深海にて21


※ ヒルダといちゃいちゃっぽい雰囲気
(男鹿×葵の方々すんませ、)
 しかも、むだに引っ張ります!



自分のために。
それがきっと正しいこと。
他人のため。誰か自分じゃない誰かのために。
それが美徳だなんて誰が決めた?
だから言う。感覚なんてそれぞれのものだし、決め事なんてただの自己満足でしかない。意味なんて自分の中にしかない。見えないものなんて何の意味もなくて、見えて初めて意味があるのだ、と。
すべては自分のために。



*****


 それはいきなりのことだったわけじゃない。うねりのようなものが襲ってきただなんて、話をでっちあげるつもりもない。ただ、流されてしまったというだけのこと。きっとそれほどにケンカの強いだけの少年たちは弱いのだ。まだ少年だということを思い知らさせる。そんな出来事。
 うねったのは欲望の嵐。自分に負けることを後から悔いることしかできない、そんな弱い人間の魔物とのある話。
 昨日の夜から何かが変わってしまった。男鹿だけがそれを感じていて、その晩から秋風寒い夜にも高まる魔力を感じるものたちが数人現れた。きっと彼らには分かっているのだろうけれど、それを感じることができる人間と悪魔がこの石矢魔という地域に何人いるのだろうか。それが分からない以上はどうでもよいこと。
 ただ男鹿が感じた日曜の朝の凄さ。今まで気づかなかった石矢魔のまぶしいほどの田舎うつくしい風景。それをもたらしたのがどうして悪魔なのだろうか。昨日と同じようにひるだは男鹿に寄り添うようにして眠っていて、そのあどけない寝顔はヒルダとは違っていてまったく邪気がない。結局男鹿はひるだのことを否定などできなかった。ひるだは何も悪くはない。どちらかといえば男鹿家の人々とか、その他にもひるだと男鹿をくっつけようとしていた連中なんだと男鹿は頭の中で何度も言い聞かせていた。触れるか触れないかくらいの場所でひるだの頬にそっと触れる。その頬は驚くほど熱っぽい。どうしてだろうか理由は分からず男鹿は慌てた。
「おい、ひるだ、起きろ!お前熱あんじゃねぇのか」
 うっすら目を開けたひるだが目を細めてほほ笑む。当てられた手を掴んで上体を動かした。その表情にもやはりいつもの邪気がない。ひるだはひるだのままだった。それでも構わないと確かに男鹿は思ったけれど、やはりやりづらさはある。だが今はそんなことを言っている場合ではなさそうだ。
「たつみさん、私なら大丈夫。熱なんて……ないです」
「だって、顔熱い…」
「それなら、さっきまでたつみさんの胸を借りてたからです。熱がこもっちゃったんだと、思います」
 なんだその理由は。特に具合が悪そうでもないが、これはどう反応したらよいだろう。男鹿は困り切ってしまった。こんなひるだ、ひるだじゃない。だからといって葵や古市は使い物になるはずもなく。男鹿は大きく息を吐いてなんとか心を落ち着けようと息を吸った。深呼吸である。は〜〜〜〜ふ〜〜。ふと目が合ったひるだがちいさくほほ笑む。頬を薄紅に染めて。
「おはようございます、たつみさん」
「お、おう。おはよ」
「たつみさんが私を選ばなくても。それでも、捨てられなかっただけで、私はこんなに幸せ…。昨日のことだって、忘れない」
 男鹿は何も言えなかった。いつの間にかひるだは男鹿に依存していたのかもしれない。それはベル坊のように。男鹿はそれを否定できなかった。事情はあれど、それが当人のためにどうだったのかは分からない。だが、いくら過去に戻れるとしても今の男鹿には否定などできなかったろう。ケンカにはめっぽう強いが、人の気持ちとかそういったことには反応すら難しい子供のままだから。そして、中途半端に大人に近い子供は、欲望に忠実で実によわい。克服していくことがきっと成長と呼ばれるものなのだろう。
 思い出すと、悦びと罪悪感がないまぜになって気持ちが落ち着かなくなる。昨日のことは誰にもいうわけにはいかなかった。男鹿は昨夜のひるだのことをしずかに思い出していた。



********



 口づけを交わしたのはこれで二度目だったと思う。どちらにせよ相手は「ヒルダ」じゃなくて「ひるだ」だ。そもそも男鹿は恋人とか好きとか嫌いとか、そういう色恋沙汰に巻き込まれることなんてこれまでになかったので、初キスはつい数か月ほど前に葵としたのが初めてだった。それから何度葵としているのかは覚えてもいないし、数えてもいないけれど、キスも慣れたとは思う。ただし相手が違うとなれば外国人みたいに挨拶でチュッチュする民族ではない日本人の男鹿は、ひるだをどういいくるめるべきかまったく想像もできなかった。勘違いとはいえ夫婦扱いに喜んでいたようだし。ある意味では可哀想なことをしてしまったのかもしれない。だが、それを否定したとしてももうしてしまったものは仕方ない。事故みたいなものだと己に言い聞かせた。かなり苦しいけれど。
「俺じゃねぇって。ベル坊──」
 抱っこしたままのベル坊を盾にするみたいに掲げて、それでもベル坊は逃げずにひるだの様子をまっすぐに見つめていた。それよりこの赤子の前でキスしてくることのほうが問題なのではないかと思ったが、それをツッコんでるヒマもない。ベル坊ごとひっついて離れないひるだの身体は、思っていたよりもずいぶん華奢で軽い。こんな身体を無理に引き剥がせるほどこの家は自由じゃない。どうでもいい理由を頭の中に浮かべて、なんとか夜という長い時間をやり過ごそうとした。このまま動かないままで。
「あったけえからかな、寝ちまった」
 どれくらいくっついたまま黙っていただろうか。男鹿がふと気づくと男鹿の腕とひるだの身体の間で、まるで二人の愛の結晶ですと言わんばかりにすやすやと眠るベル坊がそこにいたので声をかけた。そうするとひるだは身を離して「あら、ベルちゃん」と男鹿から取り上げるみたいにして抱き取ってしまう。いっぺんに二つのぬくもりをなくした男鹿はどこか手持無沙汰になった。だが、ようやく体の力を抜くことができた。はあ、と大きく息を吐きつつ、それによって自分は緊張状態にあったのだと初めて気づく。なにか特別なことをいったわけでもないのに、緊張するほうがどうかしている。それにようやく男鹿は気づく。勝手に、自分で意識してしまっているだけではないか、と。わかってしまえばなんとくだらない時間だったことか。ひるだがタオルなどを分厚く敷きながらベル坊の簡易ベッドを作ってそこに寝かせてやると、男鹿のほうに向き直った。
「ベルちゃん、可愛い」
「そりゃお前が母親だからだろ」
「……父親、は?」
「そりゃお、れ」
 この話の流れはまずい。気づいたときにはひるだはすぐ隣にいて。だが、ひるだはどこか諦めたような寂しげな笑みを浮かべて、男鹿とは違う方向を見ていた。男鹿の部屋にある何も映していないテレビを見ていて、何を思っているのか分からない。もとより男鹿は他人の心など分かれるほど器用なイキモノではないのだが。
「分かってます。昨日も、今朝も話したから」
 ひるだの男鹿を見ない瞳からは一筋の涙がこぼれて落ちてゆく。その透明な雫はあまりにキレイで、目の前にいる女が悪魔だなんて忘れてしまうほどだ。目に見えるほどおろおろしてしまう男鹿の態度はどこかおかしかった。どうしたらいいのか分からない。いつも近くにいる女たちはみんな男鹿を任すくらいに強いから、弱いところを見せる彼女の姿には慣れていないのだ。
「おっ…、おい、泣くな。泣くんじゃねぇよ、ひるだ」
「でも、寂しくて、不安で…怖い」
 お前のほうがこえぇんだよ、いつもはよ。とは言えなかった。茶化すことのできない雰囲気。男鹿であっても、ひるだの言いたいことは大体わかった。今まで信じてきたものが壊されてしまったみたいな喪失感。これは男鹿と夫婦とかそういった間違った教えを含むものだから始末に負えない。この状態について誰かを悪者にしたくて堪らなかったが、誰も悪いわけではない以上さらに腹の中にモヤモヤみたいなわだかまりが溜まっていくのを、男鹿は感じていた。そっとひるだが男鹿の両手を握って、すこしだけ寄り添う。
「たつみさん。少しだけ胸を貸してもらっていいですか…?」
「……………」
 男鹿は答えなかった。すでにひるだの身体がのしかかるみたいにくっついていたから。その胸の弾力はたしかに男の身体にはとても心地のよいものなので、それをムゲにすることなんてできなかった。
 事故で済まされないのは分かっている。結局は葵のことを思いながらも抗うことができなかったのだ。男鹿は認めるしかない。ただ、認めたからといって悪いとかいいとかそういうことではない。謝るつもりもない。お互いに分からなければ日々は過ぎてゆくのだし、口を割らなければ誰もふしあわせになることもない。それでいいとひるだは言ったのだ。
 逃げることはどこか心地よくて、罪悪感は甘美だ。きっとそう思えることこそが悪魔に近い証拠なのだろう。男鹿は事故ではなかった夜の暗い中のことを思い出すことができた。
 ヒルダの胸の重さは心地いい。これをそう言ってしまうほど、人間というか欲というのは単純で明快。実に操りやすいもの。その身体の重さがどこか心地よかった。悪魔は冷たくなんかないことをすでに男鹿は知っていた。悪魔というのは心に棲むヤツなのだろう。反対に天使がいるのかと聞かれれば、きっとこの世界に天使なんていない。もしいるのなら、それは生まれたばかりでまだうそなきも知らない赤子だけだ。
 ヒルダの身体から立ちのぼるシャンプーとか石鹸とかそういう匂いが男鹿の鼻をつく。やわらかさと匂いが合わさると結構な精神攻撃になるのではないかと生まれて初めて思った。そういえば、ついこの間、葵とこの部屋でそんな匂いと空気にまみれてイチャついていたのだ。記憶というのは実に厄介で、ひとつを思い出すとそれに紐づいたいろんなものたちがほどけていくのだ。こういう脳の機能のことを「記憶の引き出し」なんて言うのだが、こんなときばかりは役立たなくてもいいのにと思うのに、思う半面でひじょうによく働いてくれたりする。よくできた人の脳内機能が邪魔な時にばかり活きる。意識しないようにすればするほど意識してしまうことと、これは同意だ。男鹿は何食わぬ知らない顔をして、別のことを考えよう考えようとするたびにヒルダの体温とか重さとかやわらかさなどについて考えてしまっていた。
 そう仕向けたのがひるだだとしても、恨む何ものでもない。脳みその奥を痺れさせながら男鹿は太ももを撫ぜるヒルダの手を振り払えなかった。少なくとも望み始めていたのだと思う。楽になりたかったのだと思う。誰かが悪者になってくれればいいと感じていたのだと思う。卑怯だと知りながらも、望まずにはいられなかった。ただ、それだけ。



「大丈夫か?」
「何が」
 腹の上に顔をのせてひるだは上目づかいに男鹿に尋ねる。男鹿は何も知らない顔のまま、ひるだを見ようともしない。目を合わせてはいけない、そう思っていた。この淫蕩な雰囲気は実にまずかった。そしてそれに流されてもいた。今までのとろとろと流れるときの中で起こったことたちは、たしかに男鹿へ変化をもたらしていた。
「辛そうだから」
 太ももを撫ぜていた手を内股にゆっくりと移動させ、トランクスの上のハーフパンツを押し上げる股間の膨らみを手にして、起ちあがっていることを暗に教える。知っていたけどわざと知らないふりをしていたというのに。でも、こうなることを予測できなかったですなんて言い訳でしかない。ヒルダの手はゆっくりとそこを揉んで、辛そうだとか言いながらもわざともっと辛くなるよう動かしている。きっと元が獰猛なイキモノだからそんな焦らすような真似ができるのだろう。だが、そうされるのは嫌ではなかった。これからがあるような気がして。

 もちろん続きがないわけがなかった。男鹿はひるだの顔を見ないようにつとめて、何の興味もありませんよという態度を一切崩さなかった。だが本当は見えていたし、見下ろすような感じになりながらも揺れる金髪とか、上から見る胸の谷間なんかもちゃんと見ていた。当然見ていないという設定なので感想はノーコメントだ。何もしないということは、肯定も否定もしない。都合の悪いときには実にうまいやり方だと思う。相手に身を任せていればいい。本気で嫌なら逃げられないわけではない。魔力で抑え込まれているわけでもないのだし。だが、言葉をかけられなければ何が起こるかなんて分からない。それしか考えられなかった。余計なことだけをたくさん考えようとして、男鹿は目を光らせながら音量を絞ったTVを付けた。ヒルダの好きなメロドラマでもいいし、男鹿のよく見るスポーツ番組でもいい。なんでもよかった。この音のない熱っぽい世界から、雰囲気だけでも遠ざかろうと思った。少しでもひるだの妖しい息遣いを耳から遠ざけようと思い、スポーツニュースでチャンネルを弄る手を止める。
「さあ次はプロ野球です」
 意識が下半身へと向かうのを止められない。TVのせいでひるだの息遣いは聞こえない。男鹿はただダラリと座ってTVを見ているだけ。普段通りの土曜の夜だ。ニュースではジャイアンツ菅野の復活を告げている。男鹿は読売応援派なので万々歳なニュースだ。だが頭に入ってこない。何の言葉も交わしていない中で与えられるのは、男鹿にとっては他から受ける快感。性器を使われて脊髄から脳へと伝う感覚は、身体も脳も震えるような気持ちよさだけだ。脳みそが感覚を捉えてしまう。もっと意識をそらそうと、男鹿はTVのボリュームを少しだけ上げた。夜が深まっている時間帯であり地域的に住宅地なのもあり、大音量というわけにはいかないが。
「くっ………」
 男鹿はついて我慢の限界を迎えて表情を歪ませながら息を詰まらせた。性器が温かいものに包まれたのが感じられる。ひるだは顔を上げず男鹿の性器を弄んでいたが、何をされていたのかは感触で分かる。ひるだは葵とは違う。口の使い方も、手の使い方も実にうまい。しばらくすると、もういきそうになってしまう。意味もなくテレビ画面を凝視して射精感に堪える。見なくても分かる。ひるだはすっぽりと男鹿のモノを咥えているだろう。やがて男鹿は出してしまった。
 男鹿が何をするでもなく性器をしまってもらい、イカ臭いものも垂れることなく、ひるだは少し顔を赤らめながら顔を上げた。この口が、この手が、と思うと悶々としてしまうので、すぐに考えを別の方へと向ける。無理やりでもなんでもいいので別のことを。
「たつみさん、スッキリした顔してる」
 ひるだが楽しそうに笑うので、苦笑いで返した。そりゃそうだ。溜まってたものを出したんだからな。とは言えずに苦笑だけ。
 これでも、葵を裏切ることになるんだろうか? 考えたくないので、寝ることにした。隣には、ひるだとベル坊。そして朝が来る。

 ひるだが忘れないと言ったけれど、本当は男鹿だって、忘れないだろうと思う。男鹿にとって二人目に意識した女性になるだろうから。



14.10.1

今回はほとんど久々にパソコンで打ち込んだのでいつもと違う感じになってるかもです。

今回の話は一言でいうと、うだうだと浮気したとかしてないとか、裏切ったとか裏切ってないとか。そういうどうでもいいことを悩んでるだけの話です。
で、結局ひるだに尺八されて喜んだってだけのことでね。それだけの内容でここまで引っ張った自分、それこそアホです。


深海にては前の話と絡んでくると思います。たいした話はないと思うんですが(笑)まだお付き合いください。もう少しひるだ出ます。
2014/10/01 17:49:40