恋をしている君は誰よりも美しく誰よりも僕に残酷だ 5




「いや〜ぁ、秋だな」
 哀場猪蔵は葵の隣にきて唐突にそんなことを言い出した、10月の初日。つまり哀場は葵の冬服を見に来たのもある。だが、それだけではない。隣では寧々が目を光らせている。
「寒くないの?」
「…知らなかったんだよ、夏服で来たら恥ずかしーのなんの」
 転校生にありがちな失敗をしつつ哀場猪蔵は照れ笑いのような薄い笑みを浮かべ、葵の呆れ顔を見て頷く。哀場猪蔵だけが半袖という、浮いた状態ではあるもののそこまでら寒くはなかったのでよかった。
「つうか、秋だよなぁ〜。も、超秋」
 超秋、って。もはや正しい日本語云々の論争すらバカらしい内容がない声をかけてくる哀場猪蔵はどこか硬い表情をして、寧々をイラつかせる。
「邪魔だ帰れ」
 舌打ちののちに飛んだ冷たい言葉。そんなもの気にする哀場猪蔵ではない。というか寧々のことをあまり見ていない。敵意剥き出しのレッドテイルのことなど気にしない哀場猪蔵の図太さがなければ葵への恋心など持ち続けることが許せないだろう。寧々の言葉などなかったことのように右から左へ受け流しつつ哀場は葵に意味のまったく解さない言葉を投げかける。ただ言葉を交わすだけでうれしいといわんばかりに。
「秋いいよな、秋」
「秋はわかったわよ」
 なにかいいたいことがあるらしいとようやく気づく葵。だが横目にしかも顔も見てやらない。この辺りの匙加減をナアナアにしてしまうと、すぐに勘違いしそうなので葵はできる限り哀場猪蔵とは距離を置くように心がけている。だが自分からは聞いてやらない。ここまでああだこうだとつきまとわれると気になってしまうのも人の心というもので、葵は知らないふりをして内心は興味津々だ。
 なにかをいいかけて哀場は言葉を出す前に息だけを吐き出す。葵の顔をまっすぐに見ていたと思ったら、すぐに考えたような少しいつもより難しい顔をして言葉を飲み込んで周りの様子を見て黙り込む。だが何かいいたそうだ。だがこんな態度は珍しいものだった。好きだとか付き合ってくれとか抱き締めたいだとか、そんなことは目を見て周りに他人がいようともサラリと口に出してしまうような男だというのに躊躇する様が驚きだ。それほどに言いづらいことがあるのだろうかと葵もさすがに気になって助け船をだすことにした。
「あのねえ…、さっきから秋、秋って…。いいたいことがあるんならパッといって頂戴」
「ん、あ…ああ、おう」
「哀場くんのくせに珍しく煮え切らないわね」
 さすがの葵もそういってしまった。締まりのない哀場猪蔵の返事にはさすがに呆れたのだ。腕を組んで、そんな情けない様子の哀場を見上げながらに見下す。いつもの強気な葵の姿がそこにはあった。
 寧々はそういう姿の葵に憧れて慕ってきたのだ。近頃は恋する乙女のような姿を見ることが多かったが、その姿に落胆したわけではない。それはそれで、男鹿が相手ならば応援するしかないかと諦めた矢先の哀場猪蔵の存在は、寧々だけではなくレッドテイルの面々にとっては邪魔だったのだ。ちなみに哀場猪蔵に恨みはない。むしろ罪と呼べるものは、男鹿とキャラがかぶりすぎていたことくらいのものである。だから哀場には気をつけなければならないと、可能な限りは目を光らせているのだ。その哀場は珍しくモジモジしている。
「実は、お願いしたいことが、あんだよな…」
 どうやら哀場猪蔵は人にものを頼むのは苦手らしい。それは昔からケンカにかまけてガキ大将気取っていたせいなのか。そんな哀場が寧々のほうをちらと見た。
「おたくの"姐さん"借りてイイか?」
「はっ?」
 急に哀場猪蔵が立ち上がったかと思ったら、すぐに動き出す。瞬時に人さらいのように葵の身体を抱き締めて駆け出していた。さすがの寧々も、むしろ葵自身もあまりのことに反応できないでいる。嵐の前の、嵐? 寧々は頭が真っ白になった。
「嘘でしょぉおおおおお!!?」
 叫んでも、葵と哀場猪蔵の姿は瞬く間に消えていた。追おうにも姿が見えなかった。寧々らは立ちすくんで、負け惜しみにキョロキョロしていた。




 視聴覚室。ありがちな逃げ場に、葵と哀場は二人で、二人っきりで向かい合っていた。だが、そんな色っぽい話でもなく、葵は冷たい光を放った目を向けていた。目の前には哀場猪蔵。急に哀場が頭を下げた。
「ごめん!! 悪りぃ! こんなんして! へんな意味じゃなくてぇ……、ちっと、あの状況っつーか。いいづれぇだろ、ああいうとこでは」
 哀場猪蔵の言う意味は分かる。だが、それは心臓に毛が生えていない普通の人の場合だ。哀場は心臓に毛が生えているような男であると、葵は思っている。だからこんなことを言うこと自体が理解できなくて、哀場猪蔵に限っては意味が分からないと思った。そんなにら構えなければならない「お願い」などあるのだろうか。葵はおっかなびっくりで先を促す。むりなことはむりと断ればいいのだ。押し切られなければいいけれど。
「あのっ…!」
 葵はその真剣な目に気圧されて後ずさった。それを追うと後ろに壁があり、そこに哀場は手をついて、マジメな顔をしたまま二人は向き合った。あ、これ、壁ドンだ。と気づいてしまった。途端に葵は恥ずかしくなる。照れてしまう。顔に熱が溜まってくる。かぁっとなってるのが自分でも分かる。その顔をまっすぐ見られていると思うと、さらに意識してしまう。しかも今流行りの壁ドンだ。思えば思うほど、この状況は「告白待ち」みたいで恥ずかしい。心臓もどくどく鳴っている。続く言葉が核心に迫るものだと感じながら。


「頼むっ…! 千代の、妹の運動会のとき、弁当つくってくんねーか」


 ここで出た答えは、想像したような色っぽいものでは一切なく、親しい友達ならあり得る程度の、そんなものだった。秋の運動会。それは一大イベントなのだ。地区的に言って。そんなことをこんな状況でいう、哀場猪蔵という男はまさに男鹿と似ている。
 葵は心の中で自問自答する。何度も何度も、声に出すことはないけれど心の中で何度も。数十秒前のドキドキ、あれはなんだったのだろうか。期待していたのだろうか。なにを哀場猪蔵に期待していたのだろう。期待など、いつも軽々しくいわれる好きの中で、持つほうがどうかしている。そう分かっているにも関わらず心は揺れるものなのだろうか。そんなばかばかしいことがあるのだろうか。心の中ではいつも、哀場猪蔵と男鹿とを比べている。それは気付きたくないけれど気付いてしまう。それを包み隠すため、葵はまっすぐに哀場猪蔵を見つめた。
「日曜よね? いいけど……いつ、の日曜になるのかしら」
 堪らず哀場猪蔵はガッツポーズをとって、葵から離れながらにそこからジャンプして拳を強く握ってワァっとはしゃいだ。ヨッシャー! というやつである。
「…晴れるといいわね」
 まだ来ぬ運動会の晴天の空を、哀場と葵は願った。
 視聴覚室、やさしい休み時間。


14.10.17

哀場猪蔵と葵ちゃんの話。

イベントはないけど、イベントの前に約束を取り付ける話。しかも思わせぶり。無意味に思わせぶり。チョー。

壁ドンは思い出したので使いましたけど、あの壁ドンの意味は嘘だしw
そもそも追い込まれ感すごいから恐怖でしょあれは。もとの壁ドンの意味とは遠すぎて私的には嫌なんですけれどね。


今回のはいつも「好きだ好きだ」言ってる哀場の、二人になると、以外とまじに恋愛ごとと関係ない話をしたりするような姿を見せる。もしかしたら恋愛じゃないのかも?というのを書いておきたかった。
まあそれだけなんですけどねwww

そのうち、シリアスな展開も書くかな。うん。。
2014/10/17 23:06:35