「好きだよ」
キスして、抱き締める。長い黒髪がファサ、と頬を撫でるくらい、眼前で弾んでからの、くちびるのやわらかさと、甘さ。とろけてしまいそう。そのくちびるは欲して欲してやまないものだったせいなのか、甘くてあまくてしかたがない。ちゅば、と音立てて吸うと彼女が恥ずかしさに身をよじった。付き合いだしてからしばらくするけれど、いつだってそう。乙女の恥じらいは、時が過ぎても変わらないもの。
そんなことなどいざ知らず、ぐいと若干強引に彼は彼女を抱き寄せつつも、くちびるを放した。
そうすれば自ずと会うのは彼とわたしの目と目。見つめあう格好になるのは偶然ではなく当然。ムードもへったくれもない、当たり前のこと。視線はぶつかりあって、そして、溶けた。
「あおい…っ、」
彼が発する声はあまりに余裕がなくて切羽詰まっていた。彼女をほしくてしかたがない、そういった声だ。低く掠れて聞き取りにくいけれど、熱を孕んで女心を離さない、そんな声。
そんな弱ったような男の声にほだされて、呼ばれた女、葵はそれを向かえるように両の手を広げた。
男と女。あとは神のみぞ知る。
熱に浮かされた雄の目を見て、発情しない雌がいるのかどうか、葵は知らない。すくなくとも、それはわたしのことじゃない。そう思いながら胸に顔を埋める彼の頭を上から眺めた。
2018/03/30 22:21:02