ。あの破壊したくなる想いを抱く自分のことを。守りたいと思うのに、壊したいとも思う。自分というものがわからなくて怖かった。その果てに、自分が弱いせいかとハッとした。自信なんて持てない。けれど、その自信がほしかった。だからといって、体を鍛えるだなんてことは三日ももたないだろうことは、わかりきっていた。努力なんてしたくてもできないのだ。


 ある日、母が泣きながら帰ってきた。服がボロ切れみたいになっていた。彼女は首を嫌々というように横に激しく振るばかりでなにも言わなかった。どうしていわないのか、なんとなく分かった。母親の小さい身体を抱きながら、こんなに彼女は小さかったのか、と悲しいような虚しいような、そんな気持ちになった。母は変わらず泣いていた。慣れない営業の仕事。潰れた会社から結局給料母は1円も取れず、なんとか入れたのは保険屋のセールスレディという神経をもっともっとすり減らすような仕事。楽しくないのに笑って、嫌がられて、挙げ句の果てにそれじゃあ枕営業をしろと強要された、というわけだ。子供も産んでいる身体なのだから、身体を買われることについて喜ぶべきなのかもしれないが、やはり気持ちの入らないそれはただの売春行為で、彼女にとってはとても気持ちの悪いものなのだった。
「誰だよ…! 母さん、誰だよ…!」
 初めて殺意が芽生えた。泣く母親の姿を見るのが、つらかった。殺してやるから。心の中だけで、そう呟いた。それを言ってしまったら、きっと彼女は彼のことを恐れてしまうかもしれないから。手の中で怒りと憎しみを燃やしては握り潰した。そんなことをしたってなんの意味もないのだけれど、それでもやらずにはいられなかった。悔しくて鼻の奥がツンと痛んだけれど、藤は気にしなかった。泣くのは堪えた。ワアワア泣くのはカッコ悪いし、母に心配をかけるのは嫌だった。これからは、自分が母を救わなければならない。また手を握ってはその想いを握り潰した。

「力が、欲しいか…?」
 暗い部屋の中で、ボンヤリとした光が見えた。ヒトダマとかいうやつかと思い、藤はその火のようなものを見上げた。昔に、これを見たような気がする。急に思い出した。幼い時、これと同じような光の玉を見たことがあった。その光の中に、藤の心の中にある傷のようなものが頭に浮かぶ。それはいつも母親の姿をしていた。そして、今日の母の姿が上書きされていく。声はまた聞こえた。もう一度。…もう一度。この問いはきっと、藤が声を発するまで続く愚問。久し振りに出した声は、情けないほどに裏返って震えていた。
「…ほ、しい。ほしいよ。アイツを殺せるくらいの、力が!」
 出せば声は出るものだ。徐々に大きくなる声に心も高揚した。力なんていくらあってもいい、無尽蔵に焼き尽くすような強い力が、藤は欲しくて堪らなかった。気付くと、彼の真ん前にはドラキュラっぽい学校の、肌の白い優男ふうの、オールバックの男がそこにいて彼に手を伸ばしていた。
「悪魔に魂を売れば、力は得られる。望むのならば、この手をとりたまえ」
 悪魔だとでもいうのだろうか。ばかばかしいほどよくできた話。藤は鼻で笑った。この手はきっと温かい。だから、悪魔なんかじゃない、彼はきっと。冷たい目をしているけれど、きっとこの男は昔から藤少年のことをしっている。迷うことも考えることもなにもなかった。藤はその大きな手をとっていた。視線が絡む。
「ふ、ならば───…」
 握った手が燃えるように熱く、そこからこの悪魔の力がドロドロと溶けるようになだれ込んでくる。それは痛みであり、憎しみであり、悲しみであり、悔しさであり、厳しさであり、やるせなさであり、切なさであり、辛さであり、嫌なことであり、妬みであり、嫉みであり、戦いであり、破壊であり、怖さであり、傷みであり、恨みであり、醜さであり、尖りであった。すべての負の感情、ありとあらゆる負が混ざり合っても、それは正にはならないのだ、とその時初めて悟った。ただ、そこにいるだけで酸素が足りずにパクパクと喘ぐような死ぬ間際の魚にでもなったようだ。目が回る。ぐるりと回る。どこか回ったのか、それすら分からない。回る? 回るって何? ゲシュタルト崩壊。叫ぶ。叫びたい。この中から逃れたい。どうやってでも。声すら出せない。この恐怖と苦しさの中で。藤は必死にもがいた。この今の状態がなんであるか、全く理解できない。もちろん酸欠もあるのだけどそれ以上に死を、死を願っていたはずだというのに。死ぬ。殺される。誰に? 目の前にいたあのオールバックの男はどこか浮世離れしていた。その視線は鋭いのに恐怖を感じなかった。その人と昔から一緒だったみたいに。だから、必死で手を伸ばした。流れ込む力に逆らうように。



 気がつくと汗だくで寝ていた。いつもの見慣れたベッドの上。藤は汚れた天井を見上げながら、はあ、とため息をついた。なんというファンタジックな夢だ。ばかばかしい。
「って、…うおあ!!」
 隣にいた。グースカ寝ているオールバックのやつ。スカしたやつかと思えば寝こけているからそうでもないらしい。藤の大声に彼も目を覚まし、呆れたように「騒がしいな」といった。藤はといえばこの状況がわけわからず慌てるしかできない。面倒そうに眉間にシワを寄せながらもよっこら体を起こした。
「契約は成立した。私はサタン、よくぞ耐えた」
 手を取る。だが、オールバックの言うことがわからない。けいやく? まだ中学生の藤には難しい言葉だった、というのもある。そもそもそんなのしてないし。
「オイ、そんなのしてないし、とはどういうことだ? 昨晩のことを忘れたのか」
 思っただけのはずだのに。そんなばかな。そう思いながら藤は自分の唇に手をやる。喋ってないよな、と確かめるために。物理的な意味で。
「無論。我らは契約した仲だ。言葉などなくともお前のことならばすべてわかる。昨晩、お前はありとあらゆるものを背負ったはずだ、感じたはずだ」
 瞬時に蘇ってくる。せり上がるような恐怖に近いなにか。身体、だけではない。精神も、脳の血管の一本一本すら焼き切られるような、そんな焼けるようなものに身をやる感覚。すべてが地獄のような場所へと繋がっていた。だが、こうして今までどおりまるで何事もなかったかのように、彼は生きてここにいる。
「……サタン」
 サタンが握ったままの手に力を入れた。それは成熟した悪魔と幼い少年との、禍々しさに覆われた絆のようなもの。サタンはゆるく首を振る。いわなくてもすべて伝わっているのだ。だから首を振った。
「お前は殺したいわけじゃない。ただ、力が欲しかった。そうだろう?」
 それは破壊する力という意味じゃない。壊すことは何も生まないのを知っているから。母を想うのならばきっと、もっとやさしく殺してしまえればいいのに、と。できることならば、その形すら失われずに。
 つまり、藤の得た力はどこまでも強く、どこまでも苦しく、だが、どこまでも儚いやさしさの中から生まれ出でた能力なのだ。石の中で永遠に近い壊れぬ時を苦しむ。だが、その形がある限り、周りの者たちはかの人のことを忘れることも許されない。それは、どこまでいっても風化させないという意味での、地獄だ。
 最初に石にする相手は決まっている。藤はゆっくりと立ち上がる。サタンを共に携えて。あの痛みにも似た脈動の中で確かに彼は見たのだ。母親を脅かすその存在のことも、彼自身を酷評するクラスメイトや、その保護者たちの冷たい顔であったり、彼が売りさばいたチートデータを使われて怒る情弱ゲーマーだとか。そういった彼も知らないはずのその人たちのことを。もちろん、すべてを石と化すわけではない。ただ許せない者だけを、自分たちの存在を脅かす彼らを。



15.11.9

藤の過去編を勝手にやりましたw
タイトルはisさんから。
勝手に藤の母ちゃんは保険屋のオバちゃんイメージ。すっごい地味な暮らししてそうだなって思って。ただ、顔もスタイルもいいんで、へんなおっさんとかにモテるんだけどコミュ障なのでいろいろ大変なんです。そういうのが伝わればいいなぁ…。

あと、戸籍の電子化は実際やっているみたいですね。住民票だけかと思ってましたよ…調べてびっくり。ちなみに、オンライン上ではやらずに特殊な官公庁用のサーバーでつながるみたいなので、この話のようなハッキングは普通に行えません。フィクションです。念のため。。
「良い子は真似しちゃだめだぞ!」
(つーかできねぇよ!!)


藤少年はとにかく普通の今風のインドアでオタクでコミュ障なよくいる地味な少年で、親の離婚やらの関係で揺れる思春期を送ってます。その辺から友達とも上手くいかず、ゆがんでいきます。結構なマザコンだし、父親のことはショックはあってもドウデモイイと切り捨てていく辺りも現代っ子っぽい。お母さんの職業を見ても、貧乏臭しかしないけれど、そこそこ二人で暮らすには割とそれなりの幸せを得ていたりする。
そんな感じだから悪魔に魅入られることなんてないだろうと思われた随分最後に合うわけです。

藤の能力については、後付けだったんですが、うまくまとまったかなと思いました(明日になるとがっかりするかもしれないけど)。少し悲しい能力であってほしい、ぽっと出ラスボス感パネェ感じだったからなぁ…と、勝手に思ってます。


勝手な話ですが、なにか思ってもらえることなど、あれば。
しかしおいらってば、やっぱり現実的な話になるんだよなあ…やれやれ。

2015/11/09 04:20:46