深海にて16


 男鹿の勘違いでなければ、「彼女」はキスが大層好きである。こんなこと、古市にも言えないが、きっと間違いないだろう。聞いてみたい気持ちはあったが、急にどうしてそんな質問と言われてしまえば、それ以上返す言葉のない男鹿は聞けずのままだったのだが。
 それを思うきっかけになるほど、もちろんキスをしているからに相違ない。付き合い始めて身体を重ねる前からキスはしていたけれど、キスの回数、というよりはキスをしている時間は増えたように思えて仕方ない。
 邦枝葵は、キスが大好きだ。これだけは間違いなく言い切れる。



 キスはどこまでも甘い。ただ、唇と唇とを触れ合わせるだけの行為。実をいうとそれだけのことだろう、と男鹿は思っていた。葵との口づけに溺れるまでは。その時はまだ性的なことに関心もほとんど無かったので、キスなど、セックスをするまでの道のりのひとつ、取っ掛かりなのだろうとぼんやり感じていた。あながち間違いではないけれど、そんな味気ないものなんかじゃない。男鹿は今ならそう言い切れる。ただの工程なら、こんなに欲しがるわけがない。



 唇と唇とをくっつけると、もっと、とねだるように葵は身を寄せてくる。だから男鹿が舌を出すとそれを待っていたとばかりに舌で絡みつこうとしてくる。舌同士がふれあうと、吸い付くみたいにひたりとするから、二人なのにいつの間にかどこからが自分で、どこからが相手なのか分からなくなってしまう。ぬめる感覚が頭の思考を奪うまで時間をかけず、二人の吐息で溶けた脳みそは互いに大事で一緒にいたいと伝う。それがどんどん頭の中を占めてきて、さらに溶けていく。トロリとした思考はやがて唾液となって外にまで流れ落ちてしまう。呼吸が苦しくなってきても、それでも離れたくないと思う。この、二人が二人じゃなくなっていく感覚は、とてもシアワセというには生々しくて、愛おしいと呼ぶには甘すぎた。
 思考はただの肉塊になる。呼吸を肺は欲している。角度を変えて貪る。離れたと思ったらすぐにくっつく。その頃にはもうどちらの唇も互いの唾液でぬらぬらと濡れ光っている。葵の身体はもう支えてやらなければ膝が笑っている。葵はキスにとても弱い。当人は認めないだろうけれど。だがもうくにゃくにゃだ。すべて男鹿に委ねて凭れかかられることに嬉しさを覚える。

 離れる時はとても物足りない気持ちになる。これがきっとせつないという想いなんだろう。だから、続きがあることを知っているので強請りたくなる。離れる時に唾液の糸が二人の間を繋げているのが見えると、とても悲しいほどのせつなさに見舞われる。キスは気持ち良くて堪らないのに、悲しくても堪らないのだ。だから腕で唾液を拭ってからすぐにまだ唇を合わせることもある。そうしてほしいとどちらも行動すると、決まって前歯と前歯をぶつけてしまうのだ。ちょっと可笑しい。
 そうならない時は、二人をつなぐ糸が細く長くなって、やがて切れてしまう。それはスローモーションのように映って、せつなさは募るばかり。もっと溶けていたかったけれど、二人は一つではないから。二人は、二人なのだと思い知らされる。それを認めたくないから、二人はいつまでも、何度だってキスをしていたいんだ。



 そんなふうにキスが好きな葵だが、外でやるのは極端に嫌がる。恥ずかしいという。嬉しいのに恥ずかしい。その気持ちは男鹿にも判る。だが恥ずかしいより自分のものだという印なのではないかと思う。きっと男女の差なのだろう。誇示したいと思うのは。内に秘めたいと願うのは。外で印を付ければ、奪われることもないのだ。だから男は守るために見せたいと思うのかもしれない。もちろん恥じらいがないわけではない。手を握ったりいちゃいちゃしたりするのは得意ではない。男鹿にだってモラルはあるのだし。だが、外でくっついたり、ちょっとキスするくらいなら、周りも公認なのだしいいと思うのだが。嫌がることなどないと不思議に思う。二人で部屋にいる時はあれだけベタつくというのに。男鹿には葵の気持ちがすべては伝わらない。
 キスであれだけ、すべての想いを伝えているのに。そういう意味では、分かり易い男の性欲は邪魔であり、その不器用さが愛おしくもある。言葉は邪魔なのに、とても重要。すべては一つの願いに根ざしている。単純なことだというのに。

 二人は、今日もキスをする。


14.07.24

こんばんは!
深海にて、ちょっと骨休めというか。
骨休めが続いてる?
なかなか展開は動かないね〜
まぁこのカプで書きたいように書く!ってのが最初のコンセプトなので、今のほうが気楽に書けてます。
続くようなちゃんとした話にしちゃうと、ノッてるときはいいんだが、煮詰まると厳しいからね〜…。

今回のは、まあ話にもなってないんだけど(笑)キスがお題というか。
これはなんなんだろうね。
こんなのも、たまにはいいでしょ?
2014/07/24 21:07:12