見知らぬ番号から着信があった。そういえばレンタルビデオの返還期限を過ぎていたかもしれない。休みに入った学校へ行くのは、いつもよりは遅くてもいいのであの頭にくるぐらいウルサイ目覚ましも鳴らないように設定してある。その代わり、見覚えのない番号からの着信に起こされた、というのだ。三回、四回、五回………、八回目でなんとか目を開けて出た。耳に届く声は低めの女の声。一瞬、斑鳩、と思った。口調が似てるから。あ、いや違うか。
「先生、準備整ったから、来てよね」
「…は? ん、お、大森、か? 俺の番号知ってた、っけ……?」
「一回クラス受け持ったでしょ! その時言ってたじゃない。緊急連絡先だ、って」
 そういえばそうだ。昔の教師と今の教師は、関わり方がなんか違うからやりづらいんだよなぁ…、と禅十郎は寝ぼけ眼で思う。いや、べつにいいんだけどさ。や、なにが? もう朝っぱらから訳の分からない電話をもらってまだ脳みそは寝ているし、こにゃこにゃだ。ふわぁ、と電話相手にもバッチリ聞こえる大あくびとともに聞いた。
「んで? 今がその緊急事態、じゃねーだろ。俺ぁ眠いんだ」
「明後日! きてほしいの! いったでしょ、クリスマス一緒にいて、って!」
 思い出した。まだあれから三日しか経っていない。本日は12月の22日です。今年は例年に比べて雪が多くて12月初旬にどかっと雪が降った。石矢魔でこんなことは珍しい。まだ日の当たりづらい道には雪がいくらかぐしゃぐしゃで真っ黒になって残っている。水っぽくて嫌な冬だとは思うが、ホワイトクリスマスにはなりそうもない。そんなことで喜ぶのは相手持ちで、かつ、若いやつぐらいだとは思うのだが、恋をしていたら浮かれるものなのかもしれない。寧々のように。
「どこに?」
「学校にいったりするの?」
 教師という仕事は結構な陰湿な側面がある。禅十郎もまたそれに巻き込まれやすい。つまり、苦もなく教師をやっているというふうに見られがちなのだ。チャラけているようにも見えるし、伝説だなんだといわれてる部分も、教師っぽくないところも、普通の教師からしてみれば妬ましいところなんだろう。それに加え、まだ若いせいもあって面倒な仕事は押し付けられる。例えば、クリスマスとか正月明けの掃除とか、部活の顧問とかそういうの全般。あれは教師の中だけのささやかな嫌がらせの類だ。
「仕事あるぜ。すぐ終わらせるけど、んー、でも、三時ぐれえまでかかるかな。なんで?」
「じゃあ、その頃学校いっても大丈夫?」
「ああ? いいって」
「よくない! もうアタシは準備したんだから!」
「あのなあ…、なんで俺に黙って準備とかなんとか…」
「次の日は休みなんだって知ってる。交代で学校出てるって」
「で、どこ行くって?」
「那須塩原の旅館。スキーしにいく」
「はあ?!!」
 なんでそんな大事になっているのか。そして、禅十郎と寧々の二人だけで行くとか、学校にバレたらマズイ。というか誰にバレてもマズイ。これはなんとしても逃げないとマズイ。へんなことをしようとした教師のせいになる。へんな気なんかないんですけど。そういえば大森寧々はお嬢様だから、そんなことを手配できる財力もあるんだっけ。
「ちゃんと、サービスもいいよ」
 語尾のハートマークがうざったい。モテるということを夢見ていた昔の早乙女禅十郎にいいたい。「女は35過ぎた俺でも、よくわからねぇ。そして、教え子にモーションかけられても微妙だ」その当時の禅十郎がまともに取り合うとは思えないけれど。サービスの意味が、この間いった助平な言葉なのか、それとも店がオススメのところなのかも計りかねる。あと───…
「大森。俺、スキーやったことねえんだけど」
「えっ」
 意外だったらしく、寧々は素っ頓狂な高い声を出したが、すぐに普通の声色に戻った。
「スキー場だもん、プロもいるから教えて貰えばイイよ」
 しまった。これじゃ行くつもりないといえない流れだ。なんとか覆したくて言葉を探すけれど、生徒を傷付けずに済む言葉なんて一晩考えたって見つからない。
「学校にいくから。明後日」
「え、でも学校って…」
 通話が途切れた。寧々は強引だな、断るならちゃんと断らないと。ケータイ番号を登録した。仕事終わりに一杯引っ掛けながら考えて寧々に電話しよう。



 寧々は楽しかった。
 三日前、思いきって告白したときにはなんというか、ビックリした。えげつないことをいわれたんじゃないかと思って、慌てて走り去ってしまったのだ。なんだか恥ずかしくて。念のため家に帰ってから女体盛りとワカメ酒の意味をネットで調べた。知らない人は調べてみるといい。ネットは大人の世界を知るにはうってつけだ。思い違いじゃなかった。最初の印象と変わらない、まちがいなく早乙女禅十郎はエロ教師であり、教師らしさのかけらもなく、品のない男だ。むしろ、そんなやつだと分かって恋をしたということのほうが問題なのだが、恋は盲目とはよくいったもので、初めて見たときのマイナス面ですら、今はプラスにしか映らない。ネットでその言葉の意味を見たとき、もしかしたら先生はアタシのことを女として見てくれていてくれるのかも、なんて思えたのだ。確かにみんなから言われるように寧々は胸が大きい。これはある意味では嫌なのだが、もう遺伝だし仕方ない。諦めるしかない。豊胸手術してまでほしがる人がいるんだから、羨ましがられることには慣れっこだ。実際は肩凝りとかブラジャーとかいろんな問題があるのだからそんなに羨望されることではないのだが。ないものねだりというやつなんだろう。ただし、女性として考えればこれほど武器になるものもないのだった。男はじつに単純でまぬけである。
 言葉を調べたついでに、じゃあそれをするためには場所が必要だなぁとネットサーフィンをしていた。たらたらといろんなページを見ていたら、冬休みなにする〜なんてくだらないことが書いてあって、クリスマスのデートのこととか、泊まるホテルのこととかが書いてあった。その人が雪景色の写真をカバー写真にしていたので、ああスキーなんて行きたいな、それくらいの気持ちだった。スキー場の帰りに旅館に泊まろう、そう思って調べた。近いと見つかりそうなので、あえて県外にしてみた。大人向けのことができる、そういうところだ。禅十郎という名前を裏切らない和風がいいななんて勝手に思って、ネット予約と前金の振込はさっさと完了させた。プラス1万でサービスを付けさせてもらう。そんな手筈を整えた。大人になった気分だった。未成年はとても不自由だと寧々は思う。
 きっとママはあの人を好きと知ったら反対するだろう。職業としてはもちろん公務員だから恥ずかしいことはないけれど、学生のときにその学校で、しかも反対された石矢魔高校で恋したぢなんていったら卒倒しそうだ。だからこの恋はまだ秘めている。誰にもいってない。レッドテイルのメンバーは信用してるけど、恋の話になるとヤバイ。どうも女子はそういうところがあるから一線置いてしまうのだ。これはまだ秘められた恋なのだ。誰かに知られてはならない。

 寧々が禅十郎のことを好きだと気付いたのは最近のことだ。最初の印象はエロ教師だしすこぶる悪いといっていい。すぐ「おっぱい」とか「クソッタレ」とかいうので石矢魔らしいといえばそうなのだが、それに寧々の好みとしてはヒゲ面は嫌いである。オジンくさいし汚なっぽい。寧々の家は父と母が離婚しているので、男がいない家である。なので男臭いのも苦手だ。なんとなく気持ち悪いと思ってしまう。そういうのは母親もあるようで、芸能人の好みなんかの話をしていると、口裏を合わせたみたいによく似通っている。つまり、好きになった人は好みの人とイコールではなかったのだ。それにはさすがに寧々自身も驚いたが、人はきっとそんなものなんだろう。昔にした恋は、顔から入っていたからそんなこともなかったけれど。そんなわけで禅十郎のことを好いたきっかけは、顔ではない。
 やはり、あの魔物たちと戦うときにいろいろ教えてくれたこと。男鹿に修行なんたらとしていたときのこと。やる気のない授業。バカみたいな発言。急に始まる課外授業。すべてが新鮮で、教師っぽくなかった。それでいて熱血先生というわけでもない。いつも気だるくタバコを吸っているし。そういうところもいいのだけれど、時折見せる本気の顔にシビれた。最高にシビれたのは、やっぱり魔界のものらと戦うときに指導してくれたときのクールさ。けれどその中に眠る熱さ。そして本気と書いてマジと読む本気さ。さらにはその本物の強さ。紋章使いという強さのすべてがシビれた。気づいたら目が禅十郎を追っていた。今日は後ろ髪がハネてるな、とかバンダナの種類は思ったより多いみたいだな、とかあんまり調子よくなさそうだな、とか些細なことにすぐ気付くようになった。それだけ見ているということなんだろうけど、何よりもシビれたのは本気になったときに周りの空気すらピリピリしてしまうほどの力を発揮するところもあれば、男子生徒と一緒になってバカやってるところもある。そのギャップに本気でシビれた。
 その先生と一緒にクリスマスいられるのだ。強引だったけれどこうでもしないと教師と生徒という間柄はきっと乗り越えられないものなのではないかと思う。それほどに、卒業前の生徒と教師の恋愛ごとはご法度だということは、寧々もそれくらいはわかっている。そんな禁忌を犯してでも、一緒にいたいと思う人ができてしまった。ただそれだけのこと。日に日に強くなる気持ちをどうにもできないだけだ。寧々はクリスマスへの思いをひたすらに巡らせてニヤニヤとニヤけた。


14.12.06

この話は、意外に面白く書いてます。
読む人はどう思うかわからんちんだけど。
ただ、思いはどっちもすれ違ってます。相入れることがないレベルで。こういうロミオとジュリエット的な話ってベタすぎるかなーと思ったんだけど、意外と不良ネタはあんまりないかなぁとか。


みなさんおわかりですけど、禅十郎先生はジェクトですね。ありがとうございました。
2014/12/06 20:16:16