大切に抱き締めていたもの全て指の間から溢れ落ちていくんですO


 神崎は思う。今日聞いた夏目のこと。夏目は言わなかったけれど、親は神崎組の倅と仲良くすることをよしとはしていない。それは、神崎の家がヤクザものの家だからだ。もちろんそれは神崎が望んだことではない。武器にも盾にもなるけれど、こうやって足枷ににもなる。いずれみんな離れてしまうのだろう。そんなことを何年も前にもとても寂しく思っていたことを思い出した。そう、忘れていたわけじゃない。そんな弱い気持ちは押し殺して、喧嘩で塗り潰してきたのだ。だが夏目は不可抗力なのかもしれないが、思い出させてくれた。それは神崎にとっては痛いものだけれど。
 小学校にあがる前までは体が弱かった。それは兄の零も同じだったというのだから、血筋なのかもしれない。よく大人から聞く話としては、男の子のほうが弱いとか、熱を出すのはいつも男の子のほうなんだとかいう話も聞く。そういうこともあってか、特に家のものも気にしてはいなかったのだが、神崎家も例にもれなくということだったようだ。そして、零はヤクザ家業に反目し家を出て行った。まだ高校生だったという。零は言葉通り戻ってこず、戻ってきたのは零の妻とその娘二葉だけだった。そんな兄は商社マンとしてあちらこちらを駆け回っているという。実をいうと神崎自身は兄と時たま連絡を取っている。二葉のこともあるし、自分が顔を出せない手前もあるためだ。電話では一度だけ父と話をしたとも聞いた。少しずつ親子の距離は狭まっているのかもしれない。そんな話を聞いて、神崎は内心ホッとしたものだ。その神崎とは近況をメールする程度。だから、神崎家を出て行った時の気持ちや、その当時の話なんかを電話でしてくれたことがある。それを聞いた時、神崎は家業を継ぐ身のため複雑な気持ちだったのは言うまでもない。少なくとも、神崎は捨てたりしない。否、捨てられないのだ。それは兄が捨てたせいでもある。
 神崎が小学生の時、喧嘩をしている途中にヤクザどうたらと言われて、とてもショックを受けた。まるで雷に打たれたみたいな。神崎は体が大きくなり出した時期だったので、喧嘩には勝てるようになっていた。ボコボコにぶちのめすような喧嘩をするようになったのは、零が出て行ってからのことだ。荒れていた、というべきだろう。味方の頭で相手の頭をぶん殴る喧嘩をするようになってから、ヤクザと呼ばれるようになって、周りから友達が離れて行った。その時、仲良くやっていたと思っていた少年から「怖い」と言われたのが、神崎が認識している始まりだ。つまり、もっと早いうちから神崎は恐れられ始めていたのだ。喧嘩仲間は増えた。けれども、相談したり一緒にゲームしたり、バカやったりする仲間は徐々に減って行った。それが神崎の中学時代だ。だが、怖い人が友達になれるはずもなく。神崎は内心傷ついていた、そう思う。だからこそ、力による支配を強めた。それでしか人をつなぎとめることはできないのだろう。そう神崎少年は言葉にならない想いを抱いたのだ。そんなことがあって、ヤクザになるのも悪くない。そう、力による統率は、ある意味ではわかりやすくていい。そう思うのだ。
 だが、男鹿は悪魔どうたらというヤクザも警察も介入できないような事態に陥ってみて、言葉はよくないかもしれないが、久し振りに人と慣れあった気がした。やはり人の気持ちを動かすのは、人の気持ちなのだと今更ながらに思う。だから夏目と神崎の個人としては上下じゃない、信頼関係を結べていたはずだ。夏目はヤクザなどどうでもよかったし、何より夏目と喧嘩をして神崎は負け越している。だからこそ、自分たちの関係は力によるものではないことの裏づけだ。だが、夏目は親から言われていたのだろう。
「ヤクザの子と付き合うのはやめなさい」と。
 ゾッとした。同時に、夏目の記憶が戻ったら、そのことについては謝ったほうがいいなと思った。他の仲間はどうなのだろう。知りたい、けれど、知りたくはない。だからといって大人を憎むほどガキでもない。ヤクザの家の子、と言われたことの数々を思い出す。それに背を向けたのが、零だ。神崎は嫌な気分になりながら目を閉じた。
 嫌な気持ちの時は、逃げ出したくなる。そんなことはヤクザだって民間人だって変わりはしない。ヤクザどうのである前に、一人の神崎一という高校生なのだから。モヤモヤした気持ちの時は、他の嫌なことも思い出す。こういう時は気を紛らわせるために、ゲームでもやるべきかと短髪をわしゃわしゃと乱した。テーブルの上にある携帯ゲーム機を引っ掴んでそのまま仰向けになる。多少の現実逃避は、しなければやっていられない。大人が酒を飲んだりするのと、きっと同じだ。



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 夏目が行きそうな場所を巡ることにした。そうすることで、夏目はどこか嬉しそうだったのが救いだ。バイト先には今日も一緒に顔を出した。メンバーは昨日と一緒で、途中まで東条ら三人が一緒だったが、東条はバイトがどうのと言いながら別れた。どうも東条には記憶がないといっても理解していない様子で、いつもとまるっきり変わりはなかった。もはやむちゃくちゃである。そして城山は保護者。朝も夏目宅経由で神崎を迎えに来る。それを揶揄して姫川は「デケー犬」と言うが当人は気にしていない。
 夏目のバイト先に行って、顔を見せてからまた今日もおやすみいただきますと頭を下げる。店の人はわざわざ来なくてもいいよと神崎と夏目二人に向けて笑った。だが、
「顔見せたほうが雇い主さんも安心すると思ったんで」
 といって神崎は譲らない。どんな様子か見せておいたほうがいいと思ったのだ。もちろん、記憶がなかなか戻らないようであれば変わってくるだろうけど、今の所は用事がなければ顔を出すと言い張る。へんなところまで筋を通す一本気なところが神崎たる所以だろうと周りは思っている。これについては神崎だけはいざ知らずという部分だ。
「確か夏目はチャラい服屋気に入ってたよなぁ」
 アーケードをブラつきながら神崎が行きつけだと思われる服屋に行こうと言い出した。思い出深いところを見れば何か思い出すかもしれない。実際、記憶喪失などというものがそんなに簡単な問題じゃないことなど分かっているが、そうしていないと心配ばかりが募ってしまう。勝手かもしれないが、だが、友達として放っておけないという強い気持ちもあった。
 とりあえず神崎は城山と話をしながらそれらしい店にいく。狭い路地にある狭くて、だが洒落た店だった。看板にはごにゃごにゃと筋を崩したアルファベットみたいなものが書いてある。店長の趣味なのだろう。由加はこれなんスかね?と、困った顔をした。意外なことに姫川が答える。
「ルクセリオ。…これはフランス文字だな」
「ハッ?!」
「ガキのとき、フランスでバイオリンを習ってたりしたんで。あ、ルクセリオっつー言葉は、造語かなんかじゃねぇかな。意味、特にねえし」
 リーゼントしてるヤンキーな姿を見ると、お坊ちゃんだということをついつい忘れがちだ。ちゃんと奢られているというのにも関わらず。住む世界が違うのだと溜息が出てしまう。そんな会話が最後尾で行われることも知らず、神崎と夏目は先頭切って、すでに店の中にいた。見ながら歩いている。店の中はさらに狭くて、全員で入る必要はないだろうと姫川と由加は一声かけてからすぐ店から出た。
「カッケェ店っしたねー」
「そ? 俺は、好みじゃ、ねぇケド」
「え、姫川先輩、チャラいッスからいんじゃないッスかー?」
「お前、失礼なこといってんの、分かってるか?」
 由加は天然で言われていることについて理解せずに笑ってかわす。姫川はグラサン越しに店を見ながら、溜息交じりにいう。いろんな店を見て、ああだこうだという楽しみなど、もうないのだ。それを滲ませながら。
「俺は、ほしいと思ったら店ごとでも買えるんだよ」
「あーいいなー、金持ち発言〜」
 言葉にはしない。だが、姫川は金で何でも手に入るのは楽しい。けれど、そうじゃないことに気づく。金を持ってみれば分かる、言葉にするのはむずかしい、喪失感にも似た気持ち。金で手に入るものは数多いだろう。けれど、金で手に入らないものの手に入れ方が分からなくなってしまう。努力の仕方も。そして、いざほしいと思うものは、金で買えないからこそほしかったり、楽しかったりするのだ。だが、普通の、例えば目の前にいる由加ならば金がなくて嘆くのだろう。だからこそ楽しいこともあるのだと、金がなくても分かっているのはすごいことだと感じるときもある。それを茶化すように姫川は笑う。
「俺と結婚すればいい」
「ハァ?! 何いってンスか」
「金持ちになれるぜ」
 由加は笑ってごまかした。ギャグだと完全に思っている。もちろん、ギャグではあるのだが、意図はそこにはない。ただ、まっすぐで伝わりやすい言葉を選んでやるつもりなんてない。姫川は由加を横目に見ながら聞いた。
「金で手に入らないもんが、ほしいとは思わねえか?」
 金で手に入らないもの。パッと思い浮かぶのは、やはり人の気持ちだろうか。由加は思った。アクセサリーや食べ物やゲームなんてものは、お金さえあれば手に入る。だが、仲間や友達や好きな人なんていうものは、金では買えない。だからこそ尊い。金で買える気持ちや友人は、金がなくなればその関係は終わる。人の気持ちは、本当の意味では買えない。きっとそれが今のような高校生活でようやく、姫川にも理解出来たのだろう。由加はそう感じ、嬉しくもあり、また、自分はそれに苦しんでいるところもあるということを感じざるを得ない。
「そっスね。……ほしい」
 ほしいものは、手の届くところにあるから、ほしくてたまらないんだ。きっと。

 しばらくすると、神崎たちが戻ってきた。夏目の様子は変わらないが、基本的な好みなどは変わっていないらしく、「こういう店、俺、好きだなあ」と言って笑った。やはり夏目は記憶がなかろうと夏目なのだろう。他に行きそうな場所ブラブラしようかということになって、アーケードを回ることにした。ゾロゾロと歩くと凄まれそうではあるが、城山が目印になって神崎の存在が、よく見ると姫川もいる。石矢魔東邦神姫の一部でも揃っていればそう簡単には喧嘩をふっかけてくるバカはいない。そんな話をしながら、時にアーケードに設置されたベンチでダベったりもする。
「そーか。もしかすると、夏目を連れ回すのって結構ヤバイのかもな…。記憶がねぇって、どこから割れるか分かんねぇんだし」
 さんざん連れ回しておいてそんなことに気づく。神崎はどこか抜けている。そして、口にしてしまってからハッとする。夏目が気にしちゃうじゃねぇか。そんなつもりはなかったのに。慌ててフォローする。
「心配すんなよ。何かあれば俺らがいっし」
 夏目は、記憶をなくしてからというもの、喧嘩などまったくしていない。神崎が口走った言葉にはさすがに不安そうな様子を見せた。石矢魔の生徒なのだから喧嘩は当たり前だが、その記憶がないのだから恐れるのもまた当たり前だ。
「俺ァ強ぇんだからよ、お前を守ることなんざ朝飯前だっつうの。気にすんな」
 フォローが弱かったかと思って神崎はさらに付け加えた。記憶があろうがなかろうがこうして支えあえる。それが仲間というものだ。そういう絆が彼らの中にはちゃんと築かれていたということだ。困ってみると初めて分かる。夏目が少しだけ申し訳なさそうに、だが照れたようにはにかむ。これだけまっすぐにあたたかな気持ちをぶつけられて、喜ばないほど捻くれたものなどそうはいないだろう。

「慎太郎くん…?」
 低めの女の声が呼ぶ。夏目の名前だ。みんなが振り向く。そこには、ボブくらいの茶髪まじりの美女が立っていた。驚いたような顔をして。
「誰?」
「夏目の、…知り合い? 彼女?」
 見知らぬ女だったので、矢継ぎ早に質問が飛び交った。夏目から彼女の話は聞いていないわけではないが、ほとんど事後報告で、別れたとかそういうものが多かった。女に困っていないことしか伝わっていなかった。聞いておけばよかったと思う。神崎は夏目の顔を見て何か思い出したことはないかと尋ねる。夏目は眉を少し下げて困った表情を浮かべるだけだ。夏目は見ても思い出さない。なのに。
「そう。慎太郎くんと付き合ってる、あたし」
 女は美人だったけれど、頭が弱そうな印象。スキだらけのイメージ。やさしそうとか、和むとかそういう感じでは、あまりない。ただ、エッチは好きそうな感じがする。付けまつ毛が輝いて、キラキラした目をして彼女は迷うことなく夏目慎太郎の元へ近寄ってきた。それはそうだ、彼女なのだから。だから、おかしなことを言われることなど予想もしていなくて、それは満足みたいな顔をして近寄ってこれるのだろう。だが、結末が分かっている神崎は狼狽えて、夏目の状態について彼女に話しかける。
「申し訳ないです。僕は、貴女が誰がわからない…ごめんなさい」
 そんなことを言われるだなんて思いもよらなかった彼女は瞬時に顔色を変えた。すっかり青ざめている。それはそうだ、ショックは大きいだろう。弁明をしようと神崎は下手な口をはさもうとするが、夏目がそれを制した。女は逃げるみたいに去って行って、後にしこりを残す。いくら記憶がないからといってもあんまりだろうと神崎が気弱に夏目へ言いよる。しかし夏目は涼しい顔をしたものだ。
「僕が付き合っている人かもしれないけど、心になんの感慨もない。知らない人と同じだよ。みんなとつるんでるほうが、僕は楽しいみたい。きっと、そのくらいの付き合いなんだと思う」
「あのなぁ…記憶戻ってから大変だぞぉお前」
 神崎は呆れたように、だが過ぎてしまったことはしかたないので強くは言わないが溜息を吐き出した。あまり考えたことはなかったが、夏目は女に困ってるふうではなかったが、その辺のこともなにかのために聞いておこうと思った。そして今の言葉。夏目はもしかしたら思っていたよりもホットで男らしいヤツなのではないだろうか。神崎は前と何となく違う目で彼のことを見始めていた。店から出て行った裏手の道で、夏目の彼女と言っていた可哀相な彼女がスマホ手に即打ちしている様子が見えた。まだいたのか、と少しやりづらい気持ちで神崎らが面々にもよるが会釈一つ程度でやり過ごそうとしたところ、女が夏目の腕を強引に掴んで早足に駆けた。予想外の出来事ですぐには周りのものたちも対応出来ず、少し離れてから慌ててその後ろ姿を追いかけた。その時の神崎のかけた言葉といったら。
「どわ、女! 夏目さらってんじゃねーよ!」
 姫はどっちだ。


 路地を片手で数え切れる回数、ぐねぐねと曲がったその先に、夏目と彼女は駆けた。というか、そういう場所に呼び込まれたというだけのことなのだが。そこには開けた物置みたいな場所があり、待ってましたとばかりに、男が六人ほど立って待っていた。このシチュエーションってもしかして、危険フラグ立ってる…? と夏目がボケる間もなく、鋭い蹴りが夏目に向けて飛んできて、読めないことではなかったけれど咄嗟のことで避けることもままならなく。その転ぶ姿は、追いかけてきた神崎たちに見られたようだ。夏目を呼ぶ神崎の声には瞬時に怒気を含んだものに変わっている。
「…っ、大丈夫。急な、ことでびっくりした、だけ」
 身体を起こしながら夏目は、彼女と取り巻きの男たちに目をやる。転んだせいで付いた土埃を叩いて払いながら。どこまでも冷静な態度は崩さない。記憶があろうがなかろうが、このクールさだけは持って生まれたものなのだろう。彼らを見る目はいつも神崎たちに向けている、のほほんとしたものとは違う強さと厳しさを向けていた。発する声もどこか冷たい響きだ。
「ねえ、君は僕の彼女さんなんだよね? 覚えてなくて、ごめんね〜。でもさ、その周りの人、だれ? 本命くん?」
 姫川と城山は堪らず笑ったり、複雑な顔をしたりした。その夏目の発言には神崎は呆気にとられていた。いくら覚えていなくとも、その言葉は辛辣に聞こえる。そしてとても挑発的だ。
「慎太郎くんが、あたしに恥かかせたから」
「暴力はんたーい。それに僕だけが悪いんですか〜? ヒドくな〜い?」
「ハァ? それ、どゆこと?」
 女の鼻息荒い声と共に、男どもが夏目を囲むようにザザッと急に動き出す。すでに身構えていた神崎が、まずは牽制の飛び蹴りをカマしながら応戦した。一人の男がその場から華麗にぶっ飛んだ姿は見ものだった。思わず由加は「パネェ」と呟いた。不良どもは本当にどこでもケンカが生まれる。城山は一人、静かに溜息を押し殺しながら吐いた。
 女を傷付けるような汚いことをするのは、この中では姫川しかいない。その姫川は今回のケンカにはただの傍観を決め込んでおり、まったく参加していない。瞬く間に六人の男どもがその場に崩れ落ちてしまった。神崎が加勢するまでもないような、そんな弱い男たちだった。くだらない立ち回りは終わったとばかりに、神崎は首を鳴らして夏目を横目に見た。その夏目の視線の先には彼女がいて、怯えたような目をして何か言いたそうにしている。
「夏目。お前、忘れてねえんじゃねぇのか」
 素早い身のこなし。いつもと変わらないケンカの鮮やかな手腕。身体を痛めないケンカの仕方は、夏目らしくてとてもスタイリッシュだ。だが、記憶の失われた男がここまできれいにこなしてしまえるのだろうか。もちろんケンカは体で覚えるものなのだから、ある程度は動けるだろう。だが、それに何の戸惑いもなく柔軟に対応し、かつ、己を痛めることもなくしてしまえるとはとても思えない。実をいうと神崎よりもケンカの能力は上である。なので才能があるのは神崎も深く認めるところだ。生まれた時から備わっている才能というものもあるのかもしれないが、やはりケンカは場慣れであったり、数をこなすことで分かることというものがあるはずだと神崎は思っている。もちろん夏目を信じていないわけではない。だが、聞かずには、言わずにはおれなかった。それだけのことだ。
「動けてるから、そう思っただけ」
 夏目はちらと神崎に一瞥くれただけで彼女に向き直った。少しだけピリリとした空気が二人の間に流れる。夏目がいつもみたいな飄々とした笑みを浮かべた。笑かけているのにどこか薄ら寒い。
「俺のが恥ずかしいよ。さよ〜なら、みっちゃん」
 夏目が答えをいう必要はなかった。神崎はすぐに痴話喧嘩の現場から背を向けて表通りに向かった。



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「ごめんね、神崎くん。騙すつもりじゃなかったんだけど、途中から騙したくなっちゃってさぁ」
 夏目はアッサリ白状した。しかも、もうちょっと悪びれてもいいんじゃないかと思うくらいに、サラッと流すように。落とし物拾っちゃったんだよね〜みたいに言われると、ガンガン突っ込んで聞くのもバカらしくなってしまう。これが夏目の和みの力なのだ。そして夏目は少しだけ寂しそうに笑った。
「神崎くんもビックリしたと思うけど、親のこととか、本当。いい機会だから、知らないフリして言いづらいこと言っちゃおうかな〜って思ったんだよね」
 神崎は聞きながら複雑な気持ちだった。この演技の事実を、姫川と城山はすでに知っていた。だからこそついてきたのだろう。由加だけは単純に与えられた事実にビックリしていた。
「さっきの彼女のこともね、まぁ、丁度良かったから。別れようと思ってたんだよね、実は」
 あれもこれも一緒にやってしまう夏目の、悪い言い方だが図々しさが招いた出来事だったわけだ。神崎は頭を抱えて深いふかい溜息を吐いている。騙された方にも問題がなかったわけではない。そう思えば詰問するのも躊躇われる。
「でもさ、思ってたよりもずっと、神崎くんが?イイヤツ?過ぎてなかなか言い出せなかったんだ。もう、予想外」
 なんか恥ずかしいからやめてくれないかな……。神崎は別の意味で頭がいっぱいになった。夏目こそクソ真面目にいろんなことをやろうとする神崎の姿を見てよく笑わなかったものだ。今更ながら顔から火を吹きそうで、神崎は顔を上げることができなくなった。よし、この顔の火照りが冷めたらとりあえず殴ろう。そうしよう。
「全部ひっくるめて、何でこんなにいい男なんだろうねー、神崎くんはさ」
 夏目からの分かりづらい総評は、どうやら合格点だったようだ。試験なんて受けていないし、何の試験かも分からないけれど。
「ただ、一瞬は記憶とか飛んでたよ、本当に。すぐ思い出したけど。母さんの顔とか見て。でも、ビックリするよねー。急に病院で起きたら。世界が飛んだのかと、思っちゃった。だって、ケンカとかした覚え、ないしさ」
 神崎は急に、という状況で病院にいても泡食うようなことはないだろうと思う。そういう修羅場っぽい世界はすぐ近くにドンパチしているからだ。だが、ごく普通の高校生にとってみればそんなものなのかもしれない。また、自分と夏目との距離を感じる。この距離は、きっと記憶がどうというものでもない。ずっと拭えないだろう。神崎は漠然と感じている。夏目も城山も、学生時代という子供のうちに会えた仲間だからこんなバカをやってこられたのだということに。そして、それは今年度、卒業とともに終わる。それがとても近い日なのだということも同時に。夏の空気は暑いけれど、ひやりとその時に凍りついたような錯覚を覚える。そんな神崎の硬い表情を見て、夏目は笑った。
「最近腕訛ってるでしょ神崎くん?」
「はぁ?何言ってんのお前」
「女にうつつ抜かして。ゲームばっかして。挙句俺に振り回されるし」
「久々にやっか?」
 神崎が首をコキコキと鳴らしてから、大袈裟な態度で腕を振り回す。夏目だって今日は絡まれたけれど、実際は似たようなもののはずだ。だが構えることもしない。当然、立場は神崎が上だが、強さは夏目のが上なのは公の秘密だ。いつも攻めていくのは神崎からだ。威勢良く飛びかかって、最小限の動きでかわされて、スキにつけ込まれる。いつも流れるよう所作で夏目は神崎を叩きのめす。お遊びの相手もしてくれてはいるが、そのくらいに圧倒的な力の差。ケンカなんてしませんというような涼しい顔をして夏目は、常に男臭い空間の隣に身を置いていた。そして今日も────。


14.09.07

やっと夏目の記憶が戻った!
というか、男同士の友情編完了です。
記憶も何も、ただのドッキリだしw


もう少し引き延ばそうと思っていましたが、同じような日が毎日続くのを書くのもつらい。とうぜん読むのもつらいかと思って、記憶がどうとかいうのは切り上げました。
ケンカで分かるっていうのは、そんなんばっかりしている彼ららしさかなぁと。

神崎くんは、誰よりもグレたような顔をしてグレてないところが面白いですからね。そういうとこが出ればいいなと思いました。


女性問題でグダグダしてるよりこっちのほうが神崎くんらしいかと思えましたね。学校も学校なので勉強はしなくていいし、遊ぶことが高校生なのです。
もう少し続きます。もう佳境なので最後までお付き合いください。

2014/09/07 16:06:16