恋をしている君は誰よりも美しく誰よりも僕に残酷だ 4




 台風一過。
 石矢魔高校の生徒たちは内申書がどうのこうの。それに興味のない大半の生徒らはケンカもこうして忍耐強く地域のために何かをすると心身が鍛えられるとかなんとか。それでも興味ない生徒たちのために単位あげるよ、ということを言ったらそこそこ人数が集まった、石矢魔高校の生徒たちが地域の掃除を行う突貫行事。それでも生徒の集まりはそれほどでもなくて、やはり不良高校なのだと思い知らされる。哀場猪蔵はそんな様子を見てはあ、と息を吐いた。どうやら前までいた南珍平良高校よりも程度が悪いらしい。辺りの泥をリヤカーに積み、公園などの土のある場所へ運ぶ作業はなかなか骨だった。だいぶ涼しくなってきた秋空の中でも流れてくる汗を拭わなければならない。
「哀場くんもでてたの」
 行事にはレッドテイルのメンバーは参加していた。三代目元総長の葵が出るといえば面倒でもでなければならない。
「ん、おお。だって単位もらえるんだからもらうだろ。勉強しなくていいし、ラッキーと思うんけど…出てねぇな。あんまり」
 だが、出席日数ギリギリの東条と神崎組らは自分の職場と言わんばかりにせっせと働いている姿は見ものだった。地域のおばちゃんらともヘラヘラと話している。不良学校などといわれているが、こんな行事を増やしたら周りの目も少しはやさしくなるかもしれない。それが哀場猪蔵が思ったことだった。
「お昼は?」
「んー、買わなきゃなんねぇな」
 いつも昼飯などもってこない。前に葵は哀場にいった。それはたまにある千代の行事のときに履行されていた。千代のためにつくられた弁当を、渡す直前に見てはいいなと思いながら、そのやさしさに何度心打たれたことか。だが、哀場猪蔵、彼のために作られたお弁当だけはあのデートもどきの時以来なくて少し寂しかった。話をするたびによくばりになっていく自分が、望んでばかりのロクデナシだなぁと思うばかり。そう思えば口にするのはためらわれる。だがようやく言われた待ってた言葉。
「多めに作ったから、いっしょにたべる?」
「おおおおおおお!」
 本気で感動している哀場の姿を見て、葵は多めに作ってきたことを悔やみつつあった。まっすぐに好きとか嬉しいとかいってくれるのは悪い気はしないけれど、素直に喜べるほど純でもないのだ。目をきらきらと輝かせる哀場の姿は微笑ましいが目立ちすぎる。大きな少年のような彼。だからわざと冷たくいうのだ。
「まだまだお昼は先よ。さっさと働きなさい」
「あいよっと」
 スコップを持ち直して腕まくりをし直す。筋肉が程よくついた太くて強そうなよく焼けた腕がセクシーだ。哀場猪蔵は葵のことばかりしか見ていないが、石矢魔に越してきてから近くの学校の女子生徒からなかなか人気があるのだという噂を聞いた。それもそうだろう。いずれは葵のことを諦めて、きっと別の女のところにいくだろうと葵は思っている。もしかしたら元々けっこうもてるのかもしれない。そんな男だというのに、どうして葵にここまで好きだ好きだというのか分からない。こちらについても素直に喜べないのだった。



 待ちに待った昼。
 いつもは教師のいうことなんて聞かない生徒たちも、お昼にしようというと言葉に従ってわらわらと動くのだ。まったく学生たちはお気楽で、地域の人たちはそんな怖そうな不良たちも空腹には勝てないのだなとほっこりするのであった。葵は持ってきた敷物を広場の日向に広げていた。やがて哀場の姿が見えて、おお!とか、まじで?とかあまり意味のないことをほぼ叫ぶような大声でいいながらきた。ちなみに、本人によると声がデカイのは遺伝なのだそうだ。どうでもいいけど。
「これなんちゅうんだったかなぁ? すげー。女の子って感じだよなあ! 座っていんだよな? お邪魔しやーっす」
「どうでもいいけど目立つから静かに話してよね」
 嫌ではないが、いい顔ばかりもしていられない。学校のメンバー、レッドテイルのメンバー、地域の人たち。他人の目は突き刺さるようにたくさんあるのだ。気をつけるに越したことはない。だが気にしていない哀場は座りながら汗を拭きだす始末。タオルをワサワサやっているうちはまだよかったが、
「キャッ?! あ、あんたなにしてんのよ!!」
 葵が声を出したのは哀場がもろ肌脱いで上半身裸になっていたからである。目を泳がせながら葵は哀場猪蔵のことを直視できずにいた。だが哀場は葵がいうことを理解できない。そういう面ではどちらかというと東条タイプなのかな、とも思う。
「何で脱ぐの?!」
「暑いから暑いから」
「着てよ!変態!」
「エッチだなぁ〜、葵は」
 クネクネしながら胸を隠すので思わず葵は哀場の頭にゲンコ食らわせて黙らせた。タンコブの痛みに耐えながらも終始哀場は幸せそうだった。それはそうだ。好きな女の手料理を食べられる幸せに頭までとっぷりと漬かっているのだ。どこまでも幸せな男。生きててよかった。さっきもらったゲンコツは愛のムチということで笑え。
「ごちそうさま。マジ美味い!マジいい嫁になる!」
「ちょっ…、声大きい! あと、へんなこといわないでよ!」
 もぐもぐと口を動かしながら哀場猪蔵は声を小さくしつつ話をする葵の様子を不思議そうに見る。思ったことを口にしただけだ。そして哀場はふと気づく。
「葵って、照れ屋だよなあ」
「あんたがへんなことばっかりいうからでしょ!」
「ヘェヘェ、かっわいぃ〜の」
 哀場猪蔵は手際よくサッサと食べ終えた弁当箱たちをまとめて包んでしまう。最後に大きな風呂敷にきゅっと包んで葵の前に置いて頭を下げた。
「ありがとな。マジで美味かったよ」
「お粗末さま」
 なぜだか葵は懐かしいような、こみ上げる気持ちがあった。ああそうだ、葵は思い出していた。こんなことが昔あって、葵はそれを見ていたのを。それは懐かしい両親の思い出。顔も覚えていない父に、微笑みながら母は言った。片付けてくれた父の姿に、「ごちそうさま」「おそまつさま」と。それが子供心にとても想い合う夫婦の姿に映った。それを思い出せたことがうれしい。哀場猪蔵のおかげである。
「本当は、ワザワザつくってくれた、んだよな?」
「……なわけないでしょ」
 本当は、今日が急に授業の予定を変えてゴミ片付けになったことを葵は知っていた。だから用意したのだと、いわなくても哀場猪蔵は分かってしまう。
「照れなくていいのに」
「照れてない」
「俺に惚れちゃったとか?」
「ほっ…?! なにいってんの、バッカじゃない」
「冗談。怒んなって」
 ぷいとわざと怒ったフリして顔を背けた。だがその辺りは素直に受け取る哀場猪蔵はオロオロするばかりだ。女に慣れているのかと思えばそうでもないらしいウブな反応。それをからかいたくなるのはどうしてだろうか。葵はこんな気持ちになったのは初めてで、答えを見つけられなかった。
「ごめん、ふざけねぇから。あとこれはガチ。美味かった! だからまた、作ってくれよ」
 本気で困った声を出す哀場猪蔵は、同い年の幼い少年のようでどこか可愛らしい。思わず怒ったフリをしていたことがかわいそうになって、葵は肩を震わせて笑った。
「ふふっ、分かったわよ。こっちこそ、そんなに喜んでもらえるなんて思ってなかったの。びっくり」
 この昼休みが終わったらまた地域清掃運動の始まりだ。勉強などしなくてすむのなら外でこんな作業は悪くない。葵も哀場も同じ考えで、それでもやはり笑えてしまった。どこかやさしい日の光が二人だけじゃなく、石矢魔町に降り注いでいた。今度はこんなお昼はいつになるだろうか。楽しみが一つ増えた、秋晴れの日の話。


14.10.15

今年は先週、今週と2回大きな台風がきたので、それも含めて書いてみました。あんまり台風は関係ないんだけど、こんな学校があってもいいなあと思ったり。

哀場と葵ちゃんの話は、葵ちゃんが押して押して押しまくられつつも、手玉にとる部分もあるんだよっていうところを書いていきたいな、と。
男鹿と葵ちゃんの話が割とフツーにラブラブなので、ちょっとバリエーションつけたいっていう感じなんですね。
ただ、葵ちゃん自体が押せるキャラじゃないので(大和撫子ですから。異論は認めない)そこまで差別化できるかわかんないけど、書いてるうちに差別化できるって信じてる。


押して押して押しまくる哀場の話もいいんだけど、押すだけじゃダメだってことはさすがに分かってるのでそこまではやらないっていうのが哀場なんだと。
珍しく男鹿が出ない葵ちゃんのシリーズって、なんか物足りないなぁ。

と思うのは私だけ?
2014/10/15 17:43:07