※ 過去捏造で、ちょいアクション


 その時の少年は、まるで野生の獣だった。だが、人間の、それも幼い子供だ。人のかたちをした野獣。近づくものは噛み付くことが当たり前であった。それは、心を許していないからだ。

幼獣



「ぐ……くそ」
 まだ幼い子供のような曇りのない目をして、ばたばたと倒れ込んでいる人と人のあいだに、それを踏み台にして歩く年端のいかない少年の姿があった。その姿は野獣と呼ぶにふさわしい。泥と血に塗れた姿は人間とは言い難かった。孤高の生物、その時の彼の姿はそれに相応しい。そのまま、少年というべき年端の彼はふらりとどこかへ去ろうとした。その屍のように動かなくなった生き物どもを踏み越えて。そんな世の中に今はなってしまったのか、と嘆く大人がいる。そんな大人が、彼のことを見た。それが、出会い。
「……お、おい」
 ひくり、と少年の両肩が踊るように動く。何かに、否、声を掛けられたことについて、彼は驚き、そして、敵意をむき出しにした気をぶつけられる。殺意ほど強くはない、敵意というもの。まるでスポーツのようだ、と思った。それを思えるほど大人な彼の名は、早乙女禅十郎という。
 ギラギラと光る敵意むき出しの瞳が、ギュンと音を立てんばかりに急速に寄ってきた。間合いを詰める速度はまさに、野生の肉食動物さながら。早乙女は息を止めてそれに応じる。否、そうしなければ、応じきれるものではない。そのぐらいの素早さだったのだ。攻撃力はなかなか。殺傷力としてはまだまだ。大振りの蹴りを紙一重で躱して、早乙女はその子供の姿を視線で追う。この地獄絵図のような、大の大人たちが倒れこむ状況を作ったのはこの子供だとじんわりと胸の奥へ、事実が染み込んでくる。攻撃を躱されたことで少年はつんのめって、足下の邪魔なやつらに足を取られそうになる。少年は絡められることに恐怖を覚えた。だから吼える。これは、虎の咆哮だ。早乙女は思った。
「長くかけると面倒くせぇ、速攻でいくか」
 コキリ、と首を鳴らして肩腕を回す。この少年を地面へ這いつくばらせるのは簡単だ。けれどその後に押さえつけるのは難しいだろう。普通に力だけではきっと。早乙女は迷うことなく紋章の力を使うことにした。伝説の紋章使い、それが彼の隠れた異名である。早乙女が手のひらに紋様を浮かび上がらせている間、すでに少年の姿は懐に入らんとしていた。その拳を肘で軽く受け流し、若干よろけたところを容赦なく攻める。早乙女から繰り出されるのは鋭いボディブロー。
「何も取って食いやしねぇよ、クソッタレ」
 ぐらり。少年の体がくずおれる。だが、足を踏ん張り絶対に倒れない。苦しげに呻くその姿は、細い体の少年だった。咳込むとそこから崩れてしまうから、何とかそれすら踏ん張ろうとして額には冷汗が浮き始めている。どうせ、あと一、二発で勝負自体はつく。その後の処置のほうが面倒なことを早乙女は知っていた。ボディブローからの肝臓辺りを狙うフック。当たった途端に少年の口が開く。咳込むことを人は止められない。堪らず少年は体をくの字に曲げて胃の中のものを吐き出す。呻きとは反対に、彼の体の中にはほとんど入っていないようだ。胃液くらいしか吐き出されていない。さぞ苦しいだろうが、おとなしくしていてもらわねば早乙女としても困る。紋章が宙に浮かぶ。少年は生まれて初めて見たそれを、何か分からずにただただ驚きの目で見つめて、声を出せずに痛みだけに耐えていた。
「悪ぃな」
 早乙女の言葉が終わるか終わらないかの間に、その浮かんだ紋章が立体的にくるりと回転し、さらに少年は眼を見張る。だが何かできるわけではない。それはぐんにゃりと曲がり、歪みながら少年の体に巻き付くように絡む。熱いわけではない、冷たいわけでもない。ただ、目には見えるし身動きが取れなくなる。
 ころされる。
 少年は、再度獣のような咆哮を上げ、なんとかそのわけのわからない魔法みたいなものから逃れようとした。その時、ふと見えた。早乙女の手から繰り出される謎の紋章がもう一つ。同じ形だった。この形は注意しなければならない。身を捩って何とか逃げようと画策する。だが二つ目の紋章が完全に少年の体を捉えた。二つの紋章はガッチリと彼の体を押さえつけてしまう。
 死んでたまるか。
 少年は力の限り抵抗し、やがてその意識を手放した。少年はここのところ、心休まる時がなかったので夢も見ていない。




「よう、起きたか」
 簡易ベッドの寝心地は、普通なら最低だと悪態づくのだろうけれど、少年にとっては最高に寝心地の良いものだった。だからきっと懇々と眠ってしまったのだろう。いつぶりにこんなに深く気をやっていたのだろうかと思い出す間もない。死んでいなかったことに、ここは天国でも地獄でもないことに彼は驚いていた。
「捕まえに、きたわけじゃないのか」
 大人と見れば身構えるその理由を、彼はボソリと口にした。早乙女にしてみればそんなことは一言も言っていない、ただの勘違いに過ぎない無駄な抵抗に過ぎないことだったのだけれど。捕まえられると思って、彼はあれだけ抵抗を試みたのだ。それは全身で拒否と敵意と恐怖をむき出しにしていた。
「あぁん? おめーのことなんざ知らねぇのに、捕まえる必要なんざあっか」
 こんないい加減なことを言う大人がいることを、少年は初めて知った。もはや彼は早乙女に対して敵意と拒絶の念をむき出しにしていることはなかった。ただ、ぼうっとしているだけの子供だ。
「ところで、逃げる必要があんのか」
 どうして彼が逃げているのか。こんな幼い獣を生んだ社会は問題だ。子供は少なくとも、大人よりもとても正直で穢れがない。少年は何も言わずに頷いた。理由についてはまだ語るつもりはないようだ。まあいい。
「…とりあえず、おめーとかガキとかってしか呼べねぇんじゃ、しゃーねえ。名前ぐらい教えろよ」
「俺は、英虎。…東条、英虎」
 先に感じた、虎の咆哮のようだと思ったことと、あまりにリンクしていて思わず笑ってしまう。目の前のちいさな虎は笑う理由を分からずにぼやっとしている。
「分かった、じゃあ虎ってよぶ」
「…! へぇ、それ、強そうだな!」
 虎のようで。虎のような強い獣になりたい英虎は素直に喜んだ。もはや、手負いの獣には早乙女の目には見えなくなっていた。彼は、生まれたばかりの無垢で穢れのない、そしてかけがえのない生命だ。
「イイぜ。強くなりたいんなら、俺が喧嘩の仕方、教えてやらあ。…だが、まずは腹拵え、だな」
 それが、東条英虎と、早乙女禅十郎との、初めての出会いだった。


15.03.19

昨日から書き出した、まぁ考えていて前からちょっとは書いてみたかった虎と禅さんとの出会い編です。こんな感じかなぁと。アクションパート長い割に動きなさすぎじゃね?ww
しかも、アッサリと懐きすぎ感がありますが、往生際が悪さがない、ハンパない潔さが彼の真骨頂というか。サバっとしたキャラこそが、東条英虎らしさなのかなぁと勝手に思ってます。
なんで噛み付いてくるのか、理由は入れませんでした。この話をアップしてみて、反響とかあれば蛇足になるかもしれないけど、英虎が逃げる戦う理由編を書こうかな、くらいのもんです。理由はたけし!的にいうとボンチュー的な……ううん、そんなイメージで書いてました。
描写はありませんが、まだ東条は声変り前だし(小学生くらいの年齢。一桁くらいとか)、禅さんはヒゲヅラじゃないイメージ。どっかの同人作家さんとかも、書いてくれてそうなネタですが、あんまり気にしないでくださいw

実は、…ごにょごにょ。東邦神姫アンソロに参加しようかとネタを考えていたら、思いついたってのもあります。アンソロで使う話は我が家には上げませんけど(サンプルくらいならピクシブに上げるかも知らんけん)、書いてたら虎のエピソードが一人歩きし暴走しだした。オニパネエ、ので先に吐き出しちゃうことにしただけだぜ!!w (そして、大した中身ですらネエ!…嗚呼、文才ほすぃわ〜)

title : joy
2015/03/19 15:42:15