深海にて17


強くなりたい。
それだけを想う。
誰かのために、
自分のために。
強くなる。今よりも、ずっと。


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 古市が不意打ちみたいなことをいう。本人はそんなつもりなどなかったのだが、男鹿にはジワジワとボディーブローみたいに効いた。時間が経ってから気づくので文句もいえやしない。いわれた言葉とは、
「お前、最近ケンカ減ったよなぁ。よかったよかった」である。
 男鹿が思うより周りのものはケンカでのケガや、その後の不良らしい報復などについて心配していたのかもしれない。だが、男鹿はそれに気づかなかった。それらしいことを口うるさくいってくるのは葵もあったけれど、葵自身が十分に力があるし、魔力まであるのだから、むしろ男鹿の気持ちに近いのだと勝手に思っていたのだが、そうでもないのかもしれない。
 いつからケンカをしていたのか、男鹿は自分のことながらよく覚えていなかった。気がついたら姉からゲンコツを食らっていたし、周りの相手に噛みついてもいた。そして、その頃からちゃぁんと「女のコは怖いものだ」ということを本能でわかっていたと思う。その本当の意味が理解できるのはそのずっと先のことになるのだけれど、その頃は姉を中心に女はやさしくしないと恐ろしいことが起こる、くらいの心構えがすでにできていた。
 そんな男鹿が人生で一番最初に恐れたのは、もちろん姉の美咲だ。もう昔の話になるが、レッドテイル初代総長でもあったし、男鹿が唯一勝てない最強の姉であったからだ。もちろん姉がいるおかげで男鹿少年はおかしなふうにひねくれずに済んだのだろうが。だが、姉に勝ちたいと思ったことは数え切れないほどある。そして、幾度となく姉に負け続けた。生涯、男鹿美咲氏に勝つことはできないと諦めるまで、何度でも男鹿少年は負け続けた。それはケンカだけではなく、さまざまな意味で、だ。頭でも口でも掃除でも小遣い稼ぎでも、何でもだ。だからこそ、素直に負けを認めることができたのだろう。
 次に男鹿が恐れたのは、葵だ。
 初めて知った。何かを大事に思うということは、何かを怖いと思うことと同意だ。イコールではない言葉なのに、深いところで繋がっている。うまく言葉にはできないが、糸は間違いなく深いところから浅いところまで、ぐちゃぐちゃと複雑に絡み合っていて、同じ場所にいきつく。どちらの女も、男鹿が大事だと思い、同時に恐怖した対象に他ならない。そして、どちらにも生涯男鹿はかなわないだろう。すでに諦めは完了している。
 どちらのヒトも男鹿にとっては言葉にできない想いが詰まったヒトだ。強くて、勝てなくて、大事で、怖くて、なくしたくないヒト。それのすべてがいっしょに在るから、男鹿はきっと生涯勝てない。そんなことを当人たちにいうとズルく利用してきそうなので、絶対に教えてやらない。怖いと思うのに、これほどいろんな想いが溢れているなんて、複雑な人間にでもなってしまったのか。男鹿はため息をつくしかない。その人たちを守るために強くなりたいけれど、それはきっとその人たちを守るために弱くなることもあるということと同意なのだろう。
 その姉に見送られながら家を出る。男鹿を見送る目には強い意思があり、この人はとても強いのだと思わせる。そんな姉に背中を向けられるのは、やはり葵という存在があるからだ。どちらもとても大事な女性だけれど、その大事の意味合いはまったく違うものだ。家族と、一人の女性はまったく違うと、そういうことだ。好きで大事。それは一緒だけれど、違うということ。
 姉・美咲も葵もどちらも、男に守られる必要が無いとしか思えない強い女性だ。けれど、いざとなれば彼女たちは女だ。だから男鹿は守らなければならない、と思うのだ。だからそれまで、勝てないと分かっていながら隣にいて、見守るしかないだろう。この二人にはとても共通点がある。そのことに気づいて、男鹿は心の中では愕然としていた。もしかしたら、好きなタイプというものは幼い頃のなにかで決まってしまうものなのかもしれない。そう思うと、複雑な思いでもある。

「よぉ」
 待ち合わせた寂れた公園の木の日陰にいくと、邦枝葵はすでにそこにいた。こうしてデートするのもいつの間にかごく当たり前になってしまった。大事なヒトと一緒にいたいと思うのはごく当たり前の願いなわけで。そんなことを繰り返していたのできっとケンカの回数が減っていたのだろう。それを邦枝にいうと、彼女は意地悪そうに笑った。
「ほんとに良かったじゃない。前の男鹿のことは分かんないけど、よっぽどケンカ以外のことしてなかったのね」
 うわあ、これだよ…。姉とどこか似た反応に、レッドテイルというか関東一のレディースヘッドという共通点もあるし、似たところが多いのかもしれない。そして意地悪い笑顔はまだ健在。何か企んでいるのかもしれないが、ブラブラしてるうちに忘れるだろう。あまり気にしないことにした。
「してたっつうの。ゲームとか」
「ケンカとゲームだけ? 今とあんまり変わってないじゃない」
 バカにされている。さすがにバカな男鹿でも分かる。少しだけどカチンときたので睨みつけてやるが、どうせ男鹿のガンつけなど効き目がない。ケンカもゲームも最高だろうが。でも、
「最近は、こうして…なんつぅのか、二人で……」
 デートしてる。さっき、頭に浮かんだ言葉だけれど、喉から音がでない。手をつないだり、キスをしたり、ハグをしたり、それ以上のことをしたり。二人でよろしくやっている。それを葵も察して、二人で黙り込んだ。分かってることをわざわざ口に出すのは、なんだか照れくさいし、恥ずかしいような気もする。
「…俺、もっと強くなるわ」
「は?!」
 男鹿があまりに場違いなことを言いながらベル坊を抱き直したので、たまらず葵は素っ頓狂な声を上げた。今の話の流れの上で、強いとか弱いとか、そういう発言が出るだなんて男鹿だとしか言いようがない。それに、ケンカの回数は減ったのではなかったか。
 葵には伝わらなかったようだが、だが、いずれ男鹿の気持ちなど察するだろう。大切なヒトを守るために強くなりたいと願う男の気持ちが。つまり、強くなりたいと思うことは、守りたいということ。好きだということ。それは、確かに強くなれる予兆。


14.09.16

久しぶりの、深海にての更新ですかね。でも、続き物でもないので小ネタです。思ったより長くなったけど、書いてる期間が長すぎて内容忘れたとかなんかもうすみません。

とりあえず、姉と葵ちゃんは似てるけど、もちろん近親ネタではないんだけど男はマザコンだったりするわけで。姉とか母とか、そういうのに反発しながらも、一番近い異性に、恋に近いなにかを感じることが多いんだという話です。もちろんマザコンとかシスコンではないんだけど!
親キョーダイをみて、好きになる人の条件じゃないけど、そういうのが決まるんじゃね?みたいな話です。わかんないかもな…
小さい頃の思い出とかそういうものは、すっごく大事だよ的な感じです。

あとは、恋人こいびとしてるくせに、まだモジモジしちゃっててイチャコラしちゃえば押せ押せなんだけど、口に出すのは恥ずいとかってもどかしいやつは、オマケです。男鹿は言えないタイプです。でも、アイバーや東条は言えますw
どっちがいいかなー。言えない気持ちはわかるが、サラッと言えるのも悪くないな。とか考えてました。



で、前々から言ってる新展開、なんですが錬っているところなのでもう少し先になりそうですな。
とりあえず男鹿と葵ちゃんの話はここにぶっこんでいくのでゆるくイチャコラしていきます。これからも気長によろしくです。
2014/09/16 09:34:00