※ 男鹿が魔界に行ってしまった後の話


恋をしている君は誰よりも美しく誰よりも僕に残酷だ




「好きだ!だから付き合ってくれ!」
 大声。ポカンとした周りの人たちの顔。顔。顔。視線が合う。存在が嵐のようで、まともに目を合わせることなどできない。
「もう一回いう。好きだ!付き合ってくれ!!」
 さらに声は大きくなって、辺りの音を掻き消すくらいの大きさに思えた。胸にもズンと響く。きっと世の中の女性というか女性が心の中で密かに温めているシチュエーション。相手がリーゼントの不良であることは別にすれば。
「もっかいいう。邦枝葵!おれはぁ、お前が好きだあ!つきあって……ください」
 校門の前でそれをやられると、かなりつらいものがある。名前まで呼ばれてしまえば逃げることもできやしない。そそくさと逃げ出したかったけれど、また大声でもっかいコールが始まりそうだったので、真っ赤で熱々になってしまったリンゴみたいな顔を隠せずに、彼の制服をむんずと掴んで葵はその口を塞ぐために自慢のリーゼント頭を軽くポカッとやった。
「お願い、黙って。みんな見てる」
「返事は? 考えちゅう?」
「黙ってって言ってるでしょ」

 どうしてこの石矢魔高校にこの男がいるのか。少なくとも昨日まではこんなことはなかった。そう、それは本日起こった出来事だ。朝、担任の大人しい教師が来て集会があると呼び出され講堂へ向かうと、転校生を紹介された。それは葵の見知った哀場猪蔵だった。まさか、転校して来るなんて。そう思っていると彼は期待を裏切らず、ブッとんだ挨拶をしてくれた。
「俺は南珍比良高校で番張ってた、って言い方も古いけどよ、一応まとめて哀場猪蔵っつう。知ってるやつもかいるよな。とんぬらの野郎には負けたけど、葵のことは渡さねぇ!絶対にだ そのために俺は石矢魔に来た。夜露死苦ゥ」
 要するに、教室での挨拶をして暴動になっても困るので、生徒を集めてやることにしたようだった。当然、ケンカを売られたと勘違いしたらしい弱い連中が飛びかかっていくと、一撃の元に終了。早乙女が割って入ると終結した。いつもよりも血に飢えている感じがひしひしと伝わる、久々の石矢魔らしさが感じられる集会だった。
 葵が額を押さえてため息をついていると、神崎と姫川がやってきてニヤニヤしている。もうすぐ卒業する彼らはあまり興味がないようで、むしろ巻き込まれた葵に興味があるのだ。なんだかんだと茶化してくる。
「モテ期か?あ?男鹿はどーすんだよ」
「バッカじゃないの?私とっ…男鹿はなんでもないんだからっ」
「ほうほう、顔が赤いぜクイーン」
「どうせあのちんぽこうは押せ押せだろ」
 もうムチャクチャである。だが授業中に乱入してくるようなことはなく、クラスが別で良かったとホッと胸を撫で下ろすばかり。では帰ろうとしたところ、校門の前に待ち構えていた哀場猪蔵が大声で告白をしだした、というわけである。

 葵はもうパニック状態であった。真っ赤な顔の葵を守ろうと寧々が立ちはだかってチェーンを揺らしている。女をいたぶるようなことはしない哀場猪蔵だ。そういうところも男鹿によく似ている。
「いいわ、寧々。私、彼とすこし話す。先に帰ってて」
「おお!初登校!初デート!初告白!初チューかなぁこれぇ!」
「うっさい、黙って」
 勝手に盛り上がる哀場猪蔵をたしなめつつ葵はなんとか自分の気持ちを落ち着けようと何度も胸の中に言い聞かせた。だが、どくどくと脈打つ鼓動も、熱くせり上がるみたいな気持ちも全然おさまらない。少なくとも哀場猪蔵へ恋心など芽生えたことなどないのだけれど。この落ち着かなさは何なのだろうかと胸をザワつかせる。
「ああいうの、やめて」
「ごめん、悪かった」
 こんなにアッサリと謝られてしまうとどうすればよいやら分からない。哀場猪蔵はとても素直でまっすぐだ。そこだけは評価したいと葵は思う。だから鼻っ柱強く向かっていってもうまくいなされてしまう。
「とんぬらの姿がないみてぇだが」
「男鹿なら、しばらく戻らないわよ」
「マジか!どこか行ってんのか?」
「……修行の旅、みたいなものかしら」
「へぇ、あれ以上強くなるってか」
 一度は負けたが、それでも負けるつもりはない。哀場猪蔵は男鹿との再選を望んでいるものの、きっと男鹿は哀場猪蔵など相手にしないだろう。興味も失せているし、たぶん忘れている。それをいくのは酷なのでそこは割愛することにする。
「いつ戻るか、分からないの。早乙女先生がいくらかコンタクト取ったりしているみたいだけど」
 早乙女のことは「今日の朝礼集会で一撃決めたヒゲの教師」というとすぐに哀場猪蔵も理解した。
「葵。お前は、それでいいのか?」
 まっすぐに人の気持ちすら射抜くような強い光を持った哀場猪蔵の瞳がどこか痛い。それを感じつつも受け止めながら葵は向き直る。質問の意味が分からなかった。いいも悪いもない。ただ、現実を語っただけだ。だから答えもない。
「寂しいんじゃないのか」
 そんなこと言われなくても感じている。だが、どうして数か月ぶりに会った哀場猪蔵にそれが伝わってしまうのか。それすら寂しいことの一つのように思われた。
「寂しいんなら利用しろよ。それでも揺るがない男がここにいるってのによ」
 哀場猪蔵の両腕がのびてきて、葵の身体を抱きしめた。ここは校門の前。それを目にした周りの連中がわぁっと湧いた。一瞬で夢から醒めた気持ちになる。葵は慌てて身体を離す。ほんとうに油断ならない相手だ。ぐらりとくる言葉をかけながら、しっかり抱きとめようとする。どこまでもずるいと思った。そんな弱い思いを振り払うために葵はカバンで哀場猪蔵の顔面を思いきり殴って倒すと、すぐに帰路へ着いた。哀場猪蔵はというと、かなり効いた。
「…へへ…、葵の愛は、重い、ぜ……」
 なぜか嬉しそうに空を見上げ鼻血を流していた。簡単に叶う恋だなんて元より思っていない。哀場は諦めない。あるがままに好きでいるだけ。きっと、葵もそうなのだろう。あるがまま好きでいるだけ。


14.10.1

昨日タラタラ更新日記で書いてたら思いついたアイバーの話。
簡単に言うと転校生哀場猪蔵。

今度はモテモテ葵ちゃんなのれす。
哀場と葵ちゃんのはシリーズ化するかどうかってとこですけど、するんだったらすっごい女性向けになりそうっす。
哀場側の気持ちもそのうち語るしね。

ただ、どうしても哀場が出ると葵ちゃんはいいこなだけじゃなくなっちゃうと思うんですよね。でも男側が押せ押せな組み合わせは他にないんで、いい組み合わせだとは思うんですけど、それでも私は男鹿と葵ちゃんの組み合わせが好きっす。

や、葵ちゃんって元が強い女の子なので、男よりも強いわけだから、自分より強い男への憧れみたいなものが人より強いんじゃないかなって思うんですよね。なんでへなちょこふにゃちん野郎とはくっつかないだろうね。意外と結婚するのは弁護士とかだったら笑うなw
2014/10/01 09:22:39