悪魔もあなたにかなわない
(原作:わさびさん リメーク権ありがとう!!!!!)


※ 続き?は畳んでありますので追記より(要は一番下スクロールな)




「一体何があったっていうんです…?」
 訝しげな表情で呼びつけられた生徒会室のなかに入ってきたのは、三木久也その人だった。もちろん、呼びつけたのはそこに座って涼しい顔をしている男、出馬要、彼なのだが。急に呼びつけられた場所が彼らのよくいる場所・生徒会室だというのもおかしな話だ。わざわざ呼ぶことなどしなくとも三木はこれまで一度だって生徒会の仕事をさぼったことなどないというのに。つまり、放課後になれば呼ばれなくったって三木はここに現れるであろうことなど、バカでも予測できることなのに。しかし生徒会長の出馬に呼ばれては面倒だと思っていても行かないわけにはいくまい。それでワザワザ昼休みの時間を利用してここに来たというわけだけれど。
「や。僕のことやあらへん。久也のことでちょっとな」
「え? 僕のこと? でも僕は何もし」
「噂があんねん。久也はホモなんやないかって。で、生徒会にホモおったらあかんいう校則はないけど、でも、ちょっとなあ思て」
「はぁっ?!! ほ、ほも??」
 急にわけのわからないことを言われて久也は動揺している。そういう姿を見るのは出馬にとってのちょっとした愉しみだ。現実、そのテの噂が流れだしたのは男鹿たち率いる石矢魔高校の者たちが一時編入してきた以降のことだ。どうにも男鹿・古市という久也にとっては昔なじみのメンバーを相手にする時、彼は態度がほかの者と接するよりも親密そうであやしいというもっぱらの噂になった。もちろんそれは聖石矢魔の一部の女生徒による勘違いなのだけれど、そのように見られる側の気持ちを思うと、出馬はとても愉快だった。今だってそう、出馬が思っていた以上に、久也はひどく動揺して声を裏返らせた。
「で? 僕には言ってええんやで。ほんまはどないやねん?」
「ほんま……って、ぼぼぼ僕はほもなんかじゃ…っ」
「でもアレやろ。子連れ番長くんとどないかなってんか?」
「おおお、お、おがっ??!!!」
 うろたえすぎだろ。と心のなか乱させた側の出馬が脳内ツッコミ入れてしまうくらいに久也は純情で、穢れのない男なのだと、まるで眩しいものを見るかのように思わず見てしまう。これだけの言葉で一喜一憂できるのがつよさなのかよわさなのか分からないけれど、きっとこういうところをみんな「久也は聖石矢魔のマスコット」といわれる所以だろう。
「だって、君は好きなんやろ?」
「え、でもそれは……、ち、違うよっ! 僕は、そういう意味ですき、っていうわけとかじゃなくってっ…!!!」
「ほ〜、でも好きなんやぁ。子連れ番長くんのこと」
「いや、違うって」
「ええ? そんなら嫌いなぁん?」
「き、きらってなんか、ないよっ!! ぼ、僕は男鹿のことすきだしっ、でもっ」
 こうして話していると、久也には仲間と呼べる誰かがいるし、これからもこのキャラ性できっと増やしてゆくのだろうな、とふと思うことがある。今回の話題に関していえばちょっと不毛な話になってしまっているけれど、べつに人と人がつながるのには恋だとか愛だとかがなければならないわけではなくて。ただ、そういうことを思っていくといつも出馬の心は己へとゆっくりと向く。それはどこか遠くを見ているかのように水面のない湖面みたいな、流れのない冷たくてただそこにあるだけのそんな気持ち。これを何と呼ぶのか、それは分からないけれど時に出馬はそんなふうに孤独に思うことがあった。こうして仲間たちと冗談を交わし合っているなかで不意に。
「その愛しの男鹿くんと、エッチィこととかしたん?」
「し、し、してませんっ!!!」
 ふらつく足を引きずって久也が生徒会室を後にしたのを見ながら、出馬は昼休み終わりのチャイムを聞き流す。昼からの授業も特に受ける必要性がない。どうせ出馬の進学の内定はほぼ決まっている。学校には生徒会の関係でまだゴタついているため来ているだけだ。それに新しい生徒会メンバーの選定がむずかしかった。この風の冷たくなってきた時期にもまだ決まっていないというのは結構ヤバいことなのではないか、と思うけれどゆったりしている時間はあるのだからどうでもいい。何人かはピックアップしておいたのだし、今日の話し合いの場で申し訳程度に名前を出せばいいだろう。
 誰もいない静かな生徒会室から外へと視線をやる。まだみんなは午後の授業を受けている。こうして自分だけここでぼーっとしていることは、過去にだって実はたまにあった。孤独なのは自分から離れているところもそうだし、そうしている彼を見ても誰も声をかけないし、咎めもしない。だからそれはそれでいいのだと、その事実を悲しんだこともない。
 みんなは察するのだ。悪魔の存在など信じていなくとも。それでも出馬要というひとが自分たちと何か違うものなのだということを察するのだ。それはきっと人間という弱い者の防衛本能みたいなものなのだろう。もちろん出馬もそれを蹴破って自分を曝け出すつもりなんてものはない。子供じゃないのだ。ただ、自分と他の人たちとの間にあるミエナイ壁というものを感じる。それにさえ目をつぶれば自分もまた他と同じなのだと信じることができる。だから何だということなのだけれど。ただの居心地の悪さの緩和というやつである。
 午後のひなたぼっこに風穴を開けたのはトタトタと走る足音で、それがどんどん近づいてくるのを普通の人よりもいくらかよく聞き分けのできる耳で聞いた出馬がゆっくりと生徒会室のドアを振り向いた。その時にバン、と勢いよくドアが開いて長くキレイな橙の髪が風に揺れた。七海静のお出ましだった。その姿に思わず目を細め笑みをこぼす。同じ生徒会の仲間であり、出馬に珍しくもちょっかいをかけてくる唯一の人物。彼女の凛とした立ち居振る舞いは校内でも実にあこがれの的となっている。そんな彼女がツカツカと出馬に歩み寄りながら呆れたようにいう。
「出馬くん、また三木くんに余計なこといったでしょ。彼、鼻血出して倒れてたわよ。早退するから生徒会休むって」
 さんさんと降り注ぐ心地いい太陽の光を遮るように、静は出馬の傍に来て立ち塞がる。太陽を浴びて輝く彼女の姿は高貴だ。橙の長い髪が後光を思わせる。女神だ、と出馬は心のなかでそっと合掌する。いつもはこうして冷たい物言いをする彼女だったが、それも仲間を慮ってのことだと分かることができたのは、いつもその姿を目で追っていたからだろうか。出馬はそんなことを考えながら気のない空返事だけを静に返す。
「きぃ〜てるのぉ〜〜? 出馬くん? 怒るわよ」
「…聞いとるわ。つまり、久也は童貞ってことでええんやな?」
 すぐに静からお沙汰が下った。静の抱えていたバインダーの角はしっかりと出馬の脳天を捉えていた。冗談だったのに結構な痛みです、これ。頭を押さえしばらくうずくまる。当然こんな時の静は「大丈夫?」なんて心配そうな顔を見せてもくれない。ちゃあんとどれくらいの強さでやればどのくらい痛むのか、分かってやってくるのだ。したたかな強さ。
「出馬くんは三木くんのことからかいすぎ」
「おもろいんやもん、しゃ〜ないやろ」
「………否定はしないけど。」
 この独特のノリは静の良いところだ。ちゃんと締めるところは締めてくれるのだし。マジメも行き過ぎるとうざったいだけの邪魔になってしまうけれど、彼女の場合はいい具合に調和がとれている。そんなふうに思った。それもきっと目が離せなくなる理由の一つなのだろう。
 出馬は自分のカバンを取りそこからノートを取り出して静に手渡した。生徒会の新メンバーについての考えをまとめたものを出せといわれていたためだ。手渡す際に出馬が手を離すのが少し早かったか、静の指が少しだけ逸れてバサバサと音を立ててノートやらプリントやらがそこに落ちた。ああもう、と口のなかでどちらともなく文句をいいながら拾う。どうやら適当にカバンに突っ込んできたせいでノートにはプリントが何枚も挟まっていたらしい。まったく迷惑なことをしてしまったなと出馬は内心反省した。だが、こんなひょんなことで共同作業ともいえるこのような作業ができるだなんて思ってもみなかった。おかしなものである。そんなことに気をやっている時に、そっとふれるかふれないか、そんな感覚で静の指が出馬の手の上を撫でるようにすべってゆく。その動きを目で追うのがやっと。何も反応できなかった。この人はいつもこうして何とはなしに出馬の心をゆるく、けれども確実に乱す。
「コレ、昨日提出っていわれてたプリントじゃない」
 目ざとい。ノートに余計なものが挟まっていたようだ。出し忘れたのをそのままカバンに突っ込んだままだったようである。彼自身も知らないし覚えていても大した意味のないことは面倒だ。出馬は「忘れとったわ」と悪びれる様子もない。こんな時に尻を叩くのが静の役目で、だからこそこうして気を許せる相手になったのだろう。
「早く出してきなさいよ。昨日も今日も授業サボってるんだから。取れる単位も取れなくなるわよ」
 いつもの静らしい言い分だ。目くじら立てるほどのことでもない。けれども、どうしてだか今だけは違った。出馬のなかに揺らめくのは煩わしいという苛立った気持ち。午後のさんさんと煌めく眩しさを彼女を盾にして凌いでおいて、どうしてこのように乱暴な気持ちが生まれるのか、出馬自身も分からなかった。気持ちを抑えきれない反動のようなものが出馬の身体を突き動かす。静の手を取って、自分へと引き寄せてはそのまま自分の身体ごと、壁に追いやる。いわゆる壁ドンというやつ。弓道の腕は段があるくらいだけれど、それでも悪魔の力も、当然人としての力も合わせ持つ出馬には女の身でかなうはずがないだろう。
「出馬くん、…ちょっ、何?!」
「静さん、アンタおイタがすぎるわ…」
 静はその何も映さないような冷たい出馬の瞳を見て、言葉を失った。急にこんなことをされると思っていなかったためだろう。固まってしまうのは当然だともいえる。いつも物知り顔で気取っていて、意外と庶民的で、でも高圧的に振る舞う彼女も、こうして見ると意外と純粋なのだろう。東条英虎の隣にいる彼女のことを思った。あれが本当の七海静なのだろうな、と胸がチクリと痛む。
 それを壊された時、この人はどうなるのだろうか。
 強固に守られた壁はきっと出馬が一歩踏み込むだけで、ぐしゃぐしゃに踏み荒らすこともできるのだろうし、何もしないでいることだってできる。ただ、踏み込まずにいただけのことだ。唐突にそんなことを思った。その思いは行動となって出馬を突き動かす。静のやわらかな唇に己のそれを近づけようと、身を屈め寄せる。踏み荒らしたい気持ちがそこにはあった。

 ばっちぃいいいぃん!!

 左頬へのつよい痛みと、静のつよい瞳。出馬は驚いて後ずさり、足がもつれた挙句かっこ悪くも尻餅をついていた。一瞬のことだった。瞬きすら忘れていた。その視線の先には憐みの目線が出馬を見下ろしていた。静はいつだって七海静だ。はあ、と大げさにため息をついていう。
「勘弁して頂戴。」
「勘弁も何もないやろ。何もしとらんし」
「あら、じゃあ何するつもりだったのかしら?」
 さすがの出馬もそれにはいい淀む。くちづけの一つで何かが変わるわけじゃない。けれど、そういうことじゃない。ただ、踏み込んでやりたかったのだなどと、誰がそれを口に出すことができるだろうか。へたをすれば愛の告白ななかよりも恥ずかしいかもしれない言葉だ。だから出馬はあいまいに笑って濁す。いつだってそうして壁を作ってきたのは彼自身。それを悲しいと思ったことはない。そうあるべきだと己自身にいい聞かせてきたから。
 と不意に静が出馬の胸倉を引っ掴んで強引に立たせようとする。突然のことだったので出馬は力のまま「うわわ」と情けない声を出しながらもそのパワーに驚きを隠せないでいた。さっきはえらくおとなしかったというのに、嫌だと思ったのならこの腕力を出せばもしかすると出馬もやられそうだと感服した。この人にはかなわない。
 ふわり、といい匂いが出馬の鼻腔をくすぐる。と同時に先に叩かれた頬にやわらかなものがふれた。それが静の唇だと理解するまでに、数秒の時を要した。わずかに身を離しながらくすりと静はほほ笑む。
「寂しいだけのくせに。」
 静の読めない行動の理解と同時に、唐突に襲い来るのが沸騰しそうなほどの、脳内の熱。現実、脳みそは沸いてないのだけれど。そのくらいに身体も顔も熱い。彼女の唇にはきっと猛毒がある、だから熱が出てしまうのだろう。そんなくだらないことを頭の中で何度も唱えて。
 静の手が離されるとへたり込むようにその場に出馬は力なくくずおれて、それをほったらかしに彼女はプリントを指に挟むとその身を翻した。どうやら代わりに提出してきてくれるようだ。
「はぁ…、ありがたいこってす」
 どうでもいい古びれたセリフをわざと口にして、何とかこの熱をやり過ごす。自分もたいがい純情で困る。あの目にきっと魅入られたのだろう。悪魔だろうがあの目にやられてしまう。見透かされてしまうのだから、きっと誰もが彼女にはかなわない。
 独り感じていた孤独感もすべて、彼女が包んでくれたなら。きっとこの気持ちも別の何かになるのだろう。傷を舐め合いたいだなんて思ってもない。けれど、分かってくれている貴女がいれば、きっとこの孤独感はなくなっていくだろう。あの居心地の悪さは、寂しいという気持ちを認めたくないという心の現れ。
 では、この静になら見透かされたくないと思いながら、それでも見透かされる心地よさは何という気持ちなのか。今度はそれを確かめようか、と熱に浮かされながら出馬は目を瞑った。
 いつだって、素直に気持ちを認められない不器用なひと。みんなとの距離が今よりも近づくのはきっと、そう遠くない未来。


2015.10.23

まずはこの企画を「やりたい」といって快く受けてくださったわさびさん、マジありがとうございます!!!
久々にPCうちしたら長さの感覚がなくて長くなりました。5千文字超えてるらしい………
私には書けない作品を提供してくれて、「よっしゃ!」と受けたのも束の間。リメイクって初めてなんだよね…。元ネタがあって、改変していいんですよっていうのがそもそもリメイクってものだったはずだけれど、どこまで変えていいのかな?っていうのが分からなくて、とりあえず考えたのが「ここどこ? なんでここなの? つうかどういう感じ?」みたいな謎がない文章っていうのを書こう!とは思ったものの、まだまだできてない感じでしょうか。
ちゃんと私はわさびさんが伝えたかったことを理解できてるのか…と途中から心配になってきたんですが、大丈夫でしょうか…?
色気があって温かで甘い元ネタを、あんまり甘くないように塗り替えちゃった感があります。これで、大丈夫だったでしょうか…? もし大丈夫そうならまたやりましょう!(笑)ということで。投下。
つづきを読む 2015/10/30 19:38:07