どうしてこんなにも、不在というものは人を変えさせるのか。
 もちろん、そういうものなのだろう。不在が呼び覚ますものがあるからにそういない。不在とは、さびしさとオモテウラのようなワードだ。一緒にいればいたでケンカもするし、グダグダもするし、顔も見たくなくなるというのに、不在は逆だからけっかもぎゃくになる。
 会いたくて会いたくて、いとおしくてどうしようもなくて。そばに居たいし、ふれていたいと願うようになる。
 人とは、常にそういうかってなものなのだ。

「よかった。ぶじに帰ってきてくれて」
「おう」
 男鹿はいつだって言葉少なだ。語るのは彼女のほうばかり。それでいい、それでうまく行く。ただ、女はどうしても抱きしめてほしいと心で思いながら、口には出せない。見栄や恥じらいというやつで。
「ただいま」
 短くそれだけ告げて、ぎゅっと抱きすくめられる。それだけじゃ足りない。いつだって、男鹿の妻になってからだって、満たされたのはほんのわずかな時間。もっともっと、といちゃつきたい気持ちだけが頭をパンクさせようとして、身体をほてらせる。どうかしている。
 本当のところ、これが初めてではなかったし、男鹿にはわかっていた。目がきらきら輝いて物欲しそうにねだる眼が、すべてを物語っている。欲しがっているのは明白だった。だが、女はそれをぜったいに口にしはしないし、男はそれを言わせたいと願うものだ。
なにより、男のほうが性欲がつよい。メスのだすフェロモンみたいなものは、本能的に感じられるものらしい。とくべつな雄の本能などなくとも。

 男鹿は時折こうして出張で数日から半月ほど家を空けることがある。
 仕事は安定しているし、仕事の内容にも不満はない。いろんなところにいくので、地図とにらめっこするのが目に優しくないと思うだけだ。あまり地図を読むのは好きではないし、もちろん得意ではないが、「地図の読めない女」と揶揄されるように不得意なわけでもない。学生時代にゲームにハマりまくったせいで視力が落ちたので、細かいものを見るのが苦手なだけだ。ついでに、字を読むのはもっともっと嫌い。ロールプレイングゲーム以外の字は読まないタイプだ。
 話は逸れたが、出張から帰ると、きまって性欲の高まりをつよく感じる。それが男鹿ならわかるけれど、女のほうが顕著だ。
 まるで、
「あなたがいないあいだ、ひとりでさびしくてさびしくて……自分を慰めていました」
といわんばかりの物欲しそうな顔。むろんすでに婚姻関係にあるのだから、行為に及ぶのはなんの問題もなく、まだ子の成していない彼らには必要な儀式でもある。
 だが、いつだって思うのだ。男鹿は。男だけがやりてぇわけじゃねぇだろ。いつだって消極的な彼女が欲しがる姿を見てみたかった。ただそれだけ。なので、今日は知らないふりを通すことにした。
 きらきらと目を輝かせる意味を知らないフリして。背伸びしながら待つ口づけに気づかないフリして。ふれてほしいと伸ばす手を軽くタッチして終わらせて。あえてふれるほうが、もだもだして、きっと焦れることだろう。
 紅潮した頬は、ももいろに艶めかしく揺れる。性的な意味だけではない、ただ純粋な喜びも含めて興奮した彼女はいつだって魅力に溢れている。
「今日は、ちょっとちがうわね」
「なにが」
「久しぶりなんだもの。ギュっとしてくれてもいいじゃない」
「…はいはい」
 いわれた通りに全身で包む。熱のこもった身体は喜びに震えている。返す力も強めだ。離れようとしても、くっついている感じ。すこしだけ身を離して男鹿は「なんだよ」と不満を述べた。
「ギュっ、としたろ」
「だって…」
 なにが、だって、なのだ。
 ちゃんといいたいことはいえ。なにをどうしてほしいのか。エスパーじゃなければ分かったもんじゃない。
 いつも帰ってきてからの最初は、キスから始まってすごく燃える。炎みたいに燃えて熱くてどろどろになって、消え落ちるみたいに眠って終えてしまう。
 不在がもたらすふしぎのこと。ひみつのこと。
「いえよ」
 顔を近づけて。息を吹きかけて。
 会えてよかったと謳いながら。
 恥が熱を持って、噛みつくような口付けを待っている。
 だが、彼女だけが知っている。爛々と輝く、彼の眼を。それはぎらぎらと欲望に彩られて、雄々しくつよくそこにあるのだということを。だからこそ、この唇に溺れたいと願うのだ。
 いつだってできることには、そう魅力を感じないけれど、やっと訪れた機会に人は弱いのだ。ぐらり、としてしまうもの。
「もっと、抱きしめて。キスをして…、ぎゅうってして、くっついてて、一緒にいて」
 目が意味もなく潤むのを抑えられない。どうして泣けるのか、まったく自身もわからなかった。ただ、思う。
 会いたかった。
 あいしてる。
 大好き。
 会えて嬉しい。
 ねえ、どうしてこんなにも、離れるだけで抑えられない気持ちになるんだろう。胸のなかに飛び込んで、自分から唇をぶつけていった。彼へと。



9.13
ただのえろを描きたくて、あえてそういう部分を削った意味不明な文章です(笑)
深海にて、みたいな感じで書いてます。
こんな短文なのに、時間だけはかかってる。あほだなあ。


2021/09/13 22:47:24