セッターの役目はトスを上げること。そんなことは分かっている。トスを上げることに関しては入ってきたばかりの一年生や、前から一緒にやっていた二年生に比べれば三年生は少しだけ先輩だ。だからといって先輩面するつもりはない。そうやって先輩面したがる田中や西谷のようなタイプもいるけれど、少なくとも菅原は違う。先輩などと呼ばれるほうが照れ臭くてダメだ。だからみんなと同じようにやっていければなぁと思っている。
 だが、今の焦りはピークになっていると菅原は自覚していた。焦ってはダメだと自分で言い聞かせている。だが、言い聞かせれば言い聞かせるほど、焦っていく。そんな自分は周りにばれていたらしく、澤村が声をかけてきた。顔色があまり良くないんじゃないか、と。俺は笑えただろうか。いつものように。そう、セッターはみんなのムードメーカーになれるくらい、周りのことをよく見ていなくてはならないということを分かっていながら、なお。

 理由は分かっている。
 影山の存在だ。影山が天才だから、菅原は自分が凡才でしかないことをわかっている。天才になりたいと願う。そうでありたいと強く願う。この気持ちはどろどろとした汚いもので、けれど人間にはきっと消すことなどできない思いなのだろう。だからこそ強くて、目をそらせない。闇という意味を理解する。自分自身が汚い人間なのだということを自覚する。反吐が出そうだった。そして、そんな思いを抱えていることを、誰にも知られたくなくて。自分だけが、ああ、そうだ。日向のように純白でいたいのだとまた、強く願っていることに気付いて、さらに嫌悪した。そんなループする思いをどこで断ち切ればよいのだろうか。菅原はもはや暗くて煮え滾った何かに足下をすくわれるような思いであった。
 合宿中、監督に向けていった言葉は嘘ではない。思ったからこそ言えたことだ。だが、口にした後で、こんな思いに駆られるだなんて思ってもみなかった。何という女々しい自分。菅原は一つ一つを思い出すたびに身震いする。
「影山のほうが秀でているのなら、負けないためなら彼をスタメン起用してもらって、それで少しでも多く自分が出るチャンスがほしい」
 そう公言した自分を、烏養は褒めてくれた。買ってくれた。だからその期待も裏切りたくはない。影山に負けたくない。影山のせいでスタメンから外された情けない先輩などと言われたくない。影山のような正確なセッターになりたい。さらに彼を超えるような、正確で、ムードメーカーと呼ばれるようなセッターに。お前がいないと…と言われるほどアテにされて試合に出てみたい。いろんな思いが重苦しいほどに菅原の両肩にのしかかって、そして、圧迫してきた。
 この思いは、ドロドロとした、誰にも見せられない嫉妬という感情だ。妬みだ。嫉みだ。影山に対しての。日向のよう素直に、面と向かって「お前にだけは負けない!」と言えればいいのに。持ち前の優しさ、否、こんなものは優しさとは言わない。ただの気弱さだ。だからぶつかることができない。才能の違いを嫉妬することほど情けないことはない。嫉妬はイコール、負けを認めていることだと菅原は思っている。この感情を表に出せないことが辛いのだ。胸の中、頭の中、腹の中に溜まって行くモヤモヤが、ひどく重くて嫌で苦しい。ここから逃れるためにどうすればいいのかなんて、本当は分かっている。本当は。




 予想通りのこと。スタメンには起用されなかった。分かっていた。影山との実力差。まだ入って二ヶ月ほどの一年生にも届かない、セッターとしての立ち位置。分かっていた。納得していた。だが、胸の中のモヤモヤが渦巻いて、悪魔になってしまうのではないかと思うほどの、ドス黒い感情。それを押し殺して菅原はひたすらセッターとしての、基礎体力も当然、トレーニングを黙々と続けた。ひたすらトスを上げることを考えた。体を動かし続けた。
 ただ、汚い部分を認めたくなかっただけのこと。何も言わないことがこれほど卑怯なことだなんて、これまで思わなかったことだ。練習中に何度唇を噛み締めたことか。スパイカーのためにひたすら地味にトスを上げながら、そんなくだらなくて痛々しいことばかりを考えていた。菅原は、自分に対して悔しくて仕方なかった。それでも、これ以上汚れを認めたくないと願った。

 いつものように笑えているだろうか。話せているだろうか。トスについては問題ないはずだ。ただ、このモヤモヤは晴れることがないだけで。こんな思いを抱えるだけ無意味だし、ムダだというのに。分かっていても、消すことができないのが思いという足枷なのだろう、きっと。菅原は独り、頭を抱えていた。誰にも知られなくないと、強くつよく願っていた。



「おい、スガ」
 聞き慣れた低い声。なに、と簡単に答えて背を向ける。今忙しいからお前の相手するのむり、と言わんばかりに。その場から逃げるために、かつ、その場の空気を凍らせないために学んだのはその場を壊さないための処世術。菅原はそれを自分でも知らないうちに身につけていたから、空気を読む術を身につけていたからセッターにいたのだということなど知らずに。だからこそ、あえて空気読まないこともできることも分からずに。
 ぐ、と掴まれた腕の感触は、そんなに良いものではなかった。だが、温かい、そう思った。声で分かっていた。その主が。だが、掴まれるなんて思わなかった。相手は小心なのだから。
「旭………」

 目の前に、見上げた先に、困惑したような東峰旭の顔があった。
 そんな表情とは裏腹に、かけられた言葉はとても優しい。そして温かい。だからこそ、この人をエースとみんなが認めるのだ。心がどこかほぐされていく。そんな気持ちがした。身体から、今までの力がふぅっ、と抜けていく。こんなことをやってしまえるのはきっと旭の力なのだろう、と菅原は思う。彼の優しさに包まれて、心地よくなりながら。だから、かけられた言葉は拍子抜けで、理解できなかった。
「なあスガ、一緒に帰ろうぜ」
 その目が、必死に見えたから断ることもできない。菅原は黙って頷いた。了承した。今日の帰宅は、途中まで旭と一緒だ。


14.08.30

お疲れさまです。

一応スガさんの話は明日にでも終わればいいなぁと思いつつ書いてました。
や、諦めとかいろんなものを感じながらスタメン譲る3年セッターのスガについて、心の奥のことを書きたくなっただけです。
そういうのない人かなって思ったけど、嫉妬を感じない人なんていないからね。それだけ。
もう少し粘ります。
気が向いたら付き合ってください。
よろです。

青春とか、そういうことを書いておきたい。自分にはなかったから。でも、青春は高校とか学生じゃないと感じられないだなんて、それこそへぼいけどね。では!

2014/08/30 23:16:40