水族館の日曜日

 男鹿、ベル坊、邦枝、光太。頭数はよっつ。ひょんなことから水族館に来ていた。もちろんデートとかいう洒落たやつではない。だが、誘ったのは男鹿だった。しかも学校のみんなの見てる前で堂々と。
「邦枝、水族館行こーぜ」
 声も出せず真っ赤な顔のままの邦枝の姿について、男鹿はもう『そういうヤツ』と括ることで納得しているので一切深読みしない。そして、周りのみんなは邦枝が男鹿のことを思っているのが丸分かりでいたたまれない。ただ一人ベル坊を除いては。彼だけは分かりやすく邦枝を応援してくれる。
「ダ!」この一声のみだが、目がらんらんと輝いているのでほぼ間違いない。ちなみに、表情からは誰が見ても分かる「グッドラック!」みたいな渋い顔をしている。
 男鹿はその場で四枚の券を渡した。その枚数について考えあぐねいているところ、男鹿はさも当たり前のように、
「光太も一緒ならいいんじゃねぇの」
 ちょっと色っぽい話かと実は勘違いしていたので、邦枝としては軽い肩透かしを食らったような気もしたが、まあそこは急に発展などあるはずもないと心に言い聞かせつつ、だが、周りの好奇の目が胸のドキドキを抑えてくれないものだから、つっけんどんな物言いになってしまうのだ。
「…そ、そう。分かったわ」
「じゃ、日曜朝10時、公園集合」
 かなり一方的で断ることをまったく想定していない。もうくるりと踵を返し背中しか見えなくなっている。これでは待ち合わせというよりか言いっぱなしである。ベル坊が邦枝へ向けてニヤッとしたのは、男鹿以外のみんなが目撃したことだ。もちろん、その後で邦枝はさんざん冷やかされた。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分、でも、会話が少ないもどかしさ70%。割合で言うとむちゃだが、笑って許して。

 言われたとおりの時間より、ほんの少し早く男鹿は、邦枝と光太が待つ公園へやって来た。それより10分ほど前に着いてしまっていた邦枝姉弟は遊具で遊んでいた。学校の外で会うのはどこかよそよそしい気持ちで、照れもあるが光太やベル坊がそれを和らげてくれる。そう、彼らと一緒というのは大義名分になる。もちろん不便なところもあるのだけれど。
「すぐいく?」
 邦枝が渡されていた水族館のチケットをヒラヒラさせると、おう、と男鹿は短く返事をして、それに合わせるようにベル坊が、ダア!と気合の入った声を発する。まさに親子である。水族館は徒歩だと20分圏内というところで、幼い子供を連れていくには少し骨が折れるが、そこはお互い分かっていたことだ。
「久しぶりに行く。なんだっけ……
「学校の課外授業で来た」?!」
 一つだけ年上の邦枝は、男鹿の思っていることなど分かってわざという。声がハモったのは傑作だった。二人が笑うと、子供たちも楽しいと思うものだ。四人で笑った。そんな他愛ない話をしていれば、片道約20分もあっという間で、邦枝は四枚の券を水族館の館員の人に見せながらそこへ入ろうとしていた。館員の人は二枚の券を破いて半券にし、邦枝に手渡しで返す。邦枝は不思議そうな顔をして返された券と、館員の顔を交互に見た。
「どうして……ですか?」
「どうして、って。小学生以下は、無料だよ」
 男鹿にしろ邦枝にしろ、さっぱり文字を読むということをしない。体を動かすアウトドア派の人間なのである。余った券を再びカバンに戻しつつ、男鹿を見ると、男鹿も面食らったような顔をしていたが、やがて笑った。
「またくればいいじゃねーか」
 それが気のない誘いだと分かっても、邦枝は嬉しくて小躍りしてしまいそうな気持ちを抑えるのに必死だった。だから、ついこんなことを口にしてしまう。
「返したほうが、いい?」
「んや。そのまま渡しとく」
 もう一度来る相手に、どうやら男鹿は再び邦枝を選んでくれたようなのだ。嬉しくないはずもない。ドキドキが止まらないはずもない。期限の日にちが書いてあったはずなので、それまでにまたこられるということだ。館内の薄暗い水槽を見ながら、邦枝のこころは踊りっぱなしだった。赤面していても、この暗がりではほとんど分からないのも救いだ。なるほど、だからデートコースに紹介されるスポットは水族館が多いのかもしれない。恋愛経験の乏しい邦枝は、そんなことを思ったりもした。
 光太は男の子らしく、大きな生き物を見て、水槽に手を伸ばし、時にその硬いガラスを叩くのでそれにいちいち手を叩いて制止した。水族館のガラスを叩いたりするのはマナーとしてダメなのだ。水槽を叩いたりはしないものの、男鹿も似たような反応だ。男の子というのは10歳以上歳が違っていても、根本は変わらないのかもしれない。水槽の前で目を輝かせる男鹿は、高校生というより恐竜に憧れる少年のようだ。サメを見たり、ウミガメを見たり、イルカを見たりしてはしゃぐ。ベル坊の好みは少し違う。ナマズやクラゲ、静かな生き物を好んでおり、特に何も言わずプカプカ浮かぶ透明に近い色のクラゲは大のお気に入りで、そこから離れたくないと一時、ベル坊と光太の面倒を見る係をシャッフルした。
「ベルちゃん、クラゲがお気に入りなのね。私も好き…。神秘的で、キレイで、やさしい感じがするもんね……本当は、刺したりするから危険もあるんだけど…」
 その言葉を聞くとベル坊はすぐに怯えた。魔王なのだがかなり臆病である。言葉はほとんど発することができないが、言葉の意味は理解できているという裏付けに他ならない。このギャップも可愛らしいところだ。
 ゆっくりと見ていたら、館内一周するのにきっちり二時間ほどかかっていた。ようやく外へ顔を出して明るい日差しを浴びる。思わず伸びをしたのは、男鹿も邦枝も一緒であった。そのタイミングすらほとんど一緒で、目があった途端に二人で笑ってしまい、ベル坊と光太はそれが何のための笑いなのか分からずポカンとしていた。きっと言葉にすれば分かるのだろうけれど、わざわざ言葉にするのはバカらしい。
「腹減った。なんか食わねえ?」
 男鹿は出店の看板を目にすると、途端に腹の虫を鳴らす。反射だと彼は言うが、高校生の彼がいつでも腹を空かせていて、学校の放課後は不良たちに絡まれなければほぼ毎日近くの売店でコロッケを買い食いしながら帰るのは、さも当たり前のことである。もちろん幼い子たちもいるのだから断る何物もない。邦枝は小休止のつもりで出店に目をやる。それを選ぶ前に光太が邦枝の服の裾を引きながらねだる。そこには数人の親子が並ぶクレープ屋さんがあった。妥当かもしれない。
「男鹿、光太はクレープ食べるっていってるけど、どうする?」
「んー、俺その隣で買って来るけど」
 隣はフランクフルトやポテトフライ、焼きイカなどが置かれた店だ。男鹿が言葉通り空腹ならクレープでは物足りないだろう。邦枝は頷いた。
「食べたいもの、ある?」
「適当でいい。こっちも美味そうなの適当に買うし」
 あれやこれやと決めるのが面倒らしくサッサと男鹿は店の前に並んで、並びながらオーダーを決めることにした。食べ物など家族たちと一緒に食べるようにシェアすればいい。考えだけは人並みに友好的なところがあるのだった。
 クレープ屋さんは頼んでから焼きはじめるのでなかなか時間がかかったが、光太の手に一つ、邦枝が両手に持ってきたそれからは、甘く香ばしい匂いが立ち込めていた。邦枝が戻った時、男鹿は食べ物をばらばらと置いたままのテーブルの上で簡易椅子に腰掛け、ベル坊にミルクを飲ませていた。まだ食べ始める前のようで食べ物に手をつけた様子がない。まるっきり親だ。自分が食べるより先にベル坊を優先している。なんだかその様子が微笑ましくて、邦枝は男鹿のほうへとクレープを向けた。そんな邦枝の隣では光太がイチゴ味のクレープにかぶりついている。
「お腹へったんでしょ」
「ん、…まぁな」
 クレープをもぐもぐと咀嚼しながら男鹿はうまい、と言った。その様子を見てベル坊はミルクがおいしいからか、それとも嬉しいからか分からないが、目を細めて笑った。ような気が、邦枝にはした。
「ベルちゃん、離乳食なんかは?」
「ベル坊の母ちゃんに聞いてみねぇとわかんねぇんだけどよ。その役目はヒルダがしてくれるって」
「……ふうん」
 ヒルダのことを思っても仕方ないことなど邦枝は分かっている。だが、彼女と自分の間にはまだ埋められない溝があるのだ。邦枝はざわつく心を鎮めようと必死だった。男鹿はそんなことに気づくはずもない。
「だからよ、たまにアランドロンカメラ?で、今のベル坊の様子とか撮って、ベル坊の母ちゃんに送ってちょくちょく様子見せてっぞ。魔王とか焔王とかも喜んでみてるらしいぜ」
 魔界の王族だが、規格外ではあるものの家族関係や親子の絆が良好であるのは嬉しい知らせである。パリパリ、とクレープの皮を食べる音がする。どこまでも平和な日でありがたい限りだ。いつもなら、邪魔な不良グループが男鹿と邦枝の姿を見分けてどうしてか挑んできたりするものなのに。口の周りをクレープのアイスでべたべたにして、子供みたいに男鹿は笑った。
「何味?」
「ピザ味、だって」
「うめぇ。邦枝、お前も食えって」
「あ、私、自分のぶんも買ってきたし…」
「味はちがうんだろ。食ってみろよ」
「え、…あ、うん。ありがと…」
 ピザ味のクレープは確かに美味だ。光太には大きなイチゴ味のクレープ、邦枝が選んだのはプレーンだった。甘味だけじゃないクレープは斬新でおいしい。ちらと見たクレープ屋さんはまだ人の列が並んでいる。思わず口にする。
「…ほんと。おいしい」
「だろ? 俺も」
 男鹿は子供みたいに口を開けている。光太のこともあるので反射でそのまま口にする運んでやると、すぐに男鹿はぱくつく。男鹿の手にはベル坊とミルク。光太が手をべたべたにしてぱくつく。あ、邦枝は声を出した。光太が服を汚している。それを拭いたり、男鹿がそのままベル坊を寝かしつけたり、それからゆっくり食べたり。慌ただしいけど、楽しくて、とてもやさしい時間。


「今日はさんきゅーな」
「こっちこそ」
 幕引きはいつも呆気ない。これで今日という日が終わってしまうのはあんまり寂しすぎた。だが、別れがない日はきっとない。それぞれに家も生活もあるのだ。どんな関係であろうとも。それが家族以外ならばそれぞれにちがう家があるのだから。手を伸ばしたい、引き止めたい気持ちを抑えて邦枝は手を振る。
「また明日な」
 そうだ。明日は月曜日、つまり登校日だからまた会えるのだ。周りからやんややんやと言われそうだが、男鹿の眼力がそれをはねつけてくれることを祈ろう。そして、精一杯の期待と想いをこめて。
「男鹿…、その、余った券、いつ行く…?」
「あ? なんだっけ」
 水族館の券が余っていたことなど男鹿には些細なことだったので、すっかり忘れていた。それだけのことだったと思うと、邦枝は複雑な想いを抱く。というか、実はかなりショックだった。密かに喜んでいただけに。じゃあな、と何のためらいもなく背を向ける男鹿の後ろ姿を、邦枝はただ黙って見つめていた。光太が声をかけるまで、そこでヘコんでいた。そこは、待ち合わせをした公園だった。このデートが、ほんとうにデートであったのか、そしてそれは成功だったのか。その日の夜、うだうだとそんなことばかり考えていたら、珍しく邦枝のケータイに男鹿からメールが飛んできた。
『次は イルカーショーかアシカショーがみたい
 もっと ゆっくりみたかったな』
 と何とも言えないメールだ。ショーのやる日取りと時間を調べておこう。そう思いながら胸のつかえが取れた気持ちで、邦枝はスタンドの電気を消して安息につくのだった。


14.06.29

書き終えました!
ようやくべるぜ話が少しずつ書けてます。精神的な安定かな?と自己分析しているところです。不安定ながらも、安定を取り戻してきているような感じがします。
ほんとうに不安定だと、誰かとつながることに気持ちがいくみたいで、話を考えたり、つくったりはできないようなんですね。自分は。
まぁ少しずつまた復帰していくのでよろしくです!


今回は、深海にてシリーズのつもりはないけど、男鹿と葵ちゃんのデートみたいな、でもそうでもないような、だけど非日常的、日常風景を書いてみました。
まぁこれは実話が元になっています。
まぁ最近、松島の水族館・マリンピアに行ってきまして。色っぽい展開はないですけど、楽しかったのでネタになりました。オチないけど。
一応、マリンピアは移転するそうなので、松島としていくのは最後になりそうです。その記念も含めて書いてみました。


しばらくリハビリがてら、実話ネタとかで行こうかなぁ(笑)実話を絡めると何か楽しいです。書いてるほうは。読むほうは驚きも意外性もなくてつまんないのかもしれないけどなぁ……。
どうなんでしょ?
同人小説とか書いてる人って、実話はネタにしないのだろうか?さもないこととかさ。「今日は皿割っちゃったから、皿が割れたことからの事件とか」なぁんて。結構、日常ってネタに溢れてるって私は思うんですよね。オチはないけど、ネタはあるよなって。
そうでもないんですかね?w

恋で一喜一憂するのって、若さだと思うんです。書いてる人は若くもないんですが、たぶんこれ読んでる人は若い人が多いんで、どう考えるのかなぁ…なんて思いますね。
恋に振り回されるのはアホだと思うけど、恋するとそうなっちゃうんだよなって苦笑しつつ書いてたりします(笑)


エッチなのも書いてますが、基本こんな感じのくっついてるどうか?みたいなののほうが好みに合ってたりします。
でも、エチィのも書きたくなるのでまたよろしくです。
「こんなの読みたい!」ってあったら教えてくださいね。

2014/06/29 15:59:27