はらはらと雪の舞う那須高原。その夜はクリスマスイブ。そんな夜に一人の教師と、一人のその教師の生徒を宿に送り込んだ。これは何の因果か運命か。誰も答えなんて知らないし、分かるはずもない。だって、きっと答えなんてない。
 じと見つめあった彼らの目は真剣という色に塗られていて、けれどそれは戦争とかそういう一刻を争うようなものでもない。ああ、日本という国はどこかズレていてぬるま湯みたいなものなのだ。その中でも思ったり悩んだりする人はいるのだけれど。少なくとも、この瞬間が大きなターニングポイントだと分かる人はそうはいない。何気ない会話に隠れるポイントを見つけられる人間はそうはいない。
「それは、産むでしょ。フツウ」
 浅はかなのは若いせいか。はあ、と呆れたように禅十郎は溜息を吐き出す。簡単にいうんだよな、だから簡単にやれちゃうんだ、ガキどもは。そうして学校を辞めなきゃならなくなった生徒たちを何人も見ている。考えなしなんだよお前らは。寄り添う寧々の頭を軽く小突く。
「命を大事にするとか、そういう話じゃねーわ。元ッから間違ってんだよ」
 痛くないように小突かれれば、それはただのじゃれ合いだ。寧々は甘えるようにすり寄って微笑む。
「そ。禅なら作らないでしょ、そもそも。ダカラコソ選ぶんじゃない。そんな人だから」
「あのなぁ……」
 意味がわかっているのかわかっていないか。そもそものところがあやふやだ。大人だからといわれれば聞こえはいいが、ただの妄想だ。なぜなら、禅十郎には前科がない。そう、結婚したこともないし。もちろんセックスしたことがないという話ではないけれど、そういう話を寧々としたこともない。だが、後はどう返せばいいのだろう。
「信じてる。あたしは」
 そうまっすぐに言われてグラグラこない男が何人いるだろうか。しかも相手はグラマラスな年下美女ときた。それでも禅十郎はなけなしの理性を引っ張って酒を煽る。くらりと揺れる脳は充分に酔いに温まっている。
 信じる、とか、好き、とかそういう言葉は簡単にいっちゃいけないと思っていた。少なくとも、純然たる男子として生まれた禅十郎としては。けれど目の前にして言い切られてしまうとこれほどぐらつくだなんて思っていなかった。そんなに簡単に信じるのも、好きになるのもご法度だと思っているから。それはどうしてだろうか。ふとそんな疑念が生まれて頭の中を数秒間ぐるぐると回る。きっとそういう思いをしないやつらがさっさと結婚したりセックスしたりしているんだろう。言葉は口や形にしてしまうと消すことができないから。
「クソッタレ」
 それだけ返すので精いっぱい。口癖だ。逃げるときも攻めるときもこの言葉を使う。禅十郎の中の便利な言葉。口は悪いが真心は最高。そんなふうにまた酒を煽る。眠気が薄く現れてきた。寧々が笑う。顔を近づけたと思ったら、もうキスしていた。触れるだけのやわこいキス。すぐに身体を離して顔もそらしてしまう。その時にそれが離れがたい気持ちになっていると禅十郎は感じた。そんなことを思ってもなんの意味もないし、どうしようもないことなのだけれど。
「寝る? なんか眠そうだよね」
「……先公ってーのは朝が早ぇもんだから眠ぃのさ。夜にゃ劇ヨワ。つぅか初めてのスキーだぜ? 初スキー。そりゃ疲れるっつうの」
 恋とか好きとかそういうのは、この雪にまみれたクリスマスにはあまり関係がなかったようだ。布団にダイブするように禅十郎は横になる。すぐに眠さに飲み込まれていくことは目に見えている。ほんとうは、この旅の間にいくところまでいきつきたかった。けれど、それを許してくれない大人と、それを打破したい少女と。それも、闇の中にまみれていった。明日はいつもの町に帰る。けれど、そこから始まる未来の物語は、いままでときっと違う。それは寧々の胸の内で確信となってそこにあった。だから抱いて、抱いてとしつこくしなくて済んだのはそのためだ。禅十郎のイビキは寧々にもやがて安らぎを与えるのだった。うるさいと思ってばかりいた他人の寝息がこんなにも愛おしいものになるだなんて、誰が思うのだろう。人はひとの心をこうも簡単に変える。


14.12.25

とりあえずここまでで、禅さんと寧々の旅編終了です。

ラブラブになりたいのに、ならないっていうクリスマスイブなんですけど、実をいうと好きな人と一緒にいられるってだけで、意味があるんですね。まぁ私的な意見ですが。なので、結ばれるとかそういう話というより、一緒にいれて嬉しい話なんだと。気持ちも相手に伝わったわけだしね。

ここからの話は今は実は考えてないんですよw なので気長にお待ちを。
2014/12/25 21:00:22