※ ひめかわ夫妻
※ かなりへんな世界観w (ヒかないでください〜〜〜)


息のない世界で戦う





 夢にまで見た世界。
 そこには最愛の子どもと、私が横たわっていた。目が覚めたのは不快な轟々という風が鳴る音がしたからだ。眼を開けるまえから子どもを抱いていることは分かっていた。いつも縋るようにしがみついてくる子どもの姿が愛おしい。その体温もいつもとなんら変わりない。平和なはずの私の目の前に広がった風景。シュウウ、と空気が抜けていくような音とともに視界がひらけていく。
 急に明るくなる世界に、私の視覚は置いてけぼりを食らう。しかたのないことだ。人間の能力など高が知れている。それくらい判別がつく。つまり、少し経てば明るさに目が慣れるということ。そのときを待ち、私は、なんどもまばたきした。そこに広がる光景に、私は、言葉を失う。声すら失っていた。
「……っ、あ…ああ…」
 ようやく出たのは蚊の鳴くような声で、私はこの世界の中では無力なのだと知る。井の中の蛙。言葉で言えば陳腐なものだ。目の前に広がる光景に圧倒される。子どもはまだすやすやと眠っているらしい。私の服の袖をぎゅっと握ったまま離さない。私の変化を感じ取って、やがて起きてしまうだろう。
 私の目の前に広がる光景。それは、すべてが喪われた世界とも呼べるなにかだ。私たちが生きてきた世界とはまったく違うこの世。ここには生と呼べるものが皆無なのではないか。廃墟と化した建物という建物、あらゆる建物が崩壊している有様。いつ崩れ落ちてきてもおかしくはない瓦礫の山が私の視覚のなかにあった。
 ここは、私の望んだ世界などではない。私はこの光景から目をそらしたくて、辺りをキョロキョロと見回す。呼吸をすることについては問題がないようだが、このゴミ溜めのような世界にはいたくないとすら思ってしまう。子どもを抱き締めながら、私は慌てて歩き出す。だが、深い眠りから覚めたばかりの私はうまく歩みを進めることもおぼつかない。なんということだ、願ったものが当てが外れていただなんて。子どもになんと説明すればよいのだ。
 足場の悪いなか、私はなんとか足場のよいところを探した。先に私たちが眠っていた場所は、どうやら小さなシェルターのようだった。あのシェルターにずっと入っていればこの世界を目の当たりにすることもなかったのに、と私は子どもを抱きながら悔しい気持ちになった。
 誰かの名を呼びたい。だが、まだ子どもが寝ている。すこし我慢したい。それでも、こんなひどい孤独はないではないか。事情を聞きたい。愛する人に。私は今どうしてこんなことをしているのだろうか。そして、ここはどこなのだろうか、と。不安でたまらない。だが、母親はそんなことでめそめそなどしていられないのだ。この子を守らなければならないから。私たちが強い意志を貫いて授かった、かけがえのない命だ。私は歯を食いしばって、泣きたい気持ちを押さえ込む。子どもに心配させてはならない。
 歩き続けることは困難だった。疲れている。体がまだ思うように運ばない。自分という存在すら恨めしいと思うほどに、この世は自由にならない。子どもがふにゃふにゃと言いだしたので、私は慌ててその場に腰を下ろし、あやすことにした。そういえば。この子が腹が減ったらどうすればよいのだろう。私だって喉が渇いてきた。ここでは安全な食物や水は望めないだろう。どうすればいいのか、皆目見当がつかない。なにより、どうしてこんなことになったのかが分からないのだ。

「お前が望んだからだろう」
 聞き慣れた、愛おしい声が私の耳に届く。そのことに思わず涙しそうになりながらも私はその声の主を探す。高い瓦礫の上に彼は腰掛けていた。鳥の羽を毟ってはそこらに投げ捨てている。意外なサバイバルな姿を垣間見た。私は、本当に彼であるのか信じられない気持ちで、その名を呼ぶ。
「竜也っ」
「うーし、一応、飛べる生き物は生きてるみたいだぜ。とりあえず、これで何日かは持つだろ」
 竜也は最初に鳥を投げて地上へと下ろしてから、自分はその上へダイブするような格好で肉をクッションに使い、体力を使わないように高いところから降りた。竜也もまた、私と同じように体力が回復しきっていないのかもしれない。落ちてきた際には、息苦しくなるほどの砂ぼこりが舞って、すこしは加減してほしいなと思うほど。落ちてきた鳥の、毛を毟られた部位の肌の部位が、血の赤さと鳥肌のぶつぶつが浮き出ていて気持ち悪い。あんなものにはできる限り触りたくないものだ。竜也はそんな私の思いなどそっちのけで、再び鳥の体をいじり始める。辺りをキョロキョロと見てから、尖った欠片を手にし、それを鳥の体に押しこむ。つまり、鳥の体を解体しようというわけか。
「竜也、どうしてこんなことに、」
「飯でも食いながらでいーだろ。話はよ」
 竜也はなぜか取り合ってくれない。ぐしゃりと鳥の大きな身体を捌いていく。実にグロテスクだ。私は堪らず目を背けた。その瞬間、子どもが目を覚ましワッと泣いた。



 竜也の手際の良さにはある意味感動した。こんなふうにサバイバルができるような器用な男だとは思わなかったからだ。やはり、こういうときは男の身というものはとても頼りになる。私は子どもに母乳をやりながらなんとか落ち着こう、落ち着こうと努めていた。
 やがて、搾乳中の私たちの元に、焼き鳥を持ってきた竜也は、大きなため息を吐いた。どうやら今日の食事はこれらしい。私は、あまり出ない自分自身の母乳を呪いながら、それを口に運んだ。あの鳥肌が脳みそに浮かんで気持ち悪い。だが、これ以外に食べるものがない。吐き出さないように飲み込む。竜也はそんなことなどお構いなしにガツガツとその肉を咀嚼している。私たちの食事なのに、どうしてこんなにもなにかに追われるように食べているのだろうか。家族の食卓が楽しくない。子どもは、お乳が足りないと痛いほどに吸い付いてくる。また痣みたいになるじゃないか。私は子どもの愛らしい顔を両手で掴んで起こったような顔をしてやる。子どもはめそめそしだす。また、おっぱいを吸わせる。出が悪いのは私のせいか。それともホルモンの関係か。私にはよく分からない。ただ、これを食べて私は子どもを育てなければならない。
 ある程度食べて落ち着いた竜也はなにもいわず空を見上げている。こんなところにいるのだ。竜也もまた、放心しているのかもしれない。私はさらに不安になった。これからどうしていけばよいのだろう。生きていくために。
「こんなもんだ、世界なんて。俺たちだけしかいない世界なんて」
「えっ…?」
 竜也が振り向く。どこか疲れたような笑みすら浮かべて。私はそんな表情をする竜也を今まで見たことがなかったように思う。世界なんてチョロいだろう。そう傲慢に笑っていた彼のことしか私は知らない。真逆の、だが凛とした強さを持つ竜也の姿がそこにはあった。
「いったろ。お前が俺たちだけの世界を望んだ。お前の望んだ世界だ。どうしてこんなことになったか、なんて……そりゃ、お前の想像力が足りねぇからだ」
 確かに私は以前、望んだことがあった。すべてのものを棄ててでもほしいものはなにかと考えた末にだした答え。それが、こんな世界だっただなんて、あんまりだ。私は悔しくて堪らない。子どもの吸い付く力が痛い。そのこともあまりに悲しい。手を握った。その握り返してくる子どもの力はとても弱い。すべてが足りない。
「いずれ死ぬ」
 竜也があんまり悲しいことをいう。それは、竜也のことも含めた、私たちの生命が尽きる瞬間のことだろう。死に怯えたくはない。私はこんな世界を望んではいない。なぜだか、涙が頬を伝う。竜也はそんな私を見て、不憫そうにいう。
「最初に死ぬのはガキだ、体力がねぇ。次は、どっちだろうな…」
 夕暮れが迫っている。紅く染まる夕陽が、こんなときでもとてもきれいだ。眩しくて私は目を細めた。その視線のなかで、竜也も目を細めて同じ方向を見た。こんなときでも同じ風景を見ていられる幸せ。小さなことに幸福を見いだそうとする、自分の心持ちがじつに滑稽だった。涙で風景が滲んだ。
「死ぬまで、セックスでもする?」
 軽い口調で竜也はいう。私は返事をする気にもなれなかった。言葉などこの世界では必要ないのかもしれない。
「あ〜あ、タバコ吸いてぇなァ」
 私も竜也も、遠くばかり見ている。
 近くのものを見たくなくなってしまったから。



◆ ◆ ◆


「なんっだこりゃ」
 呆れたように竜也がいう。潮はゴツいヘッドセットと4Dメガネゴーグルのセットになったものを嵌めて座っていた。ヴァーチャルリアリティもここまでくれば、ほとんど現実だ。胸糞悪い世界。こんな世界を脳内に秘めていたなんて、一緒に住んでいて、毎日暮らしていても気づかなかった。潮の脳内の世界はむちゃくちゃだとしかいいようがない。
 ここまで追い詰められていたのだろうかと思うと、いたたまれなくもなる。竜也はヴァーチャルリアリティの世界に打ちひしがられている潮の肩を叩いて、強引にヘッドセットを外してやる。顔は珍しく、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。メイクは落ちているが、そんなに厚化粧なわけではないので顔はほとんど変わりない。竜也の、さっきまで見ていた姿ではなくて、いつもの竜也の姿を見て、すぐに潮は泣きついた。ただ、怖かった。あんな世界を願ったわけじゃない。だが、確かに三人の世界を望む。世界の広さと狭さ。すべてに圧倒されて、潮は子どもみたいにワアワァと泣いた。恐ろしかったのもあるけれど、竜也にまた会えて嬉しかったのだ。


◆ ◆ ◆


 あの一連の映像の意味は分からなかったけれど、泣くのはとても精神によいものらしい。泣くだけ泣いたら潮はケロッとしていた。
「さっぱりわからんけど、お前の精神世界、ヤバすぎだろ」
「…ああ。どうやら、私は自分が思っていた以上に弱ってたみたいだな」
 家に帰ってから、今日の話をした。あれは精神科に半ば無理やり竜也が連れて行った際の、治療みたいなものだった。まだ明らかにされていない精神化の治療法は、科学の最先端の技術を使ったあんなものだったというわけだ。深層にあるいろんな電気信号を読み取って、潮のなかにあるいろんな思いを読み取る。それは科学の世界ではただの電気信号であり、数字の世界では0と1でしかない。そう言葉にしてしまうと人間などというものはあまりに味気ないものになってしまう。だが、そんなことは無視して先の映像、世界観だ。深層心理に隠された様々なものがでるのなら、こんな恐ろしい治療もあったもんじゃない。
「悪かったな。あんなとこ連れてって」
「構わんよ、私を気遣ってのことだろう?」
「………まぁ」
 竜也は相変わらず多くを語らないけれど、それでじゅうぶんだ。潮はピタッとくっついて笑った。いくらか元気になったようだ。子どもが降りてからというものの、ずっと塞ぎ込んでいた潮だったが久しく笑った。どんなキッカケでもいいのかもしれない。荒治療でもいいのかもしれない。前向きになれるなにかがあるのならば。絶望のなかには希望だってあるのだし、パンドラが開けた箱の中に残っていたのは希望だったのだから。こんな甘いことを考えるようになった自分に、ある意味平和ボケしてるなぁと呆れながら、竜也はソファから上体を起こす。
「今日のあれ見て、思ったんだけど………俺、も、病院いく」
 潮は竜也を見つめたまま、頭にクエスチョンマークを浮かべている。竜也のいったことが理解できていないようだ。唐突すぎたか。竜也はおとなしくいいなおす。いいなおしたくもないのだけれど。
「ずっとショックも受けてらんねーし。不妊治療、ってやつ?」
 潮が驚きのあまり目を見開く。何度か潮も話を切り出そうとしたけれど、それは気持ちが萎んでしまってうまくいかなかった。そうやってしばらくの間、現実から目を背けてきた。それがあの仮想現実の世界につながったのだ。そろそろ逃げるのはやめにしようか、そう竜也がいってくれている気がした。
「あんなの見せられて、黙ってらんねえだろ」
「…すまない」
「娘。…可愛かったし」
 潮の精神世界で抱きしめ続けていた子どもの存在。それは、欲しいものが手のなかにある映像。それを見てなにも思わないほど、人の気持ちがわからないわけではない。潮と始まり違った気持ちで、その世界と竜也もまたつながっていたのだ。
 一人ならば立ち向かえないことでも、二人ならなんとかなるような気もする。いつもの強い想いを取り戻した気持ちで、竜也の手に己の手を重ねる。そうだ、竜也だけじゃない。自分だけでもない。苦しいのは、つらいのはみんな一緒だ。それはどっちがどっちというものではなく、双方の理解。
「うん。ありがとう」
「はぁ…、でもくじけるかもなぁ俺」
 肩を落とす弱気な竜也がどこかおかしい。
「そのときは、私が元気づけるさ」
 そろそろ、止まった時を動かそう。握った手で、そのままにぎにぎと指で押してやる。その行動自体に意味などない。
「お前の元気のツボなんて、よくわかっているんだからな」
「あ〜〜、ハイハイ」
 潮お得意のキザなセリフが始まりそうだと思ったので、それが苦手な姫川は呆れ声で返した。話は終わり。あとは行動あるのみ。
 竜也は、そんな強い意志をもった潮の横顔を見て、かなわないな、と思ったが、口に出すことはしない。どうせ逆立ちしたってかなわないことはたくさんある。だから、せいぜい強がって両肩で風を切って生きていく。支えるフリして支えあうのが、たぶん一緒にいる意味なのだ。たとえ、この世界が廃墟になったとしても。

title : 彼女の為に泣いた

15.06.18

伊藤計劃を読もうかな、と思いながら書き始めたんです。実はね、これ。まだ伊藤計劃の本は買っただけで読めてないのですが、こんなわけわからんイメージなんです。冒頭の久我山の語りのやつね。
変わった感じのを書いてみたかっただけだヨォ、ばかぁ。って何ww

このままじゃ終われないので、治療の一環、みたいに無理やりまとめちゃったのですが。とりあえずひめかわ夫妻がなんとか一歩踏み出せそうです。


なんでこんなふうになったかといいますと、男の不妊治療についてダイヤモンド☆ユカイの本を読んで、とりあえず一回くらいは挑戦してほしいかなって思ったんです。
もうすこし、今まで裕福だった分、他の人にはあまりない苦労をしてもらおうと思います。


あと、ほんとうは乱暴エッチ姫久我書こうと思ったんだが、最近、エッチなの書いてなくてああーむりだなぁーと思ったもので(笑)まぁそのうち番外編なノリで書こうと思ってますけど、これから男鹿葵アンソロの方もやらなきゃなぁ…。

つーわけでなんかインスピあるよーな言葉とか、かけてもらえればこれ幸い。よろしくです。
2015/06/18 16:17:14