鷹宮を想う彼女のはなし

彷徨いチャイルド



 穴の空いたルシファー人形は、あのソロモン商会とやりあったあの日から、ほんとうにただの人形として、それは言葉通りの意味で、大事な宝物になった。鷹宮はそれが動かなくても、意思疎通ができなくても、それでも構わない。もうルシファーの魔力は彼の中へと流れ込んでは来ない。だが、あれに頼らずとも魔力も紋章も使いこなしてやる、と躍起になって魔界では修行に励んだ。それを見て冷たくも大魔王は「人間めんどくせ」と一瞥しただけだったのは、実に魔王らしいというかなんというか。そんな彼のことを見つめ続けたのは鈴村涼音。彼女だけだ。きっと涼音は自分のことを嫌だと、ルシファーに依存し切った彼はどこか廃人の匂いがしている。だが、それを知ってなお、鷹宮についていくと決めた。夜はその可愛らしいフランス人形を抱いて寝る少年を見てもなお。
「ねぇ鷹宮。あなたはその力を得て、どうしようというの…?」
 鷹宮の目は、ルシファー以外の何ものをも今は映していない。それは修行の休憩の他愛ない時間帯のこと。涼音は鷹宮に声をかけた。サタンを倒してから既に1年以上の時が過ぎていた。たまに会う石矢魔メンバーとの練習試合という名のやり合いが、たまのイベント。他には鍛えること以外何もない日々。鷹宮は修行とルシファーに語りかけること以外のすべてを捨ててしまったようだった。涼音の言葉も耳に届かないようで、何の反応も示さない。こんな状態で強くなることに何か意味があるのだろうか。それ以外のことについてはすべて解ったつもりでいるのだけれど。涼音はすべてを解りたくて仕方なかった。鷹宮の痛みも悲しみも全部。分かち合えたならきっとそれはどんなにつらくても、半分になるのなら乗り越えられるだろうから。そして、鷹宮はそこまで弱い男ではない。だから乗り越えて次のステージへ行けるはずだと信じてもいた。
「鷹宮…、あなたは今どこにいるの? そこで何を見ているの?」
 答えはない。修行だけに力を注ぐ廃人。ルシファーを与えたソロモンの連中がそれを奪ったことは、何よりも重い罪だ。涼音はそう思っている。鷹宮の目が何も映さなくなったのは、何よりもルシファーのせい。涼音はルシファーを羨みながら、それでもなお彼の手に彼女が戻ることを願ってもいた。矛盾した思いが胸にあるのは自覚している。だが、何よりこの世界で鷹宮には生きていてほしいと願うのだ。

「ふうん、くだらないのね。人間って」
 魔王からの派遣の侍女悪魔ヨルダが音もなく涼音と鷹宮のすぐ近くに降り立った。悪魔に人間のなんたるかなど分からないと思っていた。だがこうして魔界にきてみれば、悪魔とはどこまで人間と変わらないものだと気づかされる。そう、人間と悪魔の違いは、野生と人口の違いのようなものだ。野良猫と飼い猫の違い。本能と理性、あとは生まれた環境の違い。きっとそれだけだ。だが本能に忠実な彼らは、話しているとどこか心地よく感じることも多い。
「どういう、意味?」
「助けたいなら動けばいいじゃない。何もしないで指咥えて見てるだけよ、アンタのそれは」
 見守るということをバカにして見下している。こういった態度は腹が立つ。涼音はこの侍女悪魔のことが嫌いだった。悪魔のことも嫌いだ。なぜなら、鷹宮の心は亡くなってもなお、ルシファーという悪魔に囚われたままだからだ。悪魔と人間の1番の違いはきっと、心の中に巣食ってしまうこと。
「そんなに惚れてるんなら、見ていて分かるはずよ。どうすればいいのか」
 黒く禍々しい空気が辺りに立ち込める。ヨルダの魔力も大したものだった。魔界に来てから期間も長くなって来たので、涼音も魔力には慣れて来た。元より魔力に当てられるほど弱い体質ならば鷹宮の側にいること自体が不快以外の何ものでもなかったろうが。ヨルダの魔力は徐々に大きくなって、二人の間を取り囲むように暗い影となって覆っていく。涼音は何も見ようとしない鷹宮に代わって立ち上がり身構えた。
「殺そうっての?」
「まさか。あんたたちの命なんて、私には興味ないわよ。私の興味があるのは焔王様だけよ」
「だけど、私に向けているのは殺気じゃない」
 涼音はいつ雨ざらしになるか分からないといつも傘を持ち歩いている。魔界の空はいつ見ても読めない。魔界の空は人間界の空とは違っていて、いつまで経っても馴染めない淀んだものだった。棒術の要領で、閉じたままの傘を構える。まともにやりあって闘えるほどの魔力など涼音にはない。着いて来た以上、鷹宮と一緒に修行は受けているけれど、鷹宮や男鹿などに比べればゴミのようなものであることは自覚している。だからといって己と鷹宮に降りかかる火の粉を黙って振りかけられるわけにもいかないのだ。
 傘を構えて一歩、大股でさらに一歩、ヨルダに寄った。凪ぐように傘を横に構えて振り払う。これで広い範囲をカバーできるが、それだけに打ち戻しのあとのスキは大きい。だが討ち取ったと思ったからこそこの攻撃を選んだのだ。ヒョウ、と風を切る音と、強引にそれを中断させられた引っ掛かり感。振り抜く前に止められた。ヨルダの力にはどうやらまったく歯が立たないらしい。思わず涼音は息を飲んだ。
「なぁに? そよ風?」
 ヨルダが嗤う。人間はとても弱いものだと。こんなものはすぐに壊れてしまうだろうと。笑われたくなくて、できる限りの気力を振り絞るのは弱いほうだ。涼音は鷹宮のすぐ隣で態勢と呼吸を整えた。ヨルダは構えもしない。ただ嗤っているだけだ。悪魔の力は空恐ろしいものだ。何が出るか分からないから。人間の感覚では読むことができないから。
「分かるまで、そうして怯えてるのがお似合いね。すぐに壊れてしまう、つまらない人間」
 それだけ言い残して、ヨルダは闇の中へ溶け込んでいった。いつも涼音は気になっているが、あれはどうやって消えているのだろうか。結局聞く機会もないまま1年以上が過ぎた。慌てて涼音は鷹宮に駆け寄り、後ろから縋るように抱き締める。自分よりもだいぶ大きな、そして鍛えているから硬くてがっちりとしている身体。
「鷹宮」
 意味などないと分かっていながら、それでも彼の名を呼ぶ。鷹宮はどこか遠くを見ていて、その目には何が映っているのだろうかと、何度も涼音は覗き見たけれど、とてもじゃないが分からなかった。その鷹宮の身体が動いた。涼音の手を軽く握る。こんなことは初めてで、涼音は息を飲んで動きを止めた。
「鈴村…。今まで、待たせたみたいだな」
 その目には、生きている光は戻っていた。まだ生命という意味では普通の人に比べればとても弱いものだけれど、それでも涼音にとっては嬉しいものだった。どうして鷹宮は意識を『こちら側』に戻したのかは分からない。だが、そんなことはどうでもいいのだ。後ろからギュッと鷹宮の大きな身体を抱き締めた。
「おっ…、おい」
 逃げようと身をよじる鷹宮だったが、すぐにその抵抗をやめた。むだだと悟ったのだ。なぜなら、涼音が身体を震わせて泣いているからだ。だからそのまま鷹宮が口を開く。
「今さっき、ルシファーが話しかけてくれた。今は休んでるんだって。だから、それまで隣にいる人と待ってほしいって。今は力を蓄えているから、私は死んでいない。悪魔は死ぬはずないんだ、って」
「その時まで、私と待とう…? だから、生きることを、諦めないで…」
「分かった」
 きっと強くなる。これだけ繊細な精神を持った屈強な男のことを、ただ悪魔とともに見守り続けると、固く誓った。ルシファーのことしか見えていなくても。


14.09.29

思ったより長くなりました
初の殺六縁起編のキャラの話
あんまり殺六編面白くなくて、サラッと読んだだけで終わってたんだよねw

古市の魂を割ったり、それを集めたりするとこは好きだけどww
で、涼音が鷹宮ベタ惚れだったから書いてみた。公式だけど鷹宮は人形にしか欲情しない変態(と私は思うのだが)なので報われないんだけど。この二人の話ももしかしたらポチポチ書くかも。読みたい人はいないかなー……

本当は奈須の話を書きたかったので、読み直しをしたんですけどね。どういうことだこれは…。奈須のキャラもあんまり掘り下げられてなかったので、勝手に書いちゃおうかなぁなんて考えてもいます。殺六編では奈須が1番いいナリぃ〜。って完璧キングだし。
2014/09/29 21:33:29