※ 姫川夫妻の花見
(時期外れもいいとこですが…w


桜咲く、桜散る。



 早生まれの潮が29歳になってから一ヶ月ほど。まだ寒い時期に日本の南方では桜の花が咲いたとニュースでキャスターが語っていた。寒いのに、と文句を言おうとしてもその後に続く気象情報と明日の天気と気温を見れば納得できてしまうから仕方ないのだろう。会社の休憩室で見たテレビを、時間のむだと消しながらふと竜也は気付いた。メールが来ている。ついさっきだ。それを開くと、妻の潮からだった。紆余曲折、いろいろとくだらないケンカもあったけれど何だかんだで離婚の危機もなく上手く行っている、と思う。たぶん。他に結婚とかの経験がないので分からないのだが、きっとそういうものなのだろう。誰だってそんな経験したくもないし。話は逸れたが、そんなことを思いながら届いたメールを開いたら、何というタイミングの良さというか。
「花見がしたいな」的な内容のメールが届いていた。もしかしたら、同じニュースを見ていたのかも知れない。休日を互いに合わせないとなかなか行けないだろう。天候の問題もある。すぐに返事はできそうになかった。いつものように気が向かないので返信はしない。その代わりに、なんとなく気になったのでケータイを弄くり桜と天候について調べてみた。近くの名所を探しておくのも必要かもしれない。行ってからより行く前が楽しいのは旅だけじゃない。気心しれた相手と会うことや、ただ飲むためだけの言い訳だと分かっていながらも組むイベントごとのすべてだ。
 潮は本当の意味で世間知らずだ。今まで外で花見をしたことがないのだという。どういう意味かというと、サンマルクス修道学院の敷地に桜の木を植えていて、そこでしかしたことがないというのだ。それは本当の意味で花見とは呼べないのではないだろうか。ならば本当の花見をさせてやりたいと思うのが人情というものだ。時間をかけながらセッティングしよう。

 そんな竜也の思いは、それから2週と少し経ってからかなうこととなる。ちょうどよく二人のオフを合わせることができたのだ。もちろん一筋縄でいくようなヒマな日々を過ごしているわけではないのだが。
 時期が遅れてしまったので少し山のほうへ行かなければならない。23区からは出て、高尾山のハイキングコースを選んだ。4月だが標高が高いため結構寒いらしいということだったので、羽織れる格好でいくぞとだけ説明して、ハイキングコースまでは車に揺られて向かう。仕事をしていると時間に追われることばかりなので、こうしてゆったり歩くということはほとんどない。それだけで潮はワクワクを隠せない。目を輝かせて舗装されたハイキングコースを歩く潮を見るのはどこか胸の温まる思いになる。こんな気持ちになることがあるなんて、結婚当初は思ってもみなかったことである。
「山のほうはまだ、散ってねぇな〜桜」
「これは色が濃いな。こっちは白っぽい。私は花などは疎いんだが、種類がたくさんあるというのは知識としてはある。だが、図鑑でみただけのものを判別まではできんよ」
「高尾のハイキングコースは、ソメイヨシノとヤマザクラが植わってる」
 見上げる景色、空、視線の先には雪のようにはらはらと舞う桜の木が竜也と潮を歓迎してくれているようだ。空は薄曇りで天候に恵まれた徒は言い難いが、歩いていれば体も温まって汗も出てくる。ちょうどいいと感じる気温かもしれない。
「帰りはさすがに歩きシンドイから、ケーブルカーにしようぜ」
 高尾山名物のロープウェイである。日々の運動不足を内心嘆きながら竜也は早くもそんなことをいう。桜を楽しむのは今のうちだけか、そう思えばこそ、ゆっくりとこの道を歩きたいと潮は願った。手を伸ばしていると絡みつくように桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちてくる。ついたそれを手に取りながら一枚の花びらを見て潮は笑う。竜也はそんな無邪気な様子の潮を横目に見ながら、こんな顔をするのかと今更ながらに知って驚いてもいた。結婚してもわからないことなど数え切れないほど人間というものは奥が深い。かと思えば、単純なのもまた人間なのだった。とりあえず、連れてきてよかったということ。
 無理しない程度にゆったりと歩いて、時にトイレとか水分補給の休憩を挟む。自分たちの年齢を感じるほどの体力の衰えに、二人はどちらともなくため息のあとに苦笑をもらした。時間が経つというのはこういうことなのだろうと、ようやく感じる。ハイキングコースを抜けると広場になっていて、大きな切り株の形をしたテーブルや椅子が立ち並ぶ、外の休憩所、というより昼食場所があったので、とりあえず笑う足を引っさげて、切り株型の椅子に腰を下ろした。はーあ、これじゃあその辺の年寄りより体力がないんじゃねぇの? と思ってしまう。もちろんそこまで落ち込んだわけではないのだが。
「飯食う?」
「ちょっと早かったんじゃないかな」
 召使いに用意させた弁当は竜也が持っていた。とりあえずまた水分補給をする。もう少しいくと桜の名所と呼ばれる場所があるらしい。パンフをペラペラめくりながら竜也がいう。
「先に名所みる? 木が、バーっといっぱいらしいぜ。そこ」
「一面が桜の木だなんて場所、テレビとか写真でしか見たことなかったな。楽しみだ。本当にうれしい。ありがとう」
「おいおい、礼を言うのは見てからでいいだろ」
 ケータイ灰皿常備しつつタバコに火をつける。これのせいで体力が落ちていることは知っているが、やめるつもりなど毛頭ない。家のなかで吸えないとか、そういうことも考えられない。煙と一緒に他の気持ちやモヤモヤを吐き出しているような気がする。それもやめられない理由だろう。それがニコチン依存症だといわれれば、それだけの話なのだろうが。
「その木までいくのに、もう近いんだろう?」
「たぶんな」
「じゃ、そっちで食べよう」
 食べていい場所かどうかは知らないが、文句をいわれたら札でも握らせてやれば黙る輩だろう。休憩をとってから二人はまたハイキングコースをゆっくり歩き出した。夫婦二人でゆったり歩くなどということはよくよく考えたら初めてのことだったが、悪くない。自然を感じるのも悪くない。いつもは仕事でブルーライトに照らされてばかりの日々だ。ナチュラルな空間がここまで心地好いなどと感じるヒマも機会もなかったのだ。それはどちらも同じように感じていた。さくさくと歩く音が耳にも体にも心地好い。
「とりあえず、無理して平日にしてよかったよな。これ休日とかだったら俺ら貸切にしないと歩けなかっただろ。平日は年寄りばっかだからよかったぜ」
 有名人ならではの、一般ピープルでは分からない悩みだった。人から囲まれてインタビューがどうとか、面倒に巻き込まれるのだ。やりたいことがままならない人生もまた道。生まれたときから課せられた有名人ならではの枷。
「そうだな、こんなふうに歩けるなんて、なかなかないからな。そういえば、今関係ないんだが私はそろそろモデルの仕事はやめようと思ってる」
「…あぁ?! マジ関係ねぇな。なんでやめんだよ?」
「私のせいで、へんなの流行ってしまったろうが。ああいうの、もう嫌だぞ私は」
「へんなの……って男装ファッション、てぇやつか」
 時代の寵児。トレンド。そんなふうに呼ばれるのは華やかで輝かしいけれど、渦中にいるものたちはいろいろと思うことがあるのだ。会社の都合でモデルをやらせたら売れてしまうほどの美貌が元々備わっていたのは潮の、生まれながらのものなのだ。竜也が見出さなくとも、他の誰かがきっとやっていただろうことだ。だが、今はその辺りの話はあまり考えたくなかった。ここは夫婦で関連会社にいるよくない部分だ。
「その辺はあとで打ち合わせるとして……男装ファッションお前、気に入ってたろ」
「ああ。へんなのに性的ないやがらせを受けたりはしなかったからな。男として生きるのも楽しかったよ勿論」
「そりゃ生徒会長に、んなことできねーだろ。でもお前もててたの知らねーの?」
「バレンタインはチョコ山ほど貰ったが」
「そういうんじゃなくて…。男から」
「え、…いや、私は学生時代は男だったわけだし……」
「知らなかったワケか」
「まあ、私はお前に女にしてもらったからいいのだがな」
「そういうセリフ、まじやめてくんない? こっぱずかしい、を通り越しておお恥ずかしいわ」
 いつもならしないような会話が弾むのは、桜のなかをゆっくり歩くなどという非現実的な時間を過ごしているからだろう。時間の巡りが止まればいいのにと感じてやまない。散る桜の花びらを指先で弄んで潮もまた舞うように歩き笑う。後悔のない潮のような生き方はじつに素晴らしい。だが、言い過ぎではなくそこに光を射し込んだのは確かに竜也の存在だ。
「桜の花びらは、心を表してるんだって?」
「ハート型、だからだろ」
 薄桃色の花びらを指先で摘まんで、それを竜也に向けて見せびらかす。珍しい花でもないのに、潮が持つと生き返ったように美しい花に見えるのだった。どこまでも恵まれた存在。
「あれだろ、桜の木のしたには死体が埋まってて、それを養分にしてるからキレイに咲くんだろう?」
「あ、それ迷信な。ガチだったらここ墓場だから」
 桜並木のなかを歩きながら何という不謹慎なことをいうのかと呆れながら竜也は否定の言葉を吐き出す。それにしても潮はどこまで少女じみたことばかり言っているのか。
「死してなお、無駄なものなどないと、故人は言いたかったのだろうな」
 桜の木のしたに埋められた屍たちは、美しい花を咲かせて生きるものたちへ希望や、花を愛でる気持ちなどを育んでくれる。心を育ててくれる。養分になることは無駄ではないというのはそういう意味だ。死んでもまた生者の役に立つ死。それは死は悲しみしか生まないという現在の風潮を覆す、美しく日本的な感覚になりはしないだろうか。潮は桜を見ながらそんなことを考える。だからこそ花びらは心の証。散ってなお養分に還る。終わらない死人と生者の心の螺旋。こんな自然が溢れていることを感じられたよろこび。それを教えてくれた最愛の人。この今日という日。すべてが眩しすぎるほどに素晴らしかった。



 桜の名所は美しくて思わず涙腺が緩んでしまったほどだ。写真もたっぷり撮ってから花を見ながら食事をとった。体を動かした後の食事ははっきり言って美味い。普段からもっと体を動かしておけばよかったと思ってしまうのは当然だ。帰りは竜也が言ったとおりケーブルカーに乗りながらの山道を見るだけで下れる道を選んだ。ゆるゆると進む風景が美しい。
「また来年も来ような」
「明日筋肉痛確定だな」
 どうにも足並みが揃わないところはあるが、そこはあまり気にしないことにする。
「子供とも、来たいな」
 まだ見ぬ、という愛の結晶を思って潮はポロリとこぼす。自分のようなあまりの世間知らずな子供は好ましくないと思う。だから子供ができたら小さいうちからいろんなところへ連れて行ってやりたい。普通の生活というものを送らせてやりたいとも思う。それについては両親がこのとおりの有名人である以上、もしかしたら難しいのかもしれない。だが、願うことは悪ではない。
「……………」
 竜也は言葉を返さずに、周りの風景を見ている。子供の話になるとあまりいい顔はしない。もとより子供が苦手というのもあり、自分のこともそこまで好きではないというのが理由らしいが、それだけにしては少々頑なすぎやしないかと潮は感じている。このタイミングでいうべきことではなかったかもしれないが、いずれきちんと向き合わねばならない問題から逃げているのは好ましくはない。
「今言うことじゃなかったな、すまない」
「謝るこたぁねえさ。いろいろ考えると、子供の問題は俺たちだけの話じゃないからな。慎重にしなきゃなんねぇってことだ」
 竜也の横顔に、リーゼントに、服に、たくさんの桜の花びらがくっついている。これは竜也の心なのかもしれない。どこか切なげに目を細める竜也の顔を見て、潮は彼を思う。その間もケーブルカーはゆっくりと2人を揺らしながら線路の上を進む。やさしくてほがらかな時間だが、どこか切ない。そんなことを思わせる春の日差し。
 髪に絡んだ花びらを指ですくう。服の上のも。それを見て竜也は少し面倒臭そうな顔をした。満開の桜はキレイだが始末に負えない。
「わざわざいいんだよ」
 竜也は潮の手を掴んで腕ごと引き寄せた。何もないけれどケーブルカーの中で触れるだけのキスをゆっくりとした。揺られながらのキスはいつもよりもどこか甘い。きっと桜の心が魔法のようになっているのだろう。桜の花びらだらけの髪を撫ぜたら、花びらが一枚ヒラリと風へ吹かれていった。


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◎花言葉◎

ヤマザクラ 山桜(Wild cherry blossoms)
「あなたに微笑む」「純潔」「高尚」「淡白」「美麗」

ソメイヨシノ 染井吉野(Yoshino cherry)
「純潔」「優れた美人」

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14.10.19

姫川夫妻のお花見でした。
たぶんこれほぼ貸切状態でお忍びでやってるんじゃないかと思うんですよ。こういう超セレブが普通に花見なんてできるわけないし。でもそこは姫川がわからんように周りが動いてるって感じなんじゃないかと思いますね。わかんないけど。


なんか、子供がいない夫婦って若いし、割とラブラブって感じもあったので。夫婦長いのでそんなにイチャイチャしてるわけじゃないんだけど、自然にラブっぷり発揮しろ!とか思ったり。

ハイキングとか似合わないしちょっと書いてみたかっただけですwww
あとは花言葉にかけている部分もあるので、姫川はただのバカじゃないです。キザです。あえて言わないところも男前です。とか考えながら書いてはいましたw
言葉はないけど、流れてる想いとか、いほいろと分かってもらえればいいなと思うんですが…分かりますでしょうか?(ドキドキ)

あとは単純に桜のよさが出ればなぁと思いまして。その辺が桜についてのどうでもいい話に表れてればなぁと思いつつ、思いつくままに文にしてました。わかりづらいかなぁ…。思いつきだしなぁ…。私は花より団子でもなんでもなく、花も団子も興味のない、マダオだな私は…。


ちなみに、子供がどうこうの話はそのうち進めますけど、なるべく山も谷もつくっていく予定なのでそろそろシリーズ化すべきだったかなぁと後悔中…。どっちにしても話は結構つながってきそうだからのう。
タイトルとか毎回めんどいんだよー!
2014/10/19 12:43:07