※ GW音駒戦後の話


 メンツの揃った排球部はここのところ話題にも上っている。ここ数年なかったインターハイも夢ではないと。校長はあまり良い顔をしないが、それはまだ実力を見ていないからだろう。顧問教師である武田は、その監督を頼んだ烏養といつものように話をしていた。形になってきたチームの話を。だが武田は溜息を吐いた。
「僕は、彼らのためになることなら土下座でもなんでもしたいと思っているんです。けど、やっぱり、僕は”先生”という立場だから───」
 烏養は教師ではない。実家暮らしの店番でしかない。あとは地域のただのバレー好きのお兄さんくらいのものだろう。勉強も嫌いだし教師なんてものも好きではなかった。反抗し荒れた時期もあるし、生徒の気持ちの方がよく分かる。そう、生徒はあくまで先生とは違う。立場。立ち位置。物の捉え方。考え。視野の広さ。学生であるが故にそれは、とても狭く。しかし、その時代を経て大人になっていく。子供から大人になる、高校時代はいわばそういった大事な時代だ。その時代は子供でも大人でもなく、それに反発を覚える時代だということに。
「そうだよな…。あいつらにゃあいつらの考えがあるよな」
 ええ、と武田はまたも元気のない様子で俯いた。
「なにかあったのか?」
 烏養は武田に聞いた。溜息だけでは話が伝わらない。すぐに焦れったくなる烏養らしいストレートな聞き方。嫌味がなく、悪意もない。それは武田にとってありがたかった。



 武田が気にしているのは、菅原の様子だった。それも、主将の澤村が武田に数日前、聞いてきたからだ。
「先生」
 練習を終えコートも片付け終わり、ようやくみんなが体育館から出て鍵を閉めようという時に、影から出てきたのは澤村だった。烏養もすでに校舎を後にしてからの話である。頼りになる主将の存在は、顧問でありながらバレーボールの経験のない武田にとってはとても頼りになるもので、彼自身にしてみれば拠り所のようなものだった。もちろんそれを口にしてしまっては、教師という面子が立たないのであえて言わないが。そんな澤村がどこか緊張の面持ちで武田の前に立っている。
「どうしたんだい、澤村くん」
「先生。聞きたいことがあるんですが」
「うん、いいよ。歩きながらでも大丈夫? 鍵を返しにいかないとならないんだ。職員室の戸締まりもあるしね」
「あ、ハイ。構いません」
 強張った表情の澤村の様子を横目に見て、言いづらいことだったのは分かった。だからあえて急がせないように、ただ突っ立って待つのを避けた。武田はそんな様子を窺いながら、体育館の扉を閉め、鍵をかけた。辺りに響く重苦しい音と、それが失せてからは鍵をかける時の軽い金属音。あとは澤村が砂利を足に引っ掛けている音だけだ。些細でほんの小さな音でも、この静寂にはよく響く。
「じゃあ職員室にいくよ」
「はい」
 澤村は着いてきた。何かを考えるような横顔。バレー部のことで考えがあるのかもしれない。うまくまとまってきているけれど、やはり主将としての心配などは尽きないのだろう。ただ、武田から見て今の部の様子は悪いものではなかった。声がけも行なっているし、ふとしたことでやり合いになる田中、影山、西谷、日向など個性の強い面々はいるものの、チームワークが悪いわけではなく、うまく機能していると思う。喧嘩するほど仲がいいというのはあながち嘘ではないと思うし、それもまた学生時代にやるべき一つのことだとも思っている。だから、澤村が思い悩むことはどんなことなのだろうと、思い当たる節がなかった。
 そんな澤村が口を開いたのは、職員室から鍵を返して、校舎から出てからという、時をいっぱいに使ってからのことだった。また「先生」と澤村が呼び、その足音が止まったので、武田は返事をしながら振り返った。澤村は必死の目をして、武田を見つめていった。

「最近、スガが元気ないんです。何か、気付いたこととか、聞いたりとか、してませんか」

 武田は雷に打たれたような気持ちになった。そう、言われるまでまったく気づかなかった。菅原の元気がないということに。だが、同じ学年でもある澤村は気付いていた。生徒のこと、バレー部のことにこんなに一生懸命になっていたつもりであっても、そんな彼らの様子さえ目が行き届かない。そのことがショックで、武田は目の前がまっくらになったような気になってしまった。その場でへたり込むわけにもいかず、その場は大人の対応というやつで凌いだ。
「すまない、澤村くん。僕は気付かなかったよ。これから菅原くんのことは気をつけて様子を見るようにするから、また話をしよう」
 その時の澤村は、明らかに落胆していた。その気持ちは武田も痛いほど理解できる。顧問であり、三年の授業も受け持っている教師のことを信じていたに違いない。しかし、しょせん──と感じてしまったに違いない。そう思わせてしまう自分。大人なんか、と感じる生徒の心。痛いほどによく分かる。
 もちろん、大人だからといって他人のことなどすべてを理解できるだなんてエゴを語るつもりはない。けれど、自分の面倒を見ている部活の生徒のことぐらいは把握して然るべき、それも元気がないとかその程度のことならば余計に。それすらできない者が頼りになるはずもない。自信がなくなっていく。その次の日から菅原のことも、生徒のことももちろん今まで以上に気にしているが、やはりそこまでの変化は武田には感じられなかった。そのことにもまたショックを受けた。
 その話を、誰かに聞いて欲しくて。どうすることが一番いいのか、それを聞きたくて。


 だから烏養に話をしたのだった。そんな武田の悩みなど一笑して烏養は、
「んなの、当たり前じゃねぇかよ」
 それは、答えではなくて。肯定も、否定すらしてくれないのか、と武田は烏養のさも当たり前だろうと言わんばかりの表情の目を向けた。
「俺が言うのもナンだけどよ、ガキどもと立場も見方も違うのは、当たり前だろうが。そんななのに汲んでやれるなんて、オカシイだろ?」
 大人でも、自分でも自分のことが分からないなんてことは珍しくもなんともない。だから武田が悩む意味も分からない。分かりたくもない。ならば一言でいってやる。
「人は、言わなきゃ分かんねえから、話すんじゃねぇのか」
 菅原の元気がない理由。それを気にする澤村の気持ち。それを嘆く武田。きっと澤村の他に、菅原のことに気付いたやつはいないだろう。そのくらい澤村は周りへの気配りができている、よくできた人物だとは思うが、烏養は自分がそういうタイプでないこともよく分かっている。菅原は隠しているから。隠していることをわざわざ探らなくてもいいだろうし、それがバレー部に関係があるかどうかも分からない。家のことまで部活に持ち出されても、そっちはうまく折り合いをつけろということしかできないなら、すべてを聞くのは得策とは言えないだろうということ。そういうものも踏まえて、教師だからといってすべてを把握して当たり前だなんて、隠し事のない世界なんてないのだと、武田のことを鼻で笑ってやる。きっとそれが烏養に今できることだ。だから武田にももう一つ、言葉をかけてやる。
「お前が今できることを精いっぱいやってりゃ、あいつらはお前に着いてくる。そんだけのこったろ」
 本当に悩んだ時は、きっと彼自身が吐き出すのだろうから。



14.08.30

初ハイキュー!! 文です。
アニメを見たら、思っていたよりもだいぶ面白かったので。ただのスポ根ですねw
まだ14話までしか見てませんが…
(でも原作は要らないや)


健太やります!とスラムダンクを思い出す作品です。
絵も好きじゃないですが、なんかただひたすらバレーボールやってるっていうのが面白いですね。その他のことはどうでもいいやってテイストが気に入ったみたいです。

一応この話は三部作の予定だけど、いつ書くかは不明。
あとは清水さんの話を一つ書きたいw
2014/08/30 13:25:17