大切に抱き締めていたもの全て指の間から溢れ落ちていくんですP


 ごく普通の生活を送れていた。それが周りの誰かのおかげで、例えばそれが家族とか友達のおかげなのだと気づくまでしばらくかかってしまうのは、実は本当に当たり前のことで、それに十代という若さで気づけたことにきっと感謝しなければならないのだろうけれど。それをありのまま受け容れるには十代という歳はあまりに若すぎて、心が幼い神崎にはさらにもっと無理だった。それでも気づけたのは、いろんなことがざんざんと降り注いだから。あまりいいことではないけれど。それによって傷つく者だっているし、悲しむ者だっているのだから。
 いつもの数日を、平穏に暮らしていた。夏目のついた嘘なんてパシパシ当てた一撃ごとに薄らいだから、神崎としてはどうでもよくなっていて、城山は腫れた顔をしている神崎を何とかしようとしたけれど、言うことをおとなしく聞くはずなんてないのだ。自由でいたいのだから。
「彼女なしかぃ」
「神崎くんと一緒だよーん」
 かなり余計な一言が多い男である。しかし力ではかなわないので睨むだけで終結。彼女なんてものに恵まれるほど軟派な道など神崎は進めそうにない。自分からどうこうしたい女は、もういない。記憶の中に流れる長い髪と、冷たい言葉が頭を過る。女というものが必要だなんて認めたくなかった。砕けた初恋に、初エッチ。それを思い出したくなんてない。でも、心とは裏腹に忘れたくも、きっとないのだ。

「あ、せんぱーい。なんで顔、腫れたッスか?」
 しばらくぶりに由加が、休み時間に通りかかったときにそんなことを聞いてきて、神崎は懐かしくて懐かしくて、待っていた当たり前の今日なんだと感じた。だから招き猫よろしく、手で招いて由加を近寄らせるとその小さな手を握った。それはなんの意味もない、神崎の気持ち的に意味のある行為だったが、それを説明なんてできない。ただ、そうしたいからした。それだけのことだ。手は差し出された。それを呼んだ。そうするように仕向けた。だから手を取った。そのとおりにしたから。それだけのこと。
「パー子」
 間近に見る由加の目が咄嗟のことに対応しきれず、逃げるように潤んでいた。それはただの光じゃなかったのだろうか。神崎は握った手を離さなかった。
「夏目のせい」
 端的に、聞かれたことに答えた。
「夏目先輩とケンカ…ッスか? でも、夏目先輩は腫れてなかったっス」
「うっせ」
 負けたことは当然内緒だ。握った手の先で目が合う。由加は逃げようとしている。その理由が分からなかった。だから神崎は力を強めて逃さない。
「何で逃げんの」
「…ヤ、だからッス…!」
 嫌がられる覚えはないのだけれど、そこをつつくつもりは頭っから無い。言いたいことを言えるうちに言っておきたかっただけだ。
「ありがとよ」
 何を言われたか分からない、といった表情で由加は神崎を見上げた。礼を言われる何かをいつしただろうか。そんな目をしていたら、分かっていないことはバレバレだ。神崎がいつもみたいな冷たい目をして由加の手を放した。その手はさらにのばされ由加の額を軽く小突く。
「あんだよ。いろいろあったろ、最近。だから。」
 もう一度ありがとう、の代わりにヨーグルッチを由加に手渡した。渋々といった様子で受け取るわりに、由加はすぐにストローを剥いて穴を開けてしまう。へんなやつだと言葉にせず神崎は思った。
「バカにしなかったの、パー子だけだしよ」
 亜由美のことではみんなからおちょくられ、ドーテイ喪失オメデトウとかからかわれた。その度に複雑な胸は痛みながらも、過去を削り取っていった。笑い話にしてしまいたいのは分かるけれど、そうするには少し早すぎた。まだ笑えない。どちらかというと、まだ放っておいてほしかった。それをしてくれたのは由加だったと神崎は思う。ひょんなことから仲良くなって、一緒につるんだり帰ったりする仲間。
 由加はそんな神崎のたどたどしい言葉を聞きながら思った。自分の想いは、彼に向けて声にすべきなんだろうか。それは今までに何度か考えたことだ。だが、今はまだ別に想う人がいる状態なのを分かっていうのもどうかと思ったのだ。だが、それはいつまで想うんだろう。思わなくなる日ってあるんだろうか。もし、思わなくなったとしても、それが由加に分かるとは限らない。想いはどんどん強くなる。それは胸に秘めているからかもしれない。口に出してしまったほうが、飛散するわけじゃないけれど籠った想いじゃないだけに、むだに盛り上がることはないのかもしれない。
「ウチは思わなかったから、言わなかったダケっス」
 小道で横に並んだ。取り立てて体の小さくない高校生二人、誰かがいたのならたぶん邪魔だろう。それならそのとき、避ければいいだけだ。いつもよりわざとらしくのろのろと歩く神崎の横に並ぶ由加は、神崎の顔を見ようとしなかった。それでも歩幅を合わせている。足だけを見て。
「なにを?」
「バカみたいだって、ウチは思わないッス」
 神崎の足が止まった。だから由加も一歩遅れて止まった。足だけを見ていたから早く動けたのだ。神崎がそれに気づいて、振り返ることなく由加を見ていた。顔を上げた由加と目が合った。見慣れた制服のブレザーの上をさらりと流れる長くて赤い髪。それを見ると思い起こす人もいる。嫌な思いがするだろうと思っていたその髪は、神崎の目にはそう映らなかった。ただ、それだけが意外でやさしい。
「そっか。パー子、お前いいやつすぎ」と、それだけ。
 いいやつ、と言われて喜ぶ女がどこにいるんだろうと思う。けれど神崎の負った精神的ショック? それを思えば理解できないこともないだろうと由加は思う。好きだという気持ちは、今はきっと封印したほうがいいのだろう。そうつよく思った。けれど、頭と体は別々の動きをするというのがデフォルトだなんて、生まれて初めて知った。
「じゃねッス! ウチ……ウチ、神崎先輩のこと………っ、…きだからっ!」
「は?」
「す、……っ、好きだからっ!」
 言葉は吐き出された。風に舞うように。あああ、いうつもりのなかった言葉。でもいってしまった言葉。言葉の難しさは、出してしまったものがしまえないことだ。
 神崎は思う。流れる赤くて長い髪を見て、彼女を思い出す。けれど、これはあの人じゃない。わかっているけれど、それでもぎゅうっとしたいと思うのは、きっと不毛なのだろうと。だから手を伸ばすことはしなかった。どうでもないときに伸ばして握った手は別にして。そう、仲間と手を握るなんてごく当たり前のことで、それをどうこう議論するつもりなんて毛頭ない。
「あ、そりゃドーーーモ」
 言い終わるか言い終わらないか、その間に由加の姿は自宅の方へと消えていった。だから、その言葉が本気で、ラブなんだと気付けた。それが気付けないほどに、神崎と由加は近くにいすぎた。好きはいろんな意味がありすぎて難しい。そんな話誰ともしなかったから、神崎にはぽつんと残されて初めて理解できるのだ。由加のほしい言葉とか、答えなんて神崎は知らない。


14.12.02

今日は、初恋のひとのバースデーだったりしますw
でもあんま幸せな話を書けてませんなwww

さて。久しぶりの指の間〜です。
前の話忘れたんですが申し訳ねえ。なんかおかしかったらごめんなさい。

2014/12/02 21:41:10