※ 姫川夫妻32から34歳くらいかなぁと


あやまりなくつたえたい



 最近だるいと潮が溢す。そういうことをいうやつではなかったと竜也は記憶しているが、そういうものなのかもしれない。潮は真面目な顔をして顔にパックをしながら目を光らせている。美は一日にしてならず。潮はそれを実践し続けている。女として生きると決めた日からずっと。最近肌の調子もすこぶる悪いとぼやく。
「歳っすかね〜…」
「30越えちゃったしねぇ〜…」
 老いは誰しもに平等に訪れる。それは竜也にも潮にも平等に。もちろん彼らは容姿に恵まれている──竜也がリーゼントの似合わない顔は好かんというのはまた一般的な思考ではないので、念のため付け加えておく。──が、それでも自分たちにしか分からないながらも、歳は確実に容姿をも衰えさせてゆく。それはしかたのないことだ。簡単にいうと、肌が水を弾かなくなった、というあれだ。
「俺視力落ちてた」
「スマホゲーのやりすぎじゃないのか」
「んなアホな」
「それより私のことだが、もしかしてあれじゃないかと思うんだが」
「あれって何?」
「更年期障害」
「ぶはっ、まじいってんのソレ」
 すこぶる真面目にいったつもりだったが竜也はバカにしたように大笑いする。30歳そこそこで更年期障害だなんだというのは確かに早いが、そういったことも若年世代も増えてきたとも聞く。潮は最近の不調について嫌な予感がしていた。そういう悪いことというのはなかなか的中するものなのだ。いいことはことごとく外れるくせに。
「心配なら病院いけば?」
 そしてこの放任っぷり。竜也は相変わらず竜也だ。子供もいないままのこの夫婦はどこまでも仕事第一で、こうして二人が顔を合わせるのは夜のほんの短い時間に限られる。竜也からしてみれば潮は相変わらずキレイなままだ。肌がどうのといっているが、女はそういうのがいちいちめんどうくさい。確かに見た目に気を遣わない女は最悪だが、潮の場合はすこし神経質なのではないかと思ってしまう。黙らせるためにパックを外し顔に何かを塗り伸ばしたのを見てから、そのやわらかな頬に触れた。いつもと同じ、指をしっとりと包み込むような、それでいてやさしい弾力のある肌は相変わらずだ。それが電気の光を反射して輝いている。これだけ手入れが行き届いていれば十分ではないか。そう思ってやまない。
「すべすべじゃん」
「今塗ったからだ」
 不快そうな顔。めんどうになって竜也はスボンを脱いでそこらへんに投げ置く。明日も本社と支社に顔を出さなければならない。寝ようとベッドに入り込む。そもそも夫婦でずっと同じベッドに寝るのもたまにめんどうくさくなる。だがこれだけは潮も譲らない。なのでずうっと一緒に寝ているのだった。鼾がうるさいわけでもないのだからいいのだが、こういうへんな空気とかになったときに面倒だなとは思う。一緒にいる期間が長ければ長いほど。きっとどこの夫婦も一緒なのだろうけれど。そんな思いを抱えて竜也は目を閉じる。
 一方、潮はこの歳で更年期障害なんて嫌だなあと思いながら寝るのだ。隣にいながら、やはり他人だと思う瞬間。気の利いた愛のセリフなどいってやれば一発で気分もよくなるようなタイプだが、それを一度でもしてやると図に乗るのが人間というものだ。竜也は絶対にそういうことをしてやらないと決め込んでいる。



 結局、潮も忙しい日々を送っているので病院の世話になることはなかった。そもそも、あれは待ち時間もそうだが予約だ何だと面倒が多すぎる。ただ、健康診断は受けろと国も企業もうるさいのでそのときに特別に早く受けさせてもらう。年一のくだらない行事。最後の触診で禿げた医者がいつものとおりきくのだ。「近頃のお加減は?」と。決まりきったセリフに潮は飽き飽きしている。だが、その日は違った。
「最近、体調に変化があったでしょう」
 決め付け? もしやこれは何か、病気が見つかったということなのか? だが、こんな健診だけで何がわかるというのか。潮は怪訝そうな顔をして禿げ医者に向けてしかたなく頷いた。そういえばもう少しでバリウムとかなんとか飲まなきゃいけないんじゃなかったっけ。飲んだことのないものに嫌だなと感じながら、そして竜也はいつ受けるのかなどとどうでもいいことも考えつつ。
「病気かなにかですか?」
 嫌な予感は胸の奥でもくもくと蠢いて、早くそれをなんとかしなくてはならない。現実逃避したい気持ちと、真実を知りたい気持ちは、いつだって向かい合ってせめぎ合う不思議なものだ。
「おめでたです」
「えっ」
 禿げ医者がにっこり笑うと、英雄に見えた。それもそのはずだ。彼の胸にはプレートが着いていて、その名前はこう書かれている。『神山 英雄』。



 悪い予感が外れて、慌てて潮は竜也に電話をしたがでなかったので、LINEを飛ばしておいた。
>今日時間あけてほしい
 そのうち既読になるだろう。心が踊ることは早く返事がほしいが、既読が返事の代わりともいえる。面倒が減ったぶんさりげなくなるのがネット社会というものだ。事務所に着いてからLINEチェックをしたらちゃんと返事がきていた。
>9時すぎOK どこで食う?
>家に料理用意しておいてもらうよ
 これで十分だろう。潮はケータイにロックをかけて職場に戻る。竜也はこのことを知ったらどんな顔をするのだろうか。きっと喜んでくれるだろう。だが、反応に困りもするだろう。まったく考えていなかったいい話に、潮の胸は踊りっぱなしで、この喜びを早く伝えたくてたまらなかった。しかし、今日は新しいファッションイベントと、次のスマホ事業についてのトークショーにも顔を出さなければならず、プライベートだけにかまけているわけにはいかなかった。竜也にいうまえに他の誰かに知らせるつもりもなかった。二人の愛の結晶なのだ。まずは二人で喜びを十二分に噛み締めてから、お披露目といこうじゃないか。またワイドショーが騒いでしまうなとにやけてしまう。気持ちを落ち着けることにばかり気が取られて、仕事も集中できないまでも、なんとかこなして帰宅する。


「お帰り」
「なんか機嫌良さそうじゃねぇ?」
「分かるか?」
「まあよ」
 竜也のほうが小一時間ほど帰りが遅かった。シェフに料理を作らせてからしばらく経っているので冷めているだろうが、レンジがあれば問題はない。どうせ夜は飲むのだからほとんど量は必要ない。潮は今日は飲む気はないけれど。グラスが置かれたのは竜也のほうにだけ。それを見ても飲まないのか、ぐらいのもので特に気にするそぶりも見せない。竜也は毎晩飲むが、潮はそこまで酒が好きというわけではないため、週一程度しか飲まないからである。
「今日さ、健康診断だったんだよ」
「俺、帰りに同級生にあったぜ。今度ゴルフで勝負しようってよ」
「どっち? 石矢魔? サンマルクス?」
「石矢魔。そのうちへこませてやるさ」
「とりあえず食べようか」
 テーブルについて食事と酒を嗜む。割と潮と竜也は噛み合わない話をしていることが多いような気がする。それでも空気をともにするのが家族というもので、それでも落ち着くということこそが、一緒にいられるということなのだろう。くだらないバラエティ番組と高級料理はあまり合わないが、どうせ音だけのものだ。クラシック音楽を流してもいいがそれではへんにムードがありすぎる。意外に竜也は高級なものを手にしながら庶民派で、最初は潮も驚いたものだったが、それも彼のよさなのだ。
「今日、嬉しい知らせがあるんだ」
「ほー?」
 嬉しい知らせというものがどの程度のものなのか、分からない竜也はあくまで冷静でドライだ。あまり興味なく失礼な態度すらとっている始末。そんな男だと身をもって知っている潮は怒りすら起こらないけれど。竜也は吸い終えたタバコを揉み消しつつ、続きの言葉を待つ。それを見ると潮は嬉しくて堪らなくて、焦らしたい気持ちと、いいたい気持ちでゴチャゴチャになった気持ちがせめぎ合う。こんなしあわせなことなんてあるのだろうか。
「さっきいったけど、健康診断があってな」
 竜也はどこまでもつれない。それも当然だ、なぜなら今から言う言葉は初めて彼が聞く言葉なのだから。前置きはあくまで、潮なりの焦らしだが長くすれば竜也は飽きてしまう。もはや目の先にはスマホがある始末。どこまでも我が道をゆく男。
「で、ビックリなことが分かったんだ」
「ふーーん」
 興味のない返事が今日はやけにイラつく。だがあとの驚きの顔によって、こんな今の思いなど吹き飛ぶんだと己に言い聞かせる。何度もなんども。さすがにスマホは手に取らなかったが、手を伸ばした先にはタバコの箱がある。タバコとライターを一息に手にしてしまう。その手を引っ込める間に、潮は喉から声をあげた。それは、生命誕生の秘話。すぐにお披露目される二人だけの今だけの秘密。待つことに竜也が飽きてしまう前に。
「できてた、みたいで」
「は?」
「子供だよ」
「………?!」
「私と、竜也の子だ。まだ、ひと月と半ぐらいとかで」
 生まれ落ちるまではまだ先になるけれど、きっとこの子は大物になるだろう。それは願いではなくて確定だと信じて、潮は微笑んだ。竜也は、とても複雑な顔をして困ったように、ただ、
「…そ、そうか」とだけ。嬉しくないはずがない。けれど感情をあらわにするのが苦手な人。


14.11.6

すごくハッピーな話です。
まあこの続きがあるって思って書いてるんですがw どういう話になるのかは内緒ですwww

いろいろと紆余曲折あったなかで、こうして子供が…ってのはすごい嬉しいでしょうね。結婚当初が幸せの絶頂でなかった、政略結婚の夫婦にはこんな後からのじわりとし幸せをもぎ取ってほしいというのもありました。
ちなみに、子供ができるとかそういう話以前のものを書いているんですが、予想以上にモリモリと盛り込みすぎて長くなってしまって…なかなか書き終わらなかったり。それじゃダメじゃんw

今は思いついた(まあサイトにも書いてますが思いつきなんで、基本詰めが甘いってわかってる)ひめかわ夫妻書いてます。書けるうち書いておくんでよろしくです。

タイトル↓
http://nanos.jp/coeno/
さよならの惑星
2014/11/06 22:51:56