※ えっちなことに目覚めました
※ えっちなことを少ししてしまいますので、閲覧ちゅうい!

(えっちぃとこは畳んであります)


 哀場猪蔵は次の日の昼間、言葉どおりに葵の家に妹の千代と一緒に現れた。千代はベル様がいないということに不満があったようだが、兄への恋の応援の意味合いもあって大人しく、というより大人びた様子で光太と遊びに興じていた。そんな二人の子どもの様子を見ながら葵と哀場は話をした。昨日と同じような他愛もない話。道場のガランとした空間で四人は座ったり、時に高校生の二人は大人のように子どもらをおぶったり抱いたりしながら、体を使って十分に疲れさせてやる。それはなぜかと尋ねられれば、夜の自分の時間の確保のためだ。やはり夜泣きする子どもの相手を四六時中させられるのは、いくら慣れましたと言っても疲れるものだ。そして、そんな所帯染みた悩みを言葉少なに吐き出しては二人で笑った。もう一人、男鹿もそうだろうけれど、彼とはこんな風にゆったりと語ることなどない。男鹿の周りにはケンカの種が幾らでも飛散しているからだ。そんなことをジュースを飲みながら葵は感じていた。すると、ふと哀場が言った。
「とんぬらの野郎も、似たようなもんなんだろ」
 見透かされたのかと思って、葵はサッと顔色を変える。だが、哀場はそのつもりはなかったのだった。自分とよく似たケンカが強くて子連れ番長と呼ばれるその男に、ただ男として嫉妬の念を抱いているだけのことだ。それは、葵を通してのことだけではない。強さを含めた意味でも。もちろん、葵が男鹿に好意を寄せていることは当人も認めるところであるので、それもまた哀場にとってそう面白いことではないのだが。
「なあ葵」哀場が呼ぶ。
 振り向いた葵の目の先には、満面の笑みを浮かべた哀場猪蔵がいた。彼はどうしてこんなに明るくて、やさしくほほ笑むのだろう。
「公園いこーぜ」
 そして、どこまでも強引だ。断ったけれど、結局公園に行った。周囲の視線が痛むので、本当はいやだ。他にも理由があった。この公園で初めて、男鹿に会ったのだ。鉢合わせてしまったりしたら嫌だ。だから断ったのに、哀場には通じない。彼の辞書には敗北はあっても拒否はないらしい。だが、来てよかったと思える光景が広がっていた。ざんざんと桜の樹は咲き誇り公園を桃色に染めて、なんともロマンチックでもあり、時に恐ろしいとも思えるような光景を石矢魔の小さな公園をやわらかに彩っていた。葵の口からは思わず感嘆の息が漏れる。千代も感動して喜んでいる。散る桜の花びらを追って千代と光太はパタパタとそこらを走り回る。じゃれつくイヌみたいに。
「そっかー。こっちは遅いんだっけ、うちのほうは桜散ったからなぁ」
「今年は遅かったかもね。すごくきれい」
「葵。」
「ん?」
「来た甲斐があったぜ。お前と、こんな景色みれて。たまたまだけど、見せれて」
 哀場猪蔵はどうしてこんなことを、急にいうのだろう。普通の男子が照れてしまって言葉にできないことでも、いとも簡単に。吸い込まれそうになる気持ちに葵は何と返すべきか分からず、言葉を返せずにいた。しかも、いつだって葵の心を見透かしているみたいな最高のタイミングで。
 だが、哀場猪蔵は男鹿辰巳ではないだけだ。
 二組は日が暮れるまで公園にいた。何人もの子どもたちが遊んだり、通りかかったりしたが、結局のところ光太と千代の相手は忙しく、周りの目は意外にも気にならなかった。ただ、風が冷たくなって来たと感じ、光太にあやかってすべり台に乗ったら、のろのろと哀場は後ろから着いてきた。声をかけたら千代も乗りたいという意外な人物からの返事ののち、滑ろうとしない葵を追い越していった。光太と千代はこの数時間で仲良くなっている。一緒にすべり台に行ってから、また飽きもせずブランコへ走って向かった。残ったのは冷たい風と、哀場と葵の二人だ。風に葵の長い髪が靡く。黒くてとてもきれいだ、と哀場は思う。このまま抱きしめたら、きっと殴られるからやめとこう。ふいに湧いた想いを押し殺して。
「俺たち、今絶対夫婦にみられてんだろうな」
 葵は、予想通り真っ赤な顔をして哀場の言葉を否定した。否定するということは、認めていることと同意だ。
「俺は見られたいぐらいだけど。葵は違うんだよな…」
 この胸の痛みは、きっと葵には届かない。それが、とてももどかしかった。そして、日が暮れれば宿に戻らなければならない。別れの言葉は言いたくはない。だから「またな!」哀場はつとめて明るくいうのだ。



 祖父と葵と光太、三人で晩御飯を食べる。孫娘の料理の腕はまだまだだが、それでも作ってくれようとしていることに対して嬉しくて仕方ない。
「今日は長いこと遊んできたようじゃの」
「そう、知り合いも一緒だったの」
「……あいつ、か?」
「違うわよ。男鹿じゃないってば」
 祖父の目がギラリと光ったのを感じ、葵は慌てて遮る。事実、今日一緒にいたのは哀場猪蔵であって、男鹿ではない。どれだけ願っても、望んでも、男鹿じゃなかった。あれが男鹿だったのなら、きっと葵は今すぐに幸せすぎて死んでしまうだろう。そんなことまで思った。そう考えると体の奥からソワソワしてきてなんだか落ち着かなくなる。ご飯を手早く済ませてから浮ついた気持ちを鎮めるために、一度道場で体を動かす。また素振りから型の練習を一通りし、風呂に入ってから寝ることにした。

 身体を動かしている時は、浮ついた気持ちは消えていた。けれど一旦部屋に戻ってしまうと、だめだった。祖父の不機嫌そうな顔を思い出してみるが、今日の桜のきれいさにかき消されてしまう。ああそうか、桜の魔力のせいだ。葵は勝手に桜の華のせいにして、部屋で勉強するような格好をしながら妄想に耽った。それはもう、今日一日の出来事が、哀場猪蔵から男鹿にすげ替えるほどに。妄想の中では葵の思考は自由だった。だがこんなこといけない、とまた祖父のことを思う。しかし、祖父もあんな態度ではいるが、男鹿のことを嫌がってはいないのが伝わってくるのだ。胸がドキドキしている。服の上から心臓の辺りをぎゅっと握った。どくどくと生のうねりは波打っているようだ。男鹿は何だかんだいっても一本筋を通すし、友達はだいじにするし、女子供にも手を出したりしない。もちろん試合ともなればそういうリミッターを外して、本気で葵とやりあったこともあるが、そういう男なのだ。それを祖父は見抜いている。技を教えたりしたこともあるから、そういう戦い以外の部分もキッチリ見ているのが年の功というやつなのかもしれない。まったく考えとは無関係だが、部屋にあったぬいぐるみをギュッと握り締めた。それは、程よくやわらかい。
 葵は落ち着かない気持ちのまま、ベッドに入った。結局の勉強については本当に格好だけだ。三年になるというのに、勉強の気だけはどうも出てこない。もちろん石矢魔高校に通っているのだから本気で進学を考えているわけではないが、就職についてもピンとこなかった。ならば考えがまとまるまでは勉強しておいたほうがいいだろうという感じでしかない。特に近頃はモヤモヤしてしまって、見えもしない将来のことなど考えたくなかった。男鹿はどうするつもりなのだろうか。そのうち話のとっかかりに聞いてみるのもいいかもしれない。まともに考えているタイプには見えないが。
 学校のカバンから滑り落ちているまだ読んでない由加が貸してくれたレディースコミックの続きを開く。これを見ると、身体が火照って淫らな気持ちになることを、葵は自覚していた。だが見ずにはおれなかった。今日の公園でのこと。この本。このスタンドの明かり。本をめくりながら呼吸を荒くして、つながる男女の睦まじい様を見て、ほぅ、と熱い吐息ばかりを吐く。信じられない。こんな気持ちになることがあるなんて思ってもみなかった。知らないうちに毛布を太ももの間に挟んで、足を付け根をそのやわらかな角にグニグニと擦り付けた。脳内が甘く痺れるような、もっとしてたいようなそんな感触。「いい」と悦ぶマンガの中の女のように、その感覚に身を任せてみたい。これは他人に話せることではないと、秘め事なのだと分かっていながらもやめられない、初めて見つけたナイショで大人の世界に、葵はどっぷりと浸りたかった。そればかり望んで、あまりベッドがうるさく軋まないよう気をつけながらも、激しく腰を上下させた。動くたびに息があがっていく。だが、疲れではなくてもっと、と思った。


つづきを読む 2014/07/23 12:37:48