※ 501続きな子づくりの話、姫川夫妻


 さらりと触れる指先には、どこか温かでやわらかな感触。こんな手ざわりの女を触れられるのももうあと何ヶ月か分からない。そんなことを思いながらさわると、それはとてつもなく悲しくて寂しいものになるのだと生まれて初めて知った。潮はそんなことを触れられながらなんとも思わなかったのに、それでも竜也はそんなことばかり、マイナス思考に考えていた。だからこそ触れられることが幸せで、こうしていたいと何度も思うのだ。竜也はやわく潮の甘いくちびるを吸った。やがて離れて見慣れた、だがそれでも互いに思う端整な顔。じと見つめあって、それは気恥ずかしい。
「どうした、竜也?」
「んや。ただ、……お前が何を考えてんのかなって思ってよ」
 そんなくだらないことを口にする男じゃなかった。少なくとも、潮の頭のなかでは。実は、竜也は恐れている。崩れ消えてしまう平穏で温かな日々を。竜也はそんななかで今朝の一本の電話を思い出していた。

 不意に鳴る電話。本来、電話というものはそういうものなのだろうけれど。竜也の携帯は決められた電話番号からしか音は出ない。見たら義母からだった。寝起きの竜也の声はいつもより低い。聞くとすぐ分かるらしくて電話口の女社長は不快そうに「竜也さん、わたしです。今大丈夫かしら?」などと気取った声を出す。竜也は義母が苦手だ。女だてらに巨万の富を築いた一人者。そして、潮を育てた人。父親は娘に甘いというが、その父は娘が息子として育つことになり、実は大層がっかりしていたらしく、娘に戻ると聞いて是非にと竜也のことを可愛がってくれたりもするのだが、この人は違う。自分の娘を、娘だと思っているふうにはとても見えない。もっと商品というか、冷たい目で見ているようにしか竜也には見えない。そこも含めて苦手な人だ。実は義母と竜也は結婚当初から話はしている。短いながらも何度か濃い話もしている。ちなみに潮にはそれについては話していない。世継ぎとかそういう内容だ。義母は言葉にはしないが元より姫川と久我山の結婚が愛など無いと知っていたはずだ。それを許したのは世継ぎのためだったのだろう。息子として育てた我が娘を、女性へと戻す決心をしたのは。あれは政略結婚だ。愛という言葉はどこか絵空事で、そんなものは金の前に存在しない。すべてが義母からすれば嘲笑の対象なのかのように、ときは過ぎていく。義母が思ってもみない方向へ。
「そのうち、一緒にわたしたちと食事でもしましょうよ。ねぇ竜也さん?」
 甘ったるい声が寝起きの竜也の耳にとても耳障りで苛つく。わざと、んな声だしてんじゃねぇよ、ババァのくせによ。竜也はいつものようにかわす答え。はあ、まあそのうち。みたいな。だがいつもと違ったのは相手の出方。
「竜也さんたちのスケジュールも確認しているわ。三日後、夜十時に六本木で。詳しい場所は蓮井に伝えておきます。あと、潮にもわたしから連絡しておくのでご心配なく」
「え、なんか急っすねぇ……」
「竜也さんには先にいっておくわ。孫の話をしたいと思って。随分待たされたものねぇ」
 厭味だ。厭味にしか聞こえないのは竜也の気の持ちようなのか。思わず出そうになる溜息も舌打ちも、なんとか大人の対応で押し殺して、応の返事をしておく。気が重くなった。朝っぱらから。竜也の予想では結婚して十年余り、もう待てない。潮も三十路になる。もちろん竜也も。男は歳をとっても子種はばらまける。だが女は違う。35歳くらいまでに子どもを産ませておきたいということなのだろう。まさか婿がタネなしだなんて義母は思ってもみないだろうが、娘の畑がだめだなんて認めるはずはない。となると竜也に白羽の矢が立つのは事実だ。この歳になって親からどうとかこうとか言われるようになるなどと竜也は思ってもみなかった。姫川の家はどちらかといえば放任主義だし親とは基本疎遠だ。同じ金持ちでも育ちが雲泥の差だったのは意外だった。潮は昔から家のことを多く語らなかった。それは竜也も同じだったから、似たような境遇なのだとばかり思っていたのだ。そんな二人が一緒になるとも思ってもみなかったし、夫婦間の問題になるだなんてことも当然考えてもみなかった。初めて知った。親とは、煩わしい。特に血の繋がらない義理の親ともなると特に。

「あ、そうだ。今日、母さんから電話があったよ。明後日食事しようって」
「…ああ、知ってる」
 潮にも連絡がいったらしい。やるといったことは必ずやる義母だ。竜也は来るべき日が近づくのを重く感じた。面倒なことが増えることが大人なのかもしれない。それは竜也だけじゃなく潮も同じなのだろうけれど。潮はへぇ、というような意外そうな顔をした。自分に連絡が来たばかりなのにもう知っているのか、といった表情だ。根本から違うのだということを潮は知らない。結婚当初から竜也に連絡をよこす義母のことなど知らないのだろう。
「ガキの話だろ。早く作れって」
「ああ、そうみたいだな」
 子どもがほしいなら避妊をしなければいい。オギノ式とかいうやつとか、生理周期とかいうやつとか、医者がどうのとか、いろんなこと考えればいいじゃないかと。すぐに大人の男女が避妊しないでセックスすれば子どもはできる。だからそうすればいいだけの話だ。簡単なことだ。だが、隣にいる潮はすこしつらそうな顔をして、何もいわない。そんな顔をさせているのは他ならぬ竜也なのだった。だから竜也から口火を切る。
「話してなかったよな」
「…」
「お前はガキ、ほしいんだよな」
「いれば、楽しいかなって」
「俺、ガキ苦手だし。よくわかんねぇから」
「………」
「あと、育てられる状況だとも思わない」
「……」
「ついでに、リーゼント似合いそうな気がしねぇ。どっちに似ても」
「……………」
「俺らさ、年商いくらだと思う?」
「…? それは今関係ないだろ」
「聞けよ。それぞれ100億こえてるはずだぜ? それを背負わされるかもしれないガキが、俺らくらいになってどう思うかって話だよ」
 潮が意外そうな顔をして竜也の顔をまっすぐに見つめる。そんなことを考えていたのかと。カラダのことだけではなくて、ちゃんと自分の子どもの未来についても考えていた。もし世襲じゃなくても、それでも親が死ねば子どもはそれを背負わされる。破棄もできるけれど、ただ生まれただけで注目される子どもは果たしてしあわせなのだろうか。潮はもっと稚拙な考えしかなかった。子をなすということは、もっともっと深くて重い問題だ。それに蓋をし続けて来たのは、本当は竜也ではなくて潮の側だったのかもしれない。
「どうなんだろうな。私たちは少なくとも親の会社を継いだりはしないが」
「自分らの会社あるしな。このぐらい勝手に生きてける根性がありゃいいだろうけど」
「傲慢になるのもある意味大事ってことか」
「てめぇを貫くのが傲慢だってんなら、そうなんだろうな」
 子どもを作ることができても、子どもを育てることとはまた別問題で、その子どもがどうなるのか。金があればいいという話ではなくて、必要以上にあるのはどうなのかということにもなる。あることで困るもの。ないと困るもの。必要なもの。不要なもの。世の中は複雑で、そして単純だ。すべて無関係そうにそびえているくせに、すべて繋がっている。だが、それらを考えても潮は子どもというものは夫婦の愛の結晶だということも感じる。だからほしいと結婚した男女は思うのだろう。その気持ちは痛いほど分かる。それでも私はほしいよ、その言葉が潮には言えなかった。今度は潮から竜也にくちびるを寄せて、触れ合うと甘くてやわこい。痺れるほど甘い気持ち。
 以前、竜也は酒の力を借りて潮に告げた。精子のすくない男であると。それは子をなすことが難しいということを意味していた。あの日から二人は避妊具をつけていない。だが、潮が覚えている限りあの日から体を重ねたのもまた数少ない。片手でも余るくらいだったように思う。日が浅いのもそうだが、元から竜也は性欲旺盛なほうじゃない。だがそれ以上に男としての価値を下げてしまった事実が、彼は恐れているのではないだろうかと潮は考えている。男としての自信がなくなってきた。それをまだ認められる歳ではない。きっとそういうことなのだろう。
「時間、だいじょぶか?」
「ん、…ああ。何?」
 潮は竜也の身体にぴったりと身を寄せて太腿を竜也の足に乗せて、抱っこされる形をむりやりにでもつくってしまう。竜也の耳を食むと、竜也はくすぐったいので身をよじった。くくくと笑い声を抑えている。耳朶をやさしく舐めて誘いの一言をかける。
「…シたいな」
「ぶふっ、ヨメは欲求不満、か」
 笑えないブラックジョークをいいながら竜也は笑う。気乗りしないらしい。身体を支えているだけだ。
「そんなにしてぇの? なら今日はお任せしよ。俺下ね」
 しかも放置プレイとか。子どもどうのじゃなくて、セックスはコミュニケーションだ。愛の言葉の代わりに身体を重ねてそれを伝え合う手段。独りよがりなだけでは満足のいくセックスはできない。満足感のあるセックスというのは思いやりの積み重ねだと潮は思う。手を尽くして、声をかけて、身を寄せ合う。その結果、心も寄り添うのだと。竜也の服を脱がせながら何度もキスをして。だが、降り注ぐ竜也の声色は冷たい。
「人工授精とかなら、手っ取り早くできるかもって。ちょっと調べた。ま、俺のカラダのほうは調べてねえんだけど」
 竜也なりに考えていることが、とてもいじらしい。竜也の肌に舌を寄せて、跡が付くようにちゅうと音を立てて首筋に吸い付く。
「睾丸にメスを入れてせーしクンを取れれば人工授精はできるらしい。せーしクンが作られてればだけど。でもその手術聞いてすっかりビビッた、俺」
 筋肉の隆起を確かめるように舌を這わせ、その味を確かめるように時折軽く吸う。その硬さは男女のそれでだいぶ違う。ゆっくり触るとそれがよく分かる。浮き上がる筋は整った顔に不釣り合いだけれど、守られたいと思うには十分な色香が漂っている。
「てことで治療とかそーいうの、俺はする気ないんで。それに、子どもがいなきゃなんねえだなんて、俺はおもわねぇ」
 脇腹を舌で刺激すると竜也はすこし反応を見せた。くすぐったいのとムズムズ感で堪らず腰が僅かに浮く。潮はしつこく舌で骨とか筋肉とか、そういうところの凸凹を舐めた。竜也はやがて、笑うのをやめて深く鼻で呼吸をして、その刺激を甘んじて受けている。スラックスを脱がせて下着の上からそこに顔を寄せる。雄の匂いがする。他の男のことなど知らないが、これだけ潮はそそられるのだ。きっとこれが男の匂いなのだろうと思っている。
「竜也、さわって」
「ハイハイ」
 潮も自らを肌蹴させてから胸を触らせる。気のない返事をしながらも、竜也だってまったくその気がないわけではない。ちゃんと感じるところを撫ぜたり擦ったり弄ったりしてくる。しかも竜也の責めはピンポイントだ。慣れさせられた身体はすぐに熱に浮かされて反応する。ショーツの上から指で弄ったり舐めたり甘噛みしたりしてから、ようやく直にソコを触ると、ちゃんと反応していた。まったく涼しい顔のままでベッドに座っているくせに。先端から溢れた透明の汁を舌で掬い取ると、人工的ではない滑らかだがちょっとしょっぱみもある甘さが潮の口のなかに広がる。
「ん、は……。おいし」
「なんか、えっろ」
 今さらになって潮の艶っぽさにやられる。どうしてこんなにサカリについているのか分からない。潮の髪を梳くようにかきあげてやると、汗で額に張り付いた毛と、高揚に染まった頬がなんだか色っぽい。その間じゅう潮は竜也の屹立したものを、その周りも含めたあそこやここも、手で、指で、舌で、口のなかで刺激し続けている。
「く、出る……」
「このまま出して、いいぞ」
 そうしろと言うので、断る何もなくて竜也はそのまま潮の口、顔に白く濁った欲望を吐き出した。飲みきれず潮はあちらこちらをベトベトにしながらも、まだ握ったままのソコを離そうとしない。逃げようとしても許さないらしい。さすがに竜也も逃げようとしたが。
「ちょっ、いったばっかなんだから、もういいって」
「いつも私ばっかりされてるからどうなるのかと思うだろうが普通」
「いいって、いいって。いらねえって。もう、だ、ちょ!」



「…そこまで元気じゃねーわ」
「私は構わんよ。竜也の可愛いところ見れたし」
 結局その日は挿入してセックスするところまではいかなかったが、出すものを出してしまったり、イチャイチャしたりしているうちに、そんなことはどうでもいいような気がしてきた。こういうのも結構カロリーを消費してるのではないだろうか。そんなどうでもよくてくだらないことを竜也は思った。子どもができないことを知ったら義母はきっと竜也と別れるようにいうかもしれない。潮だってほんとうは子どもがほしいと前からいっているのだし、別れの話がいつでるか分からない。だったら竜也の側からしたほうが気が楽だと思った。その話を先に潮にしておくつもりだった。いつでも別れるんなら飲むと。どうせ政略結婚で愛など幻想なのだから。だが、言葉はかき消されてしまってまだ出てこないでいる。面倒ごとは昔から苦手だ。近い未来の話すらできない。先延ばしにできることはしてしまおう。そればかり、逃げだとわかっていても。面倒だから、別れよう。やっぱりこれは今日じゃなくても、いいや。


未来のはなしなんかしないでよ




14.11.03

ちゃんと子どもについて向き合った回です。考えてないってことがわかって、ちょっぴり安心したり……

姫川もいろんなことがあるので不安だったり揺らいでるとこです。
現実、たまにあるらしいし、無精子症は今増えてるらしいですね、ちょっと調べたらダイヤモンド☆ユカイがそうらしくて。タマを切るのは怖いって言ってたんですね、それを使おう!ってなりました。男ならフツービビるわ。
で、潮としては子どもはほしいけど、それをいうと竜也が気にするよなぁって思って、なんかいい出せない感じもあります。夫婦としてなんかこう、難しい岐路に立った感じがしますね。
あとは予想外の潮の母親ってキャラ。これはうまいとこ出張ってくれましたね。まだこの続きがあるんで、もう少し出てもらいます。


この姫川夫妻の話は、いろんな問題を抱えてる感じが出てきて、思ってたより書いてるほうが面白くなってきました。えっちなシーンとかはただのサービスショット的な感じですね、もはやw
たいしてえろくもないしwww
今回のふぇらはFのためにから見ると卓越した感じでわざと対にしてます、念のため。
二連続でイカされて三回目はないですってオチにしましたけども。責められる姫川は珍しいかなとw たまに交代。これは夫婦ならでは。
あえてやらしさは感じないように押さえてます。私の文章では誰もコーフンしないと思うけど。

最近この夫婦もしあわせなだけじゃなくなってきて、普通っぽくなってきたなw

Title of しあわせになく
2014/11/03 11:56:35