聞いていたし見ていたし知っていた。
 だが認めたくないものというものはあるもので、それを気まずそうに聞かれてしまえば当然、それについて見てしまっては悪かったのだろうと気づいてしまえばこそ当然。だが悟ってしまえば態度にはなんらかの形で現れてしまうのが世の常というものであって、隠し通せるものなどではないということはもちろん頭の悪い禅十郎でさえも理解していた。目の前にいる薺の態度があまりに挙動不審でおかしなものであったから尚更。先に溶けるように消えていったトラックの有様を目にしたのは明白だった。見られてはまずいことだということは分かっていた。だが、見られていた以上、嘘をつくのがへたな禅十郎は半ば諦めてもいた。だがどうすればよいかは皆目検討もつかないままだ。だからといってそのままのさばらせておくわけにもいかないし、誰彼構わず話される前に事情を言った方がよいような気がしていた。
「俺、悪魔の力が使えんだ」
 は? あんた頭おかしいんですか?
 それが薺の最初の印象だった。開いた口がふさがらない。バカを超えて、バカにされてるような気にすらなってきた。だが、禅十郎のたどたどしい話を聞いているうちに、彼は決して薺をバカにして話しているわけじゃないことは分かってきた。溶けた車にしろ、助かった子供にしろ、面倒なことには間違いないけれど、それを打ち明けてくれたことが、実はこころの奥で嬉しい灯火となって薺をその気にさせた。


***


 禅十郎はとある出来事をきっかけに、悪魔の力を使えるようになった。その出来事についてはあまり言いたくないようで、面倒臭そうに頭をガリガリと掻いて溜息混じりに言う。
「喧嘩に負けたんだよ。そしたら、ソイツってヤツが悪魔の1人だったってワケ」
 誰彼構わず喧嘩を吹っかける、もしくは売られた喧嘩なら喜んで買う気質が問題なだけでしょうと薺はもっともなことを言った。溜息をつくのはこっちの方である。対抗したくて悪魔の力を調べた。そしたら悪魔の方から寄ってこられたという話だ。どんどん強さを増していく禅十郎に、悪魔の男は楽しくなって笑いながら「契約、してやろうか?」と聞いたのだったが、悪魔から力を借りることに面白味を感じない禅十郎はそれを不意打ちのアッパーカットで返した。見事に不意打ちの決まった相手はしばらくそこで伸びていた。起きた時、咄嗟に傍らに座る禅十郎に飛びかかろうとしたが、あまりに元気のない空気を読んでしまい悪魔らしくもなくそれをやめてしまった。
「どうした?ガキ」
「ガキじゃねえ、早乙女禅十郎ってんだ」
「知ってるよ」
 その日の夕陽はバカみたいに眩しくて、目を細めないとまともに前など見られない程だった。でも、とてもきれいだった。悪魔と暴力的な人間が一緒にいるはずなのに、どうしてだか時間が穏やかに過ぎていく。穏やかな空気の中、ただひたすらに禅十郎は願った。こいつにも、誰にも負けない強さがほしい。空の色が赤みを濃くしていくたびに想いも強くなっていく。契約なんてしたくねぇ、と悪魔に毒づいた。もう空が闇の色に染まりつつある。悪魔が自由に飛び回るにはもってこいの時間がやってくる。悪魔が笑った。笑ったのが封切りで、本日の第二ラウンドが開始となった。
 禅十郎が風を切るように立ち上がり、素早く蹴りを繰り出していく。悪魔も慣れたもので軽くヒュンヒュンを出される蹴りを片手でいなして最小限の動きでやり過ごす。悪魔が軽く片手を上げると、その手から黒いきらめきが禅十郎に向けて放たれた。これはいつものことだと禅十郎はサッと体の向きを変えてタックル気味に悪魔の足元を狙う。黒いきらめきは瞬時に禅十郎のいた場所へ弾けたが、もうそこには禅十郎はいなかった。弾けた場所からは煙と、嫌な暗い空気が立ち込めた。足元を狙ったものの、それも読まれうまく避けられた禅十郎の体は前のめりにつんのめったがすぐに持ち堪えて体勢を整え直した。つんのめった体勢を利用し、重心が前にいったままのスピードで悪魔を追いかける。人間の弱いところは、生身の体だけでは飛び道具が使えないことだと禅十郎は舌打ちをした。それだけでもとても不利だ。そして悪魔は空も飛べる。悪魔が、さも当たり前に空を飛ぶ様を見て、当然ただの人間である禅十郎が腹を立てないはずもない。ムカッ腹くらい立ててもバチなど当たるものか。
「ぅおらぁああぁあああ!!!」
 禅十郎の叫び声と共に、悪魔の黒い羽根がバサバサと音を立てて抜け落ちてゆく様子と、夕暮れの藤色っぽい空の様子はとてもマッチしていた。だが、それだけに不吉な予感がひどく漂っていた。必死で掴んだ悪魔の羽根は、禅十郎から逃げようともがくが、それを許してくれないのが単なる腕力。飛べないなら相手の力を利用して飛ぶか、もしくし相手も飛べなくすればいい。飛び道具がないなら、飛び道具が不要な位置にいればいいのだ。喧嘩はどこまでも単純だ。離せ、と悪魔が悪態づいた。だが禅十郎はしがみついて離れない。二人は一緒に転落していった。赤い夕焼けがきれいな中、カラスみたいな黒い羽根がハラハラと抜け落ちてゆく。それからあとはどちらにも平等な衝撃。これじゃお話にならない。ただ、どこまでも悪魔も人間も頑丈だったのが、普通じゃないというところ。地面への激突はもちろん避けた。悪魔のほうも、禅十郎だってムダなケガは避けたいところだ。ちゃあんと地面に激突する前に踏み込んだのと、悪魔は浮力を使ったのだった。二人は砂ぼこりで汚れた顔を付き合わせて、ほぼ同時に溜息をついた。
「へっ、なかなかやるじゃねぇか。悪魔ヤロウのクセによ」
「お前の方こそ、人間のクセにやるな。人間にしちゃあってトコだけどな。俺には勝てねぇよ」
「ああ? 俺が負けるってのか」
「名前、なんだっけ」
「早乙女禅十郎だっつうに!」
「俺はレヴィアン。結構有名な悪魔だぜ」
 ふん、とつまらなさそうな顔をして禅十郎は見ようともしない。その態度が悪魔的にも気に入らず、禅十郎の耳を引っ張って、わざと耳元で大声を出す。名前ぐらいまともに聞けっつうの。
「まじでやったら勝てねぇよ、だから俺と契約しろって」
「なんで契約けーやくって、そんなにしつこいんだよ!」
「あのクソヤローに勝ちてぇんだよ」
 よくわからなかったが、悪魔も喧嘩に負けたのだろう。だからといって、禅十郎は自分が負けるだなんて思っていない。誰かの力を借りるだなんてカッコ悪いとしか思えない。だからちゃあんと決着をつけた。決まるまで、鼻血が出ようが制服がボロボロになろうがどうってことなかった。学校にいくよりも大事なことがある。それは、喧嘩に負けないっていうことだ。



「……やだね」
 ズタボロにされた上、仲間のへんな女みたいなのにチューされたら、なぜか傷も制服も治った。こんなこと夢物語だろうと、当の禅十郎すら思ったけれどそれが痛みも含めて現実に起こったのだから、信じないわけにもいかない。だが、それでも禅十郎はあくまで頑固に契約を拒んだのだった。悪魔と契約しても強くなんてならない。悪魔が強くなるだけだろうと思ったのだ。
「あんだよ、負けたくせによ」
 ぶうぶうと文句をいう。だがそんなことは禅十郎はまったく気にならない。話を聞いてみれば、どうやら人間と魔力が混ぜ合わされば相当な力になる可能性があるということだった。しかし、可能性の話だ。今までそんな事実はないらしい。もっとふざけた理由をもらした。
「よくわかんねぇもんとよくわかんねぇもんが混ざり合うと、よくなったりすんじゃん? 俺の経験上。飲みモンとか食いモンとか、そういうのを期待してるワケ。お前も俺と同じで、負けず嫌いだからいいかなってよぉ」
 だから、負けず嫌いというのは合っているから、すこしだけ禅十郎は歩み寄ってやることにした。契約は他人の力を借りることだから嫌だ。けれど、魔力みたいな力を禅十郎自身のやる気とかナントカで使えるようになるのなら、それは修行してでもほしい。一般的にいって魔法みたいな力なのか、それともパンチに魔法を流し込むような感じなのか、それは分からないけれどどんな力があるのかも気になるところだった。だからいったのだ。
「俺の力で使えんなら、いいぜ」と。

 そこから説明されたのは、紋章使いという話だった。紋章を扱う力を今、禅十郎は僅かながら携えている。それは禅十郎自身の頑張りによるものだ。過去、この力を好きなように操れるようになった人間はいない。力に食われることもあるのだという説明は禅十郎としてはどうでもよかった。今までやったことのない力を持てるのなら、それですべてよし。単純で邪な考えしかない。邪でもいい。それが己の力になるのならば。



***



 そうして覚えたのが、先にトラックを溶かした力だったのだ。薺はそれを聴き終えて、そしてゆっくり頷いた。なんだかよく分からない力がある。それは薺の家柄にも通じるところだったから、バカにするなどということはなかった。むしろ、こんな力を持つことについて嫌悪を示さない禅十郎という人物に対して興味が湧くくらいだ。なぜなら、薺の家は人形遣いというものをしていたからである。人形の成仏が殆どの生業となっているのだが。しかし、そんな小難しい話をするつもりはない。ただ、頷いていった。
「そう…、話してくれて、ありがと」
 こういうだけで、薺は精いっぱいだったのだ。ただそれだけのこと。
「あんたのこと、見たときから気になったのって、そういうわけだったんだ」
 思っていたことがふぅっと息を吐き出すように、でていく。ふわりと吐き出された言葉が、あまりに気のあるかのような言葉だったので、薺は慌てた。そんなつもりなどないというのに。顔に熱が集まってきて、気持ちとは裏腹に恥じらいが生まれていることを知る。慌てた先に口から滑りでた言葉はさらに悪く、
「気に、ってべ、別にそういう、へ、んなことじゃないんだからなっ…! あたしんとこ、人形遣いとかってのがあるからっ、ただ、それだけっ…!」
「ん? …人形遣い??」
 人形遣いという意味は分からなかったが、どうやら目の前のこいつにも、悪魔じゃびびらないような謎が隠されているらしい。禅十郎はなぜか心が躍った。目は輝いている。ニヤリと笑う禅十郎の目を見て、もっとこいつのことを知りたいと思ってしまった。思ってしまったから、目が離せなくなった。
 悪魔の魔力と、紋章術と、人形遣いと。すべて似たようなものだ。つながりのある能力だ。その悪とか呼ばれる力で、さっきは子供の命を救った早乙女禅十郎という男。あんたのことが知りたくて堪らない。今までのこと、これからのこと、悪魔の力のこと。単なる好奇心と呼ぶにはきっと危険な匂いが強すぎた。だから最初、薺の直感は告げたのだ。こいつと関わるべきではないと。しかしだからこそ、きっとこれからも離れられない。
 もっと甘い気持ちに、気付くのはそう遠くない未来になるだろう。それまでは、薺は目を背け続ける。力には向き合って、けれど自分の気持ちには背いて。


支配出来ない虫けら・下



14.11.30

ネタメモ

七つの大罪
ルシファー(傲慢)
レヴィアタン(嫉妬)
サタン(憤怒)
ベルフェゴール(怠惰)
マモン(強欲)
ベルゼブブ(暴食)
アスモデウス(色欲)

早乙女せんせの会ったやつは嫉妬のレヴィアタンから取りました。上の方みたいだしw
これで契約してないってんだから鬼パネエっすな〜。してたら神でしたよまじ。



というわけで、かなり前から書いてた話なんですがようやく書きました。1年以上放置してましたが、たまにぽちぽちやってはいたんですね。
それでも何書きたかったか、毎度のことなんですが忘れてしまっているので当初予定してたものではないと思うんですよ。
どっちにせよ斑鳩さんと早乙女せんせの恋のはじまりの予測と、早乙女せんせがどうしてあれだけ強いのかって話だけだからw 捏造もいいとこですが、書いてる人も見かけないんでちょっと書いてみただけだよーん。。
そして、恋はいまだにはじまらないし終わらないっていうね…


あと、この二人で書くとしたら高校時代の斑鳩のもだもだと、大人になった二人の話だろうな。見たい人とかいないかなww
結局、斑鳩さん最後に出てこなかったので勝手な補填にもなりました。好きにできるのね。

2014/11/30 11:44:47