ぼくらのひみつきち


 男鹿と古市が腐れ縁で結ばれ、仲間となった日からそう遠くない未来のある日、不意に男鹿は思い出したように古市に話をした。こんな話などもとよりする気などなかったけれど、なんとなくいわせる雰囲気のある古市という少年の和んだ雰囲気は、時に男鹿をも食い物にするらしかった。
 彼らはもう中学に上がっていて、男鹿と古市の隣には、パタパタと足音高くなんとか追いつこう追いつこうとする弱々しい三木少年の姿がよく見られた。三木はいつも不思議に思っていた。男鹿と古市には重なるところなど何一つなくて、彼らが同じような時を過ごす何物をも感じなかった。けれど彼らの目に見えない絆のようなものは、時にとても強く感じた。その度に三木は「僕もなれるだろうか…男鹿くんと古市くんみたいな、そんな友だちに」そんなことを一人思っていたのだった。ちなみに、そう思っていると一度口に出したら古市が宇宙人を見る目で三木を見ては引いていったので、それからというもの声に出すことはしていない。そんな気持ちを察したわけではないだろうが、男鹿は三人並んで帰る帰り道、ふと足を止めて古市の方へ振り返った。さも当たり前のように唐突にこんなことをいう。男鹿の思考は誰にも理解出来ない。
「そーいえば、俺。…お前のこと、元々好かなかったんだよな」
「ハァ? 急に何? いやがらせ? 新手のイジメ? ねぇ何なの?!」
「んや事実」
 それはそうだろう、少なくとも男鹿と古市場仲が良い友だちにしか見えない。それなのに好きじゃなかったという話をされたら少なからずショックは受けるはずだ。三木はさすがに古市を不憫に思った。助け舟のつもりで三木は二人の出会いと、今のようになったきっかけを聞いてみた。もちろん、それは読み通りのケンカっぽい血なまぐさい話だったけれど、男鹿の姉はこの辺りで有名なレディースの総長だとか、古市は転校生だったとか、知らなかった彼らの姿も聞くことができ、三木としては満足も得られた。そして男鹿は思い出したように古市に向けて話す。
「お前は媚びてるヤツにしか見えなかったから、好かなかった。意思とか、なさそーに見えたし。ケンカも弱ぇし」
 買い食いのコロッケの空袋をくしゃりと丸めて公園のゴミ箱に捨てる。カシャカシャと鳴るビニルの音がどこか物悲しい。この暮れゆく時が三人の行く道を示しているようで、三木は途端に寂しくて堪らなくなった。こんな置いてけぼりみたいな気持ちを、男鹿なら、古市ならなんと呼ぶのだろうか。聞きたいことは沢山あったけれど、どれ一つとして言葉にはならなかった。昔話は、知らない過去を探ること。それは、時にとても寂しいことだ。
「女の子に優しいのは、この古市様の特権だぜ」
「女の子にやらしいのは、フルチンの特権? キモい」
 わざと聞き違えて男鹿は冷たく笑う。だが、男鹿は古市の強さを知っている。だからこそ隣に彼を置いておけるのだ。そして男鹿はその強さを持たない三木を見ない。三木はただひたすらに強さへ憧れて、男鹿に着いてこようと必死なだけだ。それを認めたのは男鹿ではない、古市だ。男鹿は肯定も否定もしない、ただありのままそこに在るだけで。
「でも、お前は媚びてなんかなかった」
 男鹿はゆっくりと古市を見る。強い眼差しで。その目は決して三木に向けることはない。固く結ばれた紐が解かれる日なんできっと来ないのだろう。三木は羨ましくて仕方なかった。だが、その目を自分へと向けてくれる、そんなことばかりを願って周りを見ていないのは三木の方だった。それに気づくのはずいぶんと先のことになるのだけれど。
「んな話、あそこでしたよな」
 二人にしか通じない会話に、三木は置いてけぼりになる。二人が三木なんて存在もないみたいに笑う。その笑みはいつものように、古市には裏がなくて、男鹿には邪気がない、そんな笑みを浮かべていた。きっとお互いにしか見せない、そんな表情だろう。二人の、誰かの“唯一”になりたいと強く願ったけれど、この時の三木には遠い未来に考えてみたら無理だったろう。だが、なんとかしたくて声を張り上げた。自分はここにいるんだと知って欲しかったから。
「あそこって、どこ?!」
「「秘密基地」」
 男鹿と古市の声が、ハモった。



 三木が頼み込んで数日、ようやく彼らが数年前に作ったという秘密基地に連れて行ってもらった。三木は嬉しくて堪らなかった。今日今から行くぞということになってから、ニヤニヤが止まらない。間違いなく怪しいヤツと化していただろうが、三木自身は周りからどう思われても構わないと思っていた。そして、古市からは何度も言われていた。
「そんなに期待するなよ。俺たちが小5の時に秘密基地って言ってた場所だぞ。子供騙しに決まってるだろ」
「いいんだ、それでも。僕は少しでも、古市くんや男鹿くんに近づきたいだけだよ」
 その日、三木はとても幸せだった。男鹿は特にそんな三木を見ようともせず、三人でブラブラと放課後、山の方へと向かった。
 これで三人で初めての秘密が持てると思うと、ワクワクが止まらない。そういう気持ちは、男なら分かるだろう。小学生の少年たちはかならずといっていいほど秘密基地を持ちたがる。そこで秘密の話をしたり、秘密のものを持ち寄ったりして、大人には言えないなにかをそこで吐き出す。一人部屋の持てない子供には特に必要で、ちょっと大人になりつつある彼らのような子どもたちには何よりも必要なステップなのだった。きっと、大人になるための子ども置き場なのだろう。
 思っていたよりも険しい山道にも、三木は泣きごと一つ言わなかった。それに比べ古市は泣きごとばかり口にしている。三木は不思議だった。どうしてこの二人は、友だちになったエピソードは古市の口から聞いたけれど、それでも分からない。この二人がうまく交じり合うのはどんな時なのか、三木は図り兼ねていた。泣きごとを言わないのは、男鹿に置いてけぼりにされてしまうから。男鹿に置いていかれたら、きっと古市は振り返りはするだろうけれど、手を差し伸べたり待ってくれたりはしない。そんな確信が三木の心のどこかにあったからだ。
「秘密基地は、秘密があるからこういう道も乗り越えねぇとなんねぇんだよ」
 男鹿の口調はいつもに増して強い。言っていることは分かるが、子ども騙しの大したことのない秘密の隠れ家のような場所だ。古市は嫌な顔をしている。
 ざりざりと砂利の奏でる自然の音がようやく止まる。一番ビリケツになったのは、いうまでもなく古市だ。三木も肩で息をしている。もとより運動が得意な方でもない。イバラは無いが、枝という枝が絡み合ってもじゃもじゃになっている。歩くのは今まで以上に困難だ。男鹿の足元には壊れた木片がバラバラと崩れているように見える。男鹿は黙ったままそれをぼんやりと眺めていた。あとはほうぼうから飛び出る植物という植物が三人の行く手を阻んでそこに在る。男鹿はそこにしゃがみこんで木片を邪魔そうにどかしてゆく。
「ここに、あった」
 秘密基地の欠片も見出せない、ただの山道の中腹で男鹿は座り込んで、思い出の欠片を探し出そうとしていた。どこか男鹿の横顔が寂しそうに見えた。歪んでいるようにも思えた。ただ、時がそれを跡形もなく消してしまった、それだけが哀しくて男鹿は。三木はそんな男鹿を見て、彼に頷きかける。
「分かった、僕も手伝うよ」
 後から来た古市は嫌そうな顔をした。もちろんその表情どおり、手伝わなかった。汚れても構わず、男鹿と三木はそこらを掘っては枝に攻撃されつつ、それでもめげることなくなにかを求め探した。ただ、辺りにあるのは砂埃ばかりだった。

 その日、見つけたのは朽ちた箱が、そう深くもなく埋まっている様だった。男鹿は目当てのものを見つけたとばかりに取り出したが、もう箱自体に穴が空いていて、中身もボロボロに風化していた。これではものは使い物にならないと溜息をついてその場に箱ごと捨てた。この数時間はなんだったのだろうと文句までいう始末。三木はその中身を見てみた。メンコ、シール、雑誌、子どものおもちゃが箱の中に入っていた。きっと幼少の彼らが大事にしてきたなにかなのだろう。そして、それの風化した姿は痛みだけを伝えて。男鹿は呟いた。
「ネットで見たんだよ。高く売れるって」
 古市は途端、目を光らせて持ち帰ると言い出した。箱ごといつの間にか胸に抱いている。少年の秘密基地を荒らすのは、少年自身なのか。三木はやるせない気持ちになった。


14.03.13

NHKで秘密基地というワードを聞いたら、急に滾った文章です。
べるぜ文が少しお久しぶりな、ネギです。みなさまご無沙汰しております。

僕もねぇ秘密基地、ようやったんですよ。小学の時か、中学の時とかに。でも大人に怒られた時があって、なんか悲しい感じになっちゃったんですよ。
今の子って、あんまり、ほら、都会だし秘密基地って言葉もそんな聞かないような気がしません?特に、女の子はないのかなぁ……聞いたことないし


子供の頃のいい思い出、みたいなものをじんわり思い出して貰えれば。人によって違うだろうけど、そういうのって、必ずあるからね。恋とかそういうのより先に。



そうそう、最近うつ病とか流行ってるけど、こういうガキンチョの時良かったなぁとか、そんな思い出とか思い出すと、イジメとか受けてた人は知らんけど、救われたりしないんかなぁ…?
や、昨日知り合いのとこの娘はんがうつで自殺未遂なんちゃらいう話でね、ああそうかって思ったんですけど、自殺っていうのは常々死にたいとかいうより衝動なんだって。なんかよく分からんけど、脳内の喜び物質が足らんとかそういう話なので、そんなら足りるようにいい思い出とか、思い出せないのかなぁと思ったり、今しました。まぁ自分、アホだからそういうふうに思うのかもしれんけど。。

秘密基地で話ここまで飛ばんでもいいよね。
2014/03/13 16:39:09