※ 神崎の父兄に対する思い 捏造


邂逅と血液


 父親がやさしくしてくれた思い出がない。神崎の父親は、もちろんみんな知っての通りヤクザものだ。子供にもやさしくない、鬼のような父親である。そんな父のことが神崎は幼いころ、苦手だった。殴られることもあった。兄が殴られる姿も何度もみた。だから父親は怖いものと思って育った。それがほんとうの形となったのは、兄と父の決裂の話だった。噛みつく兄はどんなことを言われても引かなかったと。それは神崎の心のなかだけで、ただ一つ大きな信じるべきなにかへと変貌していった。それは言葉にはできないなにか。兄がすごいということだろうか。でも、兄がいなくなったせいで神崎は次男の身でありながらヤの道を継ぐことを決定づけられた。それは、神崎にとっては怒りの矛先が向かうところではなかった。自分が輝ける場所を貰った、そんな気持ちになった。それは気のせいかもしれないけれど。兄は父とケンカ別れした。けれどそれは怒るところではない(父の継いでほしい、という気持ちを別にしては)。きったもずっと許すことなんてないのだろう。神崎は心の中でそう感じた。なぜなら、それだけ激しく決裂したように思えたからだ。昔から長男である兄が継ぐと決めていたのに、それを足蹴にして怒らないほどヤクザの世界は甘くない。そして殴り合いの末の別れ。ある日から兄が消えた。不思議と、寂しいという感情は湧かなかった。年が離れているからあまり深い関係がなかったからかもしれない。子供のときの年の差というのはとても大きいといえば分かりやすいだろうか。兄はどこまでも遠い人だったのだ。そして、その人は消えてしまった。もっともっと遠くなった。風みたいに。
 神崎はよく父から呼ばれるようになった。だが父親の愛情みたいなものを感じることはない。元より勉強が嫌いな彼に石矢魔みたいなバカ学校に行くなともいわなかった。勉強などこの神崎組の名前があればどうとでもなる。そういいたげに好きなようにさせてくれた。周りの不良たちは勝手に神崎組の名前にビビってヘーコラする。神崎は強くなった。兄のように反発したい気持ちがでてくるのも理解できるようになった。兄と同じ気持ちなのか、違う気持ちなのかははかれなかったが。何よりまともにこんな話をしたことなんてないのだ。もうしばらく会ってもいない。兄を思い出す回数は高校に上がる前から年々減っていた。どうでもよかった。自分が強くなって、父親の名前どうといわれる以上に強くなりたいと思っていた。隠れてサンドバッグを部屋に置いたけれど、通販で買うにしてもあんなデカイものじゃバレバレだったというのは後から聞いた話だ。
 中学三年。もう石矢魔にいくととっくに決めていたので受験勉強をするつもりもなく、ケンカしたりゲームしたりする日々を送っていた。平和だ。何の責任もなく金を稼ぐ必要性すら持たないこの大人と子供の中ぐらいの年月。もちろん後にならなければそんなことは分かりっこないのだけれど。家の前には黒塗りの車がいつものように並んでいて、そこに貧弱な軽自動車が混じっていた。珍しく金の無さそうな客がいるのだろうと居間を横切る。家の中は騒がしい。へんなの。それしか思うことはない。今の神崎にそれは無関係だったのだから。その日の夜、父親の呼び声に面倒ながら向かう。とにかく家が広いので地声もそれに合わせてデカくなるのが考えものだった。
「あんだよオヤジ」
「今日な、零が来た」
 どうしてか父は嬉しそうだった。あの決裂はなんだったのか。神崎は声を失った。挙げ句の果てに一緒に暮らそうと言ってもいいかなどと無茶苦茶なことをほざく始末。ではこの10年近い年月はなんだったのだろうか。神崎が感じてきたこと、これからのことすべて。だから神崎は恐れながらも聞いてみた。
「それは兄貴が継ぐってことかよ」
「…それは無理だろうな」
 そうしてほしいと言わんばかりに、だがそれは諦めているといったふうに父は首を振った。本当はずっと兄に継いでほしいと思っていたんじゃないのか。ただの、その場凌ぎみたいな役回りしか自分はできていないのだと思い知った。やはり兄には到底追いつけそうにない。この日から、神崎は父に何となく反抗心を覚えるようになった。だが、神崎組にいること以外を今からどう考えていけばいいのか、まったく見当もつかないのだった。神崎は兄も父も踏みつけてやりたいとつよく思った。次に会うまでは。

 意外に早くその時は訪れた。兄の零はもう実家に戻ることに躊躇いを感じていないようだ。貧乏臭い軽自動車がまた停まっていた。学校から帰った家の門の外ですぐに分かった。どんな顔して会えばいいのか分からなかった。しばらく門の前でモジモジウロウロしてから、ようやく意を決して足を踏み入れた。そうしたらゾロゾロと人が集まった中心に兄はいた。思い出より丸くなったんじゃないか? 最初の印象はこうだった。そしてその兄の手の中にある赤ん坊の姿。息を飲んだ。兄の子供…。ぽつんと立つ神崎を見やり、兄は何食わぬ顔で「よお」といった。声を聞くと、思い出の中にいたあの兄だと分かる。ヤクザに囲まれてはいるが、地味さはまるで堅気だ。兄は見た感じ普通の人たちに混じって暮らしているのだと伝わる。この姿を見て父は諦めたのだろう。だが、音もなく近づいてくる身のこなしは只者とは思えなかった。気づくと兄に手を握られていた。
「親父に、孫の顔見せに来てたんだよ」
 その手をふわりと温かいものに触れさせられた。何か分からなくてそちらに視線を向けると、それは兄の持っていた子供の頬だった。少しぺたりとする。こんなに温かいのか、そう思っていると、まだ言葉も話せない赤ん坊はふにゃりと笑った。あ、と男どもがざわめく。みんな半笑いの様子で子供に笑いかける準備だ。こんなに小さな子供が神崎組の中で、アイドルになっていた。また二度来ただけだというのに。 声を聞いたのは次の瞬間。あはは、ともひゃひゃ、ともとれる笑い声だ。赤ん坊が、兄の子供が笑った。
「二葉、っていうんだ。初孫だから可愛いっていうだろ、特に。だから」
 子は鎹というけれど、孫も鎹だ。かすがいの意味を知るのは神崎にとって近い未来になるのだけれど。二葉は神崎の、一般的に怖いといわれる顔を見て笑った。きっとこれで父も許してしまったんだろう。すぐに理解できた。
「ふ、ふたば…」
 まさか近い未来にこの小さな天使と思っていた、兄の子供が悪魔に変貌するだなんて、振り回されるようになるだなんて夢にも思わないのだけれど。ふにふにと頬を触ると気分によって喜んだり嫌がったりする。抱き方も分からないから、兄に教えてもらいながら恐る恐る、人とは思えない小さい命を胸に抱く。気難しくて神崎組のアイドル・二葉との初めての出会い。この笑顔を守るために、さらに兄は変わっていくのだろうな、とふと思った。


14.12.04

単発の短文のはずでしたが、なんとなくテーマが重くなってしまって長くなりましたw
いろんなことを考えながら、二葉と向き合って父や兄との関係が、なんというのかな、思春期でも変わっていく、みたいな話ですね。こういうときに子供とかの存在って大きかったりします。

このへんの捏造過去は考えてることがいっぱいあるので、混ざってしまってちゃんと書きたい感じがします。神崎くんは冷徹気取った熱血キャラなのでいじりがいがありますね。
ヤクザに限って愛犬家とか、かなりツボるのってあるんで、そういうのも活かしたいもんです。

2014/12/04 09:52:12