深海にて29

 実をいうと、男鹿の女子への特別な気持ちというものを見たのは、葵が初めてというわけではない。そう古市だけは思っている。男鹿はきっとそれを認めないのだろうけど、見ていれば分かることもある。それだけの付き合いになったということなのだろう。これだけの本気度というのは初めてかも知れないけれど、当人に分からない恋というものがたしかに存在するのだ。しずかに古市は、その男鹿とゲームを愉しみながら思いを馳せた。

 二人の出会いは小5。男鹿の姉の美咲のせいだけではない。男鹿はあのとき、たしかに寂しい子どもだった。それを口にすることはできなかったが。それこそが子供らしい寂しさだったのだろう。ケンカの強さは男鹿少年を、ただひたすらに孤立させた。あの強い姉に対抗し、強い母と並び、弱い父を持ったが故のケンカだったのだろう。古市が会ったときには今よりももっと稚拙だが、それでも十分な強さを持った少年になっていた。とうぜん暴力的な意味で、である。だから姉の美咲は友達もいないことを解って心配して、古市に向けて仲良くしてやって。なんて男鹿の望まないことを口にしたのだ。本当の心なんて、きっと男鹿は自分が思っていることにすら気づけないような不器用な男なのだから。そんなことを知ってから、古市は踏み込みすぎず、離れすぎず、あとになるまでそれには気づかなかったが、いい感じでその独特の距離感を保っていた。手を握ることはしなくとも、人は心をつかむことはできるのだ。もちろん、それは未来にならなければ感じることはできないのだったが。
 ケンカごとから距離は急激に近づいたが、もちろん付き合いというものはそれだけでは済まない。むしろ、友達付き合いというものは日常が主。それは当然だ、一緒に学校に通ったり勉強したり、文句を言ったりする仲なのだから。すぐに分かるほど近い仲でもないながら、男鹿と古市はそれは間違いなく友達だった。それは、ケンカやゲームだけじゃなく、なんとなく、だ。人と人との付き合いというのは、おおよそそういうものだろう。はかりごとのような関係こそ長続きはしない。当然のことだ。そんな古市は、小6の夏、クラスメイトの、とある女子に恋をした。理由? それこそ聞くだけ野暮というものだろう。恋は落ちるもの、理由なんて言葉にできるほど軽いものなんかじゃないのだ。ただ、その人を好きと思うこと。

「ふーん、……あっそ」
「あっそ、って!」
 彼女への想いをぶちまけた古市は、その秘めた想いについての告白を言葉ですらない、ため息というべき言葉にすらなっていない吐息の一種で終えた友人である男鹿の態度について、堪らず大声を張り上げた。声というよりかは、どちらかといえば嘆きと呼ぶべきか。なにか反応ちゃんとしろ!と。だが、男鹿はやはり男鹿だった。興味ないと見ればまったく興味を示さない。それが男鹿が男鹿たる所以というかなんというか。
 だが、男鹿は興味ないと示しながらなんてやつだ。古市はその子が、自分たち──というか、古市の友人である、男鹿のせいだったから。動いたのかも知れないけれど。──のせいでイジメというか、いやがらせを受けていたときに、古市がキレてそいつらグループに、それは自分の実力なんてまったく省みず向かっていったときのこと。結局は男鹿に助けられたのだ。古市がボコにされているだなんて、男鹿には知らされていなかったはずの放課後。どうしてか、男鹿はランドセルを置いた後で教室に戻ってきた。その目には、古市と、そしてその古市が恋した彼女がいた。男鹿もまた、古市の思った彼女を遠い目で見つめていた。見下ろすその目は冷たいのだけれど、それでも熱く彼女を見つめていた。それを古市は見逃さなかった。
「ざけんな。中学生だかなんだかしんねーが、ザコと女をやるなんざ、男じゃねーわ」
 すくなくとも、このときたしかに男鹿は彼女のことを恋しいと思っていた。そうである、と古市は瞬間的に理解していた。それは古市を通してだが、女性というものに憧れに似た感情を抱いていたのではないか。それは男鹿自身はそのことに気づいていないだろうことも、もちろん古市は分かっていた。だから口にしなかった。殴られるの嫌だし。

 その後、古市はもうひとつの男鹿の恋の相手を見つけた。それは葵と出会ってからのことだ。強い彼女は男鹿に頼りきることはなく、悪魔たちとの闘いを務めた。その姿は、とある女性と重なっていた。しかし、その人は石になった。その姿を見て、男鹿は怒りを募らせた。つまり、その相手は男鹿自身の姉の美咲である。きっと、男鹿の女性に対する気持ちの芽生えは、彼女から生まれたのだろう。それは、男鹿のフェミニストともとれる行動からも明らかだ。葵を見初めたのは、美咲の存在があってのことだろう。そう古市は思っている。もちろんタイプは違う。その二人の共通項であるレディースであることなど、男鹿にとっては何の興味も湧かないことは当然だ。なぜなら、それは息をすることのようにそこにあっただけの、ただの事象にしか過ぎないのだから。そんな葵と美咲に共通した部分は、その強さにある。物理的な強さ、そして、精神的な強さ。時には男鹿のことを引っ張っていくほどの、精神の強さはどこか美咲と葵は共通する。その反面、強さはどこか儚さを感じさせる。男鹿は本能で感じ取っていたのだ。その裏腹の弱さにも。たぶん、そこにやられたのだろう。

「なぁ、お前、変わったよな」
「はあ?」
 考えていたのは古市だけのこと。急にそんなことを言われて言葉にならぬ言葉で返すのは、当然の反応ともいえる。ただ、そんな様子の男鹿がどこか可笑しくて古市はさらに笑った。それだけのことでパンチを受けると知っても、笑えるものは笑えるのだ。
「邦枝先輩とのデートプラン、たまにはマジメに考えてみろよ。いつも行き当たりばったりじゃさぁ…、そうしないと嫌われちまうぞ?」
「けっ」
 舌打ちする男鹿をゲームてボコボコにしやりながら古市はコントローラを器用に操る。それは、朗らかで気の抜けた休日の午後のこと。


15.02.25

結構前から書いてたんですが、オチがつけられなくてグダグダ感ハンパねえんすけど、申し訳ない…。しかも葵ちゃんでてこないという。

深海にてのシリーズなんだけども男鹿の恋について、古市が想いを馳せるというわけのわからない話を書いてみました。こういう男鹿だからこそ、葵ちゃんに惹かれたんだよ!という意味合いを出したかったんですが、でてないかなぁ…
コレがうまく書けてれば、男鹿葵アンソロにも顔を出そうかな、と思えたのにぃ…(爆)ぃまいちでござりました、申し訳ないです。あと、関係ないけど、ツィッター?の退会の仕方分かったんでボチボチ抜けよっとw



そうそう、怒り新党で言ってた、姉の存在について、から書いた感じもあるんですが、男子にとって姉というのは、性的な意味で結構深いようですね。妹は人によるんだろうけどさ。だからこういう描写にしてみました。性的なこと、というほど大人びた感じでもないけど、憧れとかそういうのから恋にも似たぽやーんとした感情、みたいなものを男鹿辰巳少年も姉に抱いた少年時代が実はあったんだよ。という深いのかなんなのか…な部分もあります。
ちなみに、これは近親ネタとかでは一切ないし、そういう邪まなものではなくて、もっとまっすぐ、みたいな気持ちなんだと言い切ってみる。


では、次の深海にてはエロですーよろ。
2015/02/25 22:44:24