「どうしたの? 何か珍しいね」
「どうしたの?じゃないだろスガ」
 帰り道に誘われたのは久々だ。勿論それは旭が部活に来なくなったせいが強いのだけれど、二人で帰るというのはあまりなかった。途中から道も違うし当然と言えば当然なのだけれど、どちらかといえば主将も含めた三人で、という方が彼らにはしっくりときた。だから、何となく居心地が悪い。東峰旭という男は体が大きくて大らかだけれど、とても小心者でチキンなことも分かっているから。そんな彼がどうして、と菅原が訝るのは当たり前だ。
「お前、大丈夫か?」
 気付かれていないと思っていた。なのに、旭は分かってくれていた。遥か高いところにある彼の目を、見上げた。旭はいつものように温かで、やさしい視線を送ってくれていた。だが、それは心配そうに顰められていた。他人の痛みを分かれる男。やさしさは諸刃の剣だから、だからこそ、この人には気付かれたくないと願っていたのかも知れない。そんなことに今更ながら気付く。
「は、…だ、大丈夫」
 だが、上手く笑えなかった。もうコートの中にいられないから。スタメンは外れてしまった。分かっていた。声が、不自然なほど揺らめいて、儚げだった。そんな菅原の頭をくしゃりと、だがごく自然な動作で撫でた。子供をあやすお父さんみたいだ。それを言ったら旭は「おやじくさいのか…」と凹みそうだけれど。飲み込んだ言葉は思いとなって、菅原のモヤモヤの中に混ざりこむ。これはしまっておかなければならない。そう決めたのだ。
「だめだ」
 見透かしたように、旭がいう。何を伝えたいのかは、その短い語句だけでは分からない。ただ、だめだ、といった。大丈夫とだめだでは、まるっきり別の話のようではないか。ちぐはぐで噛み合わない言葉の中に生まれるのは、二人の間の溝くらいのものだろう。菅原は気持ちを落ち着けるために、何度も何度も深呼吸をした。嫌な気持ちに負けないように。自分が呑まれてしまわないように。前を向いて頑張るために。ゆっくりと旭の手が、菅原の頭から離れていった。涼しげに感じる。そのまま旭は、歩道の段の上に腰を下ろした。結わえた癖っ毛が街灯の下で揺れる。普段、決して見ることのない旭の後頭部。人の頭を見てどうこう思うことなど、よほど禿げとかそういうものでもない限りは生まれないものだけれど、旭のこれは、どうしてか胸に沸く何かがあって、菅原は言葉を失う。先に口を開いたのは、いつも口の重い男の方だ。
「俺だって、不安だ。エースだとか言われてるけど、ブランクもあるし、ブロックの先について、日向に言われたけど、まだ、俺は思い出せない。それに、影山に着いていけるかどうかも、自信がない。俺は天才じゃないからな。ただ、バレーが好きなだけで。本当はまだ、戸惑ってるんだ…。だから、立ち位置は違うけど、お前の気持ちは分かる………隠さなくて、いいんだ…!」
 絞り出される、精一杯の本音。東峰旭もまた、唯一の場所を掴んでいるはずの彼もまた心に闇を抱えて。そして、菅原と同じように悩んだり迷ったりして、それでもコートにしがみついているだけの、ただの高校生で。
 菅原もまた言葉を吐き出した。自分はもっと汚れていて、その思いのほとんどはスタメンたちと、特に影山に向けられていること。やっぱり旭のことも羨ましいと思ってしまうこと。嫉妬で凝り固まってしまう自分の思い。それが嫌でたまらないということ。だが、それが自分の姿なのだということ。でも、みんなのことは嫌いではないということ。ただ、最後に勝ち進みたいということ。スタメンになりたいということ。優勝したいということ。素直になりたいということ。全部、旭は吐き出された言葉を受け止めた。結局、子供みたいに旭に縋っただけだ。ぼろぼろの姿を晒した。それだけだった。


 旭からもらったポケットティッシュを使い果たして、菅原は赤い目を擦りながら礼をいった。
「ありがとう。…と、ごめん」
「いいんだ。お前がいてくれるから、俺たちはまとまれる。俺たちを受け止めてくれる拠り所なんだよ、スガ、お前はさ。だから、何かつらいことがあったら、俺の背中でも貸してやるさ」
「旭はデカいのが取り柄だもんな」

 不思議だった。
 言葉は出してしまえば呪詛になるものだと思っていた。だが、実際は違う。言葉に乗せれば風化してしまう。悪意がない生まれたまんまの言葉は、殺傷能力なんてものはなくて、ただサラサラと砂のように流れていく。もちろん発言する場所やタイミングを間違えてしまうとまずいことになる。けれどこの背中ならばきっと、ある意味では鉄壁の盾なのではないか、と。落ち着くまでその大きくて筋肉質で、体格的にはとても恵まれたその背中に寄り掛かりながら、菅原はただ、ありのままそこにいた。
 きっと、だいじょうぶ。腹の内を晒しあった仲間たちと一緒にいられればきっと。すっかり暮れてしまった紺の空を見上げながらようやく背中を返してやる。名残惜しいが一日中こうしているわけにもいかない。菅原は立ち上がって地べたの埃をはたいた。
「旭、また俺がオーバーヒートしちゃいそうになったら、頼むな」
 周りを見るだけで精一杯になっているサブセッターの、誰にもみられたくない顔のお話。
「じゃ、明日朝練でな」
 自分でも目を背けたいところでも、仲間なら許してくれるからこそ仲間と呼べるのだろう。もう惨めだなんて思わない。心が折れそうな時はこうして、鉄壁の盾に寄り掛かるから。


14.08.31

元気ないスガさんの話を終わらせました。
いろんな人が気にしてくれるって有難いお話です。そういうのが人と人とのつながりというか、そういうものを表せたらなぁって思って書いただけっす。

あと、ムードメーカーだけどやっぱり嫉妬はあるんだよ。ってとこも書きたかった。あんまり人間できすぎてるとやだなぁって思ってしまうので。



まずツッコミたいのが、菅原はスガって呼ばれねぇだろ!ってことです。
なにこれ?!スポーツ界ノリの呼び方?ハァ?!って思いましたw

あと青根とか二口とか田舎の地名が名前になってるとか。高校の名前もそのまま使えば?って感じで仙台人としてはちょっと気持ち悪かったです…。


他のは三年の話と田中さんの話は書きたいかもな…
あとは試合かな。うん。

2014/08/31 13:28:51