酷く生産性を欠くのねその皮肉




title : 独りぼっちのボブヘアと吐血する背中越しに


 ホワイトデー。3月14日。
 今年は寒い。冷たい風が頬を撫ぜる。花粉症の誰かがくしゃみをしている。どーでもいい。
「…っしゃあ! おめーらは卒業だ、さっさと外の世界にいって、やるだけやってけ!」
 贈る言葉があまりにも男臭すぎて笑える。早乙女禅十郎らしい言葉だった。ケンカをしろって意味じゃない。ただ、社会に出ることは、イコール闘いなんだと伝説の教師はいうのだ。東条が涙ぐんでいて、そこからもらい泣きする奴がいた。ちょっと驚きな、この不良ばかりの何を学ぶのかさっぱりちんぷんかんぷんな学び舎で。神崎たちはその涙を鼻で笑った。楽しかった。面白かった。ケンカした。殴った。蹴った。戦った。いろいろあった。だが、泣くほどの何があるってんだ。そこだけは冷めた目で。
「なぁんで泣くかねぇ…。ふつーは喜ぶとこだろ。朝早く起きんの面倒くせえし」
「そうそ。よくわかんな……って、城ちゃんは感慨深いものを感じてるみたいだよ?」
「いえ、…オレは……神崎さんと一緒に卒業できるのが、嬉しくてうれしくて…」
 城山の感動は、またちょっと違っていたようである。証書を担いで外に出る。やっぱり卒業は、ちょっと違うな、と神崎は思う。嬉しい。それに、懐かしい記憶がいっぱい蘇ってくる。ほとんどが楽しくて、ケンカにまみれたバカバカしくも、いい思い出たち。外に出て春の空気を感じる。明日から来なくてもいいこの学校という場所で、この春からはもう学校とかいう野暮ったい言葉からすら解放されるのだ。そんなことを思いながら、最後に目に焼き付けておこうと思う。嫌いじゃなかったぜ。
「あばよ」
 薄汚れた校舎の壁は悪魔どもと戦ったせいできれいなものへと作りかえられていて、きっと一番いい時期に彼らはこの学び舎にいることができたのだろう。新校舎初めての卒業生。これから何年もかけて、また前みたいに汚れていくんだ。そして、これからのこの校舎の中でケンカはきっと絶えないのだろう。神崎は校舎に背を向けて、最後の校門を渡る。
「神崎ぃ〜っ」
 大きな呼び声が後ろから聞こえる。聞き慣れた可愛げのない低い声の女。仕方なしに振り向くと、そこにはレッドテイルの面々が特攻服姿で突っ立っていた。葵だけはムキになって制服姿を貫いているので、ちょっとだけ浮いている。中心にいるのは、第四代総長の大森寧々の凜とした立ち姿。裾を靡かせてまっすぐに見つめてくる、射抜くような視線が今は痛い。
「何してんだお前ら」
「卒業なんだから、最後に挨拶くらいしとこうと思ってね」
「おお、そうか」
「そ。東条たちにも、もう終わったからあとは、アンタで最後」
 最後の最後。この校門から出たら、もう入ることはないだろう。神崎はようやくそれに気づいた。学校に来ることはもうない。だから、こいつらに会うこともきっとないだろう。最後の挨拶は、とびっきり楽しく行きたいものだけれど。勝ち誇ったような笑みを浮かべている寧々の様子がへんだと思う。何を考えているんだろう。むしろ、最後に神崎が残ったということにも何か意図を感じるほどに。
「おい、早くしろよ。挨拶しに来たんじゃねーのかよ。クソアマ」
「はぁ? 何言ってんの、アンタがコッチに言いたいことがあんでしょ。早く言いなよ。聞いててやるから、ヒゲピアス」
 どちらも負けていない。顔をあわせるたびに始まるじゃれ合いのような言葉と言葉の応酬も、これで最後。最後ならばと思うこともある。夏目と城山のほうを振り返った。二人は何かを目で訴えてくる。いけ!と身構える格好すらして。何をどういけ!というのか。意味かわからないのでまた寧々に向き直った。寧々の表情は相変わらず、人を食ったような目をしていて。そもそもこいつはどうしてそんなことを言ったのか。神崎は思った。一言も言いたいことがあるだなんて言ってないし、言ったこともないのに。何を感じてそんなことを言ったのだろうか。理解に苦しむ。
「じゃーな。悪くなかったぜ、最後の一年は、特によ」
 捨てゼリフみたいな言葉に寧々の口元が笑みの形に歪む。そうか、こんな顔も見られなくなるし、むしろ、こいつらとも会えなくなる。きっと、夏目や城山とはこれからもつるんでいくんだろうけど、ここ一年で仲間になった後輩たちとは、もう会うこともないのだろうか。それは、物足りないような、繋ぎ止めておきたいような、そんな気持ちになる。きっとこいつらも一緒なんだろう。そして、仲間以上にきっと、この大森寧々という口の悪い女はきっと、気づかないうちに神崎の心の奥のほうに巣食っていて。この最後の時に、それを言うべきか、迷った。だけど、それは言葉になんてならない。どうすればいいのか、羽織った学生服のボタンを急に引きちぎって、第二ボタンを強引に寧々の手の中に押しつけるように渡す。これが時間にして数十秒のこと。寧々の手は思ったより小さくて、そして外にいるからか冷たかった。
「やる」
「……ちょ、何のつもり?」
 第二ボタンとか、考えが古かったか。たまたま学生服だったからできたことではあるのだが、不良学校としては学ランじゃないとカッコつかないってのもある。寧々が面食らったような顔をして神崎を見上げている。手の中に中のボタンを見て、それを説明しろと問うのはどうかと思うが。今の時代でだって、通じるはずだ。言わせるな。
「やりたかったんだよ、俺が」
 寧々がその手の中のボタンを軽く握って微笑む。周りのみんながわぁっと湧いた。見てんじゃねえよ。顔が赤くなっているのが、神崎自身でも分かる。寧々は周りの反応なんてすでに想定していたかのように鼻で笑うみたいに顔色一つ変えずにいる。それが逆に神崎としてはいたたまれないというか、やりきれない気持ちだ。
「あーっそう」
 受け取ったボタンを懐にしまい込み、投げ捨てるようなことはしなかったものの、寧々はそれでも冷たい目を見つめてくる。というか、射抜くような視線が神崎にとってはとても痛い。だから、寧々の顔から目を逸らしてずーっと下の方を見て、さっきまで神崎の第二ボタンを持っていたその手を掴んでから、その眼に視線を合わせる。寧々の視線はいつも鋭くて、実は神崎は苦手だった。
「このままバイバイ、なんて味気ねえと、思わねぇか?」
 おーっ、と周りも湧く。また気恥ずかしさばかりがこみ上げてくる。こいつらもしかして仕組んだのか、こうなることを読んで、と思うほどに。だから、顔が赤いとか恥ずかしいとか、そういうのを取っ払ったつもりで神崎は声を張り上げる。
「おいっ、おめーらも一緒にくんだよ。打ち上げだ! バカヤロウ」
 別の意味でその場がさらにわぁっと湧いた。こういうところ、本当に神崎はカリスマがあると言われる所以だ。
「もちろん支払いは、大蔵大臣だ」
と、姫川の肩をポンとやる始末。さすがに急に振られた姫川は苦笑いして、
「ちゃっかりしてんな」と呟く。
 卒業が、イコール別れなんかじゃない。気づけたし、押し売りみたいに言い切った気持ちを、ムダになんてしない。これから先うまくいかないことが山ほどあったって。どうせ目を凝らしたって見えない未来なのだから、せめてこの縁を引っ掴んで縋っていたい。第二ボタンの分くらいは一緒に。


15.03.10

神崎と寧々の話。卒業式ならでは。
前に書いたような気もするんだけど、さらっと見返したらまったく同じエピソードは書いてなかったようなので書いてみた。ふわっと昨日の夜中うかんだ。そして寝たw
こんな内容がないものなのにそこそこの長さになりましたね。ちなみに、話の流れだけなら3行で終わるんじゃね?w

好きと言わない告白です。
前はこんなんばっかり書いてたし、元々こういう感じで言葉では言わないようなのが好きみたいです。察しろよ、的な。男鹿話まるっきりこういうような、不器用な告白しかできないタイプかと思ってます。意外に、虎はさらっと好きだ、とか付き合ってくれと言いそうなイメージ。みんなはどうかね??



神崎×寧々は好きなんだが、しっくりくるのはパー子だよね。
だから神崎が押すのはパー子で、神崎が押せないでリードされっぱなしなのは寧々という感じで書いてます。どっちにしてもヘタレなんだけどね、、、

2015/03/10 20:18:10