恋をしている君は誰よりも美しく誰よりも僕に残酷だ 6




「なんで姉上はあんなのと付き合ってるんです」
 光太が文句を言うようになった。これは小学校高学年からこんな口をきくようになったので葵としてはやりづらい。あんなの、とは姉の彼氏に言う言葉ではない。だが、実際に嫌な態度を取るわけではない。そこら辺は大人だ。子供のくせに大人。最近の小学生は男女で付き合うとか恋人の真似事もしているというのだし、弟にとやかく言われる筋合いもない。だが、言われるのも面白くはない。だから葵はその手の話にはあまり乗らないようにしている。あんなののことについては。

「おーい、葵!」
 今日も彼は迎えに来る。光太は冷たい眼差しで彼を見据える。きたぞ、とばかりに姉を睨んで。敵意剥き出しにするほど子供ではないが、よく思っていないのは彼も分かっているだろう。子供のようにまっすぐな彼。祖父もそれだけ大っぴらに付き合いについて公言されれば反対もしきれなくなってしまった。それに葵たちはもうハタチをすぎた大人だ。子供ができるようなことさえなければああだこうだ言われる年齢ではないだろう。キラキラと目を輝かせて彼は葵をまた呼ぶ。光太がいう。
「俺は、姉上の相手はオガだけだと思ってたってのに」
「同じこと言ったら次は殴るわよ」
 拳を握って葵はいう。これは未練なのだろうか。自分の気持ちをまっすぐに伝えられなかったこと。ただ、あの日から男鹿は消えてしまった。ちょっくら行ってくる。と軽い一言だけを告げて彼は消えてしまった。もう何年も経つ。普通に人間として生きる葵には待てない。もう待てない。待つ時間はあまりに寂しくて、悲しいものだった。好きだと言ったけれど、それは男鹿に届いたかどうかは定かではない。あの小さな頃の光太がどうして男鹿のことを覚えているのか。それはべるちゃんと仲良くした日々のことを覚えているからに他ならない。あとはレッドテイルの面々が遊びに来たときにそんな話をするからというのもある。あのときは楽しかった。つらかった。学んだ。好きだった。うれしかった。がんばった。力をあわせた。いろんなことをした。なつかしい時代と葵たち。そして男鹿。
 葵の心のなかにもう男鹿はいない。けれどたまに思い出して、なんともいえない気持ちになることもある。言えなかった正直でまっすぐな初恋の気持ち。それは汚れのないやさしい気持ち。それを男鹿は葵ではない誰かに今、向けているのだろうか。そんなことをふと思うこともある。そんな思いを頭のなかで消しつつ、葵は呼び声に立ち上がりそれに応える。
「聞こえてるわよ。哀場くん」
 妹と一緒にこちらに越してきた。就職先は石矢魔から近いけれど、隣県の引越し業者。休みの度に会いに来る彼か愛おしくないというと嘘になる。好きだと言われて嫌な気がしないのは人間というもので、葵は何度も押してくる哀場猪蔵に根負けして付き合うことにしたのだった。なにより彼は男鹿よりも心が男前だ。初恋は実らないというけれど、きっとそういうことなんだと心のなかで何度も葵は言っている。一度はほんとうの男鹿辰巳という人を見てみたかったけれど、そんなこともできずじまいで彼は魔界へと消えてしまった。彼はもう、葵の手の届くところにはいない。それは寂しくて、胸がすうすうすることだけれど、その思いにももう時間が経てば人は慣れてしまうものなのだ。それは葵自身がよく分かっている。
 それなのに、どうして光太はあんなことをいうんだろう。それを葵は聞けないでいる。その理由がなぜだか、葵自身にも分からなかった。今、葵が好きなのは哀場のはずで、男鹿は過去の初恋のやさしくて悲しい思い出なのだから。葵は家から飛び出して行った。今日はデートなのだ。


14.11.02

話のつながりはまったく無い感じで書いちゃいました。
やつぱり帰ってこない男鹿の話。
こんなんは、男鹿×葵派の私たちとしてはあんまり頷けないですけどね。でもこんな未来もあっていいんじゃないかと。どこかわだかまりを持つ葵ちゃんには女心がみて取れますけど、これは恋で遊べないお子ちゃまな世界にしかいない彼女だから!って感じかな。
現実、おとなになると恋で遊べる人は増えて行くからね。

2014/11/02 22:29:01