ケンカ別れその直後


距離にしておよそ20cmの孤独
(その後)



 ワザワザご機嫌取りなんてするはずもない。だってお前の方から俺のところに来たんだから。だから、お前から去るのはもしかしたら筋ってもんなのかもしれねぇな。昨晩じゅうそんなこと考えて自分を慰めていた。でもそれもムダだと分かるまで、朝までかかってしまった。鳴らない電話にメールの呼び出し音。鳴ったと思えば特に今の竜也には必要のない相手からのそれ。面白いわけがない。ケータイを手持ち無沙汰にいじくり回していると時間だけがタラタラと過ぎて、どれだけむだな時間を過ごしていたんだろうと過去を省みると同時に哀しくもなる。待ち人を待ってるフられたやつみたいだ。それがどかれほどバカバカしいのか、ようやく気付いたのは朝になってからなどと、とんだまぬけの話である。夜の間、どうしてこんなに落ち込むんだなんて考えていた。理由なんてくだらないところにあることは分かっていた。

 横浜プリンスホテルに行って、姫川潮の部屋へと向かう。フロントの手筈も素早いもので、竜也であっても苛つくこともなく部屋の前へと通された。そのドアはどこか遠くへ繋がっているかのような、おかしな感覚が竜也の中を駆け巡った。
「ようこそ」
 来るのは当然と言わんばかりに潮は微笑んでいて、エスコートする紳士のような身のこなし。さすがに男として生きてきただけはある。キザな男の行動そのものである。そうして片手は決して触れずに竜也の背に添える。俺は女子か。内心そんなことを思いながらエスコートされるがままに部屋のソファに腰を下ろす。悪くない部屋。窓の外を見ると夜景はかなりいい。潮は景色を見るのが好きだ。これを見たくて選んだ部屋なのだろう。なるほどと思った。
「なかなかだろう?」
 テーブルに二人分のグラスを置いて、そこにワインを注ぐ。歓迎されている気分。質のいいホストでもいけるし、ホステスでもいけそうだ、などと場違いな下世話なことを竜也は思っては、慌てて脳内で打ち消す。そんなに安っぽい女じゃないことぐらいよく分かっている。
「ああ。お前のロマンチストっぷりは、ついてけねぇけどな」
 とりあえず憎まれ口の一つでも叩いておくのは、これから言わなきゃならない言葉の前哨戦の意味を込めてだ。ロマンチストだろうが少女趣味だろうがどうでもいい。そんなことは些細なことだ。竜也はおもむろにポケットを弄くり、小さな箱を潮へと手渡す。プレゼントなんて久しいかもしれない。好きなものはお互いに買うことがいつだってできるから、それが大事なことだなんて気づかなかった。金があるということは、ある意味では何かが足りない。
「結婚記念日だろ。…やるよ」
 潮の顔はパァッと光を灯したようにすぐさま明るくなって、どうして今までこんな簡単なことをしてやらなかったのかと思えるほどに、嬉しそうに彼女は笑う。どれだけ満たされない思いを彼女がしてきたのか、竜也は知らない。そう、竜也は求めていなかったから。だが反対に潮は求めていたのだ。だから起きたすれ違いが、今朝の痛みだったのだろう。シンプルなデザインだが一目で竜也が気に入ったピアスが入っている小箱を開けて、それを手にとって「つけていいか?」などと聞いてくる潮の姿はとてもじゃないが結婚八年目とは思えない、キレイな佇まいだ。
「付けろよ。きっと似合う」
「ありがとう。…嬉しい」
「ただの、機嫌取りだけどな」
 貰ったばかりのピアスを耳に付けながら、潮は驚いたような顔をして竜也を見る。これまでこんなにも素直な態度の彼を見たことがあったろうか。いや、ない。苦笑すら浮かべて全面降伏の様子がどこか可笑しかった。昨夜は大袈裟にやり過ぎただろうか。どうやらいい薬になったようである。早朝の電話には思わずニヤけてしまった潮なのである。竜也はタバコに火をつけ、ひと含みしてから口を開いた。
「さすがにビビった。急に出てくんだからな。まさか、こんなに動揺するなんて、俺も予想外」
 珍しく竜也が潮の目をまっすぐに見つめていて、その視線は潮にとってはとても眩しいくらいに感じられて、思わず目を細めていた。突き刺さるような視線。と同時に俺のことも見ろと訴えているように、鋭く潮を射抜く。
「一緒にいんのが、それだけ当たり前になってたってことだ。今まで、気づかなかったケド」
 だからこそ、離れられないのだろうし、離れたくないのだろう。一緒にいるのは、さも当たり前で日常だったから。離れることは不安にしかなりえない。もちろん、納得だってしない。どんな理由なら離れられるのか、納得できる理由なんて今の竜也には思い浮かばなかった。たぶん、これからもきっと。だから、生涯、彼女には敵わないのだろう。だが、それだけは黙っておく。鋭い潮ならば分かっているのだろうけれど、それでも、敵わないなんて認めるのは男として情けないことだから。
 竜也はそんな情けない思いを打ち消すために、潮へ手を伸ばして抱き寄せて寄り添わせた。結婚当初の気分に浸れる一日ということで、そう考えればきっと面倒くさい結婚記念日も楽しくなるだろう。その華奢な肩をソファの上に押し倒しながら口づけを落とした。潮がくすぐったそうに笑って身をよじるから、どちらも可笑しくなって笑ってしまう。たまにはこんな甘くて、楽しい夜も悪くはないだろう。
 そして明日は、一緒に暮らしているあの家へ帰ろう。


14.09.28

これぐらいの長さなら1話にしろよ!
というところなんですが、アプしてから書くかなーと思ったので。まあ蛇足かとも思ったんだけど。

ちなみにこのあとはイチャついて久々にエッチなこたぁしてるとは思うんだけど、べつにそれ書きたいわけじゃないしいいかな、みたいなwww


相変わらず内容はスカスカな割りに、長くてしかもセリフ少ないです。へぼ文なのにすまねぇな…。
なんだかんだいって、姫川と久我山の夫婦は幸せだし仲良しなんだと思います。ケンカもあってようやく普通の夫婦になれたかなって感じですよ

子供の話はぜんぜん進んでないけどねw

まぁそっちはみなさん気になるところだとは思いますので考えてはいます。
そのうち書くかもしれんのでよろです。

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2014/09/28 00:45:33