どこまでも乱射



 愛することは、憎むことと似ている。
 これは、千秋が昔好きで読んでいたマンガで何度か語られたことばだ。こんなマンガのフレーズなんてずうっと忘れていた。それは子供のときに間違って買ってしまったマンガだったけれど、千秋は気に入ってすぐ集めてしまった──もちろん巻数が少なかったという理由は大きい。──ので何度も何度も、内容の細かいところを把握するまで読み漁った懐かしいマンガだ。そのことばは当時、ただのマンガの中だけのことばだったけれど、初めて気づく。そのことばの真意に。



「わたしが五代目───…?」
 石矢魔高校をもはや卒業しようと背を向ける関東を誇るレディース、レッドテイルのヘッドを務めた三代目の葵、四代目の寧々は一致で千秋を五代目と決めたようだ。面と向かっていってきたのはもちろん現総長、大森寧々四代目。身体も小さく髪も染めず──しかもパッツンヘアである。これは千秋自身が小さい頃からずっとこの頭なので変えられないでいるのと、髪質がじつに硬くストレートしか選択肢がないということを理由には含まれる──ぱっと見不良とは程遠い、そんな千秋がヘッドになるだなどと思ってもみなかったし、狙ってもいなかった。他のメンバーの誰かが継ぐのだと他人事のように感じていた。だから言われたときことばも声もなにもでなかった。頭はまっしろで、どうすればいいかわからなかった。信頼されたことは嬉しいが、彼女たちのようなカリスマなんてものは千秋は自分にはないと感じている。
「それ、本気ですか?」
「ああ。本気も本気。姐さんも、かる〜く承諾したよ」
「……信じ、られない…」
 どうしたって信じられない。選ばれる何ものも自分にはないと、思い込んでいただけなのか。千秋はことばを失ったまま。だが、ほんとうのことだと寧々はさも当然といったふうにいう。千秋は何度聞いても、頭の中で反芻しても信じられずそれについての返答など出せなかった。ようやく絞り出したことばは、肯定よりは否定に近い。
「葵姐さんに、あってきます。姐さんがいってくれたの有難いけど、どうしても信じられない…だから」
 寧々は頷く、しかなかった。



 数日後、もちろん卒業間近の葵の予定も汲んだ上で千秋は単身、邦枝宅へ向かった。高鳴る胸と、高揚する気持ち。一人でこの家に来たのは初めてだった。前に対悪魔野学園のときに会った葵の祖父が、あのときとはまったく違う顔を見せた。ニカッと笑って掃き掃除をしながら笑む姿は、人のいい祖父の姿だ。鬼の特訓をしたあのときとはまったく別人のようだった。
「こんにちは。姐さん、いますか」
「ああ、待っててくれ。おい、葵!友達が来たぞ」
 こういった普通の姿を目にするのはとても微笑ましい。しばらくすると、とんとん、と葵が降りてきた。千秋を見てきょとんとする。寧々も一緒に来ると勝手に思っていたらしい。もとは寧々も一緒にいくという話をされた。しかしそれでは葵の意見を、葵の口から聞けないと千秋は譲らなかった。二人で話をして、納得したいと思ったのだ。余りもの扱いでレッドテイルのヘッドを張りたくはない。寧々のこと、葵のこと、どちらのこともすばらしい先代らだと思っているからこそ、それを穢したくないと思うのは、レッドテイルというチームを愛しているが故だ。それを語れば寧々はもはやついていくとはいわなかった。頷いて、そして笑って、「あんたの好きにしな」。
「千秋。じゃあ、私の部屋にいこ。そんなに堅くならないで、ね?」
 葵は千秋を連れて部屋に行く。そんな後ろ姿を見た祖父は、心の奥からホッとしていた。最近連れてきたのは柄の悪い連中ばかりだったし、まともそうなのもほとんどいなかったからだ。おかっぱで地味そうな少女と遊ぶ孫娘。なんという喜ばしいシチュエーション。なんという健全な学生生活。それだけで幸せな気持ちになれる祖父であった。

 現実はもっと血生臭い話で、葵と千秋はお菓子とジュースを中間に置いて、さも当たり前のように爽やかにレディースの話を始める。祖父の心配も安心もアホらしい。
「寧々からも聞いたでしょうけど、私も寧々も、千秋なら任せられると思ったの」
「分かりません。私は、姐さんたちのように強くもない。凛としてもない。私はわかっていた。ずっと、レッドテイルの中で、浮いてたことも。だから、選ばれた意味が……よく、分かりません。選んでくれたのはうれしい、でも…」
 葵がふっと聖母みたいなやわらかな笑みを浮かべ、千秋に向けて手を伸ばす。その手でふれるかふれないかのチリチリと焼きつくような距離で頬を撫ぜた。そして小さく頷く。その意味は千秋には分からないけれど。
「だからこそ、私たちは選んだのよ」
 はっきりとした声だった。強い意志を感じられる、そんな声色。まじめな顔をして葵はまっすぐに千秋を見つめた。
「言わなきゃわからない? 意外。でも、さっき言ったのは本当。私や寧々はいざっていうとき、千秋みたいにクールでいられないの。慌てちゃうし、オロオロしたりしちゃうの。それって、自分で分かっていても、なおせる何ものでもなくって。本当は私たちだって嫌なのよ? でも、簡単になおるもんならとっくになおってるわよ。それが私ってやつなんだ、って半ば諦めてもいる。仕方ないじゃない。慌てちゃうんだから。人っていう字、何回書いても緊張もするし」
 それは、大きな話ではなくて、本当に些細な事柄を見て寧々も葵も、千秋を選んでくれたのだということ。千秋はそれでも信じられない気持ちで、葵の凛とした姿を見つめた。こんなまっすぐで、穢れのない気持ちは千秋にはもったいない。そう思ってやまない。あまりに眩しいほどのまっすぐな葵の心意気。それは嬉しくて、誇らしくて、言葉にはできないほどの喜びが詰まった言葉たちだ。他ならぬ葵からの心のこもった言葉だから。
「でも、姐さんは私のこと、買い被って……ます」
 千秋にしか分からない穢れは、葵にはわかるはずも無い。包み隠してきた気持ちが渦を巻いている。それは穢れといっても暴力、嫉妬、殺害、そんな分かり易いものじゃなくて、もっと通じにくいもの。千秋はそれをどうやって伝えれば分かりやすいのか、そればかり考えていた。だが、答えなんてきっとない。相手の受け取り方、その場の雰囲気、その他にもいろんなものが合わさったすべてにおいて備わればきっと伝わるもの。だからできるだけ飾りのない気持ちの言葉で伝えたい。それが、葵にとって良くないことだとしても、それは許してもらおうと思っているわけではなくて、認識してもらわなければならない。
「葵姐さん…! 私は、そんなに素晴らしい人間じゃありません」
 穢れを告白してなお、許してもらえるのならば自分には継ぐことがはじめてできるのだろう、そう千秋は思ったのだ。それはレッドテイルへの愛。
「私、葵姐さんのことが、好きで…すきで、好きで…っ! そんな気持ちで…っ、ここに、レッドテイルに、入り、ました…っ」
 深く頭を下げて、今まで抱いてきた想いをぶちまける。想いはまだ少ししか言っていないけれど。葵の表情は意外にも、恐々上げた千秋の目に映ったものは、葵の慈悲深い微笑みだった。どうしてこんな理不尽なことを言っているのに深い笑みを浮かべることができるのだろうか。
 葵への気持ち。それは邪まなもので、きっと葵からは遠ざけられてしまうようなもの。それだけは嫌だと千秋は思ったから、その気持ちを封印し続けた。好き、好きで仕方ない。そういう気持ちを。
「ありがと」
 その気持ちをいいように解釈してくれて。それは葵だけじゃない、寧々もそうだ。千秋はそれが単純な「好き」から離れたものであることを分かっていた。それをどう伝えたらいいだろう。好きという気持ちは簡単にはなくせないけれど、近くにいればいるほど増幅していくものなのだと気づいた。それを伝えることは、違う何かを見る目で見られることと同意だ。それは怖い。そんな目で見られることは怖い。だけど、言わないで騙し通せるほどに器用な生き物でもない。
「違うんです…。葵姐さん、私の気持ちはっ、もっと、邪まなんです…っ」
 邪ま。その言葉の意味は、正しくないこと、だろうか。千秋は気持ちについていいも悪いも個人の自由だとは思っているが、きっと葵にとっては負担だったり迷惑だったり、気持ち悪いと思ったりするものだろうと思ったから。だが、葵はその邪まの意味を理解しない。何を言っているのか分からないといった表情で見返して来るだけ。そんなまっすぐな彼女を穢したくないと千秋はいつも思う。だが、彼女を思うことは、もしかしたら穢すことと同じなのかもしれない。それでも。
「私は、葵姐さんが好きです。男鹿に渡したく……ない」
 この言葉で、意味が伝わるといいのだけれど。千秋は目を見つめていった。だが、葵はふっとやさしく微笑んで、
「私は、男鹿の何でもないの。勘違いしないで」
 きっと理解していないのだろう。だが、そんな気のない言葉でどきりとしてしまうほどに、葵の心が今、誰よりも近くに感じられた。そんな気がした。きっと、気のせいなのだろうけれど。これからもずっと、葵のことを思ってしまう。こんなふうに気のない言葉で、気を持たせる彼女に翻弄されて。
「千秋。あなたしか、いないの」
 罪な言葉と、罪な彼女。これだけ思っても届かない葵への思いは、もう口にしてしまったから、きっとこれからは抑えていたぶん止まらないだろう。そんな意味もこめて。
「わかり、ました……。私が、継がせていただきます」
 葵への思いを告白した日。それは、レッドテイルの五代目総長が決まった日だったのだ。


14.10.23

久々に千秋と葵ちゃんの話

やっぱ二人の百合も好きw
って誰も共感してくんないけどwww

レッドテイル総長に絡めてみた。
まあただ好きだってだけとか、かなり邪まなんですよ。だめじゃんってねぇ。
でも千秋って不良じゃないのとツッコミがSっぽいのとで、キャラが立ってるなぁって思うんですね。
で、最終話でヘッドになっててわぁってなりましたからw そのへんですよね。

男鹿に嫉妬する千秋ってどーなんだ…
2014/10/23 20:48:51