今の世の中、こんなことをいったら笑われるかもしれないけれど、実際にこんなことがあったなら人はどうするのだろう。誰もが考えることかもしれないが、現実になるなんて思ってもない。神崎はぼうっと表を見ながら考えていた。まだ高校生だ。未来はヤクザの親分になる予定で、そのための布石ではないけれど部下もいっぱいいる。頭は悪いが、勉強が好きなやつが生きてるだなんて信じられないことだし、そんなやつは数少ないだろうことは神崎の少ない脳みそでも丸わかりだ。
 で、どうしてこんなことを考えているかだなんて「崩壊」というものが間近に迫っているからだ。嘘っぽいと思うけれど、どうやら本当らしいとテレビは連日告げていて、崩壊というものがなんなのかと言われれば、まだ来ていないその日のことなど分かるはずもない。人たちはあくまで訪れるであろう崩壊に向けて怯えて生きているだけだ。崩壊はイコール死なのか。それはテレビもマスコミも国も地球も、なにも誰もが答えてくれない。ただ、もし死だとするならば、このまま死んでしまうなら人間も、もちろん神崎も心残りはあるだろう。そうぼんやりと思うだけだ。それでも学校は続いているし、授業はいつもくだらない。休みたくて欠伸をしながら屋上に逃げ込んだ。
「お、姫川?」
「……なんだてめぇか」
 てめぇとはご挨拶だ。ダサいリーゼント頭の姫川を見やると、浮かない顔をしていた。腐れ縁に近いものだがなんとなく相手の気分というものが分かるものだ。特に仲がいいわけでもないのに。プカリと未成年のくせにタバコを吹かしてから神崎側へとゆっくり寄ってきた。
「サボりかぁ?」
「天気がいいだろ? だから、だよ」
 神崎も似たようなものだった。単位をとる必要がどれだけあるのか。あれだけ連日テレビで地球の滅亡説を言いまくっていると、分からなくなってくる。勉強したくないとか授業を受けたくないだとか、そういう逃げではない。もちろんやりたくはないけれど、未来について心配になるだけだ。それも、その昔あったノストラダムスの大予言のときみたいな杞憂に終わるんじゃないかとか、そういう意味合いも含めて。
「どしたんだよ、浮かねぇツラして」
「……フン、分かんのか」
 知りたくなくても、知られたくなくても分かる事はある。姫川が今の気持ちを代弁するかのように溜息を鼻からフンと強く吐き出し空を仰ぐ。
「最近、あのニュースばっかで気が冴えねぇのも分かっけどよ」
 神崎は笑いながら崩壊について飛ばしていく。どう反応したらいいのか分からなくなるのだ。だから神崎は信じないことにしている。ほんとうは不安だけれどそれを押し隠して。だから、姫川がそんなことをいうだなんて思ってもみなかったのだ。
「信じてねぇのか?」
 何を言われたのだろうか。神崎はしばらく考えた。アホな頭で考えた。その様子を姫川はいつものクールさで見つめていた。
「あれはガチだ。崩壊はマジでくる。選ばれた数千人の人間だけが、地球から出ていく。どうして知ってるかって? …俺も近々、この星からいなくなるからだよ」
「はぁ? じゃーなんだって俺たちは学校なんかでこんなんしてんだよ? 崩壊すんなら、こんなヒマねぇじゃねーかよ。逃げること考えたり、それより……崩壊、ってなんだよ?!」
 姫川は地球からいなくなるといった。その意味がわからない。まるでガンダムの世界だ。ネットなんかでは確かに噂になっていたが、コロニー(仮)に移り住む人間以外は崩壊だとかなんだとか。そもそもコロニー(仮)なんてどこにあるんだよと言いたい。だが、それを姫川は当たり前みたいに言うのだ。反発しないわけがない。
「崩壊が何かはわかんねぇ」
 姫川はあっさり降伏した。
 世の中はカネだ。コネだ。権力だ。だから姫川は星から消える。星の外は、少なくともこの地球よりは安全で、少なくとも地球にいるより長生きできるということで、選ばれた人間だけが脱出できる。そういうことなのだという。もちろん姫川も神崎と同じような子供だ。だから納得していない部分もあるし、分からないことも多いのだという。
「間違いなく死ぬよ。俺たちは全員。でも、お前よりは俺のが長く生きれる。この星から出るから。そこは崩壊しないところだから」
「生きてりゃ死ぬだろ。事故もあっし、歳もとるし、病気にもなるし。色々あんじゃねーかよ」
 それ以外の、何かで死ぬことが崩壊で死ぬことだと思われる。だが、それが本当に起こるなんてどうしても信じられないし、信じたくないと思った。
「でも、もし明日死ぬとしたら、お前は何がしたい?」
 信じないと何度か話したけれど、どうやら姫川の考えを揺らがせることはできなかったようだ。晴れた青空は肌寒いくらいで小さく浮かぶ雲を見つめながら神崎は考えた。けれど、考えたくもない。その悪い未来について。明日死ぬだなんてむちゃなことだ。明日死ぬからってなにかができるものなんだろうか。よくドラマとかで見る展開だ。死ぬ前にやりたいこと。そんなことを考える。考えなきゃいけない展開になる。それをやる。やってみる。でもほとんどが他愛ないことや時間がかかることだから、できないと嘆いたり虚しさだけが残ったりする。それを理解して、死について静かに考えてそのときを待つような展開。とても陳腐だと思う。答えなんていつまで経っても出てこない。浮かぶはずもない。神崎はまだ答えない。
「俺、来週にはもういないぜ」
 思っていたより早い別れ。それでも姫川の顔色はこれっぽっちも変わらない。姫川は地球という星を捨ててどこかへ流れていく。それは行きたいとか生きたいとか、そういうことではない。ただ選ばれただけなのだと。神崎はそれを思う。そんな知らないところに、仲間もいない。今まで思い描いていた未来も、もちろんない。ただ、選ばれたからというだけで不安定な未来に身を置かなければならないのだ。こうして気軽に話せる仲間もいない。学校の友達もいない。そんな世界に行くくらいなら、もしかしたら崩壊と向き合う方がいいのかもしれない。「今」が壊れてしまうのが怖い。神崎はそんなことをふと感じた。消えていくクラスメートを思って。だが、そのクラスメートは涼しい顔で、
「俺は俺で、お前らより長い未来にどうしようかなぁと思ってる。崩壊した過去のために頑張るかもしんねぇし、まったく違う世界のためになんかするのかもしんねぇな」
 姫川が吐き出した煙は吐いた先からふわりと幻想みたいに消えていく。崩壊も移行も、変わらないのかもしれない。神崎は真面目にない頭で考えた上で、知る。崩壊が怖いんじゃない。分からないから怖いかどうかすら感じられないから。けれどこの気持ちは間違いなく怖いというものに他ならない。それは否が応でも「変化しなければならない」からだ。変化しなきゃならないことが怖いのだ。神崎が変わらないと言っても、こうして周りが変わっていく。しかも性急に。だから、神崎も変化についていくために変わらなきゃならないことがでてくる。それは確信。死ぬとか死なないとか、そういうことよりも早く訪れる何かのために。
「なぁ神崎よ、もっかい聞く。明日死ぬとしたら、何がしてえ?」
 人なんてどこまでも単純なもので、難しいこともできないから。だから。
「エッチしてえなー」
「はは、そりゃ野生っぽくていーや。で、誰と?」
「………内緒。に決まってんだろ」


14.01.18

少し前(先月)から書いてたものです。
崩壊してゆく世界のべるぜでした。
友情モノなのか、ただの青春モノって感じで読んでもらえたらな。

ちなみに、私はエッチはしたくないですけどね。好きな人と? うーん、そういう歳でもないからなw
私なら、まぁ神崎の立場にいて(選ばれたくはないわな。というのもあるし、選ばれる何もないから)崩壊まで慎ましやかに、死ぬ日を考えて何かを諦めていくってのが当たり前すぎる崩壊の訪れを待つ人ってだけな気がしますね。これといって何かするわけでもなく、過去を見て、未来は曇っちゃって、身辺整理するだけみたいなね。そんな感じかなぁと思いますよ。終わることっていうのはね。

そんなくだらんことを真面目に考えることもあります。とりあえず仕事さがさねぇとなー。

2015/01/18 14:52:40